「それじゃあ、あなたはわたしの『せんぱい』ってことだ!」
「ああ……うん……」
「……? げんきないね? どうしたの?」
「うん……」
「おなかいたいの?」
「……」
ん? ん? と私の顔を覗き込んでくるその幼女を前に、私は思考力を失っていた。
私の視界を占めるのは、さっきからぐいぐいと無理やり映り込んでくる
「………」
「ね、だいじょーぶ?」
「……」
死んだ目で床を見つめる私、それを心配する幼女、それから私に同情するように哀れんだ目を向けてくる幼女。
私はこの子たちと同期の候補生ってことになるらしい。
それぞれ、一週間前、一昨日、昨日、の順でDA所属だとか。
私を心配してくれている子は、アイボリーの髪色に赤いまん丸お目々。その後ろで諦観した目をしている子は、茶髪で釣り目気味。
「………」
どう見ても『錦木千束』と『春川フキ』だった。
………なんで?
突然の事態に困惑し、こめかみを揉む私を見て、千束さんは『閃いた!』という顔をした。
「―――あたまいたいの?」
違う。
◇◆◇
「さっきも言ったが、君たちは同期のリコリス候補生だ。今後の教練課程を通して長く同じ時間を共有することになる。まずは自己紹介をしてもらおう。そうだな……最初は伊波、君からだ」
大柄の、杖をついた黒人男性。眼鏡越しに覗く瞳は澄んでいるが、それは冷徹さをも帯びている。
私が、千束やフキよりも一足先に出会った原作における中心人物。
ミカ先生だった。
どういう基準なのか、最初の自己紹介を促されたので、とりあえず皆の方へ向き直って笑顔を作ってみる。
事前の調査ではいなかったはずの千束とフキがいたせいでちょっと想定とはズレたけど、仕方ない。私はこのキャラで行くことにしたのだ。
「……―――
フキが誰だお前、って顔で見てくる。さっきまでと様子が違いすぎるせいだろう。
千束はなんかお目々キラキラで喜んでいた。小さなおててで拍手までしてくれている。
「よし、じゃあ次、隣」
私の隣にいたフキがビクッと身体を震わせた。
「あ、えっと! は、春川 フキです! ごさいです! よ、よろしく!」
なんか頬真っ赤にして体固まってるけど。
そんなアガリ症だったのか小さい頃のフキって……あ、いや。そういえばフキの初恋はミカ先生だったっけ。
DA所属が昨日でこの反応ってことは、ほとんど一目惚れ……? 凄いなフキ。
そのフキの隣にいたのは当然、三人で固まっていた最後の一人、千束である。
私はそれとなく意識を集中させた。
「あ、わたし! わたしは
……好きなことは体を動かすこと。
私がそれを聞いて悶々としているうちに、次の子の自己紹介が始まった。
「わ、わたしは……―――」
と。
それなりに明るい空気が続いたのは私たち三人までで、そこからは全体的に暗い雰囲気の漂う自己紹介ばかりだった。
それもそうだ、という話である。
そもそも、ここにいるのは全員、孤児なのだから。
平均して四から五歳という年齢層で、私たちのように明るく振る舞う子供など皆無といっていいだろう。
「……あの、えっと……、―――っ、うええっ……ぉかあさ……」
最後になった子が話の途中で泣き出してしまったのを見て、私は咄嗟に駆け寄った。
そもそも、私たちの方が異常なのだ。
掛ける言葉も見つからず、小刻みに震える背中を無言でぽんぽんと叩きながら、私は思う。
私には言うまでもなく前世の記憶があるし、自分を支える芯としてDAへの恨みがある。反骨精神と言い換えてもいい。
だから、キャラクターを作ってまで明るく言葉を紡いでみせた。
原作でもかなりDAへの帰属意識が高かったフキは、恐らくDAに入るまではロクな生活を送って来なかったのだろう。
だから、ここへ来たことで精神はむしろ上向いているのだろうし、ミカ先生という憧れの対象も見つかっている。
だから、そう落ち込まないまま話すことができた。
千束は……よく分からないけど、真性の元気っ子なのだろう。
恐らく孤児になった経緯は彼女の先天性心疾患によるもので、不治の病を親から悲観されたとか、そのあたりではないだろうか。
となれば、フキと同じくロクでもない人生経験をしていると思うけど……何故か、奇跡的に、元気なのだ。
しかし他の子たちはそうは行かなかった。
私の目の前で泣いている子もそうだし、それを辛そうな目で見ている周りの子たちもそうだ。
そんな子たちをどこか冷めた目で見ているフキや、私と一緒になって周りを慰め始めた千束は、やはり何かの感覚がズレているのだろう。
そんな私たちを見て、ミカ先生は何を思うのだろうか。
体は向けないように、そっと目だけで様子を窺おうとして。
「………」
ミカ先生の冷酷な眼差しと目が合ったような気がして、ゾッとした。
泣いている子がいても、まるで気に留めていない。
それも含めて私たちのステータスを測るように、手に持ったボードに何かを書き付けている。
「……っ!」
慌てて視線を戻しつつ、私は思った。
こんな状況すら評価の内だなんて、やっぱりDAはクソだと。
それから、この時期のミカ先生に一目惚れしたフキはちょっと異性感覚が危ないな、と。
◇◆◇
それからは、実際のところ、泣いている暇もないような日々が始まった。
朝早くから夕方まで、所々で休憩を挟みつつもみっちり訓練、訓練、訓練。もはや子供の成長に悪いとか、そんな程度じゃないレベルだ。
これ大人がやっても身体に害が出るんじゃないかと。
そりゃこんな訓練が続けば原作の千束みたいな、人外染みた身体能力が身に付く子も出てくるだろうなと思わされたものである。
そんな訳で、泣くための体力も残されずにベッドへ直行するような一年を私たちは過ごした。
原作登場人物たちの様子としては、まずミカ先生の様子が少しずつ変わり始めている。
その理由はやはり千束で、彼女の才能と、その代償であるかのような疾患に脳が焼かれているご様子。あの感じだともう間もなく吉松と接触するだろう。
それから、その千束。
大抵の教練課程は苦でもないように楽しそうにこなしていくのだけど、時折胸を押さえて呼吸を乱していたり、場合によっては倒れたりすることすらあった。
その度に私やフキ、ついでにミカ先生も肝を冷やしている。
ただ原作を思い返す限り、幼少期の千束は、訓練時はもっと無表情に近かったと思うのだけど……何だか、結構な割合で笑顔である。
それから、めちゃくちゃ私に懐いている。
訓練中とかに普通にお喋りしているだけの関係のはずなので、ちょっと不思議ではある。
お喋りできるほどの体力を訓練中ないし訓練後まで残せているのが、千束や私を含むごく一部に限られることも関係しているかもしれない。
計画通りといえば計画通りながら、そういう打算は抜きにして嬉しいものだった。
少し話は遡るけどもともと、千束は同期にはいないつもりで私はDA内でのキャラクターを決めていたのだ。
後輩として千束が入ってくるのなら、彼女とぐいぐい関係を深めたい私としては社交的な人物でなければ不自然だろう、と。
同期ならそんな必要もなかったのだけど、千束のDA加入のタイミングがギリギリだったので仕方がない。
もうミカ先生とか周りの子たちにはそういうキャラクターで通しちゃってたし、と私は割り切ることにした。
だから、私の素というか、それを知っているのはルームメイトのミズキさんくらいである。
いや、私も精神としては大人なわけで、その面で言えば遥かに年下である同期たちのことを心配してフォローしたくなるのは、完全な演技というわけでもないんだけど。
あとは、フキ。
フキはどんどん自分らしさを出し始めている。言葉遣いも段々がさつになってきて、私としては子供が背伸びをしているみたいで何だか微笑ましい。
ミカ先生が好きなんだなと、それが透けて見える。
好きな女の子に意識してもらいたい小学生男子、みたいな気配があるのだ。
教練では千束の次くらいに好成績を残すという、並外れたリコリス適性の持ち主で、それだけで十分アピールにはなるんじゃないかと私としては思っている。
最後にミズキさん。
ミズキさんは、『あんたがそれでいいなら私からは何も言わない』と、私の奇行を見守ってくれている。
情報部員としてのスキルも着々と磨かれているようで、最近はメガネを掛け始めた。……いや、判断基準がそれくらいしかないのだ。
情報部員としての訓練というのは、それだけ秘匿性が高いものらしく、訓練室の外からでは様子かわからないのである。
それと、ときどき甘えさせてくれる。
私がなんとなく辛くなる夜なんかは、気が付いたら一緒に寝てくれているし、そのついでに撫でられたりもしている。
温かくて、落ち着く匂いがして、いつの間にか朝まで眠ってしまっているのだ。
そんな日は、朝起きると無言でパン、と背中を叩いて励ましてくれる。
この人があんなぐうたらの出会いに飢えた酒飲み女子になるなんて信じられない。
もしそうなったら、私が引き取ってあげないと。