Life.37 技術に驚く日
アザゼルが教員として駒王学園にやってきて、夏休みに入り数日。
サーゼクスの指示の元、まずは朱乃とゼノヴィアが兵藤家に住むことが決まったこともあり、手狭になって来たと感じた翌朝。
ふと天魔が目を覚ますと、凄まじい違和感に襲われた。
隣を見るとアーシアがすやすやと眠っている。これ自体は何の問題もない。が、彼女と天魔が横たわるベッドは明らかに大きかった。
昨夜眠ったときはほとんど距離のない状況でも、さほど余裕のない程度のスペースであったはずなのだが、現在では寝返りを数回同じ方向に繰り返したとしても落ちることはないと感じるほどに余裕があった。
慌てて部屋を見回すと、存在しなかったはずのテレビ―それも大画面で薄型のタイプ―が設置されており、天井にはプロジェクター、壁にはオーディオ機器まで存在していた。テレビ付近にはゲーム機まで置かれており、汚れもなく新品であることがうかがえる。
その他の家具も新しくきれいなものに変わっており、天魔の困惑が加速していく。
未だに眠ったままのアーシアを起こさないようにゆっくりと身体を起こし、静かに、しかし勢いよく廊下に飛び出すと、昨夜から倍ほどに拡張されたその広さに再び驚愕する。
左右を見回し階段を発見すると、廊下同様に広がりを見せつつも上下に伸びる姿に絶句しつつ、ひとまず階段を駆け下りる。天魔の部屋は二階に存在していたはずだが、二階層分降りても未だ続く階段に困惑していると、廊下から一誠が駆けてきた。
朝から騒がしくすることを普段なら咎める天魔だが、今回は何もいえず、互いに顔を見合わせると無言のまま二人揃って階段を駆け降りていく。
一階に到達し、やはり広くなった玄関を開け放ち、裸足のまま飛び出すと、様変わりした家を視界に収めた。
敷地を囲う塀は明らかに幅を増し、あったはずの左右の隣家の敷地を飲み込んでいた。
そして、その中心に立つ建物は周囲の家屋から頭一つというレベルではない勢いで飛び抜けて高くなっており、明らかな異常事態となっていた。
「「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ‼??」」
そんなものを目の当たりにした二人が叫び声をあげることを責められる者はいないだろう。
「いやー、リフォームしたんだよ。眠っている間にもできるなんて、お父さんびっくりだ」
「リアスさんのお父様がね、建築関係のお仕事もしているらしくて、モデルハウスの一環で無料でリフォームしてくださったのよ」
以前の五倍以上に広くなったリビングで朝食を食べながら呑気に話す二人に天魔はものすごく物申したかったが、それを朝食とともに飲み込んだ。
「そういえば、お隣の鈴木さんと田村さんは引っ越したそうだ。なんでも急に好条件の土地が見つかったとかでそっちに移り住んだらしい」
父の言葉を聞き、天魔と一誠の視線がこの事態の全容を知っているであろうリアスへと向くと、リアスは小声で答えた。
「大丈夫よ、平和な解決だったわ。皆幸せになれたのよ」
笑顔で答えるリアスに空恐ろしいものを感じていると、母が図面を持ってきて説明を始める。
「一階はリビングと客間、和室。二階はイッセーとリアスさんのお部屋に物置になってる空き部屋が一つ。三階は私と父さんの部屋、書斎、物置など。四階に天魔とアーシアちゃんのお部屋と空き部屋が一つ。五階に朱乃さんとゼノヴィアちゃんのお部屋。あと、今度来る小猫ちゃんのお部屋もあるわよ。六階と七階は空き部屋ばかりね。今のところはゲストルームにするつもりよ。リアスさんに聞いたら、二階にイッセーとリアスさんのお部屋を配置するなら、あとはどうしてもいいというから」
「はい。この家はお父様とお母様のお家ですもの。私やアーシアたちはあくまでホームステイの身の上ですわ」
気品たっぷりに告げるリアスに天魔は何も言えなくなる。リアスがわがままを通しているのはわかりやすく、その取り繕い方に絶句していたのだ。
「屋上には空中菜園もあるんだ。父さん、野菜作るぞ〜」
寝て起きただけで家が拡張されるという異常事態に感覚が追いついていない上、家族が増えたことで感覚が麻痺しているのか呑気に今後のことを語る父に何もいえなくなった天魔と一誠をよそにリアスと両親は話し続ける。
「頑丈に建てていますので、戦争になっても崩れませんわ」
「ははは、リアスさんは冗談がうまいなぁ」
リアスの言葉を冗談と笑って流す父に対して、冗談にならないことを理解している天魔達は乾いた笑いしかでなかった。
「地下もあるようだね」
「地下!?」
「ええ、地下三階まであるわ」
箸の扱いに苦慮していたゼノヴィアがこぼすのに一誠が驚愕する。天魔は何でもありだなと遠い目をしていた。
「地下一階は広いスペースのお部屋。トレーニングルームにもできるし、映画鑑賞もできます。大浴場も設備していますわ。地下二階は丸々室内プールです。温水も可能ですわ。地下三階は書庫と倉庫。エレベーターもあるので各階の移動もスムーズに行えますわ」
一晩でとんでもない変貌を遂げた自宅に驚き疲れた天魔はこっそりと深いため息をついたのだった。
「冥界に帰る!?」
朝食を終え、兵藤家以外に住んでいるオカルト研究部メンバーが訪れると、会議を開始した。悪魔関係の話をすることもあって防諜用の結界を張ろうとした天魔だったが、防音はバッチリだとリアスに断言され、閉口しつつ魔法を中断した。
「夏休みだし、故郷に帰るの。毎年のことなのよ──って、イッセー、何を涙ぐんでいるの?」
「部長が急に帰るとか言い出したから、冥界で暮らすようになるのかと思ったんでしょうね」
リアスが一誠の変化に驚いているのに天魔が予測を答えると、正鵠を得ていたのか一誠は深く頷いた。
「まったく、そんなことあるわけないでしょう? 貴方と私はこれから百年、千年単位で付き合うのだから安心しなさい。貴方をおいていったりしないわ」
リアスの言葉にホッとするとともに、これから先のことを考え憂鬱になっていた一誠だったが、続くリアスの言葉に驚愕した。
「そういうわけで、もうすぐみんなで冥界に行くわ。長期旅行の準備をしておいてね」
「え⁉ 俺達も冥界ですか⁉」
「そうよ、あなた達は私の下僕で眷属なのだから主に同伴は当然。一緒に私の故郷に行くの。そういえば、今年度から眷属になった子たちは初の冥界よね?」
「は、はい。生きているうちに冥府に行くなんて緊張します! 死んだつもりで行こうと思います!」
「うん。冥界―地獄には前々から興味はあったんだ。でも、私は天国に行くために主に仕えていたわけなのだけど……悪魔となった以上は天国にいけるわけもなく……天罰として地獄に送った者たちと同じ世界に足を踏み入れるとは、皮肉を感じるよ。ふふふ、地獄か……悪魔となった元信者にはお似合いだね」
「そういえば、天魔もだっけ?」
「いや、俺は「神の子を見張るもの」の本拠地が冥界にあるから行ったことはある。悪魔の支配領域には経験ないけどな」
リアスの言葉にアーシアが意気込み、ゼノヴィアが自嘲する。ふと気づいたように一誠が天魔に水を向けるとゼノヴィアをなだめていた天魔も顔を上げた。
「八月の二十日過ぎぐらいまではあちらで過ごすことになるわ。修行や行事ごとは冥界で行うからそのつもりでね」
「俺、夏休みにやりたいことがあったんですが……」
「そうなの?」
「そういえば、松田と元浜がプールとか海に行こうって言ってたな。「お前がいるとナンパの成功率が上がるかもしれんが、全部持っていかれるかもしれんから、連れて行くのが悩ましい」とか本人を目の前にして言うのはどうかと思うが……」
「冥界に海はないけど、大きな湖はあるわ。プールだってこの家にも私の実家にもあるのよ? 温泉もあるし、それではだめなの?」
スケジュールを話すリアスに一誠が悩ましげに告げると、天魔がそれを補足する。そこに帰ってきたリアスの返答に、一誠の天秤は冥界行きで決着した。
「お前らはデートとかしないのかよ? モテるだろ?」
「僕は修行があるからね」
「僕はいいです。……ひ、引きこもりだし、インドア派なので……家でネットをしながら可愛い服を着られれば……」
「冥界で修行なら周囲の目を気にしなくてもいいからな。いつもより厳しくできる以上、みっちり鍛えてやるよ」
天魔の言葉にげんなりとしつつ、相手に困りそうにないのに女っ気の感じさせない三人にあきれていると、リアスから声がかかる。
「じゃぁ、冥界で私とデートしましょうか。時間があればだけど」
「部長ぉぉぉ! 全力でついていきます!」
「あらあら。なら、私はイッセー君のお部屋で過ごしますわ。部長にもできないようなエッチなことでもしながら」
リアスの言葉で感涙に咽ぶ一誠だったが、脇から入ってきた朱乃にどぎまぎする。それによってリアスと朱乃がにらみ合い。空気が盛り上がっていると、横から声がかかった。
「俺も冥界に行くぜ」
いつの間にかアザゼルが部屋の一角に居座っており、声をかけられて初めてその存在に気づいた面々は驚愕していた。
「ど、どこから入ったの?」
「普通に玄関からだぜ?」
「気配すら感じませんでした」
「そりゃ修行不足だな。気づいたのは天魔だけとは……ともかく、冥界に行くんだろ? 俺もついていくぜ。俺はお前らの「先生」だからな」
「実際は冥界での会談に参加するだけだけどな」
「それより、なんか焦げてません?」
存在を感じ取れなかった面々に苦言を呈するアザゼルに一誠が疑問を投げかけると、一誠の言葉通りところどころ焦げているアザゼルの視線は天魔に向き、天魔は顔をそらした。
「天魔のやつが攻性結界なんて貼ってたからな」
「いや、家が一気に頑丈になってたんで、防性結界の意味が薄くなって……せっかくだから余ったリソースを攻撃に回せばと……一定以上の力を持つ登録してない相手に電撃をあびせて追い払うぐらいの目論見だったんだが、連絡なく踏み込んで来るとは思わなくて」
「ああ、それで出迎えに天魔君が出て来たんだ。なにかしているとは思ったけど、そういうことだったんだね」
天魔の言葉に祐斗が納得したようにつぶやいた。
故意ではなく、意図しない嫌がらせのようになってしまったことに天魔が気まずそうにしているのをみて溜飲を下げたアザゼルは残していた焦げ跡を消すとスケジュール帳を取り出し、確認を始める。
「冥界でのスケジュールは……リアスの里帰りと現当主に対しての眷属の紹介、あとは例の新鋭若手悪魔の会合。それとお前らの修行か。俺は主に修行に付き合うわけだがな。で、お前らがグレモリー家にいる間、俺はサーゼクスたちと会合か。面倒だな……そういえば、天魔も呼ばれてたか?」
「天魔も?」
「ああ、何でも、俺の出自を探っておきたいらしい。親に捨てられたこと以外何もわからんからな。もし御家断絶した上級悪魔の血を引くものだったら爵位を貰えるかもしれんらしいぜ」
「まじかよ! 一気に出世もあり得るってことか!」
「こいつはなにか予測がついているらしいんだが、言おうとしないんだよな」
天魔は面倒そうにしながらアザゼルを指すが、アザゼルは肩をすくめるだけだった。
「では、アザゼル―先生も私達に同行するのね? 手配はこちらでしてもいいのかしら?」
「ああ、よろしく頼む。俺も悪魔のルートで冥界入りするのは初めてだ。楽しみだぜ。いつもは堕天使のルートだからな」
そう言って笑うアザゼルを横目に一誠は悪友二人にメッセージを送っていた。連続で鳴り続ける通知音を聞く限り、恨みつらみが書き綴られていることが察せられたのだった。
そして、出発の日。一行が向かったのは兵藤家の最寄り駅だった。
冥界に向かうというのに人間も使う駅に向かったことに疑問符を浮かべる面々をおいて、リアスがエレベーターの前に立つと、天魔たちへと声をかける。
「イッセー、天魔、アーシア、ゼノヴィアは私と降りるわよ。乗ってちょうだい」
「えっと?」
「ほら、さっさと乗れ、イッセー。つかえてるだろ」
地下が存在しないはずの駅で、エレベーターを使って降りるというリアスに一誠が困惑していると、天魔が後ろから急かし、指定されたものが乗り込んだ。
いまだ困惑している一誠の前で、リアスがカードを階層を指定するボタンの前にかざすと、一瞬の浮遊感とともにエレベーターが下降を始めた。予想だにしない挙動に一誠とアーシアが驚愕していると、リアスから解説が入る。曰く、一般の人間では決してたどり着けない方法で悪魔が使うルートへの入口へ入れるらしい。
驚愕と関心を持ちつつエレベーターに乗ること一分、目的の階層に到着し、外に出る。その先はとても広い人口の空間だった。一誠がその広さに唖然としていると、後発の面々も降りてきて、全員が揃った。未だ呆然としていた一誠だったが、リアスに促され、歩き出しす。道中で朱乃が一誠に並び、手を握ったことで、リアスとの空気を悪化させつつも目的のホームにたどり着いた。
そこに停まっていたのはグレモリー家所有の列車らしく、主のスケールの大きさに驚きつつも、一誠たちは乗り込んでいくのだった。
冥界におけるしきたりとのことでリアスが前方の車両に、その他のものが中央から後方の車両に乗り込み数分。すでに眠っているアザゼルをよそに、天魔たちは会話に花を咲かせていた。
「そういえば、どれぐらいで着くんですか?」
「一時間ほどですわね。この列車は次元の壁を正式な方法で通過して冥界にたどり着けるようになっています」
「魔方陣でジャンプってわけじゃないんですね」
「堕天使の領域でもそうだが、一度も正式な方法で入ったことのないやつがそんなことをすれば即逮捕だな。だから、俺とアザゼル以外がグレモリー家から堕天使の領域に飛ぶのもNGだ」
「へ〜、まぁ、今のところ用事はないけど、先生に連れて行かれないように気をつけないとな」
「アザゼルがいれば問題はないと思うがな」
そんなことを話していると、朱乃が一誠にちょっかいをかけ始め、アーシアが顔を赤くする。天魔が肩をすくめつつ視線を外すと、窓から外を眺めたままぼうっとしている小猫を見つけ、話しかけようとしたところに、リアスと白いあごひげを蓄えた初老の男性が現れた。
「イッセー、朱乃、何をしているのかしら?」
怒りを隠しもしない声音とオーラに一誠が身を固くするが、朱乃はどこ吹く風というように一誠の指を口元に持っていくとそのまま咥え口内で転がし始めた。
「主から奪うというのも燃えますわね」
「あ、朱乃! いい加減に」
「リアス姫、下僕とのコミュニケーションは結構ですが、例の手続きをさせて頂いてもよろしいですかな?」
挑戦的な朱乃の言葉に争う姿勢を見せるリアスだったが、初老の男性がそれを遮った。
「ご、ごめんなさい」
「ホッホッホッ、あの小さな姫が男女の話とは、長生きはするものですな」
リアスが自身を幼少から知るものの前でいつも通りの喧嘩を始めようとしてしまったことに恥ずかしそうにするのを微笑ましそうに見やりつつ、男性は帽子を取って挨拶をした。
「はじめまして、姫の新しい眷属悪魔の皆さん。私はこのグレモリー家専用列車の車掌をしております、レイナルドと申します。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそはじめまして! 部長―リアス・グレモリー様の「兵士」、兵藤一誠です! よろしくお願いします!」
「アーシア・アルジェントです! 「僧侶」です! よろしくお願いします!」
「ゼノヴィアです。「騎士」、よろしくお願いします」
「白龍皇、兵藤天魔だ。今回はあそこで寝てるあいつの護衛も兼ねて来ている。よろしく頼む」
丁寧なレイナルドの挨拶に応じ、新顔のものが挨拶を返す。天魔の言葉に視線を巡らせ、眠っているアザゼルを視界に収めるとわずかに苦笑をこぼすと、モニター付きの機械を取り出すとまずは一誠の姿を捉えた。
急に機械を向けられた一誠やアーシアたちが困惑していたが、リアス曰く、その機械で本人確認を行うことで入国手続きが完了するらしい。手続きはなんの問題もなく完了し、あっさりと終わったことに一誠は驚いていた。
出発からおよそ四十分。修行で課題の進捗が遅れることを見越し、日本語に不慣れなアーシア、ゼノヴィアのサポートをしつつ過ごしていると。アナウンスがかかりだした。
「間もなく次元の壁を突破します。間もなく次元の壁を突破します」
アナウンスを受け、リアスが声をかけると一誠が窓に近づく。リアスは本来なら前方の車両にいなければならないはずだが、一人では寂しいと全員の集まる車両にとどまっていた。
窓の外の景色が暗がりから様々な色のある風景に変わったことで興奮する一誠とアーシアに微笑ましく思いながら、リアスが窓を開けることを許可すると、一誠はすぐに開け、初めての冥界の空気を感じ始めた。
リアス曰く、すでにグレモリー領に入っているという。その面積は日本の本州ほどの大きさと聞き、一誠は驚愕した。
冥界は総面積は地球と変わらないが海がなく、人口も少ないため、その分貴族が多くの支配領域を持っているが、そのほとんどは手つかずになっているとのことだった。しかし、面積の大きさに圧倒された一誠は何もいえず、アーシアやゼノヴィアも理解の及ばない様子だった。
「そうだわ、イッセー、アーシア、ゼノヴィア。後であなた達に領土の一部を与えるから、ほしいところを言ってちょうだいね」
「え、俺達も領土もらえるんですか?」
「あなた達は次期当主の眷属悪魔だから、領土に住むことが許可されるの。他の眷属も自分の敷地を領土内に持っているわ」
そう言うとリアスは魔力で地図を投影し、色のついていない部分から好きな箇所を各々に指すよう命じる。
あっさりと広大な土地を渡されることに理解がついていかない一誠たちは遠い目をするのだった。
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