「あー……すまない。アルコールの影響だ。ヒーローらしくないところを見られてしまったな」
「そんなことはありません。人間らしいところを見せていただいて安心しました」
俺は苦笑いを浮かべる。
「ジェットセットハット様、左目の具合がよろしくないようですね。メンテナンスルームにご案内いたしましょうか?」
どうやらアンドロイドは俺の態度ではなく、ブルーに焼かれ腫れあがった俺の左目をことを気にしているようだ。
「いや、ありがとう。また博士に相談してみるから今はいい。それより俺のこのバトルスーツの着脱ってどうやるんだ?」
「それはですね……」
アンドロイドは俺の部屋に入ると壁面のパネルを操作する。すると部屋の床から白いカプセルのようなものがせり上がってくる。
「こちらに入るとスーツの着脱が自動で行われます」
「なるほど、じゃあ床にラグは敷けないな」
「はい。恐れ入りますがお部屋のレイアウト変更をされる場合は一度ご相談下さい」
「分かった。では今から脱ぐから待ってて貰えるかな?」
「かしこまりました」
またカプセルに入るのかよ。まあいいか。
ナノマシンのカプセルの時とは違い、全身をスキャンされるような感覚があっただけで特に不快感もなく、気が付けばバトルスーツは完全に俺の体から外れてカプセルに収納されていた。
「それでは私はこれで失礼します。何かありましたら遠慮なく呼んでください」
「わかった、色々ありがとうな」
アンドロイドはバトルスーツの入ったカプセルを軽々と持ち上げると部屋から出ていった。さて、とりあえず暑苦しいスーツも脱げたし、今度こそ風呂にでも入って、さっさと飯食って寝るか。
「あぁ……ヒーロー万歳……」
いつもはシャワーだけだった。
こんな風に湯に浸かるのは何年ぶりだろう。俺はそんなことを思いながら、ジャグジーの縁に頭を乗せ天井を見上げていた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
一方、アンドロイドからヘルメットを受け取ったミコモイオは、自室でその破損状況を確認しながら頭を悩ませていた。
「まさか……こんなことが……」
彼が手に持っているタブレットには様々な情報が表示されているが、どれもこれも理解に苦しむ内容だった。しかし、一つだけ理解できる情報がある。
それが彼の心をかき乱していた。
「……見てくれこの部分の陥没を……この形状は人間の指だ。つまりジェントリィスイーパーIXをここまで破壊したものはこれを素手でやったということだ」
「……」
「大きさから推測するに180cm前後の成人男性のものだろう。だが、何度見ても信じられん……セラミック複合材とグラフェンの混合素材で作られた強化装甲だぞ?それを……人間の手で……」
「……」
「それにだ。この部分、超高熱のレーザーで焼き切られたような断面をしている。これは恐らく高出力のビーム兵器によるものだ。そしてその出力は……」
「……」
独り言のようなミコモイオの呟きに背を向けたまま、ソファに横たわる人影はあくびをすると首の後ろを掻く。
「……それで博士よ。あいつは結局、誰なんだ?」
「ん?あいつとは……?」
「とぼけんなって。あの自称ジェットセットハットだよ」
「ああ……ふふふっ、彼は記憶を失ってるんだよ。自分を取り戻すためには周囲の温かい励ましが必要なんだ。君も優しくしてあげてくれ」
「ふざけるな。過去のジェットセットハットとDNAのパターンが一致していない。その他のデータもだ。指紋、虹彩、骨格など全てのデータが異なっており、別人だと証明されている。あいつはそこそこ腕力があるだけの肥満体の一般人でしかない」
「確かにそうかもしれないね」
「博士!あんたが連れてきたんだろう!?」
「落ち着けよ。中身なんてもんはどうでもいいだろう。自分のことをサイボーグだと思い込んでる頭のイカれたデブだろうが、はたまた詐欺師が我々を騙そうとしているのだろうが関係ない。ジェントリィスイーパーシリーズのデータさえ得られれば私はそれでいいんだ」
「……ジェントリィスイーパーが怪人に破壊され、ジェットセットハットが死んだということはあんたたちにとっては悪夢でしかない。しかし、ヤツは戻り、悪夢は辛うじて回避された。……そういうことでいいのか?」
「そうだ。君も会いに行ってみろ。以前のジェットセットハットよりも面白い奴だからな」
「……ああ、だが、奴の言うサイボーグ戦士とはどういうことだ。過去のジェットセットハットは改造手術など受けていなかったはずだ」
「さあな、自分のことを調べている間にネットの噂でも真に受けたんだろう。いや……そうだな、この際教えておこう。君たちには内緒にしていたが、ジェットセットハットは改造手術を受けていたぞ。包茎を治すためにな」
「な!?なんだと……知らなかった……お、おい!それより、あのデブにジェットセットハットの代わりが務まるのか?アンドロイドにでもやらせた方がマシなんじゃないか?」
「ははは、大丈夫だ。まあ、見ていろ。これからが楽しみじゃないか。何としてでも彼を使い物にしてやるさ……使い物にな」
「……」
人影は再びあくびを繰り返すと、自分を抱き締めるように両腕を回し、そのまま静かに寝息を立て始めた。
【次回予告】
「ふっふっふ……」
「どうしたんですか、ジェットセットハット様。一人で笑ったりして。きしょいですよ」
「ズコッ。そこまで言わなくたっていいだろ、まったく……アンドロイドの癖に……」
「私は高度な人工知能を搭載したロボットですからね。それよりどうなさったのですか?そんなにニヤついて」
「実はな、そろそろ美少女キャラが登場しそうでな」
「うわ、まじできしょいよこの人」
「うるさいよ!登場キャラがおっさんばっかしの方が気持ち悪いだろ!」
「うーん、まあわからなくもないですが」
「そうだろ?だから近いうちに絶対かわいい女の子が出るはずだ!ほら、上を見てみ」
「ん?これは……ミコモイオ博士がソファに寝っ転がってる誰かに話しかけているシーンですね」
「そうだ、よく見てみなさい」
「はいはい」
「どう?」
「どうって……ミコモイオのおっさんが喋ってるだけですが?どの辺に美少女キャラが登場する要素が?」
「違う、そうじゃない!」
「え?じゃあ何が?」
「ソファに寝てる人影だよ。こいつが美少女とかだろ多分!ほら、このシーンで他に誰がいる?」
「えー……多分この人もおっさんですよ?」
「馬鹿野郎!夢も希望もないことを言うんじゃない!この方こそ、私という物語のヒロインになってくれるかもしれない女性なのだ!」
「はあ……わかりました。しかし、ジェットセットハット様がここまで出会いをお求めになられているとは意外でした。もっとクールでダンディで紳士的な方だとばかり思っていましたが」
「え?あ、ああ、まあ、そういう側面もあるけど……いや、今はそれは置いておこう」
「はい」
「私が求めているのは恋愛ではない。ラブコメでもない。その……あれだ。時代は強いヒロインを欲しているのだ」
「そうかもしれませんね。では、私も世の女性を見習って、一肌脱いでみたいと思います」
「えっ、ど、どういうこと?」
「私はアンドロイドですからね。ボディを換装すればどんな姿にもなることが出来るんですよ」
「おお、なるほど!それで、一体どうするつもりなんだ?」
「うふふ、それは見てのお楽しみです」
「わ、わかった、期待しておく(どきどき)」
「では、ジェットセットハット様。ボディを取り替えて参りますので少々お待ちくださいませ」
「…………」
「…………」
「どうでしょうか。ボディをチェンジしてみました」
「どうって……お前、そんなんただの服屋のマネキンじゃねえか」
「はい。どんな服でも着こなしてみせますよ」
「いや……そうだな、期待した俺がバカだったんだ……」
果たしてジェットセットハットの思い通り、新キャラは美少女になるのか?
それともこのポンコツアンドロイドがヒロインの座につくのか!? 次回『その技の名は機道』乞うご期待!
「くそ、そもそも美少女以前に女性が全然出てこないじゃないか!どーなっとるんだねこの世界は!一体!女は死に絶えたのか!女は!どこにいるんだ!おい!聞いてるか!」
「落ち着いてください。きしょいですよ。まったく……。一応は出てるんですよ。通行人とか警備員とかメガネの研究員とかのモブキャラがちょこっとだけ」
「ああ、まあそりゃそうなんだけどさ。メインに出てこないと意味がないだろ」
「はいはい、そうですね。まあ、美少女が出てきても私はあんまり興味ありませんがね。……と、言ったところで読者の皆様がた、次回からもよろしくお願いいたします」
「おうっ!よろしくな!そしてついでにコメントとか評価をくれ!頼むぞ!待ってるからな!それじゃまたな!ジェットセットハット、レツゴー!」
「(うわ、きついなあこの人……)」