ワンライ(1時間で小説書く企画)で、お題「はじめて」で書かせていただいたものです
窓から差す日を浴びながら、花を愛でていたある日。
机に座って、つややかに、しかし独特の感触を少し残す花びらを撫でていた時、ノックの音が響いた。
「どうぞ」と言って通す。
元々長くはないが休憩時間だ、多少誰かと話しても良い。
「失礼しますドクター!」
静かだった部屋の雰囲気を見事に打ち破り、ドアを開けて声を響かせたのは新人隊員君だ。
脇に少し大きめのビニル袋を抱えている。
「どうしたんだ?」
なんだかいつもよりも表情の良い新人君に聞く。
よほどのことがなければ私が直接トラブル対応に当たることはないし、そういう用事ではないだろうと検討はつくが、突然で、来た理由がいまいちわからない。
「ええと、今日がドクターの誕生日だって聞いて、プレゼントを持ってきたんです。」
ああ、と思い出す。そう言えば今朝FORMATや隊長が祝ってくれたな。
子供の頃は多少待ち遠しかったものだけど、今となると別になんとも思わない日だ。
ただ、年を取っていくだけの日。
故に祝われても印象にも残らなければ事前にカレンダーに書いたりすることもなかった。
しかし…新人君が渡しにきてくれるとはね。
「ありがとう、それで、中身は何だい?」
ビニル袋の中身は見えず、形や大きさでそれなりの推測はつくが、一応聞いてみる。
「鉢植えの花は、好きですか?」
推測当たり。私の部屋に切り花しかないのを見て選んでくれたんだろうか。
別にそこまで好きというわけではないが、
「ああ。最近ご無沙汰だったけれどもね」
くらいには答えられる。
新人君は縛っていたビニル袋の口を開け、袋から取り出して私に見せた。
カミツレだった。
茶色の植木鉢からは緑の茎を伸ばしていて、虫を、我らを引き寄せる白い花びらと黄色の雄しべが、世界を鮮やかに彩っている。
「これは君が選んでくれたのかな?」
ええ!と元気よく肯定した彼に、
「いいカミツレだね。育ててみよう」
そう笑いかけた。
その後少しの会話の後、新人君は「失礼します」と下がっていった。
ドアが閉まったのを確認したあと、背もたれに体重をかけてふうとため息一つ。
そりゃ嫌いではない、嫌いではないけれど…結末を知っているから、育てようともしなかったというのに。
私は天才なので、自分のことも昔からよく分かっている。
何かに持続して愛情を注ぐのが、とても苦手であるらしいということも。
家族からしてそうだった。多分、他と引き比べても普通の家族だっただろうに。
ある時を境に、1歩引いて向き合うようになった。
友人もそうだし、恋人も作ろうとしたことは無いが作ればそうなっただろう。
言い訳のようだが、人との関係が作れない訳では無いのだ。
その場に合わせた言葉くらい言える。
ただ、長続きさせる気がこっちにはない。
人の心に花を詰めるお仕事をしておきながら、私の中には花など大して詰まってはいないのだ。
私の中には枯れた葉がいっぱい詰まっている。
今まで私が放ってきた空虚な言の葉がたくさん。
ー父として、お前を愛してるよ。
「ありがとう、愛してくれて。私も好きだよ」
ー卒業しても、友達でいてね。
「ああそうだね、ずっと友達だ」
ードクター、ありがとうございます。これで僕…ちゃんとやっていけそうです。
「幸せに生きていけるならそれが一番だよ。お大事にね」
ー鉢植えの花は、好きですか?
「ああ、最近ご無沙汰だったけれどもね」
家族や最近会った人を除いて、言の葉を渡した人の顔などもう覚えてはいない。
自分の欺瞞に満ちたその場繋ぎの言葉だけが心に残る。
きっと、私は本来まともに生きていける人間ではない。
今の仕事は天職だと思う。私のような人間に残された最大の。
更生対象の顔も記憶も性格も、関心がないからきれいさっぱり忘れられる。
更生対象の葛藤も関係なく、私の好きな物…花を人の中に詰めて、社会が許す人格に作り上げられる。
社会が許す人格に添えるよう、空っぽの言葉を作り上げてきた私のように。
更生対象を見ながら、その中に自分を見ることもある。
少し間違えれば、少し才がなければ、板の向こうにいたのは自分だろうと。
私の中には悪人も善人もなく、運が良かっただけ。
こんなこと、新人君には言えないけどね。
彼はきっと、自分の恵まれた性質と人生を知らないまま、悪人は生まれつきそうなんだと思い込んで酒でも飲んで苦労を語るのだろうから。
…このカミツレの花も、きっと枯れてしまうだろうな。
持続的に愛せない、要するに飽きっぽい性質は、何も人に限ったことではないし、なんなら人じゃない方が飽きが早い。
だからこそ、切り花中心だし長持ちさせる栄養剤も入れないで、ただひたすら回転させていたというのに、あの子はきっと少し察しが悪いのだ。
「FORMAT、これさ…絶対誰にも中身を知られないで捨てる方法はある?」
と問いかける。
「私の愛しいドクター、お答えしましょう。私は絶対とは言えませんが…1番貴方の手を煩わせず、かつ1番見られない可能性の高い方法は提案できます。まず…」
「今はいいよ。枯れてからの話だ」
まだ、その時では無い。
しかし、枯れてしまった時に本人に見られるような処分法ではあまりにまずい。
リスクヘッジというやつだ。
「…ドクター、私がその鉢植えの花を管理すれば、捨てる必要は無くなるでしょう」
「わかってる、大丈夫だよ」
FORMATなら、多分完璧に管理してくれるだろう。
だけれど、それでは意味が無い。
これは私の私自身に対する挑戦である。
きっと失敗する、分かっている。
でも私だって持続的に愛することは出来る。
そうだ、と部屋の隅の棚の上の箱を見た。
もう使われないだろう毛糸とかぎ針が、その中に収納されている。
私だってあれを編んだのだ。
飽きっぽい私には大変だったけれど、それでも編んでみせた。それはひとえに送る対象への愛があったからだ。
だから、初めてに挑戦したっていいだろう。
今は新人君にそこまでの感情はないけれど、それでも…来年また花が咲いたなら、それが私の変わり目。
そうなったらもうこの仕事を続けてはいられないかもしれないけれど。
大丈夫、私は天才、行き場ならどこだってある。
私は棚にあるコップを掴んで、水を注ぎに外に出た。