ありがたい限りです。
Life.11 家族が増える日
「しかし、こうなってはもうどうしようもないな。お前の望みは千年単位で先送りだ」
『お前があの時宣言した時点で半ば諦めもついてはいたが……世の中どうなるかわからんものだな』
夜明け前の暗い部屋に二人分の声が響く。一つは愉快そうな若い男の声。もう一つは年齢の判別はできないが、老成したものを感じさせる声だった。
しかし、うっすらと部屋に浮かび上がる人影は一つ。
「もしかしたら、今代で決着が付いたりしてな」
『俺たちが和解するとでも? そんなことがありえるのか? こちらはともかく、あちら側の怨嗟を晴らすことができるものだろうか……』
「案外簡単なことなのかもしれないぞ? あいつなら、何とかして見せるかもしれない」
『全く、お前のあの小僧に対する信頼感はどこから出てくるのやら』
「大丈夫だろ。きっと面白くなる」
『……はぁ、俺はあくまでお前の力の一部だ。お前の好きにすればいいさ』
「とにかく、いまはあいつを鍛えないとな」
日が昇り始め、カーテンの隙間から光が漏れる。この日も日常が始まった。
天魔は鳴り出した目覚ましを止め、顔を洗ってジャージに着替えると部屋の外に出た。両親を起こさないように静かに外に出ると、紅髪の少女が待っていた。
「おはようございます。部長」
「あら、おはよう、天魔。イッセーはまだ寝ているのかしら?」
「さすがにもう起きているかと、すぐにくるとは思います」
天魔がリアスに声をかけると一誠はまだ来ていなかった。ちなみに持ち合わせの時間にはもう少しある。
二人が談笑していると一誠の部屋の窓が勢いよく開き、一誠が顔をのぞかせる。リアスが目を合わせて苦笑を浮かべると、すぐに顔をひっこめて準備を始めた。
「まだだったわね」
「はぁ、これは罰追加だな」
リアスが微笑むのに続き、天魔はため息とともに告げる。一誠が玄関から飛び出し、この日の訓練が始まる。
「ハァー、ハァー、ハァー」
「おらっ、だらしなく走んな。ダッシュ二十本追加するか?」
「くそっ」
「よし、十本追加でまけてやろう」
体制を崩していた一誠に天魔が並走しながら声をかけると、告げられた無慈悲な罰を回避しようと必死に体勢を直す。結局追加される罰に内心で一誠が悲鳴を上げつつも、速度が僅かに上がった。
「ハーレム王に、俺は、なる……」
「そうよ、イッセー。そのためには少しづつでも強くならなければならないわ」
悪魔社会は―特に転生者に関しては―圧倒的に武力重視である。交渉力や知力でもって成り上がるものもいるが、一誠にはそれらの才能を発揮できるか怪しいところだった。ゆえにまずは体力をつけるところから始めていたのだ。
悪魔が力を発揮できる夜ではなく、朝に訓練を行っているのは、悪魔の苦手とする太陽の光を浴びながら訓練することで精神的にも鍛えることが目的となっている。
「さぁ、ダッシュ始めるわよ」
「追加十本を忘れないようにな」
疲れを見せない天魔と次の訓練メニューを告げるリアスを前に、一誠は疲労から肩を落とした。
「あなたの能力は基礎能力が高ければ高いほど効果があるのよ」
「うっす……六十五……」
一誠は腕立て伏せをしていた。上にはリアスが座り込んでおり、天魔による魔法陣によって荷重が調整されている。
「あうっ!」
「邪念が入っているわよ。腰の動きがいやらしいわ」
「……そ、そんな……六十八……部長が上に座っているなんて……六十九……お馬さん根性がマックスになりますよ……七十」
「ほ~、腕立て伏せをしながらしゃべれるとは、成長したじゃないか。荷重追加だな」
「ぬあっ、ぐっ……重っ」
「イッセー、女性を背に負って「重い」は失礼じゃないかしら? 天魔、やりなさい」
「あいあいさー」
「がっ」
リアスの言葉に一誠が答えると、逆立ちしつつ腕立て伏せを行っていた天魔が魔法による荷重を増やし、一誠が思わずうめく。その際に漏れた言葉にリアスが反応し、さらに荷重が増すが、それ以上は藪蛇だと察し、言葉を漏らさなかった。
「う~ん、そろそろ来てもおかしくないんだけど……」
「? 誰か、来るん、ですか?」
リアスの言葉に一誠が尋ねる中、何者かの接近を感じ取った天魔はグッと腕に力を籠め、宙返りして着地する。
「すみませーん」
全員が声が聞こえた方向を向くとアーシアが駆け寄ってきていた。
「天魔さーん、イッセーさーん、部長さーん! 遅れてすみませーん……はうっ……ふぇ?」
「大丈夫か? アーシア」
「は、はいぃ」
アーシアがこけようとするところを天魔が受けとめ、アーシアの頬は赤くなった。
「天魔さん、お茶です」
「ありがとな、アーシア」
「イッセーさんもどうぞ」
「あ、ああ、ありがとう」
アーシアの持参した水筒からお茶を飲みながら、天魔たちは一息ついていた。
一誠はアーシアが来た後の腹筋と背筋による疲労で震えていたが、それ以上に負荷をかけていたはずの天魔は平気な顔をしており、一誠は差を感じていた。
「それで、アーシアはどうしてここに?」
「毎朝、天魔さんたちがトレーニングをしていると聞いて、私も何かできないかと……今日はお茶しか用意できませんでしたけど」
「うぅぅ! アーシアの心意気に俺は感動した! まさかこんなにかわいい子にこんなことを言われる日が訪れようとは!」
一誠はアーシアの言葉に感涙しつつ、お茶を一気飲みする。天魔が苦笑しつつふと隣を見ると、リアスが宙を眺めていた。
「部長、どうかしましたか?」
リアスは天魔の声にハッとしたようにすると、アーシアのほうを向き微笑んだ。
「ちょうどいいわ。今日にしようと思っていたから。今日のトレーニングが終わったら、このまま全員で兵藤家に行きましょうか」
「なんで家に?」
「もうそろそろ荷物の準備が整うはずなのよ」
疑問符を浮かべる天魔と一誠だったが、その理由はすぐに判明した。
「これは一体……」
一行が兵藤家に着くと玄関前にいくつもの段ボールが積みあがっていた。
「さぁ二人とも、荷物を運んで御上げなさい」
「運ぶって……これをですか?」
「こういう時は運んであげるのが紳士的ではないかしら?」
「そもそもこれ、何の荷物なんです? 結構な量ありますけど」
段ボールを運ぶように指示するリアスに天魔と一誠が困り顔で顔を見合わせていると、おずおずとアーシアが進み出る。
「すみません。いろいろ用意してもらったら、量が多くなってしまって」
「ってことは……」
「そう、これはアーシアの荷物よ。今日からアーシアはここに住むの」
「「ハァァ⁉」」
予想だにしなかった言葉に思わず声が出てしまう二人にリアスは楽しそうに笑った。
家族会議
とても重要な交渉場である。
権力者である両親の一声が大きな決定権を持つ。
子供側からでは、いかに言葉巧みに交渉を行えるかが鍵となる。
はずなのだが……
この日の家族会議の開始早々に兵藤家の大人二人は縮こまっていた。
おそらく、リアスから放たれているプレッシャーが原因なのだろう。とはいえ、それは本人の無意識の所作からくるもので、故意のものではなかったのだが。
「お父様、お母様、そういう事情でこのアーシア・アルジェントのホームステイをお許しくださいますか?」
リアスは優雅に、それでいてとんでもなく無茶な注文を突き付けていた。
知り合った経緯にはある程度捏造をくわえ、堕天使だの悪魔だのに関してはごまかしていたが、アーシアにとって天魔たちが恩人であることは伝えられていた。話を突き付けられた二人がアーシアのことをまじまじと見つめながら耳打ちしあっているのを見つつ、天魔が声をあげる。
「いやいや、待って下さい部長。そもそも、アーシアの住まいについては部長が用意するって話だったじゃないですか。それに、ここにはイッセーがいるんですよ? こんなのがいるのにアーシアみたいなかわいい子を住ませるなんて、飢えた肉食獣の前に足を怪我して動けない仔羊を差し出すようなもんですよ?」
「いや、おまえ……こんなのって……否定はできんけど」
「そうだな。何かあったら申し訳が立たない」
「父さんまで……」
天魔の一誠に対するあまりに容赦のない言葉に一誠が顔をゆがめるが、否定はしきれなかった。その言葉に父まで同意し、母までも援護し始めたのを見てちょっと涙目になった。
しかし、リアスは動じることなく笑顔で交渉を続けていく。
「では、アーシアが娘になるとしたらどう思いますか?」
「どういうことかな?」
リアスの言葉に疑問符を浮かべた両親に対して、リアスは自信有りげに語り始める。
「お父様、アーシアは天魔とイッセーのことを信頼しています。天魔は冷静に場面を見据える判断力を持っていますし、有事の際には綿密に計画を立てる計画力があります。イッセーは直情型でやや思慮の足りない部分もありますけども、愚かではありません。むしろ、向かってくる困難を切り開こうと前へ前へと突き進んでいける熱いものを秘めています。私も二人のことは信頼していますわ。特にアーシアは。ねぇ、アーシア?」
リアスは二人への信頼を示した後、ちらりと天魔へと視線を向ける。そしてアーシアの方を向き確認をとった。
「は、はい! 天魔さんのおかげで私の抱えていた問題は解決することができました。イッセーさんも一緒に助けてくれて……お二人は命の恩人です。学校でもたくさん助けてくれて、授業の時も──」
話を向けられたアーシアは嬉々として話を始める。学校で起きた些細なことさえも話始め、主観で話しているため、天魔と一誠は過大評価を受けているような気分になり、顔が熱くなるのを感じていた。両親も満更でもなさそうな表情をしている中、リアスはダメ押しの一言を告げる。
「今回のホームステイは花嫁修業を兼ねてというのはどうでしょうか?」
「「「「花嫁⁉」」」」
兵藤家の面々が驚愕から素っ頓狂な声をあげる。アーシアは意味が分かっていないようで疑問符を浮かべていると、父は目から涙をあふれさせた。
「……イッセーはこんなだし、天魔は消極的だから、父さんは一生孫の顔なんて見られないと思っていた。老後も独り身のお前たちを心配しながら暮らさないといけないのかと思っていたよ」
「あー……」
一誠の行動はともかく、天魔は悪魔であるため、一般の人間を自身の事情に巻き込むことを恐れ、あまり積極的に動こうとしなかったのが原因ではあるのだが、事情を話しきれない天魔には何も言い返せなかった。
「アーシアさん! こんな淡白な子のどこを気に入ったのかわからないけど、イッセーのことをこんなによく言ってくれるいい子なんて見たことないわ!」
「ひ、ひでぇ……」
「否定できんだろ……」
「アーシアさん! こんなダメな息子だけどよろしくお願いできるかい?」
「そんな……お二人はダメな方なんかじゃありません。とても素敵な方ですよ」
兵藤母の言葉に天魔と一誠は顔を引きつらせるが、大きな声では何も言えなかった。
両親は言葉の真意に気付くことはなかったアーシアの微笑みながらの返事を聞き、感涙する。
「リアスさん! アーシア・アルジェントさんを我が家でお預かりしますよ!」
「ありがとうございます、お父様。というわけで、二人とも。これからアーシアをよろしくお願いね。アーシア、これから二人のお家にご厄介になるのよ。失礼のないように、親御さんと仲良くなさい」
「本当によろしいのでしょうか? 私なんかが……ご厄介になるだなんて……ご迷惑じゃ……」
「日本の文化、生活に慣れるにはその土地の者の家で習うのが一番。貴方に「部員の中で一緒に住みたいのは誰?」と訪ねたら、迷いなく天魔がいいといったでしょう?」
アーシアは正式にグレモリー眷属となったこともあって、以前天魔がかくまうために使った部屋ではなく、リアスが用意した旧校舎の一室を間借りしていた。しかしリアスは、その状態では日本での生活に慣れることはできないと考えての引っ越しだったらしい。
「は、はい。確かにそう言いましたけれど……」
「いいんだよ! アーシアさん! 我が家で日本に慣れなさい! これから永住するかもしれないんだから!」
「いや、父さん……部長の言葉を真に受けすぎちゃダメだって……」
「ほら、お父様もこうおっしゃっているのだから」
天魔の言葉は誰にも届くことはなく、リアスがアーシアに笑顔を向ける。困惑していたアーシアも笑顔を見せると、深々と頭を下げる。
「分かりました、部長さん、なんだかわからないところもありましたが、天魔さん、イッセーさん、お父様、お母様、不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「天魔! イッセーからアーシアさんをしっかり守るのよ! 未来の花嫁をしっかりと守りなさい!」
「いや、だからさ……」
天魔に詰め寄る母に押されつつも言葉を紡ぐが、やはり誰も話は聞いていなかった。
「……花嫁、ね」
そして、リアスのつぶやきにも誰も気づくことはなかった。
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