DAなんてクソ喰らえ、と言ったリコリス   作:Lős

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 昨日のリコリコは定休日だった。

 私は一日だらだらと過ごしたけど、千束は健康診断、身体測定に加えてライセンス更新のためにDA本部に顔を出し、たきなは司令と会うためそれに付いていったらしい。

 熱心なことだ。

 

「―――でさ、フキったら『お前はもうDAには必要ない』、なんて―――」

 

 それで、フキとその新しいパートナー――乙女サクラ――と揉めた、と。

 司令が見届ける中での模擬戦にまで発展したそうで、思い出しながら話していた千束はまたヒートアップしかけている。

 話を聞く限りでは、乙女サクラが煽り過ぎたところにフキが着地点を用意したんだろうな、という印象だけど……千束も、フキがあれで色々考えるタチだということは分かっているはずだ。

 あえて指摘するまでもない。

 私がうんうん、と話を聞いていると、千束の後ろからリコリコ制服に着替えたたきながやってきた。

 

「―――千束。その件については私はもう大丈夫ですから。休憩中の人に絡んでないで、仕事をしてください」

「えー、もうちょっと―――」

「ダメです。ほら行きますよ」

 

 そう言って、千束の背中を押していくたきな。

 

「……」

 

 うーん、やはり二人の仲が深まったように見える。

 原作通りなら、模擬戦前後のやり取りを通してお互いへの理解が一つ、進んだのだろう。

 千束は、可愛い後輩が本質的に求めているものはDAでの立場ではなく “自分の居場所” そのものだということに気が付いて。

 たきなは、この奔放な先輩の行動原理が “したいこと最優先” であることを知った。

 

 仲良きことは素晴らしきかな、と二人を見守っていた私に、たきなが振り返る。

 

「………」

「……?」

 

 口パクで『後でお時間いただけますか』、と読み取れたので、疑問に思いながらも指でOKサインを作っておいた。

 それを確認してコクリと頷いたたきなが、今度こそ千束とともに出て行く。

 

 ……何の用事だろうか。

 バレていないはずのウォールナットの一件を除けば、私からたきなに何かした覚えはないし……。

 あ、でもそろそろ経理の業務を引き継いでもらおうかな。

 『リコリコ(ここ)』をたきなの居場所と感じてもらうためにも、今が頃合いだろう。

 

 

 

 

 

「お待たせしました。わざわざ残って下さり、ありがとうございます」

 

 座敷の上で正座しながら、はきはきと話すたきなの口調、表情は固い。

 パートナーである千束ほどにまで気を許してほしいとは思わないが、逆に言えばここではただの同僚なのだからもう少し……とは思わないでもない。

 しかし、今そこにツッコむのも野暮な寄り道というもの。

 こんな真剣な顔をしているのだし、と私は一旦置いておくことにする。

 

「たきなからお願い事なんて初めてだから、気にしないでいいよ。……で、早速だけど。何か話でもあるの?」

 

 私が問えば、たきなは首肯した。

 

「はい。……その、梓さんに聞いておきたかったことがあって」

「聞いておきたかったこと」

 

 そこで初めて、たきなが口籠る。

 私が鸚鵡返しに促すと、たきなはまた口を開いた。

 

「……梓さんは、DAに戻りたくはないんですか?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「―――あー、それ聞いちゃったんだ。……それでそれで? 梓は何て答えてた?」

「戻ってももうリコリスとしては活動できないから、戻らない、と」

「……あー………」

 

 たきながトランクスを履いていることが判明してしまった翌日。

 千束とたきなは、下着その他諸々を買いに街へと繰り出していた。

 二人の話題は、いつの間にか二人の同僚の事に行き着いて。

 ふと思い出したたきなが、暫く前に件の同僚に尋ねた事の顛末を千束と共有する。

 

「千束のその反応……やっぱりあれ、嘘ですよね?」

「へあっ……?」

 

 たきなに虚を突かれた千束が、奇声を発した。

 

「だって梓さん、店でも普通に動いてますし、歩き方とかも隙がなくて……リコリスとして活動できないなんて、とてもじゃないですが信じられません」

「隙、ってあーた……喫茶店の従業員の何を探ってんのさ……」

 

 呆れた声を出す千束だが、その素振りは何かを話すことを躊躇っている様子でもある。

 パートナーの挙動に目敏く気付いたたきながここぞとばかり問い詰めた。

 

「千束。梓さんは何かを隠しているんですか? まさかリコリコに潜入しているスパイとかでは―――」

「ちがうちがうちがう! 全然そんなんじゃないよ!? 確かに梓は時々怪しいところがあるけど、そもそも―――」

 

「えっ―――怪しいところがあるんですか!?」

 

 千束の口を軽くするために的外れなことを言ったつもりが、案外通ってしまっていたことを知って驚愕するたきな。

 

「〜〜〜っそうだよ! あるんだよ! さっきたきなが言ってた “隙” 、身のこなしなんか、もう随分訓練してないはずなのにどんどん洗練されてくし、なんか定期的に『有給』とか言って休み取るし、リコリスとしては活動してないはずなのにライセンス更新だけは毎回きっちりやってるし―――」

 

 でもね、と千束は繋げた。

 

「そもそも、『リコリコ』を作ったのは梓だから。梓がスパイなんて、それこそ有り得ないでしょ?」

「―――梓さんが……リコリコを? それはつまり、梓さんは自分からDAを離れた、と?」

「……そっ。だから梓がDAに戻らないのは、リコリスとして活動できないからじゃないよ。本当の理由は別にある。……けどそれは、多分たきなのために言わなかっただけ。……たきなはそれでも、梓が何を隠したのか知りたい?」

 

 たきなは首を縦に動かす。

 

「それは、店長やミズキさんは知っているんですよね? なら………私も、知っておきたいです」

「……そっか。ほんとは本人にズバッ! とこう、直接聞いて欲しいんだよ? だから、私からはさわりだけね?」

「はい」

 

 千束は、たきなの意志を確認するように彼女の目を覗き込み、そして頷いた。

 

「うん、じゃあ……教えて進ぜよう。梓がDAを離れた理由……それは身体能力とか、そういう問題じゃなくて、梓はね―――」

 

 ―――DAが大嫌いなんだよ。

 

「―――」

 

 その言葉が理解できなくて、たきなの思考が止まる。

 だって、あんなに司令に反発していた千束ですら、DAに認められてリコリス棟に入れたことが、リコリス制服に袖を通せたことが嬉しかったと、そう語っていたのに。

 

「……私たちとは違うんだよ、梓は。何せリコリコ開くときも『DAなんてクソ喰らえ(、、、、、、、、、)』って言って出てきたようなリコリスだよ?」

「ク、クソ喰ら……?」

 

 たきなは呆けた顔のまま、普段なら絶対に言わないような言葉を反芻した。

 

「まー、色々あるってことですよ。……ちょっと話しすぎたかも。後はたきなが直接梓に聞いて! 今みたいに私から聞き出そうとしないこと!」

 

 びっ、と指を立てた千束は、再び前を向いて歩き出す。

 この話はここで終わり、と言わんばかりの態度であった。

 たきなも、与えられた十分過ぎる情報を整理するのにいっぱいいっぱいで、それ以上食い下がることもなく千束に追従する。

 

「……あ、でも。梓の怪しいところと言えば―――なんで今日、梓は来てくれなかったんだろーね。お店お休みの日は、誘えば大体一緒に遊んでくれるのに」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 一昨日、司令から連絡が届いた。

 

 『お前の言っていた “真島” に動きがあった。都営浅草、北押上駅で何かの下見をしていたようだ』

 

 真島。

 十年前、電波塔で殺し損なったテロリスト。

 あの爆発と同時、私が撃った弾は僅かに目標から逸れて、真島の左耳を抉っていくに留まった。

 アランチルドレンの一人で、恐らくは扇動者かテロリストそのものとしての才能を持っている、とアラン機関は見ているはずだ。

 私からしてみれば、そんな才能あってたまるか、という話だが。

 

 彼が再び台頭してくることを知っていた私は、旧電波塔事件のあと、司令部に情報を共有した。

 容姿、背格好、テロリストのリーダーから呼ばれていた名前、本人の破滅的な性格など。

 そして、彼がラジアータの監視網に引っ掛かるようなことがあれは、すぐに連絡してほしい、と。

 

 ついに一昨日、その連絡が来たわけだ。

 

 たぶん、真島のやろうとしていることは原作通りだろう。

 旧電波塔 “事件” 以降、ほとんど聞かなくなった、あらゆる事件。代わりに増えた “事故”。

 そして、電波塔で交戦した私という存在。

 この日本には、事件を事故にすり替える何かがあると、そう気が付いてしまった。

 それを確かめるべく、人手を集めて強硬手段に出ようとしている。

 

『それで、どうする? こちらで小隊を編成してもいいが―――』

「私一人にやらせていただけませんか、司令」

 

 真島はテロリストらしく、爆発物を好む。

 大人数では原作の如く、むしろいい的になってしまうだろう。

 

 原作のことは省いてそう話せば、司令はしばらく考え込んだ後、了承してくれた。

 

『……分かった。……頼んだぞ、“電波塔のリコリス”』

「任せてください。……あ、でも地上にはセカンド以上のリコリスを配備して下さると助かります。ヤツはとにかく逃げて生き残るのが得意ですから」

『お前は……はぁ、それも分かった。優秀な奴らを選んでおく』

 

 と、そんな会話があって。

 

 真島が行動を起こす時刻、場所が確定されて、今。

 

「……」

 

 私以外誰も乗せていない電車で、私は北押上駅に向かっていた。

 電車の運転はGoA4―――完全に無人での運転である。

 

 私としては出来ればここで真島の息の根を止め、今後起こり得るいくつもの事件を未然に防いでおきたいところではあるが……そううまくは行かないのだろう、という予感がしていた。

 ……まあ所詮、予感は予感である。

 最善を尽くすほかあるまい、と私は愛銃のグリップを握り直した。

 

 ガタンゴトン、と。

 いよいよ駅が近付いてくる。

 

 ここは、地下という閉鎖空間。前回は高層タワーの上層という、これまたある種の閉鎖空間。

 そこに加えて真島という男――それから爆弾。

 否が応でも十年前を思い出した私の身体が、少し冷たくなった。

 

 

 

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 ―――ッダダダダダダ!! と機関銃――PKMを乱射する音。

 パラパラと辺り一面、粉々に割れた窓ガラスが飛散する。

 

 私は静かに息を潜め、じっと時が来るのを待った。

 電車が止まり、ドアが開く―――そして、誰もいない車内を見た真島たちの意識に、空白が生まれる瞬間を。

 

 電車がホームに姿を見せ、乱射が開始されてからおよそ8秒。

 プシュー、と空気の抜ける音を立てながら、ドアが開いた。

 

「……」

 

 耳を澄ませ、気配を探る。

 つい先程まで空間を満たしていた悪意が、矛先を失ってぼやけるような感覚を得た私は、即座に飛び出した。

 姿勢は低く、歩幅は小刻みに。

 

 ダァン! ダン! ダンッ! と標的を視界に捉えた端から牽制射撃を入れ、その生死を確認することもなく真島を探す。

 起爆装置を握っているのは十年前と同じく真島だろう。

 まずは真島を見つけなくてはならない。

 おおよその位置は分かっている。

 機関銃を撃っていたのが真島なのだから、あの音の発生源に―――ああ。

 

 いた。

 

 緑の天パに欠けた左耳。

 間違えようもなく、真島だった。

 

「――」

「――」

 

 ふっ、と、真島の三白眼と私の目が合う。

 その一瞬で、お互いの過ごしてきた十年の時間が私たちの間を流れたような気がした。

 

「―――真、島ぁぁあああっ!!」

「―――ハッ、またお前かぁ!」

 

 そして、私は駆け。

 

 真島は―――。

 

「―――は?」

 

 真島は、銃を放り出すや背を翻して逃げた。

 

 ……………は?

 

 ―――そんな、呆ける暇も許されず、階段の方へと逃げた真島が何かを握ろうとするのを認識する。

 ここに来る前、この上階に設置してきただろう爆弾を起爆するつもりだと、それは理解できた。

 理解できなかったのは、私が “視覚以外” の感覚ではそれを察知しなかったこと。

 人のあらゆる挙動を統合して得られる共感覚―――悪意を、私が感じ取れなかったことだ。

 

 今の真島の行動には、私への悪意―――ひいては殺意もない。

 私が “一人になった日” 以来ずっと頼りにしてきた感覚は、そう判断を下していた。

 

 ただ只管に、自らが逃げ延びるために必要な選択肢を選んだだけで、この爆発で私を殺そうだとか、私が死ねば良いなどとは、微塵も思っていない。

 そんな馬鹿なことが有り得るのだろうか。

 いや有り得ない、感覚の方が間違っているのではないか。

 しかし―――。

 

 私の脳内は混迷を極め、それでも窮地に慣れ親しんだ身体はこの状況において最適な行動を選択した。

 崩落する天井、真島に見捨てられたことを悟って動揺するテロリストたちを横目に、ホーム下の退避スペースへと滑り込む。

 

 直後、音とも聴こえない轟音を立てながら、とてつもなく大きなエネルギーが発散されるのを感じた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その日の夜。

 

 特に大きな怪我もなく無事救出された私は、直々に現場を訪れた司令に頭を下げていた。

 

「―――申し訳ありません、司令。真島を逃しました」

 

 そんな私を無言で見詰めた司令が、数秒後にはふっと息を吐いて手を振る。

 

「……構わん。今回の件は、どちらかと言えば外で待機していたリコリスたちの不始末、つまりはリコリスを選出した私の不始末でもある。それに、相手は十年もの間ラジアータから逃げ(おお)せた男だ。今回はその足取りが掴めただけでも良しとしよう」

「それは―――」

「構わないと言っている。幸いにして、こちらに人員的な被害はゼロ―――良くやった、梓」

 

 真島に関しては、次の機会を待つしかあるまい……そう言い残して、司令は私の前から去って行った。

 

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