ミキちゃん語り手、ヤマムラ兄妹メイン
ミキちゃんの口調人格捏造あり
伊藤計劃『ハーモニー』の要素を含みます(作中世界にはどうもなさそうなので、似た小説だと思ってください)
目で文字を追い、考えて文字の羅列に意味を見出し、その意味に何かしらの価値付けをし、意味を見いだせる文字が紙面上に残らなくなると、紙をめくる。
今やっている本を読むという行為も、さっと考えてみればこれだけに分解できる。定義付けによってはもっと。
それと同様、社会も分解できる。分解の極限、それが私のような一個人である。つまり個人の集積は社会である。子供でもわかる論理でしょう?
しかし社会は個人の望みに関わらず個人を制限する。それが、社会の成り立ちに必要であるから。一度成り立った社会は、惰性、いや慣性と呼ぶべき力で動き続けようとする。その慣性が行き過ぎたのが、今読んでいるSF小説の世界。
健康を体内分子によって見られ、管理される世界。誰も病気で死ぬことがなく、すべての人は社会のリソースとして組み込まれ、お互いに見せかけの優しさを交わし合っている世界が。
私の愛読書、というか高校生の頃図書館で借りて読んで返して借りて……を繰り返していたら友人にプレゼントされてた本だ。
途中に挟まれるHTMLタグ(風のもの)のあんまりにもな無機的さ。そしてそれが、社会において唯一の有機的意味を持ってしまうという結末。私を引き付けてやまないのは、そういうところだ。
マインドハック技術の開発前に書かれた小説だけど、それはこの小説の古臭さを意味しない。むしろ、技術がある分……より、身近に感じる。
傑作ではある。だけど私にはこの結末を評価することが未だにできない。というか、今だからこそできない。
大学生になった今も何回も読んで、表紙はもうちょっと擦り切れてる。ブックカバーかけときゃよかったな。高校生の頃は色々考えつつも無邪気に読めてたものだけれど、今は、なんだか心に引っかかってすらすら読めない。
引っかかっているものはわかっている。兄だ。
私は最初読んだ時……図書館で何回も借りては読んでいた時、この世界の社会を否定し、結末をもってバットエンドとした。世界に抵抗しようとした3人の少女のように、その世界の息苦しさに真綿で首を絞められるような窒息感を、読みながら覚えた。
こんな世界になるのは絶対に嫌。逃げ道がなさすぎる。たばこや酒を嗜むのに、紛争地帯に、貧民街に、そんな場所まで逃げないといけないなんて。
それは今の私の感覚としても確かにある。でも。この世界を肯定する人も、きっと確かにいる。というより、それが兄だったのかも。
兄は、猟奇殺人犯。カルト教団の教えを曲解し、四人もの人を殺して加工して教団に送り付けた異常者。なんならインターネット上で「イーヴリッグ」って入力すれば、ネットが好みそうな人格と見た目に捏造された兄が転がってるよ、見る? 箱の下はイケメンらしいよ。
犯行原因は不明。日記も犯行周辺はあんまり書かれてなかった。でも現代社会の閉塞感が招いたのでは? って指摘が犯行当時は多数なされて、皆それを信じた。
それが社会の認識。でも本当に? 閉塞感がこの犯行を招いたんだって、LAGOMの教義見た上で本当に言えるの?
私達は無機になるべき、なんて教義の狂信者だった人が、そんな閉塞感の塊のようなものを信じていた人が、今の社会の閉塞感ごときで狂うなんて思えるの?
私は思えない。むしろ、兄が理想としていたのは閉塞感に満ち溢れた社会そのものだ。
無機になるべきとは、つまり心を捨てるべきってことなんだと思う。みんなが隣人を愛して、子供への差別も子供同士のいじめもなくて。人はみんな価値あるものと見られる。そこに心なんてなくていい、愛に中身なんてなくていい。何も考えないで、社会的規範のままに他人に優しくして優しくされていればいい。小説の中の世界のような、それが望みだったんじゃないだろうか。
彼は3人の少女……というか主人公を異常者と扱い、最後をハッピーエンドとするだろう。もちろん、兄にその小説の最後を実現させる賢さはなかったけれど。
ー「それはいいことだね」
読みながら兄の声が蘇ってきて、本を膝に置いて、アパートの天井を眺めた。ああ、うん。そうだよね、兄さんはもとからそっち側だったもんね。
私ら兄妹の思想的対立の瞬間。兄側は思想が合ったと思っていたのかもしれないけど。
ーあれは家族全員を、まだ「わたしたち」と呼べていた時のこと、つまり兄が家を出る前。
兄はいつも、私ら家族と食事を取っていた。反抗期と呼ぶにふさわしい年齢ではあったけれど、反抗期があってなおそうなのか、そもそもないのか判然としなかった。
兄がいないほうが話が弾んで助かるんだけど、兄からしたら一緒でも地獄だし、一緒じゃなくても居間から聞こえる談笑を聞くことになって地獄で、よりマシな方を選んでいたのかも。一人で食べるには金と手間がかかる、田舎ならなおさらね。
昔は違ったらしいが、兄は無口だった。話題を出しても食卓の空気が重いから、テレビをたいてい付けていても、バラエティで笑うくらいで感想を言ったりしなかった。
相槌を打って、自分に話題が向いたら適当に返して、「ミキはすごいね」なんて言って。言っとくけど本当に嬉しくなかったからね、中身こもってないのありありと分かりすぎて。……誰に言っといてんだろうね?
その時はニュースを見ていて、具体的には忘れたけどマインドハック技術関連だった。
「将来的には自殺未遂者とかにもマインドハック行われたりするのかもねー」
そうなったらやだね、の方向に話を持っていこうとしてそう言った。
「それはいいことだね」
だから、隣の声に割と本気で驚いた。
口から思わず滑り落ちて来たという風情だったにしろ、兄が発言したことにも、内容にも。
「いいこと……」
かなあ、と言おうとしたところに、焦ったような様子で兄が付け加えた。
「だってそれくらい社会に割けるマインドハックのリソースが大きくなってたら、マインドハックはもっと身近になってる。カウンセリング感覚でマインドハックを受けれるかも、そうなったらさ……誰も、社会と自分の剥離に悩まなくて良くなる」
少し早口で「だから良いって、それだけ!」と言ってまた押し黙った。
発言したこと自体を後悔したように私は思えた。
父が「そんなもの自分で治すものだろう」と言った。
それにも兄はうなずくだけで、何も答えなかった。
ニュースは別の話題に移り変わっていて、私も話題をそっちの方に移した。このまま話を続けてても良いことがありそうになかったから。口から適当に話を出して、でも心の中は反論でたくさん。
だって、そもそもマインドハックは多数派の善人によって社会的承認を得ている技術なんだもん。
自分が悪人ではないと思える善人は、悪人がどうなろうと知ったこっちゃない。それより社会が崩壊するリスクを取る。悪人は自分が対象であるかわからないからその点では善人と同じ振る舞いをするし、そもそも生きていくのに必死な人が多くて技術や政治なんて見てる暇ない。
当事者意識に欠け、想像力もなくした人々の賛成によって成り立っている、歪なシステムなんだと唱えている人は少数だけどいる。物語に仮託したり、論文書いたり、新書書いたり、手段は色々だけど。
だから、自殺未遂者が悪人になる倫理観になってしまわない限り、その人達へのマインドハックが社会的承認を得ることは難しい。きっと多くの人が、自分の延長線上に自殺者を見るからだ。
そもそも自殺未遂者がマインドハックを受けるような悪人とは限らない。悪人以外に対するマインドハックは、できるが認められていない。認められない方がいいと思う。
マインドハック・カウンセリングなど論外。多分それは民間のお仕事になるだろうけど、民間に善良な心を期待できるものか。流れ仕事でマインドハックされてたまるものか。費用対効果を求めだしたら終わりだ。それに、洗脳でもされたらどうするの。
……ああやっぱり兄さんだめだなあ。発言してもこれじゃさ。途中の思考を忘れても、最後にそう思ったことだけは印象づいている。
文字を目で追いながら、兄さんは、居場所が欲しかったのかな。そう思った。「社会と自分の剥離」はずっと感じてて、それを自力で直そうとしたのかな。
社会なんて変えれないから、自分を削って社会にー分解するなら、教団の中の共同体に馴染もうとして。それが叶わなかったから?
なんだかそれも違う気がする。そんな単純な話ではないような。
じゃあなんなのよ、もう本人には聞けないのに。兄は、心神喪失状態になったと診断された。精神病院に入れておくより安上がりだからと親が養っている。
会話もせず、無口だった兄に昔は関心がなかった。この人がどう生きていこうと私には関係がないし、と思っていた。
でも兄が事件を起こしてから、血縁である以上関係は否が応でもできるということを悟ったし、何より……今更関心が出てきたのだ。
報道される「イーヴリッグ」は知らない人だった。
私の知らない兄、しかしきっと、隠していただけでその本性はどこかにあった。
私は、本性を隠した兄の理性と、本性を現した原因を知りたがっている。
報道が全てではない以上、全てを掴むことは不可能だろうけれど……私はああはなりたくないから。
真面目で偉いね、完璧に仕上げてすごいね、曲がったことを許せないんだね。そう言われるたびに誇らしかったのに、今は顔をしかめそうになる。だって、真面目で完璧主義で潔癖じゃなきゃ、イーヴリッグはあそこまで信仰を全うしなかったでしょうからね。
イーヴリッグを知ることは、つまり私の狂気の可能性を知ることで……結局全部自分のためで、兄への想いなんてなくて。
つまり、仲直りなんて幻想なんだ。
……なんだか読む気無くして、栞を挟んで本を閉じる。
閉塞感に満ち溢れた世界を愛すること。それが息苦しい田舎から出てきて、そこでも息苦しい場所に属するを得なかった兄の、唯一の逃げ道だったのか……?
この小説の中の世界なら、兄は幸せになれたかな。もちろん生育環境が変われば人の性格なんて根本的に変わるわけで、こんな仮定に意味はないんだけど。
社会はこれ以上の閉塞感を求めていない、となれば、彼の居場所はユートピア、あるいはディストピア小説の中にしかない気がした。
……私達が彼から逃げたのではないか。私達が彼の居場所を消したのではないか。頭の片隅で生まれたその考えを消すために、そこで結論付けることにしたと言った方がいいかもね。