一誠が自身の転生と天魔の正体を知って数日。
一誠は毎晩グレモリー眷属召喚のためのチラシ配りに奔走していた。本来であればチラシ配りは使い魔の仕事だが、悪魔としての活動に慣れる一環として行っていた。
そしてこの日、一誠の契約活動の開始日となったのだった。
一誠は契約を行う側になったことを喜んでいた。より早く実績を積むことが出来れば、上級悪魔への昇格に近づくため仕事が大きくなることは望むところだった。
「これで俺も一端の悪魔ってことですね!」
「ええ。今回割り当てるのは、小猫への依頼がブッキングしてしまったリピーターの依頼者だから難しいということはないはずよ。だけど、くれぐれも粗相のないようにね」
「はい!」
一誠がリアスから注意事項を念押しされる中、転移用の魔方陣へ、一誠が転移するために必要な刻印が完了し、依頼者のもとへ転移する準備が整った。
「これが俺の悪魔としての第一歩! 兵藤一誠、行ってまいります!」
「早く上にあがりたいなら契約の失敗はそのままロスになる。気張れよ、イッセー」
「おう!」
転移を前にして一誠が気合十分に声をあげ、魔方陣が強く輝き発動する。
「あれ?」
光が晴れるとそこには転移の光に驚いた一誠が立ったままになっていた。
確認したところ一誠の魔力が貧弱であり、転移を行えるレベルですらなかったらしい。本来であれば子供でもできることができなかったことと小猫の容赦ない一言に絶句した一誠には自転車での移動が命じられ、泣きながら部室を飛び出すのだった。
「なんで魔方陣が使えないんだよ! くそったれ!」
「近所迷惑……にはならないか。悪魔の活動中はある程度誤魔化されるし。とにかく落ち着けよ。そんな顔で依頼者に対面するわけにはいかんだろ」
部室を飛び出した一誠はリアスの指示通りに自転車へ乗り、悪魔用の端末が示す依頼者のもとへと必死にこいでいた。その横には天魔が自力で並走しておりナビと護衛を行っている。
一誠が飛び出した際に天魔は魔法による転送で一誠を送迎することも提案したが、一誠自身がこなすべき仕事であるとしてリアスに却下されている。
同行しているのは先日一誠が堕天使に襲われているからである。
ビラ配りをしているときは遠巻きに観察し警戒するにとどめていたが、今回は契約の間その場に留まるため、堕天使に察知され、強襲された場合、転移で退避できないことを不安視したのである。
リアスたちからは「甘い」との評価だったが、彼らも一誠が短期間で二度も生命の危機にあったことで敏感になっていることを理解したため反対はしなかったのでこうして並走していた。
「このアパートだな。部屋番号は2-1だ」
「ハァ、なんでチャリの俺と、ハァ、走ってる天魔が同じ速さなんだよ。ハァ、しかも、息切れしてねぇし」
「鍛えてる時間が違う。それより、さっさと息整えろ。依頼主に失礼だ。俺はここで待ってるから」
「おう、行ってくる」
一誠が天魔とのスペック差を感じながら走ること二十分ほど、目的地へと到着した。登場の仕方のせいで部屋の前で少々口論になったものの、無事部屋に入れてもらえたことに安堵し、待つことしばし。一度、窓から神器の光があふれたことに警戒したが、戦闘にならなかったことに安堵していると、一誠から連絡が入る。
「どうした? 何か問題が?」
「あ~、いや、問題っていうほどではないんだけど、大それた願いだと代価が命になるうえにろくに成果が得られない結果になるってことを知って森沢さん―依頼主が泣いちまって。で、ドラグ・ソボールごっこすることになったからバジータ役やってくんないか?」
「……俺はバジータよりピックルのほうが好きなんだがな、まぁいい。すぐ行く」
一誠からきた連絡の内容は望みを絶たれた依頼者のメンタルケアだった。こうして突如勃発した遊びは天魔が防音の結界を張ったことで大きな盛り上がりを見せ、依頼者も天魔たちが帰宅するころにはすっきりした顔をしていた。
だが、
「いや~なかなか盛り上がったな」
「それはいいんだが、部屋を出るときには代価を受け取らなかったよな?結局どんな内容で契約したんだ?」
「あ……」
「…初回は契約失敗だな」
一誠の悪魔としての滑り出しは順調とはいかなかったらしい。
一誠の契約失敗から数日。
「なんで俺はまともに契約できないんだろうな」
「それに関しちゃ、客層が悪いとしか言えねぇな」
契約に失敗し続けるもその際の対応*1のおかげで高評価を受け続けるという状況にリアスが頭を悩ませる日々が続いていた。本人も解決しようとしているのだが、解決には至っていない。
「はわう!」
二人がどうすれば契約が取れるようになるのかと話しながら歩いていると、かわいらしい悲鳴の後に目の前へと薄い布が舞ってくる。天魔が反射的につかみ観察するとそれはヴェールだった。
ヴェールの飛んできた方向を確認すると、そこには金髪のシスターが転がっていた。思わず近寄ろうとする一誠を手で制し、天魔はゆっくりと近づいていく。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。……うぅ、なんで転んでしまうんでしょうか」
天魔が差し伸べた手をなんの疑いもなくとるのを見て、警戒を解き目線で一誠を呼び寄せる。自身をとどまらせてシスターに近づいたことにやや憤慨していた一誠だったが、シスターの胸元で光る十字架を見て、教会が敵対勢力であったことを思い出し、かばわれたことを悟ると何も言えなくなった。
「えぇっと、旅行?」
「いえ、こちらの教会に赴任することになりましたので……この町の方ですよね。これからよろしくお願いします」
「教会? っていうとあそこか」
「わかるんですか⁉」
気まずくなった一誠がシスターの目的を尋ねるとやはり疑う素振りもなく返答する。その姿に毒気を抜かれつつ心当たりがあることを渋い顔をした天魔がこぼすとシスターは食いついた。
なんでも道に迷ったが、言葉が通じないため道を聞くことができず困っていたらしい。二人が悪魔であるためにこのシスターは会話ができているのだった。
「まぁ、いいか。案内するよ。あってるかはわかんないけど」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
「イッセーは……ああ、そういえば、母さんから買い物を頼まれてたんだった。メッセージでリスト送っとくから買って帰っておいてくれ」
「わかった。あんまり遅くなんなよ」
シスターの希望を見つけたというような表情に一瞬口を曲げるもすぐに繕い、案内を申し出ると、シスターの表情が華やいだ。
目的地が教会であるため、悪魔であることをごまかせない一誠を連れていくわけにはいかず、ありもしない適当な用事を押し付けると一誠も意図に気付き、その場を離れた。ヴェールを返しつつもかばんは持ったまま案内をしようとする天魔に恐縮するシスターを制し、教会を目指して移動することにした。
「じゃぁ、行こうか」
「は、はい。ごめんなさい。ご用事が……」
「任せる相手はいたから大丈夫だ。いくら相手がシスターでも、ここで見捨てて何かあったら目覚めが悪いしな」
「えぇっと、それって……」
「君とは関係はないよ。個人的な話だ」
天魔が言い切るとシスターもそれ以上は追及できなくなり、無言で移動するだけになった。天魔は言い方が悪かったかと内心反省しつつ公園の前を通り過ぎようとしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁん」
そこで天魔たちの耳に鳴き声が届く。ふと目を向けると少年が泣いていた。その近くでは母親らしい女性がおろおろしているのが見える。天魔は子供が転んで泣いているだけだと判断し、よくあることだと通り過ぎようとすると、シスターが子供のほうへと足を向ける。
「シスター?」
「大丈夫? 男の子がこんなことで泣いてはいけませんよ」
慈愛に満ちた表情で少年の頭をなで、落ち着いたのを確認すると傷口に手を添える。天魔が何をするのかと考えながら見守っていると、シスターの手から緑色の光があふれる。天魔が目を見開いていると少年の傷がみるみる治っていく。
「はい、傷は治りましたよ。もう大丈夫」
傷が治ると光も収まり、シスターは少年に言葉をかける。天魔に向き直ると照れくさそうに一言謝った。そうしている間に母親も気を取り直し、軽く頭を下げると少年の手を引いてそそくさと去っていった。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「『お姉ちゃん、ありがとう』だってさ」
言葉が通じておらず少年の感謝が理解できないシスターに天魔が通訳するとシスターは嬉しそうに微笑んだ。
「行こうか。ここからはそんなに遠くないから」
「は、はい」
天魔がシスターの力に関しては触れることなく案内を再開すると、追及を受けると考えていたシスターの反応が遅れ一歩後をついてくる。
そうして歩くこと十数分。二人は寂れた教会へとたどり着いた。
「あそこであってるかい?」
「えっと、ハイ! ここです! 本当にありがとうございました」
天魔が確認をとるとシスターは地図と照らし合わせて、目の前の教会が目的地であることがわかると安堵の息をつき、礼を言った。
「はい、鞄。じゃぁ、俺はこれで」
「あ、あの。ここまで案内していただきましたし、お礼を」
「いや、いいよ。礼をしてほしくて案内したわけじゃない。もし恩義を関しているならだれか困ってる人がいたら助けてやってくれ。「恩送り」ってやつだよ」
シスターが案内の礼を申し出るのを断り、去ろうとする天魔にシスターがためらいがちに声をかける。
「えぇっと、その、でしたら、せめてお名前を教えていただいて?」
「……天魔だ。兵藤天魔。一緒にいたのは兵藤一誠。どっちも兵藤だから俺のことは天魔でいい。あいつはイッセーって呼ばれてるから、もし呼ぶ機会があったらそう呼んでやってくれ」
「天魔さんですね。私はアーシア・アルジェントといいます。アーシアとお呼びください」
「じゃぁね、シスター。また会うことがあれば、イッセーのことを嫌わないでやってくれると助かる」
「また会いましょう。天魔さん。本当にありがとうございました。イッセーさんによろしくお願いします」
名を教えるか少し迷ったものの、彼女の前で一誠と名を呼びあっているため、ごまかしても調べればわかることだと教えることにした。お互いに名乗り、今度こそ帰宅しようとその場を去る天魔を見送るアーシアにシスターであることも忘れ好感を持ちつつ帰途についた。
天魔が帰宅すると、すぐに一誠が近づき声をかける。
「天魔、大丈夫だったか?」
「ああ、問題ない。俺はちゃんと隠せるからな。見られてはいたが、こっちは迷子を送っていった形だ。仮に気付いていたとしても、襲ってくるなんて恩知らずなことはしないだろ」
あっけらかんとしたように告げる天魔に毒気を抜かれた一誠は肩から力を抜くとアーシアと二人きりになっていたことの文句を言い出した。敵陣に近づくことになるため、かばわれ、遠ざけられたことは理解しているが、美少女と二人きりというのが羨ましくはあり、それはそれ、これはこれ、ということらしい。
悪魔としての活動のため旧校舎に向かう中、一誠をいなしながら、この後起きるであろうことを考え、こっそりとため息をついた。
旧校舎で待っていたのは天魔の予測していた通りにリアスからの説教だった。これまでリアスたちが認識できないほどに徹底して悪魔であることを隠していたとはいえ、ばれないという確証があるわけではなく、問題になる可能性がある。そうでなくとも天使や「悪魔祓い」に攻撃を受けたとしても文句は言えない。
リアスの怒りの原因が問題を起こしかけたことではなく、自身を危険にさらしたことであることをであると理解していた、天魔はいいわけもせずに聞き入っていた。
「ごめんなさい。熱くなりすぎたわ。イッセーをかばってくれたことは感謝しているけど、あなたももう私たちの仲間なの。自身を守る力があることは分かっていても心配ぐらいするのよ」
「すみません。軽率でした」
説教の時間が長くなり、一誠が反応に困っているのを見て、リアスは自身の状態に気付いたのか天魔に謝ると天魔も自身の行動について謝り、ひとまず説教は終了した。
「あらあら、お説教は終わりましたか?」
「姫島先輩、何かあったんですか?」
話の切れ目が来たのを見て、朱乃が声をかける。天魔が理由を尋ねると表情をわずかに曇らせると要件を告げる。
「大公よりはぐれ悪魔討伐の依頼が届きました」
「ええい、くそ! あの猫め!」
暗闇に忌々しげな声が響く。
「この町に流れ着いてからというもの、奴のせいで満足に食事もとれぬ!」
その声に込められた怨嗟は聞いたものを震え上がらせ、周囲の小動物すら遠ざけていく。その中で一匹の黒猫だけが声の主に気付かれないように気配を消しつつ見つめていた。