「............ん...?」
いつもとは何か...具体的に、背中を包む感触が違う感じがして、目を覚ました。
「...どこだここ。......はあ、とりあえずっ...!?」
体を起こそうとした途端、左胸から走る燃えるような痛みに顔を歪め、ベッドに倒れ込んだ。
「いっ...たあぁ〜っ...!」
絞り出すように悶えると、視界の端に、私の腕へと伸びる透明の管が見えた。
「...点滴?待って、ここって病室?なんで私、こんな所に...?」
意味もわからないまま、清潔な色に包まれた部屋を一度見渡す。
すっぱり切り抜けらてしまったかのような記憶の空白が、私の痛む体に寒気を走らせる。
「昨日...昨日何かあったのかしら...?」
「目覚めましたか。」
「......えっと...」
せかせかと点滴を交換したり、話しかけてくる白衣を纏ったヴァルポの子は...誰だっけ...
「ススーロですよ。まだ意識がはっきりしていないみたいですね。暫くは安静に。」
ススーロ。
そう。ススーロちゃん。
私は...
...私は?
「ススーロ、ちゃん。何か、鏡とか、無い...?」
「鏡ですか?はい、どうぞ。」
目の前に差し出された手鏡に、ぽやぽやと情けない顔をした女が写る。
...あ、私か。これ。
ギョクソウ...私で、私が世界で一番苦しんでいるのは私だ、と思うぐらいに苦しませて殺してやりたい女。
「......うん...色々思い出して来た。まだ記憶に抜けがあるけど...ねえ、私何したの?なんかやけに体痛いんだけど。」
「撃たれたんですよ。体起こせます?そう、そのままで...」
患者衣を脱がして私の右肩から掛けて左胸にまで大きく巻かれた、わずかに赤くなっている包帯を取り外していく。
「撃たれたって...この傷のこと?この、胸のところにあるやけに大きくて、赤くて、円い...」
「はい。もう少し上だったら心臓が潰れてましたね。」
「サラッと怖いこと言わないで?」
そんな軽いやりとりをしながらも、作業速度は変わらず、見る見るうちに新しい包帯へと取り替えられた。
「かなり喋れますね。回復しただけでも奇跡なのに...」
「なんて?」
「...いえ。ご無事で何よりです。しばらく一人で休まれますか?それなら面会は控えるよう知らせておきますが。」
「いいえ。何があったか、はっきりさせたいから。」
「分かりました。ですが、くれぐれも体には気を使ってくださいよ。」
「ススーロちゃんの迷惑にはならないわよぉやぁねぇ。」
「......」
「本当に迷惑はかけないわよ。」
呆れたような、見下げたような視線が突き刺さり、すぐに冗談を撤回する。
小さく肩を竦めて、「ではお大事に」と一言言って退室して行った。
静かになった病室で、点滴からぽたぽた落ちる雫を眺めつつ、ゆっくりため息を吐いた。
「おっ、ご機嫌じゃねぇか。どうなるかと思ってたんだが...中々調子良さそうだな!」
窓の方から聞こえる陽気な声で、もう一度深く息をついたけど。
「......まあ今よりは比較的ご機嫌だったわよ。最初のお客さんは貴方なの?.........ニェンちゃん。」
「忘れてたか?なあ今私の名前忘れてたよな?」
窓辺から降りて、私の詰め寄ってくるニェンちゃん。少し怖い。
「......いいえ。」
目を逸らすと、艶やかな鱗を持った尻尾が揺れているのが目に入る。
怒らせてしまったかと不安になっていたけど、直後やって来る笑い声にその不安は否定された。
「まあ仕方ねぇか。人間の三日だから...私らの三百年ぐらいか?そんなに寝てりゃ私も、姉ちゃんたちの名前ど忘れしちまうかもな。」
「相変わらずスケールの大きい...え?三日...?」
「あー、そういや知らなかったんだな。わりぃわりぃ。うーん...それにしても...なあ?」
「え、な、なによ。」
「お前、そんなに脆かったか?たかが鉄砲で死にかけやがって。」
普通人は銃で撃たれたら死ぬのよ?
言っていることはめちゃくちゃだけど、何が言いたいのかは分かる。
「死ぬのは困るわねぇ。まだ大人になったあの子の晴れ着姿、見れていないもの。」
「ん、そっか。...おっ、リンゴあるじゃねぇか。貰うぜ。」
見舞いの品...かしら。
定期的に差し入れられていたのか、瑞々しさの残る真っ赤な果実を一つ掴み取ると、爪の先をつうと皮にはわせる。
「皿、皿...んだよあんじゃねぇか。」
そうして小さな皿の上に載せると、林檎が自重で傾き、八つに分かれた。
「ん、おめーも食え食え。お前宛てのやつなんだからよ。食えんだろ?」
「...」
「あ?んだよその顔は。」
「あ、いえ。思いの外優しくて驚いただけよ。」
「私をなんだと思ってんだ?供え物盗るとか罰当たりで出来ねぇよ。」
「供え物って...ふふ、あなたらしいわね。」
珍しい人物から与えられる純粋な気遣いに、少し痒い感じもする。
「あっやべ!!」
突然大声を出した珍しい人物。一体どうしたことかと見守る。
「姉ちゃんとメシ行く約束してたんだった!」
「姉ちゃんって...リィンちゃんのこと?」
「あーいや、リィン姉じゃなくて、
向こう...炎国で?窓から覗く景色は、少なくとも炎国には見えないけど...
「遅刻しちまう!じゃあ私はもう行くからな!じゃあな!」
ばたばたと窓を開けてそこから出ていく赤い龍の尻尾。
普段は人を巻き込んで好き勝手やるくせに、こういう時は優しくて、かと思えばふらっと行ってしまう。
どこまでもマイペースな彼女を羨ましく思う。
「あら、この林檎美味しい。」
ニェンちゃんが切り分けてくれた林檎を、小動物が齧るようにもさもさと食んでいた頃合だった。
「やっほ。」
フードの不審者が何気無い顔(見えないけど)で入室してきたのは。
「ドクター。今度はあなたね。」
「オペレーターなんかの、名前は思い出したのかな。あぁ本題に入る前にまず一つ。」
落ち着き払って話を進めるドクターが、突然頭を下げた。それはもう深々と、腰と背中が綺麗な直角になるぐらい。
「すまなかった。」
「...?」
「私の詰めの甘さが原因で、危うく君はもう目覚めないところだった。」
「何があったか教えて貰わないと、許すにも許せないんだけど。」
ただ頭を下げられるのに納得がいかず、多少の苛立ちも込めた言葉。
ドクターのミスに怒ってると勘違いしないといいんだけど、杞憂に終わった。
「...そうだね。まず、これを。」
そう言って渡された白い布の中には、三センチ程度の、弾丸の形をした...源石?が包まれていた。
「これって、もしかしてあれかしら。例のあれ。」
「あぁ。これが貫通したんだよ。」
「貫通って...え?」
「そのままの意味。向こうの景色が見えた。」
「えぇ...」
冗談みたいな話だけど、冗談じゃないみたい。
その誠実な態度が気持ち悪いからとやめさせられたドクターに、その後も事の顛末を聞かされた。
要は、制圧任務の終了間際に狙撃されたらしい。
その話を聞かされた途端、今までがとぼけていたかのように記憶の濁流が起こる。
敵味方含めて死者はゼロ。怪我人も軽度もしくは気絶程度で、何もかも上手くいっていた。
ただ火薬の弾ける音を境に、地面に横たわるまでは。
胸から温かいものが零れ出して、それで出来た水溜まりの中で倒れる私を誰かが揺するんだけど、むしろそれが心地よくて眠気を誘う。
じわじわと手先が冷え、体が動かなくなっていく最中『あぁ私で良かった』なんて考えて完全に意識を手放した。
「...思い出した。あの時は訳が分からなかったけど、そういうことだったんだ。にしても、三日寝ていたらしいわね?」
「三日どころか二度と目覚めないかもしれなかったけどね。昨日が山だったし...」
「ふうん。」
「興味無さそうだね?」
驚きと言うより「やっぱりな」と呆れが多分に混じった言葉。
「そりゃ自分の事だし心配する気にもならないわね。というかあの子...リサは?私が居ない間、ちゃんと出来てた?」
「出来てたよ。むしろ普段より張り切っていたぐらいだ。」
「...そう。」
嬉しさ七割、寂しさ三割って所かしら。
「本当にいつも通りだったよ。朝、みんなに挨拶して、医療オペレーターの講習を受けて...」
「強いわねぇ。」
「そうして空いた時間、庭園に入って土だらけになって出てくるんだ。毎日ね。」
「ちょっと待ちなさい。あの子何してるの?私知らないんだけど。」
「枕元に置いてあるものは見た?」
「あん?...何かある。」
緑色の細い棒みたいなのが三つ。
頭のところにはこれまた緑色のハートがそれぞれ四つ。
「クローバー...それも、四つ葉...これをリサが?」
「...」
黙って首を縦に振るドクター。
「毎日...?」
「...」
無言で首を振る速度が上がる。ちょっとキモイわね
「ねえドクター。...リサに会いたいわ。今あの子は何処にいるの?」
「まだ部屋で寝ているんじゃないかな。昨日はススーロに帰らされるまで君のそばにいたらしいから。」
「...胸が痛いわね。」
「何?悪化した?あ、そうそう。眠っている君に、涙を零しながらもぎこちない笑顔を保って今日あったことを話していたんだって。」
「分かって言ってるでしょ。やめなさ...げほっ!ごぼ、お゙え゙っ...!」
口を塞いだ手に、少量の赤が付着した。
「ぜぇ、ぜぇ...ドクター...」
「うんダメだよ?」
息も絶え絶えに、手の赤色を拭き取る私にドクターはバッサリと拒絶の意を示した。
「まだ、何も言ってないでしょ...」
「その状態で出歩かせるわけないだろ。スズランなら私が呼んでくるから。」
「私があの子にした仕打ちを考えれば妥当よ...!私の方から、行ってあげないと...」
「回復しかけだってのにまた悪化させる気?いいから寝てなさいって。あんまりごちゃごちゃ言うようなら、レッドとパゼオンカとその他諸々のスズラン関係者を突入させるぞ?」
「...最低の脅し文句ね。」
「事実パゼオンカは外で待機してるし。」
「えぇ...?それ本当?じゃあ入ってきなさいよアヴドーチャ。どうせまた、馬鹿みたいなことしに来たんで...しょ...」
ドクターの言う通り、アヴドーチャが入ってきた。
いつものギリギリ水着に見えなくもない馬鹿みたいな格好が見えたから、ついいつもの調子で憎まれ口を叩く。
その直後顔を直視して、言葉を失った。
「あぁっ...!本当にズビ-ッ!ご無事、なのでズビ-ッ!わね...!」
うわ。
喉元まで出かけた、あんまりにもあまりな言葉を飲み込んで、顔面ぐしゃぐしゃのピンクループスに目をやる。
「...なんで泣いてんの?」
「なんでだなんでえ゙!ぞんなのっ!決まってるじゃあぁアッハッハッハアァァァン!!」
「なんでもっと泣くのよ意味が分からないわ。止めなさいよみっともない。えっちょっと...抱きつくな!暑苦しいのよ!」
ギャーギャー騒がしくなった私たちと、それを見ておそらくいい笑顔でサムズアップするドクター。
「じゃあ私、スズラン呼んでくるから。」
「待ちなさいコイツどかして...おいコラ逃げるな...!逃げるなぁ!!」
「も゙ぉ゙!ぼんっどうにじんばいじでおりまじだのよ゙ぉぉ!!!」
「あーもー泣くな鬱陶しい!抱き着くな顔近づけんなこっち来んな!」
コイツに泣かれても嬉しくないんだけど!?
どこか遠くを見つめながら、私の膝に泣きついてわんわん煩いアヴドーチャから目を逸らす。
いや本当に煩いなコイツ。
「うぐっ、ふぉおぉ!!」
そろそろ殴って黙らせようかと思う頃合だったけど、まあ...人の好意を無下にする程腐っちゃいない。
「...はあ...いい?そんな不ッ細工な顔で私に泣きつくより、気持ち悪い笑い声出してドゥリンの尻追っかけてるのがお似合いよ。あんたは。」
「う、うぅぅっ...ひどく、ありまぜん...??」
「事実よ。」
多少はマシになったみたい。
良かった。
「...あら。」
いつもの調子に戻り、何ともないような雑談を交えながら近況報告をしていたアヴドーチャが、携帯電話を見て立ち上がった。
「何かあったの?」
「まあ、はい。少なくとも、わらわはお邪魔になることでしょうしもう行きますわね。」
「邪魔?別に邪魔じゃ......みんな私の話聞かないわね。」
騒がしい親友も行ってしまって、また嫌な静けさが訪れる。
微かな足音もしなくて独り世界に取り残されてしまったような...
「...何考えているんだろう。らしくないわね。」
時々、酷く孤独感に苛まれる事がある。
こんな、体が弱っている時は特に。
どうやっても一人だという無力感に混じって、小さな足音が大きくなる。
「ん?足音?」
静かで軽い、可愛らしい足音。
「お、お姉ちゃんっ!ぜえ、ぜえ...!」
肩で息をしながら、必死の形相で部屋に入ってくる...リサ。
じんわりと汗ばんだ額に両の眼から下へ伸びる一筋の赤い線。所々跳ねている髪の毛。
尻尾の毛もぼさぼさで三十分ばかり遅刻した、いつぞやかのアヴドーチャを思い出す。
「ドクターさんから聞いたよ。も、もう、大丈夫、なんだよねっ...!?」
「...えぇ。長いことごめんなさいね。そんな泣きそうな顔しないで。ほらこっちにおいで、あなたを抱かせてちょうだい。足を折った訳じゃ無いんだし遠慮せず膝の上においで。なんでそんなガチガチなのよ。もっと楽にしなさい?うん、そう...」
お互い顔が見えないように...捲し立てるように膝上の温もりを抱きしめる。
「怖かったでしょう。不安だったでしょう...よく、頑張ったわねぇ...」
「わ、私は、なんにも...」
「いいえ。確かに何も覚えていないけど、あなたのおかげで今があるから。それは分かるのよ。」
跳ねた髪も、肩も、浅い呼吸音すらも小刻みに震えている。
上手く動かない手を頭の上で動かしてやると、むしろ震えが強くなって、今度は歯を食いしばって唸るような声までしてきた。
「うう...うぅ゙〜っ...!」
首筋にぽたぽた、冷たいものが落ちて、弾ける。
「...そんなに強く掴まなくても大丈夫よ。あなたを置いて、どこにも行きやしないから。絶対。約束するわ。」
服にシワが着くくらいに強く握りしめるリサの横顔に頬を擦り付けて体温を分かち合う。
「我慢しないでいいのよ。体裁だとか、配慮とか。そんなものをくだらないと一蹴できるぐらいに、あなたはもう頑張ったんだから。」
「っぅぐっ...ひぐっ...」
「...怖がらせてしまって、ごめんなさい。」
「んん...んにゅ...すう、すう...」
「...超可愛い。」
一通り奥底に溜まっていた感情を吐き出し終えたリサは、私に抱きつくように目を閉じ、そのまま寝息を立てていた。
起こさないよう慎重に頭を撫でて、寝癖を抑えてはひょこと飛び出る毛を見て肩を震わせていた。
「......『あなたを置いて、どこに行かないから』か...我ながら、卑怯ね。根拠も無ければ自身もない。」
きっと、この子の為だったら喜んでこの首を差し出すだろう。
骨を一つずつ、丁寧に砕かれようとも...最期まで笑うだろう。
「そりゃ私だって、ずっとリサの隣に居たいけどさぁ...この世界はそう優しくないって...分かったでしょ?ねぇ、リサ...」
生糸みたいに柔らかくて細い髪をかきあげる。
全身から伝わる体温が、じわりじわりと私の根幹を溶かして、わずかに視界が歪む。
零れそうになった冷たいそれが、リサの頬に落ちないように指ですくい取って、目を閉じる。
「......はあ、いつになるか分からないことを考えても仕方ない、か...たとえその時が明日でも、後悔の残らないよう...」
小声の決意表明をした直後だった。
「その通り。『無死の愚者なりて薄命の焔に勝る事有らぬ』画竜点睛ってやつだな。殊勝な心掛けじゃねぇか!」
数時間前に出ていった子が何食わぬ顔で戻ってきたのは。
「にぇ、ニェンちゃん?食事に行ったんじゃ...」
「もー終わった。姉ちゃんも元気そうだったし良かったんだけどよ...」
「だけど...?」
「ニェン。こちらの方が、例の?」
言いよどみ、珍しく表情に影をさすニェンちゃんの後ろからひょっこりと見知らぬ人が顔を出したのは。
白髪に稲穂のような黄金色のメッシュ。髪の先は海のような青になっていて...
「なんか、わりぃ。おめーの事話したら、姉ちゃんが会いたいって言ってよ...」
「姉ちゃん」という言葉を裏付けるように、その女の子には龍の角と尻尾が生えていた。
あとがき
ギョクソウ...シンプル死にかけた。綺麗な川の向こうにある花畑で、実家の人達が手を振っていた。
スズラン...毎日欠かさずギョクソウのお見舞いに来ては夜遅くまで手を握りながら話し掛けていた。さすが我らのひかrアッ!!!!(浄化される音)
パゼオンカ...地味にダメージを受けていた。見かねたミニマリストに声をかけられても生返事を返すぐらいにはメンタルやられていた。
ニェン...実はセコムが死にかけている間、代わりにセコムしていた。一応お姉ちゃんなんやなって
???...まだ日本版に来てないせいでキャラ分かりませんが、キャラデザで脳を焼かれました。
今のイメージだとドクターを土に埋めようとするおもしれー女兼しっかりもののお姉ちゃん力・包容力ともに歳陣営最高峰のお米お姉さんとしか思えない。
早く来てください私と一緒に田植えしましょうよウヘヘヘ