今日を以て、私はセカンドリコリスとして現場に復帰した。
それは良いがしかし、セカンドリコリスであるにも拘らず単独任務に投じられているのは何故だろうか。
どうせセカンドに落ちたんだったら、またファーストの千束と組ませてくれても良かったのに。
「……」
そんな図々しい要望を頭の中で垂れ流しながら、私は路地裏を駆けた。
日本でも有数のこの繁華街で、人身売買をやっている輩がいるらしい。
それなりに大きな組織が主導している取引らしく、取引現場には私が、大本の組織には他のリコリスたちが、という割り当ての任務だ。
『そこの道を左、それからしばらく直進』
「了解」
加えて今日は、ミズキさんが私の専属バックアップを担当してくれている。
久しぶりに聞く元・ルームメイトの声は、以前聞いたときよりも張りをなくしているようだった。
「ミズキさん、疲れてる?」
『……任務中、余計な会話は厳禁よ』
なるほど、疲れているようだ。
情報部との通信は全て記録が残るようになっている。
迂闊な発言はできないだろうが、返答までの間がミズキさんのコンディションを物語っていた。
『……止まって。そこの右側の階段を上った先に、標的であるブローカー一人と取引相手三人、それから保護対象の、“商品” にされている子供が二人がいるはずよ。くれぐれも間違えないように』
「分かってるから。……じゃあ、突入するね」
タッ、と足音軽く地面を蹴り、階段を駆け上がる。
正面に見えた扉を、私は躊躇いなく蹴破った。
「なっ……!」
「……!」
私を見るや反応したのは、最初から警戒していたらしい部屋の奥の二人、どちらも屈強な体躯に入れ墨を入れた男。つまりは、標的。
二人とも、手に拳銃を持っている。
このまま入り口にいては容易く狙われてしまうため、姿勢を屈めつつ重心移動により素早く室内に押し入った。
と同時に、私が一瞬前にいた場所を貫く二発の弾丸。
「……クソが―――うっ!?」
「「―――っ!?」」
それを撃った二人は無視して、子供を人質に取ろうとしたブローカーの脳天に向け一発。
狙い違わず、まず最初にブローカーが絶命した。
目の前で人が死ぬ光景を見せてしまった子供二人には申し訳ないけど、この状況では仕方ない。
残る三人の取引相手と、そいつらが持っている三丁の拳銃。
その銃口が私を狙っている限り子供には流れ弾が飛ばないよう、立ち位置を調整。
そして横合いで膨れ上がった殺意に対し、即座にステップを踏む。
私の真横にいた男の拳銃から発砲音が鳴る頃には、私は弾丸の軌道から外れ、男の眉間に照準を合わせ終えていた。
撃つ。
次。
「こ、このガキィイイッ!」
たった今仲間を殺した私から視線を向けられたことで、男の一人が俄に恐慌に陥った。
コンマ数秒後には、狙いも定められないまま、ただ私のいる方へと連続して引き金が引かれるだろう。
“弾道を予測した上で弾を避ける” という行動が常に選択肢にある私にとって、この手の射撃は比較的厄介なものとなる。
銃口の向きは分かっても、相手に明確な『ここで撃つ』という意思がないため、発砲のタイミングが分からないのだ。発砲とほとんど同時に分かるのでは、避ける時間がなくなる。
銃というのは適当に撃ったところでおよそ当たるものではないが、ここまでの至近距離ではそう楽観視できない。
「――ッ」
舌打ち一つ、私は背負っていたサッチェルバッグを前に突き出し、防弾製エアクッションを展開した。
ダァン! ダン! ダン!
ぐん、と。
発砲音と同時に訪れる衝撃に耐え、エアクッションを前面に押し出したまま距離を詰める。
このエアクッション、展開しきるまでは申し分なく早いのだが、その後の収縮も急速に起こるのである。
その収縮が始まる前に近付いて、男を無力化する必要があった。
クッションの下から見えている男の足に、ダン! と一発弾を撃ち込む。
微かな苦悶の声とともに銃声が止んだ。
仕事は終えたとばかりに萎んだクッションとサッチェルバッグを左手で背負い直しつつ、右手の銃で男の頭を撃つ。
最後。
「……っ」
鈍く煌めく銃口が、視界の端で私の側頭部を狙っていた。
目を向けるタイムラグも煩わしく、咄嗟に首を捻って弾を避ける。
その回避方法に目を剥いた男の動揺が解けないうちに、とこちらも照準を合わせ―――フロントサイトに男の頭部が乗った瞬間、無意識の動作として引き金を引いた。
「かっ―――」
最期に意味も持たない音を発した男が、後ろに倒れる。
「……、……、………」
私は気を緩めないよう銃を構えつつ、標的四人の死亡を確認した。
間違いなく全員、頭部を撃ち抜いている。動く気配はない。
ふぅ、と息を吐いて力を抜いた私は、ミズキさんへの通信を繋いだ。
「こちら伊波。標的四人を排除した」
『……了解。……はい、今そっちに処理班を送ったわ』
「ありがとうミズキさん……あ、ちょっとごめんね」
次は縄で縛られた子供二人の安否確認である。
軽く断ってから体を転がして全身を見るも、二人とも特に怪我はないようだった。
「……保護対象二人も無事だよ。これと言って外傷は見当たらない」
『! ナイスよ梓よくやった……ん゛んっ! もとい、お疲れ様。あなたの任務はこれで完了ね』
「全然誤魔化せてないよミズキさん……っと、そうだ。組織の方の任務は今どうなってる?」
二人の縄を解きつつ、ミズキさんとの通話を続ける。
『そっちも順調……というか、今終わったわ。こちらに被害なし、上々ね』
「そっか。良かった……確か、フキが入ってたよね」
『フキ、って、あなたの同期の春川フキ? ……ええ、補佐のサードとして、任務に組み込まれているわね』
「そうそう、その子。……無事なら良かったよ」
フキもつい先日、とうとう正規のリコリスになったのだ。
前期の先輩を軒並み抜かしつつ、私や千束に次ぐ早さでリコリスになったのだとか。
ちょうど謹慎期間中の出来事だったので、『早い、凄い、さすがフキ』とお祝いに行ったら『皮肉かバカ。ってか謹慎に降格って何やってんだこのバカ』なんて言われた。
どうやらバカ担当は私の方だったらしい。一年越しの真相発覚である。
その時のことを思い出しながらそんな話をしたら、ミズキさんに笑われた。
『っ、ん、んふふっ……!? ………あ、あんたね、笑わせてくるんじゃないわよ! こっちは職場なのよ!?』
「ごめんごめん」
偶然ではあるが、何だかミズキさんらしくない雰囲気も少しは晴れたようで、私としては何よりである。
『……ねえ、梓。最近、なんか “変なこと” とか、なかった? 例えば、
一息吐いたミズキさんが一転、真剣な声音で問い掛けてきた。
それに心無し、声を潜めているような。
「? んー……特には? ていうかミズキさん、子供の心配する母親みたい」
『やだもう、やめてよ。……でも、そう。なら、良いんだけど。……それはそれとして、気を付けなさいね』
「んん? 何に?」
『それは、あんたのデータが―――』
何かを言い掛けたミズキさんの言葉が、中途半端に途切れた。
『―――やっぱり、何でもないわ。……あ、もう追加の人員がそっちに着くから。保護対象を引き渡したら、あなたはDAに帰投しなさい』
「……ミズキさん?」
『じゃ、切るわね―――』
訊き返すも、返答はなく通信が終わる。
私のデータが……?
……何を言おうとしたのだろうか。
「……」
昨日の千束からのサプライズと言い、電波塔事件を目前にして、色々と状況が動き始めたようだった。