黒の魔法少女   作:雨天 蛍

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 路地裏の狭い道を息を切らして走り抜ける。ツンとする腐った臭いに呼吸を止めたくなるが、気合で無理やり我慢して、千葉護は足を進めた。

 

「今日はツイてねえな……!」

 

 悪態をつく。その口調とは逆に、彼の足は震え、声は怯えていた。流れる汗が顔を伝うも、全く意識にない。それくらい、彼は一つの存在に集中していた。

 

「ほら、もっと逃げろよ! 追い付いたら殺してやるぞ!?」

 

 ゲラゲラと笑い、舌を口の端から垂らした悪趣味な四足歩行の化け物が追いかけてきている。肉体はまるで饅頭のように黒く丸い形をしており、護の方に縦に割れた口を開いている。サイズがかなり大きく、人一人ならまるごと入るくらいは体積がある。胴体はまるで水のように自由に波打ち、変形できるようだ。狭い路地裏であってもそれを苦にすることなく移動を続けている。体を支える腕は、まるで蜘蛛の足のように細く、護の背と同じくらいに長い。爪のようなものが三叉に生えており、時折器用に壁を登ってきている。

 

「チッ……聞き覚えのある不愉快な声だな! そういうこともできるのかよ!」

「アァ? 声がなんだようるせえな! 俺はただお前を甚振って泣かせて殺してやりたいんだよ!」

 

 蛮声を張り上げると同時に、怪人の体から無数の手が伸びてくる。

 護は、道に置かれているゴミを蹴倒し進路を妨害した。民家の屋根に飛び上がり、とにかく直線で追いかけられないように視線を切って逃げる。

 

 このまま怪人を引き付けて街の外を目指していた。市民がいる場所に出てしまえば、標的を変える可能性があるし、目的のために人質を取ることも厭わないからだ。

 トタン屋根に乗って、いつ天井が抜けるか心配しながら、人気のない道を進んでいく。距離がいくらか離れたのか、気配が消える。護が振り返ると、そこには宙を浮く怪人がいた。

 

「地上しか動けない見た目してるくせにそんなんありかよ!」

 

 直線距離で詰められてしまい、遂に追い付かれる。足を掴まれて、地面に押し潰される。

 

 辿り着いた先は、古くも形の残った公園だった。

 

「離せよ!」

 

 骨が軋む音を聞きながら、護は必死に体を捩って抜け出そうとする。

 

「泣き叫べ! 謝罪をしろ!」

 

 ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら、怪人が口角から泡を飛ばす。護がそれを無視していると、怪人がより力を込めて押し潰してきた。

 

「ガアアァ!」

「ムカつくんだよその顔! 生意気な態度! 俺はお前らとは違うみてえな偉そうな目! 気に入らねえ! まったくもって気に入らねえ!」

 

 このまま潰されて死ぬんだろうと護が諦めようとした瞬間、体にのしかかる重さが無くなった。

 

「はぁ?」

 

 怪人の腕が千切れ飛んでいる。唸りをあげる巨大な包丁が、怪人の胴体を切り裂いた。

 流れ出るドス黒い気体。風船のような肉体をしていた怪人なのだから、あっさりと萎むと思われたが、いつまでも気体を吐き出し続けている。徐々に勢いが小さくなっていき、やがて傷口が塞がった。

 

「おい、立てるか?」

 

 護の前に手が差し伸べられる。近くにいる怪人を意に介さない様子で魔法少女が立っていた。

 ボロ切れのような布を貫頭衣にして身を包む罪人のような出で立ち。手に持った錆びて刃こぼれする大きな包丁は、切るよりも肉を引っ掛けてむしり取るような形状をしている。威圧的な雰囲気と合わせて、拷問官や処刑人とでも言わんばかりの魔法少女だ。

 

「君は……?」

「近くに住んでる通りすがりの魔法少女だ。いいからさっさとどっか行けよ」

 

 手を無理やり掴まれて引き上げられる。

 

「ほら、尻尾巻いて逃げろ」

「そうすれば、あの怪人は君を襲うだろう」

「そりゃ重畳」

 

 ふざけた返事をして、名前も知らない魔法少女が、武器を肩に担ぐ。既にこちらを見向きもしない。

 

 お前に居場所はないと言われているように感じて、護は唇を噛んだ。

 

「俺に何かできることはないか?」

「走って逃げて通報」

 

 そんなことが無駄なのは護にも分かっている。そもそも今のご時世警察なんていない。

 つまりは、どこまでも逃げろという指示だ。戻ってくるなと。

 

「弱者がこの場にいること自体が迷惑だっつうの。良いから早く逃げて暖かい部屋でゆっくり眠れよ」

「……わかっている」

 

 首に掛けているペンダントを握りしめる。誰にも見せないそれは、護にとって唯一の家族の遺品であり、約束の証だ。

 

 護の姉は魔法少女だった。護が小学生の時に怪人に襲われて死んだ母親の代わりに、魔法少女になって生活費をもらっていた魔法少女だった。いつだって笑顔で戦い、皆を心配させないようにしていた明るい人。皆を守り、その代わりに食べ物などをもらって助け合っていた。

 

 しかし、魔法少女非友好宣言によって、全てがひっくり返った。日に日に魔法少女という存在そのものが疎まれ、嫌われていった。それでも生活のために、姉は笑顔で戦い続けた。魔法少女というだけで嫌われて石を投げつけられ、罵声を浴びせられていたのにもかかわらず、自分を守るためだけに、自衛隊と協力して活動をしていたのだ。

 そして、次に怪人が避難場所を襲った時、魔法少女の姉を持つというだけで自分が生贄に使われた。姉は、護を助けるために無茶をして死んだ。

 

 それから、家族を守れない自分の名前を大嫌いになった。

 

 今も、逃げることができずに足を止めている。魔法少女に守られる状況が許せなくて。

 

「おいおい、俺はとっとと逃げろって言ってんだよ。気にすんな。あの程度の雑魚どうにでもなるから」

 

 安心させるように笑いかける魔法少女を、見ていられなかった。

 

「……にしても、アンタも怪人も全然動かねえな」

 

 魔法少女の呟きに、怪人を見た。切り飛ばされた腕がいつの間にか消えており、四つの腕だけで肉体を支えている。怪人に目は付いていなさそうだが、明らかにこちらを見ていると感じた。

 

「あー……魔法少女。魔法少女か」

「んだよ。変な怪人だな。遺言があるなら聞くぞ」

「俺の目的はその男だけなんだよな……」

 

 怪人が苛立たしそうに舌打ちすると、大きく飛び跳ねて、屋根に登った。

 

「あっ!? おい! 逃げんのかよ!」

「ムカつくなあ。お前、魔法少女のこと嫌いな癖に、魔法少女に守られてんのかよ。ダッセェ」

 

 吐き捨てるように言うと、そのまま怪人はポンポン飛び跳ねてあっという間に姿が見えなくなった。

 

「気味が悪い奴だな……。おい、アンタ家どこよ? ああ、ウチに来るか? 怪人の言う通りなら、今アンタを一人にするのまずいしな」

「いや……女の子にそこまでしてもらうのは悪いし」

「気にすんな。ってか、親がいるなら別だけど。どうなんだよ」

「親はいない。保護者も、特には」

「ほーん。じゃあ付いてこい」

 

 有無を言わせない勢いで魔法少女が先を行く。少し進むと、振り返って護を眺めた。

 

「……なんだ?」

「いや、なんていうか。魔法臭えような気がする。ああ気にしなくていい。俺は魔法少女断頭。お前は?」

「俺は、千葉護だ」

 

 親を失い、気持ちに区切りのついていない二人が、路地に消えていった。

 

 

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