ありがたい限りです。
「よく無事だったわね」
天魔たちは帰宅したリアスによる抱擁を受けていた。
イリナともう一人の教会関係者は、天魔たちが帰宅すると、母と少しだけ話して帰っていった。
イリナ曰く、幼い頃に引越して以来、訪れることのなかった久しぶりの日本―それも昔住んでいた町ということであったため、懐かしくて兵藤家に寄ってしまったとのことだった。
リアスも帰宅時に天魔たちと同様の反応を示しており、彼らを無事を確認すると間髪入れずに抱きしめたのだった。
「けがは? 何もない? 大丈夫なのよね?」
「俺たちは大丈夫ですよ、部長。天魔に守られちゃいましたけど」
「イッセーとアーシアが悪魔ってことは見抜かれてました。俺が悪魔ってことも知ってる奴だったんで、もし母さんにいろいろ話をしてたら、危なかったかもしれないですけど」
「私も天魔さんもイッセーさんも無事です。部長さん」
応対していたのは主に天魔であり、一誠とアーシアは天魔の指示で二階で待機していた。アーシアには転移の準備もさせており、もし戦闘になった際の対策を講じていた。
「ああ、イッセー…本当によかった。貴方たちに何かあったら、私は……「表」の部活動が終わってから、ソーナから呼び出されていて話を聞いたの。教会の手のものが入りこんでいて、しかも、聖剣を持ち込んでいると」
抱きしめる力を強めつつ、リアスは話し続ける。
「帰っている途中で嫌な気配がしたから、急いで帰ってきたのよ。家に入ったら、聖なる気配が濃くなったから、青ざめたわ。私のかわいい下僕たちが危険な目にあったかもしれないと、最悪の事態まで考えたのよ……? あのまま喧嘩別れのままに貴方たちを失ったりしたら、きっと死ぬまで後悔し続けたでしょうね。ごめんなさい。貴方たちをもっと大切にするべきだったわ」
涙を流しながら、抱きしめるリアスに情愛の深さを感じつつ、天魔たちはリアスを抱き返した。しばらくそうしていると、リアスは落ち着いたのか離れる。抱きしめられたことで堪能できていたリアスの感触を一誠は名残惜しそうにしていたが、天魔が頭をはたいて切り替えさせる。そんないつも通りの風景にアーシアが笑い、リアスの顔にも笑顔が戻った。
「昼休みにソーナたちが彼女たちと接触したらしいの。それで、この地を管理している私と交渉がしたいらしいのよ」
「交渉ですか……」
「ええ、どういうつもりかは分からないけれど、一切の攻撃をしないと神に誓ったらしいわ」
「なるほど、それはずいぶんと必死なようで」
「でもさ、それって信用していいのかよ」
リアスの言葉に天魔が反応するも、一誠はいぶかしんでいた。
「イリナたちは聖剣を持っていた。それも、かなり力のあるやつをな。あいつらは教会側の切り札の一つを預けられるほどに中枢と近いはずだ。そんな奴が神への誓いを破るってのは自身の根幹である信仰を捻じ曲げるに等しいことだからな」
「なるほど?」
「……お前に当てはめれば、誓いを破ることがお前の乳に対する興味を失うことと同義だといえば、まだわかりやすいか?」
「なるほど……」
天魔の話には疑問符を浮かべた一誠だったが続いたたとえ話に一定の理解を示す。天魔は頭を押さえてうめくが、誰もフォローはできなかった。
翌日の放課後。
オカルト研究部の部室に兵藤家を訪れた二人が尋ねてきていた。
携えた聖剣に一誠が寒気を感じる一方、祐斗は殺気を垂れ流していた。
「先日、カトリック教会本部ヴァチカンおよび、プロテスタント教会、正教会それぞれで保管されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」
口火を切ったのはイリナ。そしてその言葉にグレモリー眷属がざわつく。そんな中、一誠はイリナのセリフに違和感を感じていた。
「イッセー、お前の考えている聖剣エクスカリバーは存在しない」
「どういうことだ?」
天魔に頭の中をピタリと言い当てられた一誠は驚いたが、疑問は深まるばかりだった。そんな一誠に天魔が解説を進めていく。
「まず、教会側において聖剣エクスカリバーと呼ばれていた剣は三つ巴の大戦の際に折れているんだ。そして、その際に残った欠片をもとに錬金術によって鍛え上げたものを、いまは聖剣エクスカリバーと呼んでいる。その数は七本で、それぞれが何かしらの能力を付与されているそれらをヴァチカン、プロテスタント、正教会が、派閥ごとの戦力の均等化も兼ねて、それぞれ二本ずつ保管していたはずだ」
「それだと一本足りなくねぇか?」
「最後の一本は以前行方不明となってそのままで、教会側では所在を掴めていないようだ」
「詳しいんだな。そう、現在のエクスカリバーの状況は今の説明の通り。そして、これがその現物だ」
天魔の解説に感心しつつ、青髪の少女が布を解くと、その中から剣身が現れ、そこからあふれる聖なるオーラにグレモリー眷属へ緊張が走る。
「これが、私が持っている「
そうして見せた剣を再び布でまいていくと聖なるオーラが収まっていく。よく見ると、布には何やら文字のようなものが書かれており、周囲に影響を与えないように封印されているのが察せられた。
「私が持っているのが、「
イリナが懐からひもを取り出すと、それが日本刀へと姿を変える。再び剣をひもへと戻ししまい込むイリナを青髪の少女がにらみつける。
「イリナ、能力まで説明する必要はないんじゃないか?」
「あら、ゼノヴィア。この場では信頼関係を築かなければ、仕方ないでしょう? それに天魔君から全部知られちゃうだろうし。何より、私の剣の能力は、ばれたところで後れを取るようなことはないし」
ゼノヴィアと呼ばれた少女とイリナが軽い口論をするのをよそに、エクスカリバーが目の前にあることを知った祐斗の殺気がさらに濃くなっていく。交渉中に動けばどうなるかわからないため、有事の際には祐斗を無理やりにでも止めるために天魔はこっそりと身構え始めた。
「それで、奪われたエクスカリバーがどうして、この極東の地方都市に関係があるのかしら」
「先ごろ説明があったように、教会では各陣営で二本づつ管理していたわけだが、そこから一本ずつ奪われたんだ。そして奪ったものがこの地に運び込んだのさ」
ゼノヴィアのセリフにリアスは頭に手を当てて、苦々しい顔をする。
「私の縄張りでは出来事が豊富ね。それで、エクスカリバーを奪ったのは?」
「奪ったのは「
「堕天使の組織に聖剣を奪われたの? 失態どころではないわね。でも、確かに奪うとすれば、堕天使かしら。上位の悪魔ほど聖剣に対する興味は薄いし」
「奪った連中の首謀者は分かっている。グリゴリの幹部、コカビエルだ」
「コカビエル―古の大戦から生き残る堕天使の幹部。聖書にも名前を示されるものが出てくるとはね」
リアスは実行犯が想像以上の大物だったのか苦笑する。
「すでにこの町にも教会からエクソシストが送り込まれているが、全て排除されているようだ」
ゼノヴィアの言葉に何人かが驚いた。知らぬうちに町が戦場となっていたことが意外だったようだ。
「私たちの依頼──いや、注文は私たちと堕天使のエクスカリバー争奪に、この町に巣くう悪魔が一切介入しないこと。つまり、そちらに今回の件に関わるなといいに来た」
「随分な言い方ね。それは牽制かしら? もしかして、私たちが堕天使と手を組んで、聖剣をどうにかしようと考えるとでも?」
「個人の考えではないよ。あくまで本部の考えだ。上は堕天使と悪魔を信用していない。どちらも神側から聖剣を取り除けるとなれば、うまみがあるからね。それゆえ、堕天使と組む前に牽制球を放つことにしたらしい。「堕天使コカビエルと手組むようなことがあれば、我々はあなたたちを完全に消滅させる。たとえ魔王の妹であろうとも」以上がうちの上司からのメッセージだ」
「私が魔王の妹と知っているなら、天魔の推測通り、それなりに上と通じているもののようね。ならば言わせてもらうわ、私は堕天使と組むことはない。グレモリーの名に懸けて、魔王の顔に泥を塗るようなことはしないわ!」
「それが聞けただけで十分だ。一応、コカビエルとエクスカリバーが三本この町に入り込んで潜んでいることは伝えなければ、こちらがいろいろな勢力に恨まれてしまうからね。まぁ、協力は仰がないさ。こちらも三すくみの関係に変な影響を与えることを望んでいるわけではないからね。魔王の妹ならなおさらさ」
リアスの言葉にゼノヴィアはふっと笑うと語る。そんなゼノヴィアにリアスが尋ね始めた。
「そういえば、正教会からの派遣は?」
「奴らは今回の件に関する対応を保留にした。私とイリナが奪還に失敗した場合を考え、最後の一本を死守する腹積もりらしい」
「ってことは二人だけでコカビエルと戦うつもりか?」
「そうだ」
「死ぬぞ?」
「覚悟の上よ」
「取り戻せるとは思えない…いや、逆に奪われる可能性するあると思うが?」
「最悪の場合、破壊してしまってもかまわないと上は判断している。堕天使に利用されるぐらいなら消滅させるのもやむなしとのことだ」
「最終手段はある訳ね」
「そのあたりはそちらの判断に任せるわ」
人員が二人ということを聞いた天魔が割り込むと、ゼノヴィアとイリナは即答する。そこに声の震えのないことを感じると天魔は肩をすくめた。話は終わったかと気を緩める一誠だったが、ゼノヴィアの言葉に再び緊張する。
「昨日兵藤家を訪ねた際に、もしやと思ったが、「魔女」アーシア・アルジェントか? まさか、この地で会おうとは」
「あら、あなたが一時期噂になってた元「聖女」さん? 悪魔や堕天使までも癒せる力を持っているらしいわね? 追放されて、どこかに流れたって聞いてたけど、悪魔になっているとは思わなかったわ。ああ、安心して。ここで見たことは報告しないから。「聖女」アーシアの近くにいた人たちが今のあなたの話を聞いたら悲しむものね」
その言葉にアーシアがびくりと反応するのを見て、天魔が背に庇うように移動する。天魔の表情がやや険しくなるが、ゼノヴィアはそれを気にせず、アーシアを視界に捉えたままを鼻を鳴らすといい放つ。
「悪魔か。「聖女」が堕ちたものだな。しかも、未だに我らの神を信仰しているとは」
「ゼノヴィア。彼女は悪魔になったのよ。信仰なんてしているわけがないでしょう」
「いや、その子から信仰の匂い―香りがする。抽象的な物言いになるが、私はこういうのには敏感でね。背信行為をするものでも罪悪感を感じながら信仰を捨てられない者もいる。彼女からはそういった輩と同じ感じがする」
「そうなの? 悪魔になった今でも主を信じているのかしら」
「捨てきれないだけです。ずっと信じてきたものですから」
「そうか、ならば今すぐ我らに切られるといい。今なら神の名のもとに断罪しよう。罪深くとも、我らの神ならば、きっと救いの手を差し伸べてくれるだろう」
ゼノヴィアの確信めいた言葉とイリナの問いにアーシアが複雑そうにしながら答えるとゼノヴィアは聖剣を抜いて構える。しかし、アーシアとゼノヴィアの間に立つ天魔は動かなかった。
「そこをどけ。それとも、君も彼女と共に断罪されたいのかな? ずっと正体を偽ることにつかれたというのなら、それもいいかもしれないね」
「自分たちに都合のいい能力を持っていたから「聖女」として祭り上げて、気に入らないことが一回でもあれば、「魔女」として放り出すというのは、随分と虫のいい話じゃぁないか?」
「神は愛してくれていた。何も起きなかったというならば、彼女の信仰が足りなかったか、偽りだったからだろう」
「毎度毎度、「愛」だとか、「慈悲」だとか、「試練」だとか、綺麗ごとばかり並べやがって、うんざりだぜ。その何でもかんでも神様神様と自分が他者に不条理を強いるために並べ立てる常套句」
ゼノヴィアの言葉に苦々しい顔で吐き捨てるように天魔がこぼす。その言葉にゼノヴィアとイリナの眦がつり上がった。
「我々の信仰を侮辱するのか? 口が過ぎるな。教育はしっかりするべきだぞ、グレモリー」
「残念ながら、俺の教育係は不良でね。口が悪いのはそっち譲りさ」
「そもそも、君は彼女のなんなんだ?」
「なんだろうな。協力者の眷属で、同じ家で暮らしていて、以前守ると約束した……まぁ、理由なんてなんだっていいのさ。目の前で理不尽を強いられている子を助けられるのに、指をくわえてみているのは、悪魔だとか人間だとか以前の問題なんだよ。俺にとってはな」
「ほう? 随分な騎士道だな。我々への挑戦と受け取ってもいいだろうな、これは」
一触即発の雰囲気の中、天魔とゼノヴィアの間に割り込んだのは、これまで殺気をまき散らしながらもじっとしている優男だった。
「ちょうどいい、僕が相手になろう」
「誰だ? 君は」
「君たちの先輩だよ。失敗作らしいけどね」
部室中に魔剣が生え、祐斗が場を支配する。剣に込められた殺気が具現化したような禍々しい刀身が部屋を覆いつくした。
「リアス・グレモリーの眷属の力、試すのも面白そうだ。それに「先輩」とやらの力も気になるしな」
「ちょっとゼノヴィア。ここで悪魔さんたちと戦うのはまずいんじゃない?」
「それなら、上に伝えない完全に私的な決闘ということにすればいい。殺し合いにならなければ問題はあるまい」
ゼノヴィアが好戦的に笑うのをイリナがたしなめるが、それで止まることはなく、言わなければ問題ないという。どうあっても止まらないとみて、リアスは息を吐くと、野球の練習をしていた空き地で戦うことにし、移動するのだった。
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