ただでさえ生きるのが厳しい呪術世界なのにクズ一族に生まれて死相しか見えないんですが 作:楓/雪那
天与呪縛で酔えないため酒が嫌いという情報を見落としていたためです。
なお酒を直毘人に差し入れるシーンはそのままです。
作者の解釈では「機嫌がいいなら酒くらい持ってくるんじゃない?仲悪くはなさそうだし」ということなのですが、「甚爾くんが他人に差し入れするわけないやろ!」と解釈違いお怒りの直哉の皆さんにはごめんなさい。
感想で教えて頂いたai035さん、ありがとうございました。
禪院家現当主・禪院直毘人の四男、禪院直哉と末っ子であり唯一の娘、禪院袴の模擬戦が行われる二日前の出来事。
その日は珍しく、二年前に非術師と結婚してからめっきり屋敷に寄り付かなくなっていた直毘人にとっては甥にあたる男、禪院甚爾が酒を持参して彼のもとに訪ねてきた。
「袴との模擬戦の相手を直哉にしろ、だと?」
「ああ、今まで袴には模擬戦やらせてなかっただろ?」
「やらせる理由がないだろうが。袴が術式を持っていようがなかろうが、直哉にも他の息子たちにも嬲られてるあいつになぜ正式な模擬戦をやらせる?」
「兄弟だけじゃなくジジイにも隠してたか」
甚爾は笑いながら火を通しただけの肉を貪る。
彼が袴に興味を持ったのはこの腐った家に不遇な生まれ方をしたにも関わらず、あまりにも真っ直ぐすぎる雰囲気を感じたからだった。
禪院家において女は呪術師としてのスタートラインにも立たせてもらえないことが多く、落伍者と扱われがちである。
その上、父親は現当主で兄は相伝の術式と才能からほぼ次期当主になることが確定してるようなもの。
つまり袴は禪院家ではいてもいなくても変わらない、現当主の残りカスとも言えないような存在とされている。
そんな立場でありながら甚爾が初めて会った時と袴の瞳は一切淀んでいなかった。
他の禪院の人間が自分のことを呪力の持たない落ちこぼれと見下している視線とは違う、純粋に強者に対する興味の視線で自分を見ていると理解した。
袴を鍛えた理由の6割はそこから来た興味であり、残り4割は気まぐれだった。
「恵まれなかったこいつが家のやつらの期待の次期当主をぶちのめしたら面白いだろう」、それくらいの気まぐれだった。
結果として約5年間、袴は折れることなく自分に食らいついてきた。
自分に殴られながら効率的な呪力操作を覚えつつ肉体の動かし方も盗み、自分の戦いの組み立て方、気配の操作、戦いの思考を読み取らせて、それの対処法を頭と術式をフル回転させて考えた。
しかし甚爾が気に入ったのはその飲み込みの速さよりも精神の異常性だった。
甚爾は敵を殺すか、殺さずに生かしておくかのセーブ程度はできても手加減というものを知らない。
故に幼い袴では仮に甚爾が本気で殺すつもりがなくても、その容赦の無さから常に死を意識せざるを得なかったはずだ。
だというのに彼女は一度も稽古をサボらず甚爾に鍛えられた。
「お前、恐怖心とかないのかよ」
「つーか、そこまでして禪院の当主になりたいのかよ」
過去に一度だけ甚爾は袴に聞いた。
甚爾が袴を鍛えているのは長寿郎のもとで稽古を受けていると聞き、彼女への興味から乱入したからであり、彼女がなぜ長寿郎に鍛えられているか、なぜ自分の訓練を受け続けているのかをそれまで聞いたことが無かった。
ただあの長寿郎の方から誰かを名指しで、しかも女子を鍛えるとは思えないため袴の方から頼んだのだろうとは思っていた。
「あれ、言ってませんでしたっけ?私、当主になる気とかないですよ?強くなりたいのも兄上たちを叩き潰したいからです。当主争いには興味ありません」
袴の回答はあっさりとしたもので、甚爾も呆気にとられてしまった。
彼女にそこまで深い理由はなかった。
ただムカつくやつが何も言い返せなくなるほど強くなりたい、そんなシンプルな感情のみで、当主になるため他のやつらを蹴落とすまでは考えてなかった。
「それなら家を出るって選択肢もあるだろ」
「…あるんですかね?」
「俺のところだったら構わねぇぞ。嫁も気に入ってるってよ」
甚爾のこれは本音であり、かつて自分がやろうとした実家壊滅を袴と一緒にやるのも悪くはないとは思っていた。
それを聞いた袴は少し驚いていたが、少し悩んでから断った。
「ありがたいお誘いですけど、私は家でやらないといけないことがあるので」
「それに楽しいんです、甚爾さんとの特訓」
「自分の中で何かがモノになっていくって感じる瞬間、自分の術式を開拓している実感、呪術の本質に近づいてるって感覚が楽しくて止められないんです」
袴は表情の起伏が少ない少女だった。
しかしこの時の袴は、薄っすらとだが笑っていた。
その顔を見て甚爾は、こいつは純粋なまでに呪術師なんだと感じ、「そうか」と返した。
「うちに来たかったらいつでも言えよ、でもジジイには金は出さねぇからな」
「前向きに考えておきます」
袴を鍛えた日々を思い出し3つ目の肉に手を伸ばす。
つまるところ甚爾も楽しかったのだ。
故に彼女の望みを叶えてやろうと思ったし、プライドだけは高い家のやつらが散々見下していない者扱いしていた少女に期待を裏切られるのを見てみたかった。
「俺がアイツを鍛えた。相伝のガキより強くなってるのは保証する。模擬戦のために術式を隠し続けてた計算高いやつだ。面白れぇだろ?」
「…模擬戦をやらせなければ直哉が劣ると認めているようなものだな、ククッ」
直毘人は甚爾の真意を見抜いていた。
次期当主と煽てられている直哉を兄弟の中で一番立場が悪い袴に倒させることで家の者たちを見返そうとしてるのだろう。
尤も直毘人自身は袴のことをそこまで見下してはない。
彼女が術式を持っているうえであえて隠していることも、無表情の裏にある直哉や他の兄たちへの凄まじい対抗心も、そのために甚爾と長寿郎に鍛えてもらっていることもだいたいは知っていた。
先は「理由がない」と言ったが、彼個人の感情で言うならば甚爾同様に面白いと思っている。
結果、直毘人は甚爾の提案を受け入れ、その二日後に直哉と袴の模擬戦の場を設けた。
模擬戦当日
禪院直哉は今までにないくらい苛立っていた。
父親によって唐突に決められた妹との模擬戦にだ。
直哉にとって妹の袴はストレス発散の対象でしかなかった。
理由は女だから。
たったそれだけで直哉は幼少期から袴を虐めてきた。
顔はよかったから顔だけは殴らずにおいてやったが、顔以外は容赦なく殴って蹴った。
だがそれは他の兄たちもやってることで、他所ではともかく禪院家では普通のことだった。
袴が直哉にとってストレスのはけ口ではなくストレスを生み出す存在になったのは、彼女が甚爾に気に入られてからだった。
憧れの人が自分ではなく自分の妹を気に入ってるのが大層不愉快だった。
甚爾が袴を鍛えると知った時、直哉はすぐ彼の元に行き自分も鍛えてくれと頼んだ。
しかし彼は「めんどくせぇ」と一蹴した。
その後も何度も頼みに行くも、甚爾は一度も許可せず、そのうち屋敷に寄り付かなくなった。
しかし妹が傷だらけで屋敷に戻ってきてるのを見て、彼女がまだ甚爾に構ってもらっているのだと分かった。
「女の分際で、自分より下の分際で、なんでお前がその人に気に入られてる?」
直哉の怒りは日に日に溜まっていき、容赦なく袴を虐めてきた。
それでも袴は甚爾とのことを一切話さなかった。
それが直哉を余計に苛立たせた。
直毘人から今回の模擬戦の件を聞かされた時は、「遂にパパも耄碌したか」とまで思った。
何故自分があんなクソ生意気な出来損ないの妹と模擬戦をしなければいけないのか。
しかしこの模擬戦を仕組んだのが甚爾だと知ると、怒りが再燃した。
つまりは彼がこの家で不遇な立場にあったはずの愛弟子の成長を、次期当主候補を下すことで周りのカスどもに見せびらかして笑ってやろうという魂胆なのだと。
(せやったら俺も利用したるわ)
彼のお気に入りをこの手で完膚なきまでに潰す。
そうすれば甚爾も認めてくれるだろうと。
模擬戦当日
本来、禪院家では模擬戦は長寿郎が造った道場の中で行われるのだが、今日に限っては野外の広い演習場を使うことになった。
このステージでは術式により高い機動力を持つ直哉の方が有利だと思われるが、直毘人も甚爾もその方が面白いと決めた。
観客席とも言える縁側では直毘人と甚爾のほかに、扇や甚一、長寿郎に蘭太、信朗といった面々が勢ぞろいしている。
尤も模擬戦を企画した二人以外はこの勝負を直哉による一方的な蹂躙だと思っているのだが。
「今のうちに謝っといた方がいいんちゃう?」
「……?誰に何をです?」
「そら見てるみーんなにや。『女のくせに調子乗ってて申し訳ありませんでした』ってなぁ。土下座までしたら俺も加減していつも通り顔を殴るんはやめたるわ」
何時ものように袴を見下し笑う直哉だが、その笑みの裏ではかつてないほどの怒りで煮えたぎっていた。
いつもの袴なら直哉の言葉に何も返さず、大人しく嬲られるだけであった。
しかし今日の彼女は左右で色彩が反転している瞳で直哉をジッと見つめた後、彼のことを逆に見下すかのようにフッと嗤う。
「…あ?何笑ってんのや」
「いえ、殿方の嫉妬とは見苦しいなぁ、と思いまして。憧れの人の興味を女の私に奪われたのがそんなに悔しかったですか?」
でも、甚爾さんと兄上にも似てる部分ありますよ?
ほら、女の事を尻で判別するところとか。
「もうええわ、クソアマ。親父に何言われようがお前は殺したる」
「できるならどうぞ、カス兄上様?」
舌戦、直後に始まる拳と拳の応酬。
鳩尾を狙った直哉の拳を袴はひらりと逸らし、首を狙った袴の貫手を直哉がパチンと払い除ける。
お互いに一切相手の腕の動きを見ることなく、絶えずに攻撃と防御を凄まじい速さで同時にこなす。
その攻防の均衡が崩れたのは開始してから30秒後のこと。
袴の攻撃に合わせて直哉が彼女の腕に一瞬触れる。
触れた相手を1秒間フリーズさせる投射呪法の応用。
すかさず直哉は袴の横っ腹に蹴りを入れ、続けて演習場を縦横無尽に駆け回る。
フリーズ解除と同時に蹴りを食らった袴は、苦悶の表情を浮かべながらも構えを直し加速し続ける兄の姿を捕らえようとする。
だがそれよりも早く背中に激しい痛みを感じ、前方に吹っ飛ばされる。
あばらがいった、そのことを理解するよりも先に前で待ち構える直哉の姿を認識し、腕を交差させて防御の構えを取る。
直哉と袴の呪力操作の精密度は袴の方が上である。
そのため単なる呪力の殴り合いでは性別の差異による身体能力の差を考慮してもほぼ互角であり、それが開始直後の殴り合いの均衡がとれていた理由でもある。
しかしそこに直哉が加速による重さを加えた場合、話は異なる。
腕から嫌な音が聞こえ、袴の小柄な体は屋敷の塀の方へと飛ばされていく。
塀に叩きつけられた袴を見て、見物していた衆は勝負あったと確信する。
しかし甚爾と直毘人、そして彼女を殴り飛ばした直哉は違った。
(嘘やろ……あのクソアマ、俺の動きを見逃さへんかった)
フリーズ直後の一撃、これは袴にとって完璧に意識外からの攻撃だったためもろに受けた。
次の背後からの一撃、直哉は脊髄を狙っていた。
しかし袴は辛うじて直哉の動きを見ており、身体を反転させようとするも間に合わず肋骨で受けることとなった。
そして最後の一撃、速度が乗った一番重い一撃、これを袴は完全に捕らえてしっかり防御してのけた。
3人の兄では防げなかった投射呪法による重い連撃を袴は防ぎ切ってみせた。
(せやけど腕もあばらもイッた。もう限界やろ、これで終いにしてやるわ)
ガードに成功したとは言えど、ダメージは抑えきれていない。
だからこそ確実に潰す。
そう決めた直哉は術式で加速し、袴の腹があるであろう箇所目掛けて突進する。
亜音速とまでは行かずとも、スポーツカー並みの速度を出せる直哉の突進、正面から受ければミンチは間違いない。
「兄上は術式発動中、動きを放棄できませんよね」
しかしどういうことか、袴は肉片になるどころか直哉の顔面に勢いよく膝蹴りを叩き込んでいる。
投射呪法への対策として彼女が考えていたカウンター戦法は見事にハマり、自分の加速が乗ったことで直哉は強烈なダメージを受ける。
「思った通り、油断してくれてよかったです。普通にカウンターを狙ったら兄上はそれ前提で動きを作っていたでしょうから」
「なんやと…」
「そもそもですね、私わざわざ兄上に術式発動させなくてもよかったんですよ。
変わらずの無表情で腕をプランプランと振りながら話す袴を見て、直哉は信じられないという表情になる。
本来負のエネルギーである呪力を掛け合わせることで発動する治癒の術。
口で言う分には簡単そうな技術だが、実際は非常に困難な技術であり、直哉も直毘人も使えない。
それを袴は容易くやってのけ、さらに「反転術式があるから」敢えて直哉の得意な戦法に乗っかったと言うのだ。
過去一番の屈辱を味わった直哉は鼻血を拭って、再度加速しようと術式を発動させる。
(反転術式が使えるからなんやねん!せやったら呪力切れ起こすまで攻め続けたるわ!)
反転術式は呪力と呪力の掛け算。
故に通常の倍の呪力を消費するため、乱用はできないはずだと直哉は考えた。
しかしそれに気を取られていたからか、袴がいつの間にか右手にあるものを持っていることに気づくのがやや遅れた。
それは彼の屈辱、慢心、油断が招いた判断ミス。
直哉が術式を起動するよりも速く、袴はその手に持ったもの―――すなわちカチンコ―――を鳴らしてある言葉を発する。
「領域展開
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