面白き こともなき世を 面白く 作:初期微動継続時間
続くか分かりません。
此処は苺プロダクション事務所。
数年前では考えられないほど大きくなったその場所で、斎藤壱護は仕事に追われていた。
まわりに目を向ければ、壱護と同じように慌ただしく作業するスタッフの姿が見受けられる。
何故こんなに、忙しいかというとそれは―――
「そう!明日は待ちに待ったB小町のドームライブだからだ!」
「うわっ!社長、急に大声出さないでくださいよ。びっくりして手元狂ったじゃないですか。」
妻であるミヤコが何か言っているが気にしない。
端的に言えば、壱護はハイになっていた。
壱護の夢は自分で育てたアイドルをドームに連れていくこと。
その長年の夢が今、まさに叶おうとしているのだから仕方がないのかもしれない。
「社長、社長!ちょっといいですか?社長宛に電話が。」
壱護の頭の中で、ワッショイ!ワッショイ!と御輿を担いでいた中、スタッフの一人がやってきてそう告げた。
「電話?誰からだ?」
「それが、相手は子供でして………」
「はあ?」
明日はドームということで、当日の手配やらなんやらで忙しいのだ。
子供のお遊びを相手にしているような余裕はない。
適当なことを言ってすぐさま切らせるべきだろう。
「おい、寄越せ。」
しかし、気が付けば壱護は電話を取っていた。
なんとなく、ここで電話を取らなければいけないような気がしたのだ。
一生後悔するような、そんな気が。
「はい、お電話変わりました。苺プロダクション代表取締役、斎藤壱護です。どうされました?」
「あっ、壱護さん!こんにちは!僕は
相手は、想像以上に若い―――というより幼いといった声だった。小学校すらまだ入学していないかもしれない。
微妙に舌足らずに、しかし敬語を使って丁寧に話すその様子は、とてもチグハグだった。
やっぱり電話に出るべきではなかったかもしれない。壱護は今になって後悔しだす。
ガキのいたずらか何かだろう。
しかしそんな気持ちは相手の次の一言で吹き飛んだ。
「えっと、そちらも忙しいと思うので、本題から伝えます。明日、星野アイは死にます。」
「……………はあ?」
☆☆☆
こいつは今に何て言った?
アイが死ぬ?
何をバカなこと言っているんだ?
「…………ははっ、アイが死ぬ?そんな訳――」
「星野ルビーと星野アクア。」
「―――――ッ!?」
「あなたならこれが誰かなんて説明するまでもないですよね?」
「どこでそれを知った!誰だ!誰から聞いた!」
「そんなことはどうでもいい。重要なのは、僕が知る筈がないことを知っているということですよ。そんな相手の話を与太話として片づけてしまってもいいんでしょうかね?」
双子達について知っている人間はほとんどいない。アイと壱護とミヤコ、それに本人達くらいだろう。
この中で一番話す可能性があるのはミヤコだが、彼女は最近あいつらに随分と入れ込んでいる。まるで自分の子供かのようにだ。つまり話したのは彼女ではないだろう。
そうなると、壱護には誰も思い当たらなかった。
「明日、星野アイの自宅にフードを被って大きな花束を持った男がやってきます。彼女は不用心にも訪ねてきた相手を確認もせず、ドアを開けてしまう。その際、花束に隠し持っていたナイフで彼女の腹部を一突き。彼女はその場で亡くなります。」
月兔と名乗った少年は最悪の未来を、まるで昨日の晩御飯の内容を語るかのように淡々と自然体で話していく。
その様子は気味が悪いというほかない。
理解が出来ないものに人間が抱く恐怖。そんな原始的な感情を壱護は彼に抱いていた。
「………で、俺にそのことを伝えて何をさせたいんだ?まさか、ドームを中止にしろなんて言わないよな?」
完全に相手の話を信じたわけではない。
しかし、ルビーとアクアのことを知るコイツは只者ではないのは確かだ。
彼という存在の気持ち悪さも後押しとなり、話の続きを促した。
「簡単ですよ。明日、家のチャイムが鳴っても出なければいい。玄関の覗き穴を見て、相手の特徴が僕が言った人間の特徴と一致していれば迷わずに警察を呼んでください。星野アイが混乱している様子で電話を掛ければすぐに駆け付けてくれますよ。
その後は、ドームでライブでもなんでも好きにすればいい。不安ならボディーガードでもつければいいでしょう。」
「もしその話が本当だとして、その話を伝えることによって何かお前にメリットはあるのか?」
「あなたに僕がメリットがあるか否かは関係あるんですか?どうでもいいでしょう、そんなこと。大切なのは、明日星野アイが死ぬかもしれない。その一点だけですよ。」
そう言って、彼は楽しそうに笑った。
「あっ、そろそろ時間が切れそうなので切りますね。あなたが賢い選択をすることを信じていますよ。」
「ちょっ、まっっ!!―――『プツン……!』ちっ、切りやがった………!」
即座に掛け直そうとするも着信履歴には「公衆電話」としか表示されておらず、電話番号が分からず掛け直せなかった。
「社長どうしたんですか?凄い汗ですよ。」
「………ああ、実はな――」
心配してきたミヤコにさっきの話を説明した。
「まあ、俺もこんな与太話完全に信じてはいないんだが……」
「でも、一応アイさんに情報共有しておいた方がいいんじゃないですか?警戒しておいて損はないですし。」
壱護は意外と信用している様子のミヤコのことを意外に感じる。彼女にはこんな与太話を相手にしなさそうな印象を持っていたからだ。
そのことを伝えると、彼女はバツが悪そうに答えた。
「世の中には、科学で説明が付けられないこともあるんですよ………。赤ん坊が実はアマテラスの化身だったりとか………。」
「はあ?なんだそりゃ?」
「とにかく!情報共有しておいた方がいいですよ、絶対。備えあれば患いなしですし。」
「………まあ、それもそうか。」
☆☆☆☆☆
今日はアイのドームライブ当日だ。
前世からの彼女の熱烈なファンであるアクアはそわそわしていた。
ついに、ついにアイがドームライブという全アイドルの夢の大舞台に立つことが出来るのだ。
気持ちが浮足立つのも無理はなかった。
それは隣にいる妹―――星野ルビーも同じだった。
「ああ~!ママのドームライブ超楽しみ!大丈夫かな私、意識保っていられるかな?ママの超キラキラビューティフルオーラで失神しないかな?いや、逆に失神したらしたで幸せかも!」
「いや、失神したらダメだろ。ライブ見逃すことになるぞ。」
テンションが上がりすぎたルビーのバカみたいな発言にツッコミを入れるアクア。
しかし、アクア本人も口角が上がっているのを隠しきれていない。
「しかし、俺らは幸運だよな。社長の関係者ってことで特等席でライブを見れるんだろ?」
「そうそう!ママの子供である私達は、そこらの一般ピープルとは違うんだよね!悔しかったらママの子供になってみろ!」
「………誰に言ってるんだ、それ?」
「えっ?私たち以外の
「………そうか。」
少しして、アイがリビングにやってくる。
さっきまではSNSで今日のドームライブについての投稿を行っていたらしく、手にはスマホを持っていた。
「ママ、体調どんな感じ?」
「昨日はたっぷり10時間寝たし、おいしい物もいっぱい食べたしコンディションは万全!あとはこのまま当たって砕けるのみ!」
「砕けたらダメだろ。」
アイは今日はドームだというのに特に緊張した様子を見せない。いたっていつも通りだ。
アイはこう見えて滅茶苦茶図太い。そのため、アクアの知る限り緊張したアイは見たことがなかった。
「あっ、そうそう。社長から今日私が死ぬかもしれないから気を付けろって話を昨日の夜聞いたんだった。」
「ん?どういうことだ?」
「なんか、昨日電話がかかって来たらしいんだよ。内容は、家にやってきた男がナイフで私を刺して殺すって話みたい。そんな話あるわけないけど、警戒するに越したことは無いからって社長が言ってた。」
まあ、間違いなくいたずら電話だろう。もしアイを殺すつもりならわざわざ予告する意味がまるでないからだ。
意味もない爆破予告と同じ類の物だろう。
「誰だよママが死んじゃうなんて言った奴!さてはママのアンチだな!根絶やしにしたと思ってたけどまだいたのか………!」
「お前まだアイのアンチとレスバしてたのか。いい加減それが火に油を注ぐってこと理解しろよ。」
「ママは人間なら誰しもが分かる程凄いアイドルじゃん?つまり、ママのアンチはもはや人間じゃない、人間以下だよ。人間以下になら何言ってもいいんだよ。」
「争いは同じレベルでしか発生しないって知ってるか?つまり、お前も人間以下ってことになるが。」
「違うし!だって私はこの世で一番ママの凄さを知ってるんだもん。だから私は人間だよ!」
ルビーとくだらない話をしている中、ピーンポーンとチャイムの音が響く。
チャイムの音―――さっき、アイが言っていた話と同じだ。
まさか、そんなわけ―――と思ったが、念のためドアまで行きドアのでっぱりに足をかけて覗き穴を覗いた。
十中八九、社長かミヤコさんだろう。そんな予想はその姿を見た瞬間崩れさった。
ドアの前に立っていたのは、見知らぬ男だった。宅急便といった感じでもない。
男は、フードを被り花束を持っていた。そして、辺りをしきりに確認しているその姿はまさに不審者だった。
「アイ!社長はその男についてもっと詳しく言ってなかったか!?」
「えっ、どうしたの急に………?」
「扉の前に不審者が立っている!それよりも早くさっきの質問に答えろ!」
「えっと確か、フードを被ってて大きな花束を抱えてて、それで花束に隠してたナイフで私を殺すとかなんとか………」
「コイツだ!男の特徴と完全に一致する!アイ、警察に電話を掛けろ!不審者が家の前にいるって!」
「え、ああ、うん。分かった!」
アクアはすぐに開いていたドアチェーンを閉める。
これで入ってこれない筈だ。
「おい、アイ!そこにいるんだろ!開けろよ!早く!子供を作った裏切者が!」
中々人が出てこないのにしびれを切らしたのか、ドン!ドン!と男が扉を叩く。
「ママ怖いよ………」
「大丈夫、警察呼んだから。もうすぐ来ると思うから安心して。」
アイが怖がるルビーを抱きしめる。
よくみればアイも少し震えていた。
それから何分経っただろうか。パトカーのサイレンが外から聞こえてきた。
「なんなんだよ!なんだよそれ!ああああああああァ!!」
警察が来て自身が追い詰められたことを悟った男は、奇声を発しながら何処かへ走っていった。
ようやく、扉の前の脅威が過ぎ去ったことでアクアは地面にへたり込んだ。
「終わった………」
「大丈夫!?アクア!」
アイは僕を抱きしめた。
そこでようやく生き残ったという実感が湧いてきた。
「………アイが死ななくてよかった。」
アクアもアイを抱きしめ返した。
アイの身体は確かな温もりが宿っていた。
☆☆☆
その後、あの男は持っていたナイフで自殺した。
警察が発見したときにはもう手遅れだったらしい。腹部にナイフが刺さった状態で見つかり、すぐに救急搬送されるも助からなかった。
正直、男が死んだことにほっとした。
命が狙われていたこともそうだが、何よりアイに子供がいることを知っている様子だったからだ。
アイに子供がいると暴露された時のダメージは計り知れない。アイドルとして再起不能になるかもしれないのだ。
まさに死人に口なし。あの男からバラされる心配はなくなった。
直ぐにそのセンセーショナルなニュースは出回った。
アイドルの殺害未遂をしてそのまま自殺という衝撃的なそれは、世間を大きく驚かせるとともに、チャイムが鳴った後に相手を確認することの重要性を再確認させるものとなった。
報道は少々誇張されながらも大方正しいことを伝えた―――ある一点を除いて。
殺人が予言されていたこと、それだけがその報道から抜け落ちていた。そのため、アイが偶々相手を確認したため助かったということになっていた。
無論、僕達は駆け付けた警察に殺人が予言されていたことについても話した。
それに対して警察は、複数人による計画的犯行だったが、途中で内部分裂してリークしたのではないかという見解だった。
彼らは他の犯人を探すために捜査を進めるらしい。
そのため、その犯人に捜査していることをバレないように殺人の予言はメディアに隠したんだろう。
さて、肝心のドームだが、厳戒態勢の中開催された。
当日に殺人未遂に遭っているのに大丈夫なのかとか色々安全性に対しての疑問が寄せられたが、それを突っぱねた形だ。
しかしそれも仕方がないのかもしれない。ドームライブというのは当たり前だが、やめますと言って簡単にやめれるものではない。会場の費用やスポンサーやチケット代やらを考えた場合、開催をやめることはできなかったのだ。勿論、警備は増やしたし、アイにはボディーガードも付かせたが。
暗いニュースがあったが大丈夫だろうかと心配する観客。しかし彼らはライブが始まるとすぐにそんなこと忘れた。
―――アイだ。センターのアイに誰もが目を離せない。
今日危うく殺されかけたなんてことをまるで感じさせないようなダンスに―――歌に―――パフォーマンスに―――その一挙手一投足に目を奪われた。
観客たちはアイに、誰が完璧で究極のアイドルかということを理解させられた。
会場の熱気は凄いことになっていた。
誰もがアイに釘付けだった。会場全体の視線はアイに支配されていた。
誰もが目を奪われるアイのその姿は、まるでこの会場に輝く一番星のようだった。
「ねえ、お兄ちゃん。」
「なんだルビー?」
「ママ、凄いね。」
「ああ、凄いな。」
曲がサビに突入する。
元々大きかった歓声がさらに勢いを増した。
「私ね、決めたよ。ママと肩を並べられるくらい凄いアイドルになって、それで――それで―――一緒にドームライブをやる!」
ルビーは覚悟を決めた様子でそう言った。
「……………お前が100年かけても、アイには到底追い付けねーよ。」
「絶対、絶――――対っ追いつくもん!いつになるか分からないけど、それでも絶対やって見せるよ!」
アクアは口ではそう言いながらも、もしかしたらコイツなら本当にできるかもしれないと思っていた。
なにせルビーのアイドルの才能は、アイに似て凄まじいものがある。
このまま本気で突き進めばその目標は夢ではなくなるかもしれない。
もしもそれが現実になれば、その時は―――
「ドームに応援しに行ってやるよ。それでキレッキレのオタ芸、披露してやる。」
「こんな風に?」
ルビーはいつかのようにキレッキレでペンライトを振る。
「ああ、そんな風にだ。」
アクアもペンライトを一心不乱に振る。
「おい、見ろよ!あれって、あの時の双子じゃないか!?」
「本当だ!おい、お前ら!あんな子供に負けていられねーぞ!もっと本気でペンライトを振れ!」
「「「「「うおおおおぉぉぉ!!」」」」」
それを見たファンたちが張り合うように踊り狂う。
こうしてさらに会場は過熱していった―――
☆☆☆☆
「一日遅れたが、ドームライブ成功とアイの20歳の誕生日を祝って、乾杯ーーー!!」
「「「「乾杯ーーー!!!」」」」
昨日のライブから一夜明けた今日、壱護とミヤコ、アクアとルビー、そしてアイの5人で祝勝会を開いていた。
昨日はあの後、付き合いがあるからと言ってアイがB小町のメンバーと打ち上げをしていた。そのため、今日へとズレることになった。
「ママ―、ライブすっごく良かったよ!」
「ありがと、ルビー。ルビーとアクアのペンライト捌きも凄く良かったよ。ああ、またやってる!って思ってちょっと笑っちゃった。」
―――ああ、やっぱり気づいてたのか。目が合った気がしたからもしかして………と思ったが。
「いやあ、アイがストーカーに殺されかけたって聞いた時には心臓が止まるかと思ったが、なんとかこうしてドームライブが成功して良かったぜ。」
「社長、顔真っ青でしたもんね。」
「アイドルはちょっとやそっとのケガですぐにダメになっちまうからな。万が一何かあったらどうしようかと………。」
それに、と壱護は続ける。
「あのガキの話がマジだったわけだからな。あいつの忠告がなければ今頃、アイは死んでたかもしれねぇ。」
「確かに、その可能性は高い。俺もアイがその話をしてなかったら相手のことを確認することもなかったと思うし。」
そう思うとぞっとする。
一歩間違えれば、アイがこの世にいなかったかもしれないなんて。
「結局、その電話してきた相手に対しては何もわかってないんでしょ?」
「ああ。そいつが名乗ってたのは偽名だったし、公衆電話から掛けてたから電話番号も何処から掛けてきたのかもわからねえ。」
壱護はアイが襲われそうになったことを聞き、電話してきた相手の名前―――増目月兔を調べてみたがヒットしなかった。
「警察は計画は複数人でしていたが、途中で何かしらのトラブルがあって分裂。それで、仲間に対して恨みを持った人間がリークしたって考えているみたいだが、どうなんだ?」
「でも、声の感じ的に加工とか誰かが演じてるとかじゃなくてマジのガキの声っぽかったんだよ。ガキが共犯者なんてあり得るか?あり得ねえだろ、普通。
………だが、あいつが共犯者じゃねぇと犯人がアイの住所を知ってたっていう辻褄が合わないんだよ。どうやってもな。
だって、犯人の男はアイの住所を知らない筈だし、そうなるとあのガキが教えたってことになる。どうやって住所がバレたのか分からねぇが、あいつはお前らの名前を口にしていたから知っててもおかしくない。
俺らの他に住所を知ってるやつもいないんだろ?」
「あの………非常に言いにくいんですけども………私、新しい住所教えちゃったんだ………」
おずおずと手を上げたアイは爆弾を投下した。
「は?」
「てへっ☆」
「てへっ☆じゃねーよ!誰だ!誰に教えたんだ!」
「えっとぉ、この子たちの父親、かな?」
アイはまたもや爆弾を投下した。
「嘘だ………。ママに男なんていない。処女受胎に決まってるよ。」
「うん、こういう様子を見て流石にこれはマズいかなって思ったんだよ。それでね、この子達に会わせるために住所を教えたんだ。」
「はぁ~、俺、お前に大事な時期だから父親に会おうとするなっていったよな?まあ、それは今は良い。
問題はそいつが住所を流した可能性があるってことだ。こいつらの父親は誰だ?こうなっちまったら、もう隠し通すこともできないぞ。」
「えっと………それは―――――えっ?」
突如としてアイが目を見開いて何かを凝視する。
視線の先を追うと、そこにはテレビがあり、ニュースが流れていた。
「何々、『劇団ララライの天才役者、カミキヒカル容疑者(19)。3歳児を殺害未遂』。へぇー、物騒な奴もいるもんだな。」
「この人。」
「何が?」
「この人がルビーとアクアの父親だよ。」
「は?」