帰宅すると、もう既にお風呂が沸いていた。
湯船は昨日のうちに洗っていたらしく、帰る前にスマホから遠隔操作で給湯したようだ。
最近はペットの様子を仕事先でも確認できるように、スマホでペット用監視カメラを起動できる…なんてものがあることは知っていたが、まさか風呂まで遠隔操作できるようになっているとは…最近の技術の発達には驚くばかりである。
「とりあえず黎ちゃんからお風呂に入っちゃって?今日は色々あって疲れてるだろうし、ゆっくり湯船に浸かってリラックスしてね?」
そう言って綾音は一番風呂を勧めてきたので、ありがたく一番風呂をいただくことにした。
「うお、めちゃくちゃ広いな…!」
浴室は想像以上の広さで、ついついテンションが上がってしまった。
落ち着いた黒を基調とした壁に、グレーの床、湯船も広々としていて数人で入っても問題ないほどだ。しかも壁にはテレビが埋め込まれており、通常のテレビ番組から動画配信サイトまで見れるという。
シャワーで済ませることの多かった生活をしていたため、こんな広い湯船を独占でき、身体を温めながらテレビを楽しめるという事実に笑みが溢れてしまう。
(シャンプーとリンスは…これか)
前の黎夏くんが使っていた、専用のシャンプーとリンスで頭をさっぱりさせる。
身体も綺麗にし、湯船に浸かると今日1日のことを振り返ってみる。
「今でも信じられないな…男女比の狂った逆転世界、精液検査、ランク、新しい家族…まだ慣れないことは多いけど…俺はこの世界なら幸せになれると確信しているし、俺の周りの人たちも幸せにしたい、その想いは変わらない」
前世の感覚を持っているからこそ、この世界の男性とは違って自分は女性に優しく接することができる。だからそれを活かして自分も周囲も幸せで満たしたいのだ。
(そのために…俺は何ができるんだろう?学校には行くだろうが、部活にでも入るか?それともバイトして社会経験を積んでみる?あまりしっくりこないなぁ)
当初はテレビが備え付けられていたことに喜んだが、これからの自分のことを考えることに集中していたため、結局テレビを付けることはなかった。
(っと、あんまり深く考えすぎてるとのぼせるな。もしそうなったら余計な心配を家族にかけることになるし…名残惜しいけどそろそろ出るか)
別に毎日入るのだから、今日にこだわる必要はないと自分を納得させて身体を拭く。
湯船に浸かったおかげか、身体がポカポカとしていて暑いくらいだった。
そのせいか、ついつい前世の感覚で上半身裸にタオルをかけた状態でリビングまで出てしまった。
「あら、黎夏出たのね…ブフォ!!」
最初の犠牲者は雛姉だった。
上半身裸にタオルをかけて、ちょうど胸を隠している黎夏の姿を見て、盛大に鼻血を出してぶっ倒れた。
「ちょっと雛乃どうしたの…ぶはっ!!」
次の犠牲者は綾音だった。
ちょうどトイレから戻ってくるタイミングで雛乃の声を聞き、駆けつけてみるとそこには上半身裸の美少年(息子)が。
これまた盛大に鼻血をぶち撒けながらぶっ倒れた。
「どうしたの…ってお兄様のは、はだかかかかかか……キュウ」
最後の犠牲者は碧だった。
ソファで横になっていると次々に家族が倒れる音がして何があったのかと様子を見てみると、そこには見た目麗しい兄の適度に筋肉のついた美しい裸体が。
鼻血こそ出さなかったものの、可哀想にそのまま気を失ってしまった。
そしてこの惨状を引き起こした張本人はというと…
「な…なんじゃあ…こりゃあ…えらいこっちゃあ…」
と、言いながら白目を剥いて立ち尽くしていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この世界において、男性の上半身の裸というものは非常に性的な意味合いを持つ。言ってしまえばセックスシンボルなのだ。
もちろんこの感覚は男性の極端に少ないこの世界ならではの価値観であるし、まだこの世界に来て1日も経っていない黎夏がそこまで頭が回らなかったのは仕方のないことであった。
家族だからとはいえ、黎夏のそんな姿を見て鼻血を出すだけで理性を失わなかった3人を褒め称えるべきである。
これが普通の女性ならそのまま美味しく頂かれている(意味深)ところである。
「ということでちゃんと服は着ましょう!わかった⁉︎」
「はい…すいませんでした…」
綾音が黎夏に言い聞かせる。
目が覚めた後、普通の男性では考えられない黎夏の格好に綾音が説教をしたのである。
息子に内心欲情していたが、そこは親としてキッチリと言わなければと思い、嫌われる覚悟で注意したのである。
もっとも、黎夏からすると当然こんなもので嫌うわけもなく完全な杞憂ではあるのだが。
それどころか、
「でも、鼻血を出して倒れたってことはちょっとは興奮してたんでしょ?ならラッキーって考えよ!」
などと言い出す始末。
「「「うっ!」」」
当然事実であるので3人はこれに反論できない。
「だ、だからといって上半身裸はだめだからね!」
そう言って綾音は再度上半身裸禁止令を言い渡し、黎夏はそれを聞いて楽しそうに笑っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「じゃあ俺はもう寝るとするよ。また明日ね、おやすみー」
そう言って黎夏は自室へと向かう。
「おやすみ」と言って黎夏がリビングを出たことを確認した3人は、ため息を吐く。
「まさか…裸で出てくるとは思わなかった…記憶喪失ってここまで忘れるものなの?」
「お兄様の裸…初めて見たけどすごかった…!」
「記憶に関しては私もわからないの。裸に関しては…ノーコメントで…」
女三人寄れば姦しいと言うが、それはこの世界でも同じなようで黎夏の話題一色だった。
そして、重要なことを綾音は切り出す。
「2人とも、よく聞いて。黎ちゃんが優しくなって、私たちに忌避感が無くなったのはいいことだけど、問題もあるの。危機感が無さすぎて今日みたいなことが起こるし、今回は家の中だったからよかったけどもしこれが外だったら?学校とかだったら大変なことになるとお母さん思うの」
その言葉に雛乃と碧は頷く。
「もちろん近いうちに護衛官が来てくれるけど、それだけじゃ不十分だと思う。だから、もし黎ちゃんが共学に行きたいって言った場合は雛乃、あなたが様子を見てあげて。黎ちゃんの交友関係も調べて、本当にその女が安全かどうな調べてほしいの」
「もちろんわかってるわ。黎夏が男子校に行くのが一番安全だけど…今日の様子を見る限り共学に行きそうだものね。変な虫が寄り付いたら追い払うわよ」
そう2人が黎夏を守る話を進めている一方で、
「むぅ…中学生だからお兄様と同じ学校に通えない…」
1人拗ねている子がいた。
それに綾音と雛乃は苦笑しながら、みんなで黎夏を守っていこうと結論付けて、黎夏の知らないところで家族の絆は深まっていくのであった。