訓練室のベンチにたまちゃんを座らせて、指を立てて言い聞かせる。
「私はやる事があるからここで待っててくれる?少し退屈かもしれないけどごめんね。」
「...うん。」
相変わらずおどおどと不安そうな顔をしていますが、もう自分の尻尾は抱きしめていませんし、頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めます。
「...りさ。」
「どうしたの?」
「.........がんばって。」
「えっ...!」
い、今...!がんばってって!
あんなに無言を貫いていたたまちゃんが、私に!
これが...お姉さんの気持ち...!
偶然にも、どちらもヴァルポで尻尾が九本あるので、なんだか妹が出来た気分です。
「うん!がんばるね!」
えっと、私がお手伝いする方は...
...リィンお姉さんですね!
「...あぁ〜.........」
「あぁもう〜......」
「くっっっそ暇ですわぁ...!」
暇を頂いたはいいものの、これまで経験した中でもトップクラスのスランプ...!
「あぁ...ゼルウェルツァではこのような事とは無縁でしたのに...あぁ、あぁゼルウェルツァ...嗚呼愛しきゼルウェルツァ!」
いよいよ深刻な問題になってまいりましたことを感じたわらわは、即座に考えを移したのです。
「...まだ昼前ですか。この時間だったら、第三宿舎の仮眠用ベッドにドゥリンさんがいらっしゃったはず。」
ここの所、任務か執筆かという生活しかしていなかったせいで、心のゆとりが...というか締切が早すぎますのよ。
「毎回毎回一ヶ月で一つ書き上げられると思ったら大間違いでしてよ!あぁもう!あったまキますわぁ〜ッ!!」
これはもう一刻も早くドゥリニウムをキめなければ!ストレスと過労と将来の不安で死にますわ!
道行くオペレーターの方からの、珍生物を見るような目つきすらものともせず、第三宿舎へ向かっている時でした。
「り、りさぁ...りさぁ...?」
「...なんですの、アレ。」
ちょうど通路の影になっているような場所で、ヴァルポの少女が蹲ってましたの。
白いヴァルポだなんて、どこぞのシスコンを思い出しますが...まあ、無視は出来ませんわ。それに中々可愛らしい顔立ちですし
「あなた、どうされたのですか?」
「りさっ?...じゃ、ない...」
わらわの顔を見るやいなや、凄まじい速度で笑顔の花を枯れさせるこの子は...どちら様でしょうか?
「リサ?スズランさんの事を言っているのでしょうか...あなた、スズランさんとはどのような関係で?」
「ひっ、た、たべ、ないでっ...」
「食べませんわよ?一体わらわが何に見えていると...あっ。」
見た限り、この子の年齢はともかく、身長は120後半ほどでしょうか。
それに比べ、わらわは...177cm。
怖がられるのも無理ありませんわね。と言うかむしろ自然なことですわ。
尻尾を数本抱きかかえて...そこまで怖かったのでしょうか?可愛いですわね...
「ふう...」
目線を合わせようと思ったら、もはや座り込まないといけませんわね?
顔を覗き込んでようやく気付いたのですが、月を思わせるような黄色い瞳に、奥で揺れる九本の尻尾...ますます、あの方を思わせますわね。
もしかして隠し子とか...!?
「...はっ、ありえませんわね。それこそわらわがドゥリン以外を好きになる程ありえませんわ。」
「?」
「あぁそうでした、スズランさんを探しているのでしたね?よろしければ、わらわが案内いたしますわ。」
「ほ、ほんと?」
「えぇ。スズランさんは今訓練室に居るはずですし、ご案内いたします。」
少しだけ腰を上げて、手のひらを差し出した所で気づきました。
あまりにも小さなそれがどこかへ行ってしまわないように手を繋ごうとしたのですが...
...身長差ッ...!
そうなると、わらわの腰への負担が気になるところですので...
「しっかり、捕まっていてくださいまし。」
大人しく抱き上げることにしました。
突然高くなった視界に恐怖しているのか、小刻みに震えておりますし、九本の尻尾の全てが膨らんでいるせいで前が見にくいですわ。
「あ、あのっ...」
「はい?どうされましたの?」
「あ、あり...あり、がと。おおかみの、おねえちゃん...」
「...」
あぁ^〜こんな耳元で感謝を囁かれてしまっては、ドゥリン以外を好きになってしまいますわぁ^〜
誤解のないように伝えておきますと、わらわに幼児性愛者の気はありませんわ。
ただ少し、小さくて可愛らしい方々に自然と引き寄せられてしまうだけで...
「うふふふふ...」
あぁこのもちもちのほっぺ!くりくりの目!あどけない表情!
一体どのような暮らしをしていればこうも...「そこのループスの女性の方。」
「はいぃ?なんです...の...」
「(元)近衛局の者だ。」
「同じく(元)近衛局の者です。」
「ち、チェンさんに...ホシグマさん?い、いい一体、どのようなご要件でででで...」
この方々苦手なのですわ。なにせ、わらわの
「小官はただ控えているだけですのでお気になさらず。」
ホシグマさんは笑っていますが、チェンさんはすっかりお仕事モードですわ...!
「今度は誘拐か?」
「今度
「ドゥリン族は諦めたのか?だからと言ってこんな年端もいかない少女を狙っていい理由にはならないぞ。」
「話を聞いてくださいません!?今回に関してはわらわ全く悪くないだだだだだ!!」
容赦ありませんわねこの元警官!?
いつの間にかあの子もホシグマさんがキャッチしてますし!
口をぽかんと開けて、何がなにやら分かっていないようです。
「!?...?!?」
ホシグマさんに抱っこされて、相変わらず高い視界に怖がっていましたが
「ホシグマはその子を頼む。私はコイツを...」
「...ひぐっ。」
突然涙ぐんでしまったのです。それも、チェンさんの顔を見た途端。
「おや...これは、どうしましょうか。」
冗談ぽく言っていますが、本当に困っていますわね。
「すっ、すいません!この辺りでヴァルポの女の子を見ませんでしたか!?私みたいに、尻尾がたくさんの!」
道行くオペレーターの方々を引き止めて、逃げていってしまったたまちゃんの行方を聞き込み中です。
「うーん...見てないなぁ。ごめんねスズランちゃん。」
「い、いえ!こちらこそありがとうございましたっ!」
頭を下げて、また走る。
「あ、あのっ!ヴァルポの女の子を見ませんでしたか!?」
そして何人目か分かりませんがまた尋ねた時でした。
「ヴァルポの女の子?...それって、白い子?白くて、尻尾がたくさんの。」
「はい!はいっ!きっとその子です!!どこに行ったか分かりますか!?」
「確か二階の...宿舎の辺りだったかな?パゼオンカさんと一緒に居たのを見たよ。数分前だったから、まだ近くに居るんじゃないかな。」
「ありがとうございました!」
深深と頭を下げて、教えてもらった場所目掛けて走ります。
一生懸命に、手足を精一杯動かして。
あ、あそこに居るのは...!
「み、みつけたっ!!」
ホシグマお姉さんに抱っこされて震えているたまちゃんに、すぐ駆け寄りました。
そういえば、パゼオンカお姉さんの姿が見えませんが、どこへ行ってしまったのでしょうか?
「あ...りさぁっ...」
ホシグマお姉さんの腕の中から飛び降りると、ぽてぽて、拙い歩き方で私の傍に来て、後ろに隠れてしまいました。
「スズランさん?この子は...あなたの知り合いだったのですか?」
「いえ、今日が初めてですが、ドクターさんから一日見て欲しいって、お願いされました!」
「ふむ.........スズランさんなら、私の出番は無さそうですね。では私はこれで。」
何か納得したらしく、私たちにニコりと笑いかけると、そのまま行ってしまいました。
「探したんだよ、もう...!なんで急に居なくなっちゃったの?」
「りゅう...おっきな、りゅうが...たべられちゃう...」
「龍...?」
龍と言えば...リィンお姉さんの龍の事でしょうか?
そういえば、居ないことを教えてくれたのもリィンお姉さんでした。
「...もしかして、リィンお姉さんの龍が怖かったんですか?」
「ん...」
こくり、恐る恐る首を縦に振っては私の目を見つめてくる。
「ごめんなさい...」
心の底まで落ち込んでいそうで、私まで気が重くなってきます。
「こんな時、お姉ちゃんだったら...どうするんだろう...」
「...おねえ、ちゃん?」
お姉ちゃんという言葉に反応しました。どうしたんでしょうか?
そう思ったのも束の間、私の感情は次の瞬間には塗り替えられていました。
「りさ...
あねさま、という言葉を聞いた瞬間、もうこの子が可愛くって仕方がありませんでした。
私の手をぎゅっと握って、本当に妹みたいで...
「...りさ、あねさま?」
「あ、ああ、あねさまだなんてっ!」
どうしてでしょう、すっごく嬉しいです。こんなに嬉しいの、お姉ちゃんに褒められた時ぐらい。
「あねさま、あねさま。」
我慢出来ずにぎゅーっと抱き締めて、頭を撫でて出来る限りの愛情表現です。
この子...本当に可愛い〜っ!
「...?」
お姉ちゃん...
私、お姉ちゃんになりますっ...!
「......はあぁー...」
次の日、私は自慢の尻尾が引きずられている事を気にもとめず、肩を落として歩いていました。
「せっかく、仲良くなれたのに...はあーあ...」
一日の終わり、またドクターさんに呼ばれるとすぐあの子とはお別れでした。
ドクターさんはきっといつかまた会えるよと声を掛けてくれましたが...いつかじゃいやです...
「あ。」
「...あ...お姉ちゃん...」
「元気無いわね。私が居ない間に何かあったの?」
「...お姉ちゃん、お姉ちゃんが居ない間に私、お姉ちゃんだったんだよ...」
「あー...ちょっと何言ってるか...分からない、わね。」
どこか素っ気ない返答ですが、どうしても私が気になるのかひっきりなしに私に視線を送って、離して、口を開きました。
「今日ぐらい、私に甘えても良いのよ?」
「んん...甘えるより、甘えてもらいたい...」
「中々重症ね。姉様。」
「別に、大丈夫だも...ん?え?」
「あ...」
「お姉ちゃん?今なんて言ったの?」
スズラン...この日以降、お姉ちゃん属性が出始めた
パゼオンカ...犯罪者予備軍。三日間のドゥリン接触禁止令
「何一つ納得いきません!撃ちますわよ!?」
ギョクソウ...この後お互いに甘えて甘やかし合うという珍体験をした。
「...とりあえず、何も言わないで...お願い、本当に、お願いします...あぁ今思い出しただけでも顔から火が出そう...いっそ誰か殺してちょうだい...」