サードリコリスとして活動し始めてから半年。ついに、と言うべきか早々に、と言うべきか―――ファーストリコリスになった。
セカンドになるまで二ヶ月、そこから今日まで四ヶ月という異例のペースである。
ファーストを示す赤い制服も同時に支給され、私と千束は早速とばかりに袖を通した。
似合ってるぅ! と千束から背中をバンバン叩かれる。
……割と痛いからやめて。というか、そんなに喜んでいて大丈夫だろうか。
私たちが二人ともファーストになったということは―――
「―――ああそれと、念の為この場でも言っておくが……ファースト同士はパートナーを組めないからな。今日でお前らはコンビ解消だ」
……そういうことだ。
「了解です、司令」
「……ゔぇっ!?」
私としてはとっくに覚悟していた話だけど……千束の方はそうではなかったらしい。潰れたカエルのような声を漏らし、発言の主―――楠木司令を見つめた。
司令はそんな千束を呆れた顔で見返す。
「ファーストリコリスという貴重な人材を固めておくのはリソースの無駄だろう……。これからはお前らも後進の育成に励め」
「でもでも! わたしたちってサードリコリスとしてすら最年少でしたよね!?」
「そうだな」
「ってことは、みんなわたしたちより年上の部下ってことですか!?」
何かと思えば……確かに、そうなるか。
前世分があるから、私としては別に違和感なく受け入れられそうだけど、千束はそうじゃないし、私の方も部下側からしてみれば微妙な心境だろう。
やだぁ〜、そんなの疲れるぅ〜、梓がい〜い〜、と司令の前で駄々をこね始める千束。
司令はこれでもかと冷たい眼差しで、じたばたする千束を見下ろしていた。
「サード、セカンドの間だけでも要望を通して一緒に組ませてやっていたことを、感謝してほしいものだがな。とにかく、これは決定事項だ。千束、お前がどれだけ不満を言おうと覆ることはない」
司令はそう言って、私たちに背を向ける。
千束がその背中に『べえっ』と舌を出した。
やめなさい。
「そうだ、最後に一つ」
油断した私たちを不意打ちするように司令が声を出す。
振り向きもしないまま、“私にとっては” ひどく重要な情報を投げてきた。
「ミカ教官からの伝言だ。千束は一五〇〇に候補生棟の訓練室に来るように、とのことだった。フキたち候補生と演習を組んでいるらしい」
上がりたてとはいえファーストとして恥じることのないように努めるんだな、と言い残して、司令は今度こそ歩み去って行く。
「演習? 今更呼び戻して? 何するんだろ……」
千束は首を傾げているが、私には思い当たるものがあった。
ミカ先生、吉松と接触するのか。
千束の才能をアピールするためのビデオを撮るつもりだ。
◇◆◇
いよいよ電波塔事件が近い。
電波塔事件が近いということは、『喫茶リコリコ』の開業も近い、ということである。
これから千束の手術、電波塔事件、リコリコ開業、と目まぐるしく状況は動いていくだろう。
波に乗りそこねて、リコリコに就職できない、なんてことにならないようにしなくては。
まず、リコリコに就職するにあたって、千束との十分な信頼関係があるかどうか。
これは条件を満たしていると、そう断言できる。
何しろ、千束とはもう丸二年近くずっと一緒にやってきたのだ。
今となっては、打算だけで千束と交流を持ち始めたことを後悔しているくらい、私は千束のことが大好きだし、千束も………だったらいいんだけど。
これでもし縁故採用が通らなければ、私は『DAを抜けられなかったショック』よりも『仲が良いと思っていたのは私だけだったショック』で絶望するだろう。
……嫌な想像は忘れて、次、私がDAを離れるのは許されるのかどうか。
実際のところ、これが一番の懸念点である。
さっきの話にもあったように、DAからしてみればファーストリコリスというのは重要な人的資源だからだ。
ファーストがセカンドやサードを率い、育てることによって組織全体の質を上げていく。
DAとしては、そういう構図のはずなのだ。
なら、電波塔事件を経て『ヒーロー』とまで祀り上げられる千束はともかく、ただのしがないファーストでしかない私は、と。
DAを離れたいという要望を通すことができるだろうか。
正直、『お前はダメだ』と言われる気しかしない。
私以上に重要な人材であるミカ先生はリコリコに行くじゃないか、という見方もあるけど、それは多分別の理由からだ。
多少なり、千束を管理するため、というか。
DAの関知しないところで千束に『救世主さま探し』と暴れられるよりも、ミカ先生という大人がついてDA支部という形で、ゆるく管理した方が良い、と思われたのだろう。
原作を見る限り、恐らくその目論見は成功していた。
じゃあ、私は?
千束を管理するために必要な人物だろうか?
否である。
ではどうすれば良いのか。
―――『逆』になれば良いのだ。
私はしばらく考えた後、今後の行動方針を決定した。
◇◆◇
千束とコンビを解消してから一ヶ月。
私は、楠木司令に呼び出されて彼女の執務室を訪れていた。
「伊波」
頭が痛い、という顔で私の名前を呼ぶ司令。
きっと間違いなく、私がストレスを掛けてしまっているせいだろう。
しかし私はDAが大嫌いだし、そのトップも同様であるからして、司令のそんな顔を見ても特に何も思わなかった。
むしろちょっと気分が良いかもしれない。
「何故呼び出されたかは分かっているな? 率直に訊くが、何故こんなことを続ける」
司令がパン! と机に叩きつけたのは、ここ一ヶ月で私が上げた任務報告書である。
計13回の任務、その全てで私の独断専行が報告されているはずだ。
曰く、『部下がトロいので私が一人でやった』。
曰く、『部下との意思疎通が困難な状況だったので私が一人でやった』。
曰く、『部下がヘマをしそうな空気を感じたので私が一人でやった』。
曰く、『部下がもう私との任務はイヤだと言ったので私が一人でやった』。
曰く―――。
そんな内容を、“私が” 書いて、毎回報告している。
「そこに書いた通りです、司令」
「………」
「部下が以前のパートナーに比べて役に立たなさ過ぎます、司令」
「……………」
「真に恐れるべきは……というヤツです、司令」
「…………………」
「司令。司令?」
もはや、今の私には怖いもの無しだった。
要は、“こいつは千束と組ませておかないとダメだ” と思ってもらえれば良いのだ。
そして『リコリコ』開業の暁には、千束と一緒に厄介払いされたい。
DAに忠誠心を持たない者は秘密裏に処理、とかは困るけど、流石にこの程度で殺人を犯すほどまでDAは堕していない。腐っていない。
そんな組織だったら私はとっくに目の前の彼女に鉛玉を撃ち込んでいる。手始めに。
さあどうするのか、と私が若干期待して見ていると、司令はおもむろに天井を仰ぎ、椅子の背もたれに凭れた。
そして、言葉を紡ぎ始める。
「伊波、お前は自分の訓練終了時の成績を把握しているか?」
「? ……はい、いいえ。それらは候補生本人に開示されるものではなかったと記憶しています、司令」
私の返答を聞いて、司令は引き出しから一枚の書類を取り出した。
それを、『見ろ』とばかりにポン、と机に置く。
話の流れからして、私の候補生としての成績だろう。
「……拝見しても?」
司令は天井を仰いだまま、小さく頷いた。
手に取った紙には、以下のような内容が記されていた。
氏名:伊波 梓
所属:攻撃型治安部隊教練課程
パーソナルコード:LC2806
作戦行動における総合評価:A+
【教官からの人物評】
射撃力、判断力、瞬発力に優れる。あらゆる状況において常に平静を失わず適切な判断を下すことができるが、演習においても味方の犠牲を許容できない側面があり、指揮力にはやや欠ける。反面、同期の多くからは大いに慕われており、カリスマ性も垣間見える。個人評価としては非の打ち所がなく、任務を問わず活躍を期待する所である。
……これはまた、ミカ先生も随分と評価してくれたものだ。
「読んだか?」
「はい」
「そこには、“味方の犠牲を許容できない” と、お前が心優しい人物であるかのように書かれている。当然、リコリスとしての人物評に “心優しい” などと書くわけにはいかないわけだが……ミカ教官の言わんとすることは、まさにそういうことだろう」
「………」
「だが、―――コレだ」
楠木司令は顔を引き戻しつつ、机の上の報告書の束を指で示した。
その手を持ち上げると、そっと顔を手で覆う。
「私には分からない。……伊波、お前には何が見えている? この報告書もそうだ。文面通りに取ればこれは組織への反逆行為だが、見ようによってはこれは部下を危険に晒さないための行動にも見える。……お前に充てられる任務は、その実力上危険なものが多いからだ」
「……その、司令。私としては、報告書の通りです。司令の仰るような意図は……」
「―――そうか。……いや、何でもない」
私が言葉に詰まる様子を見るや、司令は手を払った。
瞬間、今までの茫洋とした気配が消え、何かを悟った様子だった。
……なんで?
「私は、この報告書を文面通りに受け取ることにしよう。伊波、お前は今日より二週間の謹慎に加え減給、それからセカンドへの降格処分とする」
「―――了解です、司令」
「話は終わりだ、退室しろ」
ぴっ、と頭を下げる。
「失礼します」
その声を最後に、私は執務室を後にした。
なんだかよく分からないけど、大変都合の良いことになったらしい。
私は喜んだ。