DAなんてクソ喰らえ、と言ったリコリス   作:Lős

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8/20. 一部表現を修正。




 

「……」

 

 ライダースーツを着てフルフェイスヘルメットを被り、鏡の前で軽く顔の角度を変えてみる。

 うん、これなら……近付かれてひん剥かれでもしなければ大丈夫だろう。

 

 玄関の棚に並べられたいくつもの香水の中から、普段とは異なる系統の香りを選び手首に軽く噴霧。

 ブリーフケース一つを携え、私は家を出た。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『―――おい、おいってば! 聞こえてんだろ!? ウォールナットはもう護衛のガキと合流したぞ! 追えよ! 何やってんだおま―――』

 

 私は思考をまとめるため、落ち着きの欠片もなく騒ぐ通信を一度切った。

 これならDAの新人オペレーターの方が万倍マシだった。

 

 今朝方、吉松からメールで送られてきた “仕事” の内容は、『ウォールナット(クルミ)の抹殺』。

 用意されたバックアップは、ウォールナットと同じく界隈では著名なクラッカーである『ロボ太』なる人物。

 本人たちはクラッカーではなくハッカーを自称しているが、天気予報を確かめる感覚で他人の個人情報を抜き取るような電子巧者は、どう考えても―――いや、まあ、私としてはどちらでも良い。

 

 クラッカーだろうとハッカーだろうと敵は敵、味方は味方だ。

 今回の場合、表面上はウォールナットが敵でありロボ太は味方、そして実際のところはその逆である。

 クルミという、今後の『リコリコ』におけるキーパーソンを抹殺なんて、私がするわけない。

 原作通りに、殺されたフリをしてもらうだけだ。

 

『―――んなぁに勝手に切ってんだよお前は! もう時間がないっつってんだろ! 位置情報はもう送ってある、バイク出せよ早く!! お前はどうか知らないけど、今回の仕事は僕にとっちゃデカいんだぞ!』

 

 三秒と経たずして掛かってきた通信を、仕方なく受ける。

 

「はいはい、分かってるって。それに、心配しなくても私にとっても大きい仕事だよ」

 

 絶対に成功させちゃいけない、って方向で。

 私はヘルメットのシールドを下ろすと、サイドスタンドを蹴り上げ、バイクを発進させた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 十年前。

 

 あの病室のベッドの上で、私と吉松は契約を交わした。

 

『十年後、千束に新しい人工心臓を提供すること。アラン機関としては千束に干渉しないこと。この二つさえ守ってくれるなら、私はアラン機関に所属する』

『人の才能を妨げるのは、何も経済的、身体的な事情だけじゃないだろうから』

『誰かの恨みを買って命を狙われてるような人もいるはず。だからもし、ここで吉松が契約してくれるなら―――』

 

 ―――私が彼らを片付けよう。

 

 そして、私はアラン機関所属の掃除屋になった。

 アランチャームと数世代先の技術を駆使した義手を与えられ、リコリコの従業員として働く傍ら、アラン機関の理念に反する人々を人知れず葬る仕事を割り振られた。

 “仕事用” の携帯に時折送られてくるメールに従って、おおよそ一週間に一度程度のペースで。

 

 私は一度として仕事にしくじることはなかったし、吉松も今のところ契約を守っている。

 最近、『リコリコ』を訪れるようにはなったものの、アラン機関としての態度を見せることはなかった。

 あくまでも久しく会っていなかったミカ先生や千束と顔を合わせるのが目的だろう。

 千束に手を汚させようとしないなら、私はそれでいい。

 吉松も、私の “才能” とやらが発揮されて満足しているはずだ。

 私とて現状に不満などない―――。

 

 

 

 

 

「―――ッ!」

 

 急速に高まった殺意に対して、私は反射的に首を傾けた。

 ダァン! と銃声が一つ響き、弾丸が耳元を掠める。

 

 私は思考を切り替えた。

 前を走る車、白黒のトゥデイから上体を覗かせたたきなが、後方30m程をバイクで追走する私に狙いを定めている。今度は私の頭ではなく胴体、胸へと。

 このままでは “当たる” 弾が撃たれる、その感覚があった。

 原作においても並外れた命中率を誇っていた彼女の射撃は、確かに驚異的だ。

 しかし、今ばかりはその精度が仇となる。

 

 彼女の狙いは実に精確で、現時点ではまだ相手への殺意も高い。

 それ故に、彼女の描く弾道は私にとって非常に避けやすいものとなる。

 

 これから撃とうとしている弾もそうだ。

 

 初弾を外した彼女が今度こそとばかり、ふっ、と息を詰めた。その細い人差し指をトリガーに深く掛け、目を眇め、全身の緊張を高める。

 弓道で言うところの、『会』のような状態。

 

 そして必中の射撃が成立する―――その直前。

 

「―――」

 

 バイクを傾け、肘が路面を擦るかという程に強烈にリーンイン。

 瞬間、私の心臓を捉えていたはずの弾丸は、何もない空間を虚しく通過していった。

 この場合、私ではなくタイヤを狙うべきだったのだ。―――もう遅いが。

 前方から動揺する気配を感じた私は立て直したバイクを加速させ、差し込んでおいた爪先でギアチェンジを行った。

 

 急接近する私に気が付いたのか、たきなが運転席に向かって振り返り何事かを叫ぶ。

 恐らく、速度を上げろ、とかそのあたりのことだろう。

 それは困る。

 

「ロボ太」

『……なんだよ?』

「車、ハッキングしてあるよね? 速度落とさせて」

『あ? 停車させなくていいのかよ。お前がいる限りアイツらはこっちのルーターも狙えない……やり放題のハズだろぉ?』

「ロボ太。私の指示には何も言わずに従う―――でしょ?」

 

 吉松からはそう言われているはずだ。

 ロボ太は知らないことだが、あのトゥデイには吉松が歪んだ愛情を向ける先である千束も乗っている。

 車に乗っている全員が標的なら車を止めさせるだろうけど、一人だけを狙うのであればむしろ走行中の方が都合が良い。

 

「私がウォールナットを始末したのを確認したら車を止めて。私はその隙にバイクで逃げるから。……どうせそのドローンで見てるんでしょ?」

 

 私のすぐ後ろを飛ぶルーター兼カメラ役のドローンを軽く振り返りながら指摘する。

 

『……ああ分かった! 分かったよ! あんたの指示に従う! その代わりしくじるなよ!?』

「大丈夫だって。ハッカー相手に荒事で後れを取るわけないじゃん」

 

 まあ、あっちはあっちで専門家(千束たち)が付いてるし、当のハッカーも偽物なんだけど。

 『ウォールナット』って名前で通してるハッカーが、あんなあからさまに『リス』の着ぐるみ被って、ハッカーで御座いと言わんばかりにタブレットまで持ってるなんて、ちょっとは怪しいと思わなかったのか。

 いや……何十年も前から活動している(ことになっている)ハッカーが、あんなトランクケースに入っている方が考えられないか。

 

『……速度、落としたぞ』

「ありがと。じゃ、ちゃんと見といてね―――」

 

 一瞬だから。

 

 ヘルメットの下で “ひゅうっ” と息を吸い込み、止める。

 脳に酸素を送り込む。

 

「……、………―――」

 

 時速30km程度にまで減速した車を、こちらは時速180km程で追い越す、その刹那。

 相対速度は実にマイナス150km。

 左手でホルスターの銃を抜き、遅滞する世界の中、ゆっくりと照準を合わせる。

 移動速度を考慮してやや手前にサイトを置き、―――今。

 

 これまでの膨大な経験に基づく感覚だけを信じて、そっと引き金を引いた。

 

 ―――ッダァン!

 

 銃声を置き去りに、標的の状態も確認しないまま走り去る。

 手応えはあった。

 大きなリスの着ぐるみの、その側頭部に的中させた手応えが。

 

 速度を緩めつつ小さく振り返れば、事前の指示通り路肩に止められた車と、運転席には血を噴き出すリス。

 遠目にも、中々に派手な血糊だ。

 素人目にはすっごく “死んだ” 感じがすることだろう。

 実際、着ぐるみ越しの頭からあれほど勢いよく出血することはありえないため、着ぐるみがきちんと機能したのだろうけど。

 私としても一安心である。

 

「……どう? ロボ太は。長年のライバル、ウォールナットが死んでさ」

 

 死んだことをさっさと既成事実にしてしまおう、と声を掛ける。

 

『…………はぁ? 何だ今の……はぁ……?』

 

 そんな心配をするまでもなく、通信先のロボ太は呆けていた。

 それから、声に紛れて先程の銃声も繰り返し聞こえてくる。

 ドローンはしっかりと射撃の瞬間を捉えていたらしい。ウォールナットの撃たれるシーンを何度も再生しているのだろう。趣味が悪いというか……。

 

「―――慣れだよ、慣れ。じゃ、確認もできたってことでもう切るね。クライアントへの報告はそっちでお願い」

『……おう、……』

 

 やはり呆け切っているロボ太に仕事を押し付け、私は通信を切った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 後日。

 

 

「はぁいこちら、新しくウチで働くことになったクルミちゃん! でっす! みんな拍手ぅ〜! フゥーー!」

 

 千束の紹介に合わせ、ぱちぱちぱちぱち、と拍手をする。

 私と千束だけ。

 私以外の面々はとっくに知っていたことのようだ。

 恥ずかしくなった私はすぐに拍手をやめた。

 

「あのな、ボクは別に働くわけじゃないぞ。お前らの “裏の仕事” の方を手伝うだけだ」

「 “裏の仕事”! おお〜、その言い方いいねぇ! なんかの秘密組織みたいで!」

 

 千束がウィンクしながらグッ、と親指を立てる。

 でも―――

 

「はぁ? みたいも何も、DAは秘密組織そのものだろ? 何言ってんだ?」

 

 私と同じことを思ったらしいクルミがツッコんだが、千束は『ロマンが』どうのと言い始めた。

 千束の映画好きは今に始まったことじゃない、放置しておこう。

 映画のタイトルをあれこれと挙げ始めた千束を無視して、私は座敷席にちんまりと座るクルミに目を戻した。

 

 肌は日本人離れして白く、金髪碧眼。

 顔立ちからは、北欧系に見える。

 確か英語も流暢に話せたはずだから、もともとは向こうで暮らしていたのかもしれない。

 そうなると、母国語に加え英語と日本語、というトリリンガルなのだろうか。

 背はやはり低いが、表情や態度が大人びているせいかあまり子供には感じない。

 

 そうやって私がジロジロと見ている間に、クルミの方も私を観察し終えたらしい。

 

「ほーん、ミックスか。ボクと同じ北欧と見た……スウェーデンか?」

「……ううん、フィンランドだよ。父がね」

「おー、なるほど」

 

 うんうん、と頷きながら私を眺めるクルミ。

 やがて、ぬっ、と手を差し出してきた。袖に隠れたままの手を。

 

「梓、だっけか? よろしくな」

「こちらこそよろしく、クルミ」

 

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