黒の魔法少女   作:雨天 蛍

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 最初の願いこそが、心の底から願われる事である。しかし、そういう願い事というのは、実は案外低俗なものが多い。
 高望みはしないのか、諦めているのか。努力というつらさがあるからなのか。理由は様々だが、自分自身を高める願い事はあまりされない。それよりも、少しだけ自分の生活を良くしたり、ストレスを排除する傾向が強い。
 そして、大抵そういった願い事というのは、自分の手で叶えたいとは思わない。
 政治の動画のコメント欄のように『誰かがやってくれ。自分は応援するから』と他人事のようにのたまう。それが例え、自分の生活を向上させることでもだ。
 手を汚したくない、面倒事を嫌がる。そういった願いを叶えるために、怪人は現れた。
 対して魔法少女は、大層な願いを持っていることは少ない。誰かに認められたい。とか、自分の手で叶えたい小さな夢から力を手に入れることがほとんどだ。
 そして、その小さな夢は、平和な時代にこそ生まれてくるものだった。



平和な時代は幾多の苦労でできている
-1-


 五月になり、日差しが夏らしい熱気を孕んできた。しかし、空気は澄んで風が涼しく爽気に満ちている。教室に射し込む日光は強く、ジリジリと焼けるような感覚を抱く。教室内は窓際に陣取る生徒が減少していた。夏とも春とも取れない季節に、生徒たちの制服も薄手の長袖シャツであったり、いまだにセーターを着る者もいたりとさまざまである。

 

 この時期になってくると、既に生徒たちの関係性も固まり、教室内はグループによって細かい集団が作られていた。それに伴い、休み時間ではグループに向かって席を離れる生徒が出ている。

 一部の生徒は気にせず同じ場所に居続けており、学校内で最も有名な生徒である赤坂穂村と青葉来織も席に座って話をしている。

 

 太陽の光を反射して、二人の黒髪が輝く。二人共際立った美貌を持っており、窓を背にした何気ない会話で話す姿は、青春のタイトルを付けるような、一枚の絵のように見える。

 

 学校付近で怪人が現れたという噂も出ており、同日同時間帯に席を外していた二人は、ほぼ確定で魔法少女であるとされている。そうした特異性もあってか、彼女たちはクラス内でも人気だが、彼女たちの中に混ざろうとする者はいなかった。

 

 ただ一人の、別の方向性で特異な生徒を除いては。

 

「私と始めて話した日に、周辺が暗くなったんだよね?」

 

 赤坂さんが僕の目を見つめて尋問する。

 

「うん、僕はあの後すぐに教室に戻ろうとしたから外の様子までは分からないけど、短い間、校舎内も見通せないくらいに暗くなったんだ」

「私たちも体育館を出た時辺りで暗くなったからなぁ。体育館周辺以外には魔法力がなかったけど、戦いの残滓だろうし……」

 

 腕を組んで唸る。彼女たちが探しているのは、僕の情報だった。

 特異な生徒とは、もちろん僕である。魔法少女だとバレてはいない。しかしなぜか体育の時間に、赤坂さんと話してから、この二人のグループに入れられているのだ。一度理由を聞いてみたが、気になってたからとのこと。

 

 個人的には男子グループに入りたい。しかし、この二人に逆らう人はクラスにいないので、僕は気付けば固定グループ扱いになっていたのだ。彼女たちが怪人討伐などでいない時にだけ、他のグループに入れてもらえる。女子グループに呼ばれる割合が七割なのは不満があるが。

 女の子だけのグループに僕一人というのは案外気不味いものがある。魔法少女時代でも、個人情報を明かさない方面でのプライベートな会話をされると心苦しいものがあった。

 おかげで手入れとか流行とか化粧には詳しくなっている。ネカマでもやってる気分だ。

 

「でさ、やっぱりその後の目撃情報はないっぽい?」

「日中での活動報告はなさそう。夜とかになると、分からないと思うわ」

「前々回はデカい魔術使ってたのもあってか週刊誌に載ったのにね〜」

 

 二人が話している内容は、彼女たちが魔法少女として怪人を倒した日の時の事だ。

 体育館内に発生した怪人は産まれたてだったので、そこまで強くはなく、簡単に倒すことができた。しかし、その直後にとある魔法少女の活動が観測されたのである。

 

 本物という二つ名を持つ魔法少女、ライゼンター。戦争期と呼ばれる時代最後の魔法少女にして、最強と名高い伝説の存在。最も知名度がある魔法少女だ。

 

 戦争期の後の世代、新時代組の魔法少女炎華と氷理である二人や、同じ世代の魔法少女は復旧したSNSなどを通じて自らの活動をネット上に公開しているのだが、それでもライゼンター以上の知名度はない。かの魔法少女は、ネット上で活動など一切していないのにだ。

 それというのも、魔法少女はテレビを主体としたオールドメディアの映像に映ることがない。できないといった方が正しいのだが、とにかく、本人の活動以外での外見などの情報露出はほとんど不可能だ。

 

 過去に魔法少女の個人情報を探るオールドメディアや、個人ストーカーなどに対していろいろな事件があった。それらを踏まえて、魔法少女はオールドメディアの映像に映らない。放送できない魔法を編み出し、個人の悪意によるネットでの詮索、情報の収集、蓄積を不可能にさせたのだ。

 故に、戦争期の魔法少女の多くは、ネット上に晒された僅かな画像と情報。新時代の魔法少女は個人による活動のみでしか、その存在を確認する事ができない。

 

 しかし、唯一オールドメディアでも使える映像が一つだけ存在する。それが、魔法少女ライゼンターの映像だ。

 

 戦争期最後の決戦。アメリカ大陸を滅ぼした災厄級怪人と、魔法少女の戦いにおいて、とどめを刺す瞬間の僅か数秒ほど。その時間だけ、なぜか彼女の撮影に成功している。その姿は放送しても、魔法による防衛が働かず、幾らでも流せるので、魔法少女に関する報道をするときはイメージ映像として流されるようになってしまったのだ。

 魔法少女そのものを保護する魔法は働くが、外野の人間が魔法少女を語ったり、話したりする分には魔法による規制がない。そんな事情もあって、魔法少女ライゼンターは、その姿を含めた多くの情報が知れ渡っているのだ。

 

「伝説の魔法少女。アメリカ大陸を滅ぼした怪人を倒した英雄。本物の魔法少女、ね……」

 

 青葉さんが呟く。手に持った端末では、魔法少女に関する情報をまとめたサイトが表示されており、ライゼンターに関する情報が書かれていた。

 彼女たちの机の上には、親の顔より見たであろう魔法少女ライゼンターの、数少ない映像を載せた週刊誌もある。

 

 話を聞きながら、雑誌を手にとって読んでみた。

 魔法に関する情報をメインに取り扱っている。内容のほとんどは、魔法少女の活動記録報告や、怪人被害、小さいコーナーで空想魔術が書かれている程度のもの。取材はできないので仕方がない。

 その代わりなのか、現役学生モデルでありながら、魔法少女をやっていると噂の女の子が表紙を飾っている。わざわざ魔法少女っぽいコスプレまでして。

 

「三月下旬に大規模な魔法行使観測。戦闘跡および目撃情報から《アルカディア・カタストロフィ》であると推測。四月初頭に《ドンケルハイト》の使用報告多数だって。急に真っ暗になったからやっぱりライゼンターが近くにいたんだよ!」

「魔法力は感じなかったのだけれど」

 

 サイトページをスクロールしていくと、ここでも唯一使える映像である、魔法少女ライゼンターの姿が貼られていた。

 

 黄金に縁取られたボロボロの黒いドレス。髪はポニーテールに結ばれており、額から真っ黒な血のような魔法力が滲んでいる。右目は碧い炎が宿っており、手に仄暗く透き通った水晶の大剣を持ち、上段に構えている。

 怪人にとどめを刺す瞬間を切り取ってあるようで、今にも動き出しそうな気迫と、消えてしまいそうな儚さが同時に存在する不可思議な絵だ。

 

 赤坂さんが熱い息を吐く。その目は憧れを見るように輝いている。

 

「やっぱり綺麗だなぁ……。魔法少女ライゼンターの真の姿《クレピスキュール》だっけ?」

「…………トワイライトでもラグナロクでもないのね」

 

 青葉さんが少し眉を顰めて胸元を握りしめている。そう。これが魔法少女ライゼンターの本物と言われる力にして理由だ。僅かでも心当たりがあると苦しみ悶える事になる。この映像と情報が拡散された結果、魔法少女ライゼンターは英雄よりも本物という印象になったのだ。

 当時の掲示板サイトに轟く叫び声を、僕は覚えている。その結果、僕は悲しみを覚えてインターネットを辞めることになったのだから。

 

「ねねっ! 水雪君は魔法少女ライゼンターにあった?」

 

 様子のおかしい青葉さんに気付かず、赤坂さんが僕に話しかけてくる。教室で前後の席に座っている二人に対して、僕は右隣の席を借りて座っていた。

 

 朝学校に着いた時には、既に僕の席は他の人が占拠していたのだ。追い出された僕は、そのまま赤坂さんに呼ばれて話をすることになった。

 

「今までも会ったことはないかな」

 

 なんせ本人なので。

 

「やっぱりかぁ。居るであろう事はわかるんだけど、実際に姿を目撃した人ってかなり少ないんだよね」

「それだけ、後進も成長しているってことだし、平和なことの証明だと思うけれど」

「やっぱり憧れでもあるから、一度会ってみたいなー」

「……そういえば、魔法少女同士でも遭遇例は少ないのよね」

 

 僕は学校生活に支障をきたさないように活動を減らしているのもあって、最近は特に存在が観測されていないのだ。

 

 そもそも、日本は特定の地域以外はそこまで危険でもないので、僕が出動する機会も減ってきている。

 

「やっぱり噂通りなのかな……」

 

 心配そうな顔で、自分の唇に人差し指を当てて考え込む赤坂さん。

 

「ああ、活動状況と使用魔術から、引退が近いか弱体化しているという話ね」

「そうそう。特に、戦争期の魔法少女って、今でも活動しているのは、魔法少女ライゼンターを含めても二桁いかない筈だよ。やっぱり時間経過で魔法力が衰えちゃうのかな?」

「魔法は消えないというけど、不思議な話ね。私は所詮民間人の噂でしかないと思うわ」

 

 魔法少女同士なら、一般人よりも情報が手に入りやすい。そして、そこから漏れる形で、魔法少女の数なども知られているのだろう。

 

 ちなみに、戦争期からの生き残りは十数人程度である。その後引退した人も多いので、現在活動している戦争期組の魔法少女は、僕を含めて四人になる。

 その中でも、二人はドイツで魔法少女協会を作って運営しているので、会わなくなってから久しい。連絡は取り合うのだけど。

 

 赤坂さんが大きく伸びをして、窓際に寄りかかる。

 

「近くに別の怪人もいたことだし、私たちもちょっと修行したほうがいいかもね」

「技術ツリーを埋めるだけでは、個人の戦闘技能はあまり伸びないからね」

「噂の道場に行ってみよっか!」

 

 青葉さんは、先程からずっと背筋を伸ばして椅子に座っている。姿勢もほとんどかわらない。

 氷というよりも鉄みたいだ。

 彼女とは赤坂さん経由の関係といった感じで、あまり話したことはない。なんというか、相性が良くない雰囲気がする。

 僕でも知っていて話に入れそうな人が話題に上がったので、声を出す。

 

「魔法少女レンのこと?」

「そうそう! 日本出身の戦争期魔法少女のレン!」

 

 僕も日本出身の戦争期魔法少女なんだが。そりゃあ個人情報漏らしてないから情報は一切不明だろうけどさ。

 ちょっとだけ不満だが、言えるわけもないので黙る。

 

 魔法少女レンは、僕よりも三ヶ月ほど活動時期が早い同期にして先輩だ。そして、分かりやすいくらいに日本らしい要素が出ている魔法少女である。

 

 白銀の髪に狐の耳。大きくはだけた着物と二メートルにも及ぶ長さの刀を使う接近戦型の魔法少女である。

 僕の戦闘スタイルが魔術を使って戦う後衛だとしたら、彼女はバリバリの接近戦型である。特に戦術技巧においては僕では足元にも及ばない。

 技術ツリーにある魔術や技に関しても、僕よりも圧倒的に人気がある。本人は刀を使うのだが、他の武器を使った動作も彼女は習得しているのである。

 

 そして、本人の活動拠点が魔法少女限定で公開されている。自由に会えるベテランにして、先の時代の英雄なのである。

 

「不定期に新人研修をやってるらしいから、今度参加しようと思うんだ!」

「そこで魔法少女ライゼンターにも会えたらいいのだけど」

 

 バンザイする赤坂さんに、頬に手を当ててため息を吐く青葉さん。

 彼女たちには期待しているから、僕もレンに伝えておこうかな。久しぶりに会いたくなってきたし。

 

 

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