「チューハイにガムシロップ入れるバカ実在するんだ」
「やだ〜、硝子の初めて奪っちゃった?」
「死ね」
硝子は甘いものがあまり得意ではない。偏食とまでは言わないが、目の前のバカの味覚にはついていけない。見ているだけで胃もたれしそうだった。
午後八時過ぎ。寮室。
お互い任務続きで多忙な身だ。顔を合わせたのは久しぶりだった。今日の時間とて、無下限術式のオート防御の調整、という名目で無理矢理時間をもぎ取ったにすぎない。
五条悟の成長は天井知らずで、呪術的、物理的な脅威に関する対応はほぼ終わっていた。しかし毒物への対策には手間取っていた。
『全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。服用量こそが毒であるかを決めるのだ』――とはパラケルススの有名な言葉である。何を以って毒と判断するか。この線引きが難しかった。一括で弾くべき毒物についても、化学構造が類似しているものを個別に指定していてはキリがない。光学異性体の問題もある。量のみを基準にすると、継続的な摂取で危険度が跳ね上がる物質に対応できない。硝子の全面的な協力により処理基準の選定は順調に進んでいるが、完全な対応にはもう少しかかるだろう。
そして、今日は精神に作用する嗜好品への耐性の確認――という名目だ。実情はただの飲み会である。
「にしても飲んだことなかったとは、意外だな」
「アルコールに逃避する雑魚とは違うんだよね」
「喧嘩売ってんの」
「ま〜、俺って天才だし? いけるでしょ」
どこからこの自信が湧いてくるのか。
バカは『まあ術式使えば秒で分解できるけど』『硝子より強くてアイデンティティ揺るがしちゃったらごめんね♡』などとフラグを積み上げていく。昨日から続く妙なテンションのまま意気揚々と突っ込んでいく姿を見守った。
「――あの、クッソダサい前髪!」
このザマである。
まさかジュース同然の酒の二口目で挙動がおかしくなるとは思わなかった。もし吐きやがったら、床板ごと自腹で張り替えさせてやろう。このボンボンにとっては痛くも痒くもない出費である。
「一回さあ! 任務の時にちょっと切れてさあ! 数センチよ? あからさまに気にしてんのに、この俺がせっかく気遣ってやっても何でもないの一点張りで、死ぬほどウゼエの!」
「あったなそんなこと」
あの特徴的な前髪が特に特徴のない前髪になっていた時期を思い出す。硝子でさえ何回か蹴りたくなったのだ。ニコイチでバカをしていた五条は余計にムカついたことだろう。
一度始まった愚痴は止まらないものだ。酔っ払いの相手は歌姫先輩で慣れている。チューハイごときで赤くなっている下戸を尻目に、硝子は二つ目のボトルを開けた。
「あいつ行儀がいいんじゃなくて屈むと前髪が飯に入るから背筋伸ばしてるだけだかんな」
「ははははは無茶苦茶言われてら」
「硝子はさぁ泊まりの任務とか行ったことねーから知らねーだろうけどさぁ。あいつ、たかが身だしなみのために朝三十分は早く起きるわけ。アラームでこっちも目えさめんだよ」
「二度寝しとけよ」
「毎回微妙な時間に一度起こされるのがムカつく」
「それはわかる」
「硝子さぁ、小学校の卒アル見たことある? 前髪で探しても見つからねえの。いつからあんなんなったんだろ」
「ウケる。見せろよ」
「写メってる。ほら」
「誰だよこれ」
「前髪に特徴の無えガキ」
「大半の子供の前髪に特徴は無いよ」
「かっこいいとでも思ってんのかな」
「……そういやあいつ、私が顔洗って化粧終わってもまだ洗面所にいたことあるよ」
「あはははは! なんで硝子より長いんだよ!?」
よほどツボに入ったらしい。五条は机に突っ伏して腹を抱えて震えている。
こいつのことだから絡み酒になるかと思っていたのだが、笑い上戸だったようだ。自己完結しているなら無視をすればいいだけなので楽だ。
三本目のボトルを開ける。目の前の肩が、時々思い出したように揺れる。
夏油傑が虐殺を起こしてから一年が経った。硝子たちは明日、高専を卒業する。
「……ったくさあ」
五条は俯いたまま起き上がらない。酔っ払いとは思えないほど穏やかで、しっかりとした声だった。
「マジないわ、あいつ」
「お前もな」
「手厳しい〜」
おしまい