「―――私たちDAはね、悪い人たちをやっつける『リコリス』って女の子たちを育てているの」
DA――Direct Attack。
国際的犯罪者を秘密裏に処理する実働部隊、及びその直接的なサポートを行う公的機密機関。
外交その他政治等による間接的な対処、Indirect Attack――IAとの対比によって、その機関はDAと名付けられた。
世界を見渡しても極端に犯罪率の低い日本の、表向きの平和を維持しているのは主に彼らの働きによるところが大きい。
人殺しの権利たる『マーダーライセンス』を与えられているのは、DAにおける実動部隊であるリコリスと呼ばれる者たちだ。
リコリスは、現代日本において“最も警戒されにくい”女子高生に扮し、日本国内の犯罪を未然に防いでいる。
当然、組織構成員はみな年若い少女たちである。
それに対するリリベルは男性だけで組織されているが、それはさておき。
「………」
そんな設定のことをつらつらと思い出しながら、私はようやく理解したのだ。
ここが『リコリコ』――『リコリス・リコイル』の世界だと。
そういえば、どう見てもスカイツリーなのに電波塔としか呼ばれていないタワーがあったな、とか。
この世界って日本は平和だが(少なくともそう見えていたが)他の国って前世の記憶と比べてかなり治安悪そうだったな、とか。
私の頭の片隅でそんな思考が過ったが、そんなことは些事である。
私の頭の大部分を占めたのは―――。
リコリス、いや、DA全体への怒りの感情であった。
『お前たちの正体を暴いてやる。今から✕✕市で人が死ぬ。早く出て来い』……SNS上でこんなコメントを投稿したらしいあの男に、父と母の命は奪われたのだ。
単なる妄言とばかり思っていたが、ここがリコリコの世界だとすればこの発言の捉え方も変わってくる。
『
こうだ。
そして、男はやった。本当に行動に移してしまった。
だが、リコリスは現れなかった。代わりに現れたのは警察だ。DAは対処しなかった。DAの技術力があれば、被害を未然に防ぐことは造作もないことだったろう。
全国を網羅する犯罪防止機関である。
それくらいはやってのける筈だ。
DAは看過した。
恐らくは、機関としての機密性が損なわれることを危惧し、実際に被害者が出る可能性と天秤にかけたのだろう。
そして、保身を採った。
いやあるいは、そもそも公に害をもたらすような国際的な犯罪者でもない限り、DAの管轄外なのかもしれない。
ただ、結果として私の両親が襲われた。
明らかに、DAの存在を敵視した犯罪者によって、殺されたのだ。
どこまで行っても憎むべきは実際に罪を犯した者だと、理性では分かっていた。
が、だからといってこの感情は抑え込めるものではない。
「―――それで、あずさちゃんは今、“扶養者” ……うーん、あずさちゃんを守ってくれる人がいない状況なの。だから、あずさちゃんを守るためにDA―――というか、私が来たんだけど……あ、まず私の名前を教えておくね」
私の考えていることなどまるで気が付かない様子で、スーツ女は話し始めた。
差し出された名刺には、『DA情報部第二課 更科ゆかり』と書かれている。
名前の読み方を “
DAに来ればちゃんと寝ることができて、ご飯も食べられて、怖い人もいないんだよ、と。
話している内容自体は、その通りなのだろう。
しかし。
「………」
話し続ける更科さんを横目に、私は俯いた。
―――私たちを守ってくれなかったDAになんて、絶対に行きたくない。
子供としての感情が、そう主張する。
……だけど実際のところ、他にどうしようもないのだ、ということも理性では分かっていた。
今世の日本は
ここでDAの手を取らないのなら、何処かで野垂れ死にするだけ。
「―――……というわけなんだけど、どうかな? わかってもらえたかな?」
更科さんが、私と目を合わせながら尋ねてくる。
要約すると、DAに行くから車に乗れ、という話だ。
私は、感情を隠して頷いた。
「……」
揺れもなく、滑るように進んでいく車の中から、手持ち無沙汰ゆえに外を眺める。
窓の外の景色は住宅街から大通り、高速道、そして道を外れたかと思えば人知れぬ森の中へと、淡々と移り変わっていった。
先まで曇っているだけだった空も、ポツポツと雨粒を落とし始めた。車体に雨粒の当たるパラパラという音が響く。
全く他の車通りのない道をしばらく進んだ後、“この先国有地につき、立ち入り禁止” の警告が視界に入る。
移動距離を考えるに、所在地としてはぎりぎり都内だろうか。
ともあれ、目的地に着いたようである。
道の脇では複数の監視カメラがこちらを捉えており、前方の物々しい封鎖ゲートの存在も含め、DAが武力的な組織であることを思い出させた。
数秒の足止めを経て、こちらの身元確認でも済んだのか、ゲートが開く。
少し進めば、大きな建物が見えてきた。
恐らくこれがDA本部兼、リコリス養成所なのだろう。
◇◆◇
X線による手荷物検査、身体検査を終え、顔認証システムの登録を済ませる。
「―――さて。じゃああずさちゃんを、リコリス候補生として登録するね」
更科さんが手元のタブレット端末を操作すると、眼前の機械からピーッ、という電子音が響いた。
「………うん、はい。《
随分あっさりした手続きだ。
内心でそう感想を述べた私に、
―――今日が梓ちゃんの誕生日だよ。おめでとう。
それと、ごめんなさい
更科さんが告げた。
私の頭を一度、小さく撫でる。
それから、誰か――私の案内役だろうか――を呼びに通路の奥へと消えていった。
「……」
父からもらった『リネア』の名前を失って、名前の綴りも変わった私は、少しの間そこに立ち尽くしていた。
リネア-Linnéa 北欧において一般的な女性名。植物の名前でもある。日本語ではリンネソウ。花言葉は『夫婦円満』。
梓 山桜とよく似た樹木。花言葉はない。