電脳未来の幻を追って 作:Adrastearum
夢を見ていた。
それはディストピアだった。
所狭しと聳え立つビル群と、あちこちにしかし目立たないように設置された監視装置群。
それらから得た情報を統括し判断するコンピュータ。
情報社会の完全なコントロールを握った政府は、絶対にそれを手放すことはない。
人々は計画された幸福の中で、不幸を感じながら日々を生きている。
当然、個人が自由にコンピュータを操作することはできない。製造段階から仕組まれた制限と我が物顔に振る舞うスパイウェアのもとでは、電子媒体に思想を書き込もうものならすぐさま
私はぼんやりとした頭の中で、こんな世界には住みたくないな、と他人事のように思った。
夢を見ていた。
それは
生活の質の向上を実現するべく、どこにでもコンピュータが組み込まれている住空間。
夥しい数のセンサーからの情報を組み込みシステムが統括し、温度・照明の調整を何もしなくてもやっておいてくれる。
同様にしてビジネスオフィスにもコンピュータは組み込まれ、また働く人の各々が自分のコンピュータをあやつっている。
軽快に響く打鍵音、英語を打ち込む人もいれば日本語を打ち込む人もいる。もちろん人の言葉でないものを打ち込む人だっている。どれにせよかなりスムーズな入力であるように見えた。
建物の外にもコンピュータはありふれていた。一人ひとりが持っているのは大きくかさばる汎用機ではなく、通信を主目的としながらも多機能を備えた携帯端末だ。汎用機とは目的を異にしつつも、足並みを揃えて発展を続けている。
もちろんただ生活のためにコンピュータがあるわけではない。それは娯楽の世界でもあった。また一人ひとりが娯楽を生み出せる世界でもあった。
なによりそれらは統一されていた。機種が違えども容易にやりとりができるよう、様々な工夫が施されていた。
日本だけでない、世界中ともこのシステムが共有され、日々改善が行われ進化を続けていた。
私は妙に醒めた頭の中で、これは夢だ、非現実だとはっきり認識した。こんな世界が現実に存在したらどれだけいいだろうかと反実仮想したが、こんな世界は現実を無視している、という反感も抱いた。
夢を見ていた。
それは…それは夢ではないのではないかと私は思った。
形容するならば「現実的未来」といえそうなその世界。コンピュータはあちこちに存在しているものの、
この世界で変革を齎したのはコンピュータではなく通信網の究極的発達、世界中が同じネットワークに接続されたからこそ実現した発展が多数であった。
ただし、その世界の中に、日本の姿は薄い。
「市場規模の不足からインセンティブを欠き、また潜在的開発者にも乏しかった」
「240億円を投じた国家プロジェクトの失敗」
「ソフトウェア開発はあとからついてくる、とでも思っていたようだ」
「逆境の中の発展」
「デジタル革命に乗り遅れ、失われた30年」
「プログラマの下半分は不要」
「0円入札50人月」
「きつい、帰れない、給料が安い」
「80年代までは先進国だった」
聞こえてくるのは怨嗟の声ばかり。産業革命以降続けてきた製造過程の模倣改良という手法が通用せず、ネットワーク外部性と知的財産権の優位が蔓延る領域において、この国はあまりにも無力だった。しかもよりによってそれが新世紀の命運を握る最重要産業であったのだ。
かくして日本はこの夢の技術領域にて、列強の末席の地位に逆戻りすることとなった。
しかし、それは決して避けられぬ運命ではなかったはずである。
太平洋戦争同様に、ポイント・オブ・ノーリターンはいくつかあったはずで、そのひとつひとつでのボタンの掛け違えを丁寧に正していけば、少なくとも現状よりはやりやすい環境になっていただろう。
私は…悲しかった。
こんな夢のない現実が、ではない。
夢のようにはいかない世界で、しかし確かに夢を抱いて、それを目標として粉骨砕身した人々がいたのだ。
それが叶わなかったということが悲しかった。
確かに所詮夢は夢で、現実に落とし込むには無理のある代物だったのかもしれない。
しかし、私は信じていた。条件が整えば、理想主義が世界を支配することだってあるのだ。
「いまの技術でこういうものが作れる、という話ではない。こういうものを作りたいという理想があって、そのためにいろいろな議論を進めていくのだ」
それは技術開発の本来の姿であるはずだった。
私は覚悟を決めた。
机上に鎮座するコンピュータと相対し、電源ボタンを押し込んだ。
唸り声をあげて起動する電脳機械。
それとともにだんだんと覚醒していく意識。
ぼやけていく夢の中で私が最後に目にしたのは、
液晶の真ん中に光る、重量感のあるフォントで描かれた「BTRON」の五文字だった。