面白き こともなき世を 面白く   作:初期微動継続時間

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自己解釈マシマシ。


第2話

 カミキはいつものように東京の街を歩いていた。

 彼は人々が夢を持って歩んでいる様子を見るのが好きだ。

 その点、東京はカミキにとって非常に都合がいい場所だった。

 がむしゃらに夢を追いかける尊い存在が沢山いるから。

 

 しかし、そんな彼の心中は晴れやかなものではなかった。

 アイを殺すことが出来なかったためだ。

 

 カミキはアイのことを恨んでいた都合のいい男を唆し、彼女を殺すように仕向けた。

 宮崎の医者はそれで殺すことが出来たし、今回もできると思っていた。

 彼女は不用心なので、特に確認もせずそのままドアを開けてしまうと思った。

 実際、カミキの計画は途中までは完璧なものだった。―――ある人間の妨害がなければ。

 

 仕事用の携帯電話のメールフォルダ。そこには、差出人不明の一通のメールがあった。

 内容は、「自分がお前の殺人計画を潰した人間だ。お前が星野アイを殺そうとした男と協力関係にあったことは知っている。バラされたくなければ19時に此処に来い。」という文章と、その場所を示す地図の画像ファイルだった。 

 

 一見、カミキは脅されていてピンチのように見える。

 しかし―――

 

「僕を脅したつもりかもしれないけど、それは悪手だよ。」

 

 自分の罪を知っている相手はカミキにとって消すべき対象だ。

 そんな人間がわざわざ向こうから連絡してきたのだ。それはカミキにとっても願ってもないことだった。

 相手から情報を引き出し、自分にとって無害ならそのまま立ち去る。そして、有害ならば―――始末する。

 画像の示した場所は人気がない山奥。そこでもし誰かが死んでもすぐには誰も気が付かないだろう。

 

 

 ★★★

 

 

 11月も、もう下旬ということもあり、既に日は沈んでいた。

 また山奥であるため街灯がなく、灯りとなるのは空に浮かぶ半月だけで非常に暗い。

 足元の悪い山道は暗闇も相まって、スマホのライトだけでは心細かった。

 

 待ち人は探すまでもなくすぐに見つかった。

 それはこんな場所には似つかわしくもない程幼い少年だった。カミキの背丈の半分もないだろうか。

 普通ならばただの迷子だと思ってしまうかもしれない。しかし、その少年の不自然なほど落ち着いた様子がそれを否定していた。

 

「こんにちは。君がこのメールの送り主かな?」

「そうだよー。このボクがお前をここに呼び出した人間だよ。」

 

 その少年は見た目からおおよそ想像がつかない程流暢に話した。

 

「それじゃ早速本題から話すけどさ、カミキ、お前の罪をバラされたくないなら金を寄越せよ。1億で手を打ってあげるよ。」

 

 彼の要求は大方カミキの予想通りだった。

 こんな脅すような真似をするなら対価として何かを要求してくるのは自然だ。

 そして、そのような対価は大抵金であるというのは相場が決まっている。

 

 1億円。日本人の平均年収の約20倍に相当する額だ。つまり、平均的な日本人が20年間働いて得られる収入と同じ。

 しかし、そんな一般人からしたら到底払えっこないような金も、一般人ではないカミキからすれば払えなくもないといった額だ。

 カミキが現実的に払うことが出来る範囲の最大値といった金額。なるほど、よく考えられている。

 

 しかし、カミキは全く払う気がなかった。この契約自体、カミキ側が圧倒的に不利だからだ。

 もし金を払ったとしても、バラされたくなければもっと寄越せと言われるかもしれない。また、金を貰うだけ貰いそのままバラしてしまうなんてこともあり得る。

 

「えっと、その前に君に聞きたいんだけどさ、僕の罪って何かな?」

 

 まず、カミキは相手がどこまで知っているのか確かめることにした。

 それによって自分の身の振り方を考えなければならないから。

 

「うーん、大体知ってると思うよ。星野アイの住所を教えて殺すように仕向けたこととか、宮崎の医者―――雨宮吾郎を殺すように唆したこととか。」

 

 前者はともかく、後者のことも知られてるとは思わなかったので少し驚いた。

 現在、雨宮吾郎の死体は見つかっておらず、行方不明扱いとなっている。それを死んでいると断定した上でカミキが唆したことまで知っていたためだ。

 カミキは相手の警戒度を1段階上げる。

 

「なるほどね。で、さっきの回答だけど僕は君にお金を払うことはできないよ。だって、僕は今君が言ったようなことはまるで心当たりがないから。」

「へぇ………………この期に及んで、まだそんなこと言うんだね。お前さあ、ちょっとは自分の立場ってのを理解した方がいいんじゃないの?バラされたらお前の人生―――終わるよ?」

 

 目の前の少年は、おおよそ子供が出してはいけない程の迫力で凄んでくる。

 しかしそれに反して、カミキの心は穏やかだった。相手が物的証拠を持っていないことを確信したからだ。

 もし物的証拠があればすぐにそれを出す筈。そうすれば、カミキも罪を認めざるを得なくなる。

 しかし出さないということは、即ち持っていないということ。

 

「あっ、もしかしてボクが証拠を持っていないと思って高をくくってるんだ!滑稽だなぁ!

 確かにボクは証拠を持ってないから警察に突き出すことはできないかもしれない。でもさ、お前一人を社会的に殺すなんていくらでもやり方はあるんだよ。」

 

 そう言って、彼はスマホを取り出してその画面を見せてきた。

 覗き込むと、そこにはyoutubeの彼のチャンネルが映し出されていた。

 

「―――登録者数21万人。」

「そそ。1年ぐらい前かな?【2歳児がセンター試験で9割とってみた】って動画上げたらバズってさ。そこから登録者がぐんぐん増えていって今では此処まで増えたんだよね。」

 

 youtubeを見たことがないカミキにとっては知る由もなかったが、この時の国内だけで言うと、そのチャンネル登録者数は五本の指に入る程だった。

 また、上位は企業のチャンネルばかりなため、個人で運営するチャンネルとしては国内で1番登録者が多いまであった。

 

「で、だよ。ボクの下にはボクのことを大好きな大好きな21万人の人間がいるわけさ。

 そこでボクが『カミキヒカルと今回アイを殺そうとした男が犯行について話しているのを見た』って動画を出したらどうなると思う?そう、お前はその21万人を敵に回すことになるってわけさ。

 民衆ってのは証拠なんて二の次だ。整合性も碌に取らず情報を無責任に広げる。そうやって、ドンドンどんどん情報が広がっていき、やがてお前は世間から干されて社会的に死ぬことになるのさ。

 ましてや今回はボクが犯行について話しているのを見たってのは嘘だけど、お前が殺人を唆したってのは本当だ。真っ赤な嘘だと否定するのは出来るかもしれないけど、真実が含まれていれば否定するのは非常に困難になるだろうね。」

 

 カミキはこの時点で、この場を去るという選択肢は消えた。

 この少年は自身にとって有害な存在へとカテゴライズされたためだ。

 始末しなければならない。

 後はそのタイミング次第―――

 

「その顔!やっと分かったんだね、自分の立場ってものをさ。じゃあしらばっくれてないで早く自分の罪を認めろよ。私は犯人と協力して星野アイを殺そうとしましたってさ。それで払えよ、1億。」

「分かった認めるよ。それで、そのお金は何処に振り込めばいいかな?まさか、現金で渡すなんて言わないよね?」

 

 勿論これは嘘だ。相手を油断させるための嘘。

 カミキはポケットのナイフを確認する。

 相手が油断したとき、いつでも刺せるように。

 

「あ、ちょっとまって。今口座番号を控えておいた紙を渡すからさ。」

 

 そう言って、彼がポケットからそれを出そうとして、カミキから目を離したその瞬間。

 素早くポケットからナイフを取り出し、彼の腹へと突き立てた。

 

 『ドスン……!』と鈍い音を立ててナイフが腹に吸い込まれていく。どす黒い赤が鮮やかに周りに飛び散る。

 

「な…………お前…………!なにを…………!」

「油断はいけないよ。ましてや僕みたいな悪い大人の前ではね。」

 

 彼は立つこともできなくなり、地面に横たわる。

 カミキは地面に転がったスマホを手に取り、仰向けになった彼の青白い顔を覗き込んだ。

 

「お前…………こんなことして…………ただで済むと…………思ってるの…………?」

「うん、思ってるよ。ここには監視カメラも何もない。あるのは僕とキミの目と―――」

 

 カミキはもはや動くこともできない彼のポケットをまさぐり、先ほど手に入れた物とは別のスマホを取り出した。

 

「―――これだけだよね?」

「…いつから気づいていた……………?」

「最初からだよ。」

 

 そう、カミキは気づいていた。彼がズボンのポケットにレンズだけ出した状態でスマホを入れていたことに。

 辺りが暗く、またスマホの色とズボンの色が同化して非常に気づきづらかったが、それでもカミキの目は誤魔化せなかった。

 

「多分、君は僕に襲われることも警戒していたんだろう?だから録音ではなく、わざわざレンズを出すというリスクを取ってまで録画を選んだ。そうすればもし僕に襲われても証拠として警察に出せるからね。でもね、それももう出来ない。」

 

 返り血が付いたナイフを両方のスマホに向けて振り下ろす。

 何度かそれを繰り返し、完全に壊れているのを確認してから辺りの山に投げ捨てる。

 放たれたそれらは木々の中に吸い込まれていき、そのまますぐに見えなくなった。

 

「さあ、これで君は詰みだ。助けを呼ぶこともできないし、僕が君を襲ったという証拠も消えた。ゆっくりと、しかし確実に自分の命が零れていくのをただ感じているしかない。」

 

 こうしている間にも彼の血はどくどくと流れていく。

 彼の体格を考えれば、意識を失ってもおかしくない程の量の血が既に流れてしまっている。

 助かる目は、もう―――――ない。

 

「どうしてボクがこんな奴に殺されなくちゃならない………………!ボクは…………こんな所で死にたくない…………!」

「人はいつか死ぬ。君の場合は、それが偶々今日だっただけだよ。それじゃあ、おやすみ。」

 

 用を果たしたカミキはその場を後にしようと、振り返る。 

 

 

 

「嫌だ………死にたくない………………………………………………………………なんてね。」

 

 

 

 その瞬間―――カミキの背中に衝撃が走った。

 その衝撃はカミキの全身に伝播する。気づけば上から地面が降ってきた。

 

「あはははッ!相手が小学校も入学してないようなガキだからって油断したね。馬鹿だなぁ、ボクがお前に襲われるなんてこと想定しないわけないのにさぁ。」

 

 致命傷を受けたはずの彼が、今度は地面に倒れたカミキを見下ろす。

 カミキを襲ったスタンガンをクルクルと手で回して弄びながら。

 

 カミキはやっと気づく。自分が目の前の少年に嵌められたことに。

 カミキが彼が油断したところを狙ったように、彼もまたカミキが油断したところを狙った。

 彼はカミキが無防備な背中を晒すのを待っていたのだ。

 

「ポケットにこれを入れてたらさ、お前にバレるかもしれないよね?実際、お前はボクのポケットの中を確認してたしさ。だから、予めここに埋めておいたんだよ。」

 

 そう言って、彼はトントンと踵で先ほどまでスタンガンが埋まっていた場所を叩く。

 

「なん………で………動け………る?」

「あぁ、それはね。これだよ。」

 

 そう言って、彼は羽織っていた上着を脱いだ。

 そこには真っ赤に染まった防刃チョッキがあった。

 

「ネタバラシをするとさ、防刃チョッキの上に血のりが入ったビニールを仕込んでおいて、お前が刺したらビニールが破けて血のりがドバドバ―っと出るようにしてたんだよね。まあでも、ボクも防刃チョッキを着てたとはいえノーダメージってわけにはいかなかったけど。」

 

 彼は未だ立ち上がることが出来ないカミキを見下ろす。

 さっきまでとは真逆の構図だ。

 

「ボクの今回の目的はさ、お前を刑務所に入れることだったんだよね。金が欲しいとか云々とかは全部嘘。

 確かにわざわざこんな回りくどいこともせずに、ボクが自分のチャンネルにお前の悪行を晒して社会的に殺すことも可能だった。でもさ、それって中途半端じゃない?お前は社会的に死ぬことになるけど、一応生活は送れるわけだしさ。やっぱり、犯罪者には犯罪者らしく刑務所に入ってもらわないといけないよね?

 で、お前を刑務所に入れるためには相応の証拠が必要なわけじゃん?でも、お前が星野アイを殺したって認めたところを録音しても証拠としては弱い。だから、ボクをお前に襲わせることで確実にお前を逮捕させるってことにしたんだ。

 それに一回逮捕されてしまえば、余罪として星野アイや雨宮吾郎の件を立証できるかもしれないしね。」

「…………でも、僕は君のスマホを壊した。つまり、僕が君を襲った証拠は―――――」

「あはははッ!まだそんなこと言ってるよ!ここまで察しが悪いとさぁ、呆れるって感情を通り越して尊敬すら覚えるよね!」

 

 彼は心底楽しそうに笑う―――嗤う。

 

「お前はさぁ、あのスマホを潰したら自分が襲ったって証拠は残されてないって思ったわけだ。確かにそれは間違ってないよ。ボクが録画をしているだけだったらね。

 実を言うとね、ボクは録画ではなくてビデオ通話をしていたんだよ。そして、その通話相手はボクから送られてくる映像をデータとしてパソコンの中に取り込んでいるのさ。つまり、いくらボクのスマホを壊しても手遅れなんだよね。証拠は既に送られてしまっているからさ。」

 

 つまり、カミキが手を出した時点で勝負は決まっていたわけだ。

 もし、カミキが防刃チョッキの存在に気づき別の場所を刺すことで彼が重傷を負ったとしても、その証拠となるデータは既に送られてしまっている。

 それからなにをしてもカミキが逮捕される未来は変わらない。

 

「もうじき、ボクの仲間が呼んだ警察が到着する頃合いかな。何か言い残したことは無い?無いなら起きられても困るしもう一回スタンガンを当てて気絶させるけど。」

 

 彼なりの情けか、それとも余裕か、そんなことを聞いてきた。

 

 彼の問いかけに対し、カミキの脳裏にはある人物が浮かぶ。

 それは、星のような輝きを放つ彼女だった。

 

「……もしアイに会ったら伝えて欲しい。20歳の誕生日おめでとうって。」

「ははっ、お前も本当にブレないね。分かった伝えておくよ。」

 

 そう言って、彼はスタンガンをカミキの首元に当てた。

 

「いい夢を。おやすみなさい。」

 

 首からの衝撃に耐えられず、カミキは意識を手放した。

 

 

 ♦♢♦♢

 

 

「本当に君は稀有な存在だよ。ここまでの成果を出すなんて予想以上だ。」

 

 少年の隣に、いつの間にか少女が現れる。

 背丈は少年と同じくらい小さいため、傍から見れば幼稚園児が仲良く遠足に来ているように見えるだろう。

 そばに地面に倒れている男の姿がなければ。

 

「随分と機嫌がよさそうだね?」

「分かるかい?ボクはこの世界の未来を完全にコントロールしているんだよ。楽しくないわけがないじゃないか!」

 

 両腕を上げて楽しさを露にする少年の様子に、少女はくすくすと笑う。

 

「良かったね、この世界に来れて。()()()()()くん?」

「あぁ。君には感謝してるよ。こんなに面白い世界(おもちゃ)をくれてさ。」

 

 そう言って、彼らは笑い合った。

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