『―――梓、わたしね。“救世主さま” みたいになりたい』
『―――梓を救いたいの。わたしに心臓をくれた、あの人みたいに。……ねえ、梓……』
『―――手術が終わってわたし、今度は梓にだけ負担を掛けさせないようなパートナーになれるかな、なんて、勝手に思ってたんだ』
『―――梓がこんなことになってるのに、わたしはそんなこと考えてた―――!』
『―――梓………! 起きてよ、お願いだから……! わたしに、謝らせて……ねえ……!』
声が、聞こえていた。
『―――梓。お前、凄ぇよ。毎日毎日、ニュースじゃ電波塔のことばっかりだ。……テロリスト共は全員自爆して死んだことになってるけどな』
『―――……けどお前、やっぱバカだよ。何で、こんな……こんなにならなきゃいけない事だったのかよ……』
『―――なあ。起きろよ、梓……。なんかやりたいこと、あったんだろ……? いっつも言ってたじゃねぇか……!』
いくつもの声が。
『―――ごめんなさい、梓。私が、ちゃんと言えていれば……私のせいなのよ、梓―――』
『―――私のせいだ。何故上の圧力が掛かったのか、もっと考えていれば―――』
『―――こんなことになってしまって……すまない、梓。……私のせいかもしれん。もしかしたら、彼は―――』
たくさんの声が、私のいるところまで響いてきた。
私は……そもそも、何があったんだっけ……?
何か、大きな音がしたような。
それで大きいものが、上から―――。
駄目だ、思い出せない。
何でここにいるのかも、何でここから出なくちゃいけないのかも、何も。
だから、もうしばらくここにいよう。
ここは穏やかで、怖い人もいない。
……それに、たぶん、“今” じゃないから。
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そしてまた、声が響いてきた。
『―――まだ、意識は戻らないか……残念だが、タイムリミットはもう過ぎている。………さよならだ、伊波梓。類稀なる “殺し” の天才。君の才能は、千束に担保してもらうとしよう―――』
「―――」
その声を聞いて、その言葉を理解して、頭の中の何かが爆発した気がした。
「―――ま、て……」
「―――!?」
気が付けば私は、ベッドの上で上体を起こして、彼――吉松――の胸倉を掴み上げていた。
吉松は驚愕に目を見開いている。
彼のこめかみを一筋の汗が伝った。
◇◆◇
「……」
「……」
無言で見つめ合う、私と吉松。
私だって驚いている。
何で
どうやって侵入ってきた?
とりあえず、と私は吉松を捕まえていない方の右手で
正確には、右腕そのものがなくなっている。
それを目にして、事実を事実と理解して。
不思議と、ショックはなかった。
『あの規模の爆発に巻き込まれたらそりゃ、こうもなるだろうな』、という納得感が、何よりも先にあったのだ。
むしろ、命があるだけ儲けものと言える。
ただ、生まれて以来ずっとそこにあったものがない、ということには妙な悲しさ、寂寞を感じずにはいられなかった。
「……ああ……」
「………?」
吉松も、私が右腕のあった空間を見ていることに気付いたようで、小さく声を上げる。
私に胸倉を掴まれながらもそこへ目を遣った吉松の、些細な表情の変化。
微かに口角を上げ、悦に入るような。
「ぁ―――」
その
それは不可解な出来事として、心の何処かに引っ掛かっていたこと。
何故、電波塔ジャックが原作とあまりにも掛け離れた状況で起きたのか。
何故、テロリストたちは私のことを知っていたのか。
何故、吉松がここにいるのか。
全てが、何か細い糸で繋がっているような気がした。
いや、そんな馬鹿なことが……。
私の候補生時代の成績。
――― “お前が心優しい人物であるかのように”
千束から手術が決まったと報告があった日。
――― “私がキルハウスブースで訓練をしていた日”
アラン機関という組織の有り様。
――― “才能とは、神からの使命の形である”
ミズキさんからの警告。
――― “あんたのデータが”
手術当日、ミカ先生の言葉。
――― “あちらさんは何故か、やたらと時間を気にして”
チリチリとまた、脳裏を焦がすように記憶の断片が蘇る。
『気付け』、そう言われているようだった。
並べ立てられた記憶には、一見何の脈絡もないように見える。
ないはずだ。
あってはならない。
私はうっすらと覗きかけた真実から目を逸らそうとした。
何故なら
理不尽で、独りよがりの悪意。
私が、そんなもののために腕を失うことになったなどと、理解したくはなかった。
だから私は、確かめることにした。
それが、私の勘違いに過ぎないことを。
どうか勘違いであってくれと、心の底から願いながら。
「……ねえ、吉松」
「! 君はどこで、私の名前を―――」
「いいから。―――
右肩を指しながら問う。
果たして、吉松の反応は―――
「…………どういう、意味かな?」
私の望んでいた反応ではなかった。
答えるまでの間も、その言葉回しも、私の考えが正しいのだと突き付けてくるみたいに、不自然な応答。
「いや、さ……そういえば、テロリストの中に一人、“アランチルドレン” がいたなぁって」
「……これは、驚いたな……。君は……」
「……っ」
頼むから、私の言い分を認めたようなことを言わないでくれ。
「……私に気が付いたのは、いつ?」
「………」
吉松は答えない。
ただこちらをじっと見つめてくる。
その目に輝くのは、『好奇』。
私がどこまで知っているのか、私がどこまで
こんな状況でもこいつは、私の “才能” を見極めようというのか。
―――狂っている。
「……千束のビデオを見たときか」
正解だ、というように吉松の目が瞬いた。
少し考えれば分かることだった。
私と吉松の間に本来繋がりはなく、ならば……と予想するのは容易い。
察するに……そう、私が千束に殺人を犯させまいとしたことが、こんなことになった発端、だろうか。
それで、吉松から見た千束の “殺し” の才能が、原作とは違って歪んで見えたのかもしれない。
彼曰く “殺しの天才” である千束を、殺しから遠ざけるくらいの何かが、誰かが側にいるのだと勘付かせてしまったのかもしれない。
「……他にも、何か気付いたことがあるんじゃないかい?」
私が黙って思考に没頭していると、横から吉松が声を掛けてきた。
こいつは……私はもうとっくに手を離しているというのに、この病室から出ていく様子がない。
逃げる必要がない、というよりは私のことが気になっている、に近いだろう。
救えない才能フェチが。
何でわざわざ私がそんなことを……と無視しようとした、その時。
私の足元で、掛け布団がもぞもぞと動いた。
「……ぇ?」
私の足ではない。
つまり、私以外の何かが布団の中にいるのだ。
咄嗟に吉松の方を見るが、吉松は何ら気が付いた様子はなかった。
単に私が足を動かしたと思っているのだろう。
そう予測した私は、ギリギリのところで表情の変化を抑えることに成功した。
もし……もし、何もかも私の推測が当たっているのなら。
ここで吉松に気取られてはならない。絶対に。
「……」
「――!?」
私は、“それ以上動かないでくれ” と意思を込めて腿を締める。
布団の中の何かが――いや、誰かが、驚いて固まる気配があった。
この隙に、と私は口を開く。
「他に気付いたこと……ね。……じゃあ、これまで吉松のやってきただろうことを一つ一つ言っていこうかな……間違っていたら教えてくれる?」
「それは……君次第だと言っておこう」
案外と、吉松が乗ってきた。
私に掴まれて乱れたネクタイを軽く直しながら、余裕の素振りである。
いつまでその態度が続くか見物だ。
◇◆◇
「―――さっき言ったように、千束のビデオから私に辿り着いたお前は……まず、何らかの手段で、私の候補生時代の成績を手に入れたかもしれない。……というか、そうとしか思えない。それで、お前は驚いたんだろう。何せそこには、私が “心優しい” リコリスだ、なんて評価があったから。類稀な “殺し” の才能を持った千束を殺しから遠ざけてしまえるくらい、千束よりも “殺し” に特化したリコリスがいるはずだと思っていたのに……残念だったね?」
「……」
「……??」
「それから、お前は危惧したはずだ。『こいつは、今はなにか事情があるだけで、そのうち殺しをやらなくなるんじゃないか』なんて。お前は、私の “才能” が発揮されなくなることを恐れた。何せお前らアラン機関にとって才能とは神からの使命。生涯を通して果たされなければならない義務だからだ」
「……」
「……」
「ただ、慎重なお前は、推測だけでなくとりあえず自分の目で私の才能を確かめに行くことにした。それがいつかと言えば……ああ、あの日だ。私が謹慎中で、仮想訓練をしていた日。ちょうどあの日に千束から心臓移植の話もあったから、お前もあの日はDAに来ていたんだろう。で、首尾よく訓練中の私が見つかってしまった、と」
「……君は、本当に……」
「自分で言うのも何だけど、訓練を見て私の “才能” を確信したお前は、その才能が失われることは回避したかった。『……しかしこいつには、“アラン機関” として恩を着せ、才能を活用させることのできるほどの逆境はない』。困ったお前は、私に
「……」
「……!?」
私は、なくなった右腕に目をやった。
吉松も、目を細めて揺れる私の袖を見ていた。
「普通の手段では私はここまでの怪我を負うことはないだろう。……たぶんね。お前もそう考えた。そこでお前は、伝手を伝った」
俄に喉の渇きを感じた私は、ちょうど吉松が飲んでいたらしいミネラルウォーターのペットボトルを見つけたので、それを拝借する。
吉松が形容し難い顔をする前で、私はそれを喉を鳴らしながら飲んだ。
今の私はもはや、この男に何かを遠慮する必要を感じていなかった。
「今回の電波塔事件……その中心メンバーでもあった真島は、確かアランチルドレンの一人だったはずだ。真島に直接か間接的にかは知らないけど、とにかくそこで話をすり合わせたんだろう。ついでに、入手していた私のデータ……候補生時代の成績と、それからお前が直で確認した時の私に対する所感なんかも送ったのかな。事件が起きれば、必ず私が駆り出されるはずだと信じて」
私はまた一口、水を口に含む。
普通の、自販機とかで売ってるような、ちょっと美味しい水の味だ。
吉松もこういうの、飲むのか。
「そして、事件の中で私の身体を壊すよう指示を出した。お前はと言えば、事件当日、大きな戦力になるだろう千束を拘束するため、手術の日程をそこに被せた。あの日、ミカ先生はお前が時間を気にしている、なんて言っていたのは、千束の手術が始まるより先に事件が発覚したら困るお前が口うるさく言ったんだろう。……で、物の見事に私はお前の計画に嵌ったと………そんなところかな?」
「……見事だよ。君には探偵の才能もあるのかもしれない」
「あ、そう? じゃあ、大体全部合ってた?」
「ああ……付け加えるとすれば、アラン機関はDAの上部組織にもパイプがある。君が一人で電波塔に挑むことになったのは、そうするようDA司令への圧力が掛かっていたことも、多少は関係しているかもしれないね」
その言葉を聞いた私は、最後のひと押しとばかりに問い掛ける。
「ふーん……で、全部私は知っちゃったけど。これからどうするの? 言っとくけど、義手をくれるって言っても私は殺戮マシーンになんてならないから、受け取らないよ」
私がそう告げても、吉松には特に焦った様子は見られなかった。
それどころか、私とのやり取りに愉しそうに口元を歪める始末である。
まあ……予想通りだ。
そうでなければ、私がここまで情報を垂れ流してきた意味がない。
そして吉松が口を開いた。
「……ならば仕方ない。千束の寿命は残り二ヶ月だ」
「……どういうこと?」
「千束の人工心臓は二ヶ月おきに充電が必要なのさ。今すぐ、弱った君をここで昏倒させ、充電のために提供していた専用機器をこの施設から回収する。……君が言うことを聞いてくれないのなら、機器はそのまま行方知れずとなるだろうね」
ああ、そう。
「へえ。……だってさ、
「―――は? 千束……?」
吉松が、君は何を言っているんだ、という顔をした。
それに答えるように、私は左手で布団をめくる。
話をしているときに布団の中で反応するタイミングから、私はもうこの謎の同衾者について、ほとんど確信していた。
今まで勝手に話を進めてごめんね。
出ておいで。
「……えほっ」
顔を出したのは、布団の中が暑かったのか、真っ赤な顔をした千束。
それを見た吉松の顔と言ったら、『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』と題して額縁に入れて飾りたいくらいの顔だった。
「……ねえ……今の話、ほんとうなの、“救世主さま” ………? 梓を、操ろうとして、わたしのことも、利用しようとしてたの……?」
「……な、は………!?」
布団から這い出た千束に問い詰められ、流石に狼狽した様子の吉松に、私は声を掛ける。
「私を昏倒させて機器を回収、だっけ……? やってみてよ、ねえ吉松」
―――リハビリもとっくに済んでいる様子の千束を出し抜けるなら、ね。
……でも千束。ちなみに、なんで私のベッドの中に潜り込んでいたのか、後で教えてもらえるかな?