公開授業当日。
教室は妙な緊張感があった。というのも、授業参観という名目ではあるが、高等部の親だけでなく、中等部の生徒やその親まで参観可能という自由度の高いものであったからだ。
兵藤家は両親が参加すると伝えられていたし、父に至っては有給休暇を取得するほどであった。家を出るときは、こういった行事ごとが初めてで、家族が来てくれることに嬉しそうにするアーシアと、憂鬱そうにしていたリアスが対照的だった。
「天魔」
「ん? おはよう、ゼノヴィア」
「ああ、おはよう。先日は突然あんなことを言ってすまなかった」
「まぁ、気にするな。いろいろあったからな。そういうこともあるだろう」
談笑していたところにやってきたゼノヴィアが謝るのを聞き、天魔はあまり明言するのはまずいと考えて婉曲に伝える。しかし―
「あれから君に言われたことを考えたんだ。確かに私が性急だった。だからこそ、これを使えばいいんじゃないかと思ってな」
ゼノヴィアがスカートのポケットから取り出したコンドームですべてを打ち砕かれた。
「バカ! ほんと、お前ってやつは!」
「なんだ、子供ができる可能性をおさえることができるんだし、天魔の憂慮することはなくなると思うんだが。私のいた世界ではこういったものを使うのはひと悶着あったものだが、今は関係ないしな」
無駄にカラフルな個包装を手の中で弄びながら天魔が考える責任についての話をするゼノヴィアに天魔が頭を抱えていると、個包装が一つ、アーシアに手渡された。
「アーシアも使うといい。天魔の考えに沿うなら今は使うべきだ」
「? えぇっと……」
「アーシア、これはね……」
「はうぁっ!」
渡されたものがなんなのか理解が及ばなかったアーシアだったが、すかさず寄ってきた桐生が使用法を説明され、一瞬で顔を真っ赤に染める。
「なになに? また兵藤がなんかやらかしたの?」
「人を問題児みたいに言うな。あと、呼び方を分けろって言ってるだろ」
ニヤニヤする桐生に突っ込み、天魔は再三の注意をする。だが、桐生はどこ吹く風でアーシアに声をかける。
「言ってるでしょ、さっさとモーションかけないと、こいつモテるんだから、ほっといたらいつの間にか食われるわよ。嫌でしょ、ほかの女の匂いのする男なんて」
「なんで桐生さんは私に発破をかけるんですかぁ」
「あのなぁ、アーシアをあんま困らせんなよ」
「そういえば、アンタって結構深爪よね。深爪の男は女遊びが激しいと聞くわ。女体をまさぐるのに爪が長いと不利だからだとか」
「とんでもない悪評広めようとすんな。俺はそういうことする相手とは責任取るべきだって考えてんだよ。誠実にいきたいの」
「性実にイキたい?」
「お前マジではっ倒すぞ」
桐生が軽口に反論する天魔の言葉のニュアンスを変えて反芻すると、天魔は真顔で返す。珍しく余裕なく返す天魔に桐生が少し慌てはじめたところで教員が入ってきて強制的に中断される。簡単にではあるが謝る桐生に天魔が肩をすくめて返すとはめられたことに気付いたのか少しむっとしたが、予鈴も近いためそれ以上は何も言えずに引き下がっていく。痛み分けに近い決着だったが、天魔はひとまず良しとした。
そうして授業が始まったのだが、科目が英語にもかかわらず、生徒達には紙粘土が配られた。
「いいですかー、今渡した紙粘土で好きなものを作ってください。動物でもいい。人でもいい。建物でもいい。自分が今脳に思い描いたありのままの表現を形作ってください。そういう英会話もある」
という英語教師の言葉に生徒の大半は「ねぇよッ!」と心の中で叫ぶ。声に出さなかったのは後方にそれぞれの親がいるからだろう。
「レッツトライ♪」
英語教師の言葉に困惑する生徒が多い中、アーシアは粘土をこね始める。後ろから声をかける一誠達の両親と、その声に反応して手を振るアーシアは普通に親子だった。
そんな姿に天魔は微笑むと目の前の紙粘土に向き直る。釈然とはしないが、授業である以上は手を動かすことにした。
(さて、どうするか……今、脳に……ダメだ、コンドーム出てきた。なしなし…アルビオン? あ、無理だ、よく考えたら、俺はあいつの全体像を把握してねぇわ『おい』となると……アーシアでも作るか? いや、気を持たせるようなことをするのはどうなんだ? といっても割と今更だし、ほかにモチーフといってもなぁ)
天魔は悩みながらも手元の粘土をこねていく、それは徐々に形を成し、彼のよく知るシスターの形をとっていった。初めて会った時のようなシスター服に身を包み、目を閉じて祈りをささげるアーシアの姿は幻想的な美しさを持っていた。
(結局作ってしまった……結構、精巧にできたな。ここまで来たらロザリオも作りたいところだが、俺が作るのはなぁ。さて、どうするか……ん?)
出来上がったアーシア像を眺め、どこまでこだわるか考える天魔だったが、肩に手を置かれて思考を中断する。
天魔が顔をあげると、英語教師が涙を流しながら左手を天魔に、右手を一誠に置いていた。
「兵藤君、素晴らしいよ! 私はまた生徒の才能を開花させてしまった」
その言葉に皆が二人の手元をのぞき込み、静かに感嘆の言葉をつぶやく中、天魔は手元のアーシアを確認し、出来を改めて確認し頷くと反対側の一誠を確認する。
一誠は自身の目の前にあるリアス像を見て驚いていた。
「いや、なんでお前が驚くんだよ。お前が作ったんだろうが」
「へ? あ、なんつうかその、無意識に」
一誠の並々ならぬ乳房への渇望が実に精巧なリアス像を作ることに向けられたことを知り、天魔はこめかみをおさえる。そこに誰が発したのかわからないが、「五千」の一言でその場の雰囲気が一変する。
「お、俺はリアス先輩の方に六千だ!」
「俺は七千出すぞ!」
「私は八千出すわ! グレモリー先輩のお身体を堪能するの!」
「なら俺は一万だ! 今夜のお供に!」
生徒の何人かが一誠の方を向き次々に値段をつけ始める。そして、それは天魔の方でも起きていた。
「俺、八千出す! 譲ってくれ!」
「いや、売らねぇって」
「俺は一万だ!」
「売らねぇつってんだろ」
「ふざけんな! 俺が買うんだ! 一万二千!」
「お前ら話聞けよ!」
熱気に押される一誠に対し、好き勝手に言うクラスメイトに逐一断りを入れる天魔だったが、その場の熱に当てられたクラスメイトは止まらず、即席のオークションは盛り上がりを見せるのだった。
「ったく、話を聞かん馬鹿どもめ」
「随分と盛り上がってたね。ほんとに授業参観なのかと疑ったよ」
「祐斗か…隣の教室まで聞こえてたとは、悪いな……あ、当たった」
天魔が自販機前で愚痴っていると祐斗が声をかける。抽選機能付きの自販機からあたりが告知され天魔が自販機の前を譲ると、祐斗は礼を言いながらボタンを押した。
「原因はそれかい?」
「ああ、誰が言ったのかはわからんが、「五千」とか言い出して、そっから一気にオークションだよ。俺は売らねぇっつってんのに」
「はは、大変だったね。でも、よくできてると思うよ」
天魔は作った粘土のアーシアを持ち歩いていた。教室に放置しては盗難の恐れがあるからだ。二人が飲料を手に入れて移動していると、カメラを持った複数の人とすれ違う。それらの人は「コスプレ」や、「魔女っ娘」といった言葉を発していた。
「なんかやってるみたいだな」
「行ってみようか」
人ごみにもまれ、形が崩れることを危惧してアーシア像を異空間にしまうと、人の流れる方に進んでいった。
進んでいった先は体育館だった。中に進むと被写体はすでに囲まれており、フラッシュがたかれまくっていた。
「随分と人が集まってるみたいだね」
「よっと、結構かわいい子だった。少なくとも俺は見覚えないな。高等部の生徒じゃなさそうだ。あの格好は確か「魔法少女ミルキースパイラル7オルタナティブ」だったか。なるほど「魔女っ娘」とは言いえて妙だな」
「詳しいね。そういうの見るタイプだっけ?」
「一誠の契約相手にその手のアニメが好きな人がいてな。二人きりで見るのがいたたまれないと、巻き込まれたことがある」
囲まれていて見えない被写体を群衆にまみれつつ確認して戻った天魔が祐斗に容姿を報告する。よどみなく出てくるコスプレ衣装のもとになった作品の名称に祐斗が不思議そうにするのを聞いて、天魔が原因である「ミルたん」を思い出し遠い目をする。そこに一誠がアーシアとリアス、朱乃を連れて体育館に入ってきた。
「うわさを聞いてきたんですか?」
「そっちも耳が早いわね」
「どんな子が撮影会してるんだ?」
「美少女様がミルキーコスで撮影会みたいだぜ」
リアスに自身の作った像を見せに行った一誠と天魔がアーシアの像を作ったことによる桐生のからかいに耐えかねて一誠についていったアーシアがリアスと朱乃を伴って現れたことに驚きつつ尋ねると、一誠は被写体を気にする。天魔が肩をすくめつつ答えると一誠は興奮と怯えの入り混じった表情になり、アーシアは少し不機嫌になった。
そして、相も変わらずざわつく体育館に匙が入ってきた。
「オラオラ! 天下の往来で撮影会とはいいご身分だぜ! ほらほら、解散解散! 今日は公開授業の日だぜ、こんなところで騒ぎを作るな!」
匙が囲みに飛び込むのに続いて生徒会の女子が踏み込み、あっという間に撮影を行っていた人たちが離れていく。そこから現れた少女を見て、一誠は色めき立ち、リアスが絶句する。
「あんたもそんな格好しないでくれ。もしかして保護者の方ですか? そうだとしてもその場に会う格好ってのがあるでしょう。困りますよ」
「え~、だって、これが私の正装だもん☆」
「あ、リアス先輩。ちょうどよかった。今、魔王様と先輩のお父様を案内していたところだったんですよ」
少女に注意する匙がリアスに気付き、入り口の方に視線を送ると紅髪の男性が二人、ソーナとともに入ってくるところだった。
「何事ですか? サジ、問題は簡潔に解決しなさいといつも」
「ソーナちゃん! 見つけた☆」
いまだにもめている匙に小言を言いつつ近づいてきたソーナだったが、囲まれていた少女を見て絶句する。それに対して少女は明るい声を出した。困惑する天魔たちだったが、サーゼクスが少女に声をかける。
「ああ、セラフォルーか。君も来ていたんだな」
「セラフォルー……ってことはこの人が現魔王レヴィアタンですか」
「ええ、この方が現四大魔王の一人、セラフォルー・レヴィアタン様よ。ソーナのお姉さまでもあるの」
「ええええええええ!」
サーゼクスの声に反応して天魔がリアスに確認をとると、事情を知らないものに対する紹介をする。特に驚いたのは一誠でその叫び声が体育館へとこだました。
「お久しぶりです。セラフォルー様」
「あら、リアスちゃん☆おひさ~☆元気にしてましたか?」
「は、はい。おかげさまで。セラフォルー様はソーナの授業参観に?」
「うん。ソーナちゃんったら酷いのよ。今日のこと黙ってたんだから! もう! お姉ちゃんショックで天界に攻め込むところだったんだから☆」
挨拶するリアスにセラフォルーが軽く返し、政治的にも危ない発言をする。その発言に天魔と一誠が顔を引きつらせていると、リアスが自己紹介を促した。
「ほら、イッセー、天魔。挨拶なさい」
「は、初めまして。兵藤一誠。リアス・グレモリー様の「兵士」やってます! よろしくお願いします!」
「どうも、兵藤天魔です。所属は堕天使の陣営ですが、縁あってリアス様にご協力させていただいています。よろしくお願いいたします」
「初めまして☆私、魔王セラフォルー・レヴィアタンです☆「レヴィアたん」って呼んでね☆」
自己紹介の返しがあまりに軽いものだったため、若干引いていた天魔と一誠だったが、次の瞬間、天魔に緊張が走る。
「で、この子たちが例の二天龍? こっちの銀髪の子はアザゼルの配下らしいけど本当に大丈夫なの?」
緊張の原因はセラフォルーだった。天魔は思わず身構えたが、セラフォルーからすれば、素性故に少し警戒心が漏れただけである。
「ああ、茶髪の方が「赤い龍」を宿す兵藤一誠君、銀髪の方が「白い龍」を宿す兵藤天魔君だ。天魔君には心配するような理由はないよ。それに、よく似ているだろう?」
「サーゼクスちゃんがそういうならいいのかしら……う~ん、確かに似ているわね」
「えぇっと、その」
「ああ、ごめんなさい」
サーゼクスの言葉に気配を緩めると天魔の顔を覗き込み感心したように唸る。天魔が困惑しているとそのことに気付いたのか、パッと離れてリアスの父に向き直った。
「グレモリーのおじさまもごきげんよう」
「ああ、セラフォルー殿もご機嫌麗しゅう。しかし、いささか奇抜な衣装ですな。魔王としてはどうかと思いますが」
「あら、おじさま☆ご存じないのですか? この国ではこういうものが流行りなのですよ?」
「ほう、これは私が無知だったようだ」
「ハハハ、父上信じてはダメですよ」
身構えていた天魔が力を抜きつつ、眼の前で繰り広げられる会話にどうしたものかと考えていると、リアスが一度謝ってから話し始めた。
「いうのを忘れていた、というよりも言いたくなかったのだけれど、現四大魔王様方はどなたもこんな感じなのよ。プライベート時が軽いの。ひどいくらいにね」
リアスの説明に困惑する天魔たちだったが、その横でソーナは羞恥のあまり顔を赤くしていた。ソーナが顔を赤くしているのに気づき、セラフォルーは顔を覗き込んだ。
「ソーナちゃん、どうしたの? お顔が真っ赤ですよ? せっかくお姉さまである私との再会なのだからもっと喜んでもいいと思うのよ? 「お姉さま!」「ソーたん!」って抱き合いながら百合百合な展開でもいいと思うのよ、お姉ちゃんは!」
「……お姉さま、ここは私の学び舎であり、私はここの生徒会を任されているのです。……いかに、身内といえども、お姉さまの行動はあまりに……お姉さまの格好は容認しかねます」
「そんなソーナちゃん! ソーナちゃんにそんなこと言われたらお姉ちゃん悲しい! お姉ちゃんが魔法少女にあこがれてるって知ってるじゃない! きらめくスティックで天使、堕天使をまとめて抹殺なんだから」
「お姉さま、ご自重ください。魔王のお姉さまがきらめかれたら小国が数分で滅びます」
ソーナの羞恥心を置き去りに、セラフォルーが畳みかける。その様子を見て、天魔が得心いったという表情をした。
「なるほど、コカビエルの時に会長があの人を呼ばなかったのは、この溺愛ぶりが原因か」
「ああ、この人が会長の危機を知ったら戦争待ったなしだってよ。あそこはルシファー様を呼んだのが正解だったよ。しかし、俺も初めてお会いしたけど、これは……」
「うぅぅ、もう耐えられません!」
「待って! ソーナちゃん! お姉ちゃんを置いてどこにいくの⁉」
「ついてこないでください!」
「いやぁぁぁん! 見捨てないでぇぇぇ! ソーたぁぁぁぁん!」
「「たん」付けはおやめになってくださいとあれほど!」
匙の言葉に臨界点を突破したのかソーナが涙目になって逃亡する。セラフォルーがそれについて追いかけていき、体育館から走り去っていった。
「うむ。シトリー家は平和だ。そう思うだろう、リーアたん」
「お兄様。私の愛称を「たん」付けで呼ばないでください」
「そんな……リーアたん。むかしはお兄様、お兄様といつも私のうしろをついてきていたのに……。反抗期か……」
「もう! お兄様! どうして私の幼少期の話を」
リアスがそこまで言ったところでカメラのシャッターが切られる音がする。その方向を見ると、リアスの父が感無量といった様子でカメラを構えていた。
「いい顔だ。リアス。よくぞ、ここまで立派に育って……ここにこれなかった妻の分まで私は今日張り切らせてもらおうか」
「お父様! もう!」
自身の家族の様子に恥ずかしそうにするリアスを見て困惑する一誠だったが、朱乃から耳打ちされて気づかわし気な顔になる。
そこに兵藤家の両親が現れ、リアスの父に緊張しきった様子で自己紹介をすると、落ち着ける場所を求めて祐斗に案内を頼んだリアスの父に連れられ体育館を去っていった。
その後、リアスと朱乃もサーゼクスによって連れられ体育館を去り、残された天魔たちは教室へと帰るのだった
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