黒の魔法少女   作:雨天 蛍

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「本日の講義を始めるのじゃ!」

 

 魔法少女協会の中で、底抜けに明るい少女の声が響いた。

 

 公序良俗に喧嘩を売るように開かれた胸元。肩から二の腕辺りまでに一切の布が存在しない。

 流れる髪が白銀の波をうって広がった。魔法少女レンは、元気いっぱいに腕を掲げている。不思議と大事なところが見えていないのは、魔法の為せる技なのか。

 

 男を前に見たことのない声音を出す知り合いの姿に、私はジト目で抗議の手を挙げた。

 

「本来魔法少女の教育は私の仕事」

「うるさいのじゃ! お主はまだ若いからここは妾に譲るのじゃ!」

 

 急激に荒ぶるレンが、新しく引っ張ってきた教卓に顔を突っ伏した。魔法少女たちが日々少しずつ物を搬入したり、作り替えていくせいで、部屋の内装がすっかり講堂のようになってしまった。どこから用意したのか、立派な花瓶に花まで生けられている。設置場所が生徒たちの座る席の最奥壁際のせいで、誰かが死んだような感じになっていた。

 

「魔法少女になってからもう数年が過ぎた! 妾は家で毎日刀を振って、偶にやってくる新人たちに研修をするだけの毎日!」

「理想的でいいじゃん」

「そうじゃの。この日々は妾の夢見たもののはずじゃ。戦いに明け暮れる毎日が終われば、平穏が戻ってくると信じていた……」

 

 なのに! と机を叩く。

 

「同じ大学の後輩が結婚して、妾はハッと気付いてしまったのじゃ! 気付けば二十代後半、結婚した後輩、職場の同僚を見渡すと女! 女! 女! 男っ気の一つありゃしないのじゃ!」

 

 おいおいと声をあげて泣き出した。

 

「見るのじゃ、あの引退したはずの魔法少女たちを。みーんな行き遅れておる! こんな世界望んでおらんかった! こんなことになるなんて思ってもいなかった!」

 

 行き遅れ気味の女の慟哭が、魔法少女たちのいる講堂に虚しく響く。誰もが俯き、目を逸らしている。それが目の前の先輩のしょうもない姿なのか、現実なのかは分からない。

 

 女の子の思考なんか、偽物の僕には想像がつかないのだ。

 彼女は無駄であると知りつつ、まだ抗う気があるようだ。

 

「怪人と戦うだけの毎日の方が良かったのじゃ! あの時はまだ若かった! 毎日忙しくて、生きるのに必死で、結婚なんて考えられなかった!」

 

 現状、魔法少女の結婚率はゼロだ。お付き合いも戦争期組は経験したことすらない。そもそも身の危険や機密情報があって、引退した魔法少女でも戦争期組は地球に降り立つことすらほとんどない。

 

 しかし、一般人なら、今の時代一人だけで生きるのは難しく、若者の結婚やお付き合いの数は増加傾向である。二十歳が結婚年齢の中央値だ。暗数で言えばさらに若い世代が同棲しているだろう。

 

「妾が出るような怪人が居なくなって、もう皆にもちやほやされなくなった! なんかもうふとした瞬間に寂しさが襲ってくる! もらった道場が広すぎて、修行終わりにふとした無音が痛いのよ!」

「語尾忘れてるよ」

「のじゃ!!!」

 

 魔法の姿すらも振りほどく非情な訴え。私も慰めの言葉を吐いた。

 

「ほら、引退したら皆一緒に本部で遊ぼ? 道場がいいなら私も一緒に住むから」

「中二病女と傷の舐め合いしたくないのじゃ!」

「しまいにはぶち転がすぞ」

 

 まさかの手酷い裏切りにあった。私の心が、今ならレンを誓い破りで魔法環境の停止に陥れる事ができると訴えている。

 

「ライゼンターはいいよなぁ……。まだまだ若くてさぁ……。こういう時じゃないと、妾には男との出会いなんて期待できないのじゃよ。のう、ここは妾を想って、教師の座を譲ってくれんか?」

 

 私だって千葉くんと仲良くなりたいのだが。まあ、それに関しては学校で仲良くなればいいか。

 

 彼女の悲惨さに負けて、コクコクと頷いた。すると、レンは体を起こして笑顔になった。甘ったるい声を作って媚びに全力を出す。

 

「それじゃあ、魔法少女のための授業を始めるのじゃ!」

 

 ちなみに、当の本人である千葉くんは、気まずそうに頬杖をついて横の壁を見つめていた。

 

 あんな開けっぴろげにしたところで、お互いやりにくいと思うのだが。

 切り替えに戸惑う生徒たちに、レンが真剣な顔をして呟く。

 

「魔法少女になると、そう簡単に男との出会いもなくなるし、お付き合いも難しくなる。だから早めに行動するべきで、一度捕まえたら二度と離さないようにするのじゃ!」

 

 醜態を晒した先生を見てか、新人の魔法少女たちは、神妙な面持ちで頷いたのだった。

 

「…………とまあ、冗談はさておいて、護殿には悪いのじゃが、魔法少女向けのお話をしていくのじゃ。護殿には、後ほど妾が編み出した人間向きの技術に重心を置いた立ち回りや剣術を教えるのじゃ」

 

 レンが刀を抜きつつ言う。

 

「魔法少女の変身フォームは通常一種類で、その魔法力配分は固定なのは、前回教えられたと聞いたのじゃ。そこで、今後必要になるであろう能力を教えるのじゃ。役に立つので使えるようにしておくとよい」

 

 レンが背面の黒い壁に手を添えて魔法力を使う。すると、黒板のように壁に白い文字や絵が同時に刻まれ始めた。魔法物質に魔法力を通して文字や絵を思い通り描くのは、精緻な魔法力操作が必要だ。

 

 何気なく使われる曲芸に、一部の魔法少女が目をむく。

 

「妾は、身体能力、特に速さを魔法力で鍛えられておる。次点で身を守る魔術を得意としてるのじゃ。技術ツリーを見れば分かる通り、あまり遠距離かつ広範囲に影響する魔術は得意ではない。なので武器強化や動作系統の魔術を登録しておる。ゲーム的に言えば高速物理アタッカーで耐久力も兼ね備えている個で完結した奴じゃの。経験によって著しく防御系が育っておるのじゃ」

 

 黒板にデフォルメされたレンが描かれ、下に物理攻撃力百やら素早さ七十などと書かれていく。

 

 魔法少女の物理影響度はかなり不思議だ。呼吸も外圧も通常は無視できるのだが、そこに魔法力が加わると影響を受けてしまう。同時に、魔法少女は無意識に物理法則に従う動きもするので、ただの無効化能力とも違うのだ。

 

「じゃが、妾は魔術が得意じゃない。そこにとにかく硬くて動きの遅い、魔術攻撃は通用するタイプの怪人が現れたとする」

 

 魔法少女レンの隣に八面体が描かれる。とりあえず硬そうな見た目ではある。魔法少女レンの絵が変わって、剣を折られて服が破れたイラストになった。

 

「こうなると妾では歯が立たず、応援を呼ぶしかない。魔術攻撃が得意な魔法少女といえばライゼンターなのじゃ。じゃが、あやつも今怪人の対応ですぐには来れない。今の妾だとあまり強い魔術は撃てないのじゃ《狐火提灯》!」

 

 唱えると、レンの手のひらに青白い火が灯る。蝋燭の火よりは僅かに大きいといったところ。

 

 少し離れたところに私のデフォルメされた絵が描かれている。あんまり特徴のない黒のワンピースだが、周辺に盾が描かれているので私で良いだろう。下には物理攻撃力一、耐久力三十、素早さ百、魔法攻撃力九十、隠密性能百と書かれた。

 

 実は私の魔法力配分上最も得意なのは隠密と願いによる条件察知能力、そして高速機動である。瞬発力だけならレンの方が速い。

 当時の私は中二病を極めていたので、探知しては瞬間移動して謎の女の子ムーブを決めたりと色々楽しんでいた時代だ。なのでこの配分に不満はない。

 

「こういう時に、そこにいる魔法少女が自身の魔法力配分を変更して、どうにか自力で相性の悪い怪人を倒す手段を編み出したのじゃ。その名は──」

「《リベリオン》」

 

 レンの言葉に被せて私が発言する。

 

 これは私が編み出した魔術から外れた技能だ。技術ツリーに一般公開されているのは魔術のみなので、覚えるには全員が修行する必要がある。

 そして、魔術ではないので発動時に正式名称を言う必要がない。そのせいで皆好き勝手にフォルムチェンジなどと呼んでしまうのだ。

 

「…………まあ、正式名称をリベリオンと呼ぶのじゃ。やってることは単純で、自身の変身に使われている魔法力配分の比率を変更するのみじゃ。試しにやってみせようリベ…………《フォルムチェンジ》!」

 

 最後に照れが入ったせいでレンがリベリオンではなくフォルムチェンジと叫んだ。責める私の視線に彼女は強気に睨み返してきた。

 

 魔法力が渦巻き、魔法少女レンを包み込む。白銀の髪が短くなり、着物が巫女服へと変わる。尻尾の数が増えて九本になり、獣耳まで大きくなる。服の胸部がはち切れんばかりに押し上がる。手に持っていた刀が、いつの間にか神楽鈴へと変わっていた。

 

「ふぅ……。とまあ、このように、見た目もある程度自由に、それでいて魔法力配分や魔法武器も変えられるのじゃ」

 

 少女の声も幾分か低くなり、妖艶な色を含んだ大人のソレへと変わっている。外見は小学生程度のものから成長して、高校生くらいになった。

 

「この姿だと、魔法力に特化した構成じゃのう。技術ツリーに公開されておる妾の遠隔攻撃魔術は大体この姿で使う用の技じゃ《狐火》」

 

 天井まで届く大きな炎が燃え上がった。熱が私のところまで届いてくる。驚く周囲に得意そうな笑みを浮かべて、炎を手で握り潰す。

 

 黒板のイラストも胸の主張が激しい姿へと変わり、怪人を打ち砕いた。

 

「このように、通常の姿では不得意な魔法力を使うのに、適した構成に作り変える技なのじゃ。ただし、デメリットもあるぞ。魔法少女の通常形態は、本人の資質に基づいた、最も効率の良い魔法力配分をしておる。配分を変える場合は、総合力は大きく落ちている事を忘れてはならぬぞ」

「レン先生、もしかして世間一般に広がっている魔法少女の映像って……」

 

 氷理が手を挙げて質問する。その言葉をレンは肯定した。

 

「これに関しては、本人に聞いてみよ」

「唯一放映できる魔法少女の姿は、私の《リベリオン・クレピスキュール》モードの状態」

「トワイライトじゃないんだ……」

 

 炎華が小さな声で漏らした。

 

「これが、本物と言われる魔法少女なのね……。ありがとうございました」

 

 氷理が戦慄するも、頭を振って気を取り直す。

 千葉くんが、隣に座る断頭の袖を引っ張る。

 

「なあ、どういう意味なんだ?」

「フランス語で黄昏を意味するんだってよ」

「なるほど、一捻り加えてるってわけか」

「そこ、解説するんじゃない」

 

 改めて言われると恥ずかしくなるのでやめてほしい。

 

 とはいえ、私はこれを傑作だと思っている。災厄級怪人を倒すのに必要だった技であり、その配分は攻撃に全てを振り分けるものである。溢れる魔法力を保持する事もできない決戦仕様で、変身して四十秒後には魔法力が枯渇して変身を解除されるのだ。

 

 これがなければ私たちはあの時死んでいた。今ではネタにされているものの、それだけの強敵と覚悟があって使う技なのだ。映像が残っているのも、あの姿に身を守るために回される魔法力はないので、保護魔術が発動しないというだけのこと。

 

「…………まあ、あの姿は本当に危険なものじゃ。だが、それだけの力があって、ようやく災厄級を倒せるというものなのじゃ。効果の程は見ての通り、今の時代を作り上げた実績がある。魔術ではないからリベリオンと呼ぶ必要もないので、習得しておくと良いのじゃ」

 

 ぽふんと、煙とともに元の姿に戻るレン。両手を叩いて注目を浴びると、壁の絵を消しつつ舌っ足らずな声で喋り出した。

 

「この後は屋上へ移動して実技をするのじゃ!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 魔法少女協会の屋上は広く、手すりすらないただの空間になっていた。

 下を眺めると、協会の近くにダンボールやら何かの布でテントを作り密集したスラムのようなものが誕生していた。どこから集めてきたのか、ドラム缶で焚き火までやっている。風に流されて、微かに生活の汚臭が鼻に届く。

 

 魔法少女は怪人を倒せる。協会には魔法少女がいる。だから近くに住み着く。といった流れだ。

 

 スラムの様相を見せる場所にいるのは、小さな子供たちだ。安全に住める場所がなく、食料を取るのも一人で暮らすのもままならない。親のいない子供たち。身寄りも行く宛もない存在が最後に辿り着いたのがここ、ということだ。大人たちなら、自分の家や空き家、アパートに住み着いているだろう。

 

「……なんとかしたいね」

 

 近くに寄った炎華も同じものを見て悲しそうな瞳をしている。

 

「一応、魔法少女協会は孤児院の運営もしている。今のところはドイツ本部だけだけど」

「はやくここも作られるといいね」

 

 建物は用意できる。問題は食料などの生活必需品だ。こればかりは協会での生み出す実験が進まない限り解決しない。日本はまだ、ああやって子供たちで集団を作れる程度には安全なので保護されていないのだ。

 

 海外では、見つけ次第確保しないと、すぐに死ぬかひどい目に遭うのだから。

 

「こうして集まっているなら、とりあえず雨風を凌ぐ場所を用意することはできる。今度申請を出しておく」

 

 やるべきことを脳内にメモ書きして、屋上へと目を向けた。

 

 魔法少女たちは、先程教わったリベリオンのために魔法力を練り上げている。建物の中でやらないのは、偶に暴発して爆発などを引き起こすからだ。魔法力の暴走は何を起こすか分からない。

 

 監督者のレンは、千葉くんに付きっきりでベタベタと体に触れながら魔法武器の振り方を教えていた。

 まあ、落下しても魔法少女は空を飛べるし死なないので問題ないのだろう。

 

 山の向こうに見える空は、黒く染まっていて、じきに雨が降ると予想できた。

 

「今日中には、新しい建物を用意して、中に入れるようにしておく」

「うん。よろしくね、ライゼンターさん」

 

 微かに微笑む炎華。自身の頬をぴしゃりと叩くと、明るさを取り戻した。

 

「よーし! なんか早い気がするけど、フォルムチェンジを覚えちゃおっと!」

「リベリオンね」

 

 私の命名は受け入れられないのだろうか。格好いいと思うのだが。

 

「うんうん、リベリオンね! ライゼンターさんはコツとかある?」

「…………内なる力を感じて、それを操ればいい」

 

 私が編み出した技術は、私が感覚で作り上げた物が多い。この感覚を言葉にしたくとも、理解はされにくいだろう。

 炎華も、よく分からなかったようで頬を掻いて苦笑いをしている。

 

「もうちょっと具体的に表現できる?」

「魔法力は、自分一人分だと単一出力になるからリベリオンには向かない。自分自身に直接手術するような感じになる。だから、早く習得したいなら、怪人を倒して魔法を増やす方がいい。混ざりあった魔法力なら感知して分けやすいから」

「魔法って怪人を倒せば増えるけど、レベルアップって感じじゃないんだ?」

「そう。怪人にせよ魔法少女にせよ、魔法そのものは変わらない。これを生み出し動かすのに願いが必要。だから、怪人でも魔法少女でも、魔法力が高まるのは、想いを背負うことになる。レベルアップというより、魂が増えるという感じ」

 

 奪うのか託されるのかでまた話は変わってくるが、大体こんな感じだ。基本的にはセーフティが掛かっているので問題ないが、より強い力を求めて深く踏み込んだり、身体に馴染む前から注ぎ込むと、意識や記憶の汚染が始まる危険もある。

 

 何かに気付いた様子の炎華を私は感じ取れず、アドバイスを送った。

 

「炎華は探知系能力が優秀だから、早いうちに覚えるよ」

「それって……」

 

 炎華の言葉を遮るように、魔法少女協会に警報が鳴り響く。

 

「これは!?」

「怪人警報だけど、普通は鳴らない。こういう時は、一人じゃ対応出来ない数が現れた時や、一人で倒すのは難しい上級怪人が現れた場合に、魔法少女全員に知らせるために鳴る」

 

 アメリカ大陸から怪人が流れてしまった場合に鳴ることがあるが、そうでもなさそうだ。

 

『上級怪人警報! 東京都上空に上級怪人クラスの魔法力探知、対応可能な魔法少女はすみやかに急行し、それ以外は避難してください!』

 

 放送を聞いて、私はレンと視線を合わせる。

 

「ひよっこたちは日本支部内から本部の異空間に避難するのじゃ! 行くぞ、ライゼンター!」

 

 上級怪人を倒せる新時代組魔法少女はまだいない。二人は対処できる魔法少女がいるので、出動するのはその二人、つまり私とレンになる。

 

「炎華、他の人と一緒に避難して。私は行く」

 

 手短に伝えて飛び立つ。呼び止めようとした炎華の手が空を切る。

 

『……ライゼンターさんはどれだけ背負ってきたことになるんだろ?』

 

 何かを呟いていた気がするが、既に聞こえないほどに離れていたので、意識から追い出して現場へと空を駆けた。

 

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