Side 吉松
吉松シンジは自室にて、ミカから送られてきた映像を繰り返し再生していた。
「ふむ………」
映像を吟味するよう目を眇め、顎を擦る。
なるほど、確かにこれは輝かしい『才能』である。
アラン機関として様々な『才能』を目にしてきた吉松をして、目を焼かれんばかりの、鮮烈なソレ。
彼女にならば、機関の技術の粋を提供してでも、延命処置を施す価値がある。
そう思わされた。
だが―――そこに、僅かばかりの、本当に極僅かな、『翳り』があるような。
彼女――錦木千束――が持つ『殺しの才能』を、微かに鈍化させるような、何か。
「―――うん、ああ……そういうことか」
そうだ、彼女には冷徹さが足りない。
人を殺し慣れた者が須らくして持つ、ナイフのような、心胆寒からしめるまでの冷たさが。
だが、それは不思議なことだ。
DAという機関に所属して、しかもファーストリコリスという階級まで登り詰めていながら、人を殺し慣れていない。
そんなことが有り得るのだろうか。
否、否。
通常では有り得ない。
「そこに、“誰か” がいるんだね……?」
それなら、と。
「何故、私には隠したんだい? ミカ……」
アラン機関として、早急に接触しなければならない。
もしかしたら、その “誰か” は錦木千束以上の―――。
◇◆◇
司令より課された二週間という謹慎期間も、直に明けようかという頃。
私は、『キルハウスブース』と呼ばれる市街地を模した訓練場で、仮想訓練を行っていた。
想定している敵は、海外から流れてきた傭兵崩れのテロリスト共。
故に敵も全員、アサルトライフル及び防弾ベストで武装し、各々が無線で緊密な連絡を取り合っているものとする―――要は、かなり深刻な状況を考えているわけだ。
……有り体に言って、仮想・電波塔事件の局所戦である。
あの事件が起きれば、もしかしなくとも私も駆り出されるだろう。
原作では千束一人による解決だったらしいけど、それは多分、実力差という問題があったせいだ。
他のリコリスでは千束について行けまいと、作戦段階で切り捨てられたんじゃなかろうか。
しかし……あー、自分で言うのもなんだけど、この世界では私がいる。
『喫茶リコリコ』開業のためにも、ほとんどの戦闘は千束のサポートに徹するつもりではあるけど、現時点において私以上に千束のパートナーとして相応しいリコリスもいないはずだ。
それで、『千束と二人で電波塔事件解決してこい』と言われたとして。
そこで命を落としました、とか、そこまで行かずとも膝に弾を受けました、なんて洒落にならない。
無事乗り切って、私はリコリコの店員になるのだ。
「………」
ダン! ダン! ダン! と愛銃ナイトウォーリアで牽制を入れつつ物陰の仮想敵に接近。
そこで相手が顔を出して撃ち返してきたシチュエーションを想定し、その弾を避ける。
銃口とサイトの向こうに覗く相手の目をよく観察し、相手の身体の緊張が頂点に達する、その一瞬手前でこちらの体と相手の視線とを『ズラす』。
「……、………」
グリップを握る指で小さくリズムを取りつつ、それを弾倉一つ分の時間続ける。
最後に残っていた仮想敵の銃撃が途切れた。
その隙を逃さず、距離を詰める。
こちらが弾を絶対に外さないような至近距離で急制動をかけ、頭部に向けて発砲。
これにより、この市街地において元々想定していたテロリストは全滅した。
サァッ、と灰色の世界が晴れていく。
目の前に転がっていたはずのテロリストの死体も、血痕も、次に瞬きした時には私の世界から消えていた。
状況終了。
私は集中を緩めるとともに、ふぅーっ、と息を吐く。
……ちょっと休憩を挟んで、あと一回くらいやったら終わりにしようかな。
もうそろそろ夕食の時間だし、と私は伸びをした。
「………」
このブースには、見学のためにガラス張りで区切られたスペースがある。
ブースの天井付近に設置されたそこから、一部始終を眺めていた者がいた事に、私はついぞ気が付かなった。
「……ああ、私だ。それで、お願いなんだが……『例の件』、こちらから干渉して少し早めてもらえるかな。……うん、そうだな、その日で頼むよ。その日なら私も都合が良い。それから、データを一人分、送らせてくれ。恐らく、『例の件』の最中に連中が見ることになる顔だ」
「―――ああ、候補の一人だよ。だから、“殺せ。それが無理でも四肢のどれかは絶対に吹き飛ばせ” と連中には伝えてくれ。……はは、いやいや。死んだら彼女はそこまでの才能だった、というだけの話さ。それならそれで構わない」
◇◆◇
「………(ふんすふんす)」
夕食を終えた私が寮の部屋に戻ると、扉を開けたそのすぐ先で千束が仁王立ちしていた。
頬は紅潮し、鼻息も荒くこちらを見詰めてくる千束。
呆気にとられる私。
「えっ……と。……何か、あったの?」
とりあえず、千束の様子からしてもあまり深刻な事態ではなさそうだったため、単刀直入に訊いてみる。
私の問い掛けに、千束は待っていたと言わんばかりに口角を吊り上げた。
その前から隠しきれず口元がもにょもにょ動いていたけど、そこをツッコむのは野暮だろう。
「―――梓。わたし、―――心臓を治してもらえることになった!!」
「―――」
「……梓?」
「……え、それはその、……手術、とかで……?」
「うん」
その言葉の意味を理解して『へぇ、そうなんだ』、と思った。
その言葉が意味するところを理解して―――衝撃で、思考が飛んだ。
「………」
「あ、あの、梓……?」
「……………お、おおおおおっ!! おめでとぉーーーっ!」
「っ!?」
意識を取り戻した私が目にしたのは、ちょっと不安そうな表情の千束。
何でそんな顔をしているのやら。
こんなに嬉しいことはないんだから、もっと喜ばないと。
私は千束に抱き着いて、声の限り祝福する。
―――良かったね千束。
―――おめでとう。
―――もう苦しまないで良くなるね。
―――たくさん動けるようになるね。
―――これでもっと一緒にいられるね。
―――本当におめでとう。
多分、私はそんな感じのことを言っていたと思う。
頭にあふれてくる喜びの感情と言葉を、目の前で呆けた顔をしている千束に伝えたかった。
そしたら、いつの間にか千束が泣いていた。
「……梓が、そんなに喜んでくれるなんて。わたし、もしかしたら梓は………」
「千束……?」
千束の泣いているところを、初めて見た。
「……ううん、何でもない」
どうしたら良いのか分からなかった私が硬直していると、顔を上げて涙を拭った千束が、何かを誤魔化すように “今日はもう寝よっか” と言う。
言葉の先は気になったけど、私は特に追求しないことにした。
そうだね、と頷いて私から抱き着いていた腕を離すも、何故か私たちの身体はくっついたまま。
……あれ?
「? 梓、どうしたの?」
「……え、いや……」
いつの間にか、千束からも腕を回されていたようである。
そのまま、何ら不思議に思う様子はない千束に誘導され、ごく自然な流れで、同じベッドに入らされた。
そして、ちょっと狭く感じるベッドで、私たちは眠りについた。
……??