「おやおやおや~ん? 君は逃げなくてよかったのかなぁ? まぁ、俺としては、このフラストレーションを解消するための的ができてうれしい限りでござんすが! せっかくのチャンスに逃げないお馬鹿さんとはいえ、俺がきっちり愛してあげよう、そうしよう!」
「てめえの愛なんざいらねぇよ、クソ神父!」
「ああん、ひどぅい! 俺様はこんなにも、殺したい気持ちでいっぱいなのに!」
フリードが笑いながら襲い掛かるのを天魔は剣でいなし、蹴りを放つ。フリードがいなされた勢いそのままに転がり、回避するのを見て、天魔は追撃に走る。
天魔が距離を詰める僅かな間に体制を整えたフリードに肉薄すると剣で切りかかると、フリードは光の剣で受け止めた。それを見るや、天魔は鍔を利用して光の剣を上に持ち上げフリードの脇をがら空きにさせると剣を捨て、腕をとりつつ銃を奪い取りながら背負い投げの要領で投げ飛ばした。
「ぬが、クッソ! 面倒な手を使いやがって! わざわざ残るだけあってちったぁできるみたいだけどなぁ、こっちは味方来てんの忘れてはしねぇか⁉」
フリードが吠えると同時に光の槍が天魔を狙って放たれる。天魔は即座に剣を回収し、アーシアのもとまで下がると、魔法陣で身を守る。
天魔が光の槍が打ち出された方向に視線を向けると、三人の堕天使が浮いていた。
「団体さんのご到着か」
「何をしている、フリード。悪魔はもう去っただろう。さっさとそれをかたずけて帰還するぞ」
「いや、それがですね旦那。このバカが身の程知らずにもうちのアーシアたんを狙ってるみたいでして。さすがに身代わりにされちゃぁ俺も打つ手なしってもんでさぁ」
「おいこら、いつ俺がアーシアを囮にしたよ」
光の槍を放った堕天使のうちの一人は天魔も知っている男性の堕天使―ドーナシークだった。ドーナシークの問いかけに適当な理由で返答するフリードに突っ込みながら堕天使の動向に気を配る天魔に後ろから声がかかった。
「天魔さん、私を置いていってください。天魔さん一人ならきっと逃げ切れます」
「ええっと、俺がここに残った理由全否定されるのはむなしいものがあるんだが。まぁいいか。アルジェントさん、君がどうしたいかが重要なんだ。俺にとっちゃこんなもんピンチでも何でもない。あとのことは任せて、どうしたいか言ってごらん」
アーシアの言葉に天魔は苦笑しつつ、心のうちをさらすように説得する。アーシアは僅かな逡巡の後、涙をこぼしながら言葉を紡ぐ。
「私、あの場所に戻りたくありません。私が至らないとはいえ、あんなこともうしたくない。それにあのままあそこにいたら……私は」
「OK、もう大丈夫だ、アーシア。俺がいる。あとは任せろ」
「あっはっはっは! この状況から逃げられると思ってんのかよ! ただの人間が、運動能力の低いアーシアたん抱えて、何とかなるわけねぇだろうが!」
「できねぇ約束するほど馬鹿じゃねぇよ」
嘲笑するフリードに天魔は言葉だけを返し、先ごろフリードを投げた際に奪っていた祓魔弾を堕天使へとうち放つ。光の弾丸は堕天使によってあっさりと防がれるが、攻撃ではなく防御に手を割いたことで隙ができ、つぎの攻撃の準備が整う。住宅街であるため出力の高い攻撃を控え、その分多くの魔法によって足止めを行う。その最中に内部で発された音や光を遮断する結界を張っていく。
「くっ、小癪な!」
「アーシア、目と耳はふさいで口をあけといてくれ」
後ろにいるアーシアに小声で注意し、従うのを確認すると天魔は用意していた魔法を発動させた。
放たれたのは閃光と鋭い音。一瞬で五感の内二つを奪われ、判断能力を失って動けないフリードと堕天使たちを置き去りに、アーシアを横抱きにして走り出す。
「アーシア、大丈夫か? ああ、すまない。さっきの音でよく聞こえん」
驚いた表情を浮かべるアーシアに声をかけると、アーシアはハッとした表情で何かを伝えようとするが天魔には先ほどの音で聞き取れなかった。
「待て! 人間、その女を返してもらう!」
「もう追ってきたのか、丈夫な奴め。だがまぁ、もう
堕天使の声が聞こえるとすぐに天魔は角を曲がって視線を切ると、民家の壁を越え身を隠す。空を飛ぶ堕天使には本来通じない身の隠し方だが、先ほどのスタングレネードもどきの術に平衡感覚がマヒしかかっている堕天使は高度をとることができず、地上付近を滑空するように移動していたため簡単に隠れられた。
「なかなか足には自信があるようだが、いずれ追い付くぞ。逃げても無駄だ!」
そのまま何かを追うようにそのまま飛び去っていく堕天使を確認すると、天魔は息を吐いた。
「ふ~、助かったぜ、クロ」
「いったい何が?」
「あいつが追っていったのは幻覚だ。こいつに角を曲がったタイミングで幻術をかけてもらったんだよ」
喉を鳴らし甘える黒猫をなでながら転移の準備を整えると、魔法で痕跡の隠蔽を施してその場から転移する。
天魔たちの転移先はアパートの一室だった。室内に転移したため、一度玄関へ靴を置き、部屋へと戻る。汚れた床を軽く掃除をしてキッチンでお茶を入れ、おかれていた机をはさんで対面する形で座るとアーシアが口を開く。
「その、連れ出していただいて、ありがとうございました」
「気にしなくていいさ。俺がやりたくてやったことだ」
「ですが、天魔さんは悪魔の方の関係者なんですよね? 魔法を使っているようでしたし、イッセーさんたちの誰かと契約している魔法使いの方ですか?」
「いや、違うよ。ここまで連れてきたうえで後出しになって悪いけど、俺も悪魔だ。まぁ、悪魔に属しているわけではないけど」
自身を救ったことで天魔の立場が危ぶまれるのではと考えるアーシアは天魔の素性を知って目を丸くする。次いで申し訳なさそうな顔をするが、天魔の真剣な声に気を引き締めた。
「とはいえ、問題はある」
「は、はい」
「アーシアの私物をどうやって回収するかだ」
「はい……はい?」
あまりに深刻そうな声音に自分の処遇はどうなるのだろうかと考えていたアーシアだったが、考えはあっさりと覆された。
「ここは俺の知り合いが借りてる部屋でな。家主は今海外に出ていて不在なんだが、少なくともここにアーシアのサイズに合う服が十分にがあるとは思えねぇ。ってことは、最低限、服は回収しないと、雨が続いたりしたら着れる服がなくなっちまう。それに置きっぱなしにできないものもあるだろ?」
「それは、そうなんですが……私、ここにいていいんでしょうか?」
「何か不安要素でもあるのか? ここは結界敷いてあるから神器の反応から居場所を突き止められることはないから割と安全だと思うが」
「私は、教会からも追われた身ですから」
「話したくないなら無理に話す必要はないぞ」
「いえ、話させてください。私の自己満足ってだけかもしれませんけど、知っておいてほしいんです」
天魔はアーシアが自身の事情を話そうとする際につらそうにしているのを察し止めようとするが、それを押し切ってアーシアは話し始める。その口から語られたのは彼女の半生だった。
欧州のとある地方で生まれた少女は生まれてすぐに捨てられた。
教会に育てられ信心深く育った少女が八歳になったころ。その身に治癒の力が宿ったことでその生活は一変する。少女はカトリックの本部に召喚され、「聖女」として担ぎ上げられた。
他の信者の信仰を深めるために利用されていることは承知だったが、生来の気質かそれとも生まれ育った環境ゆえか、困っている人を助けることに喜びを感じていたし、この環境を与えた神に感謝さえした。
ただ、少女の心が満たされることはなかった。
寂しかったのだ。
周囲の人間は気をもんでくれるし、大切に扱ってくれる。だが、誰一人として少女個人を見ることはなく「聖女」という自分とは違うナニカを見ていた。
そんな彼女に再び転機が訪れる。
少女の前に傷ついた悪魔が倒れていたのだ。もとより見捨てられるような性格ではなく、また誰かを治すことが存在意義の一つでもあった少女はその悪魔を治そうとした。
基本的に神の加護のない悪魔や堕天使は治せるとされていなかったこともあり、無意味である可能性はは承知であったが、それでも何かせずにはいられなかった。
そして、少女はその身に宿る力で傷ついた悪魔を治し得てしまった。そして、その光景は教会の手のものに見られてしまった。
神の加護を受けたと「聖女」に祭り上げられた少女は、悪魔さえも癒す、穢れた「魔女」の烙印を押され、教会から追放された。
それでも、彼女に悪魔を治したことに対する後悔はなかった。仮に今一度その場面に回帰したとしても、きっと少女はその悪魔を治すだろう。そうでなければ少女は少女たりえない。
少女は神への祈りを欠かすことはなかったし、感謝を忘れたこともなかった。が、しかし、神が少女を救うことはなかった。その上、この処遇を少女は受け入れてしまった。敬虔な信徒である少女は神の与える試練として追放を受け入れた。それ以上に、何よりも少女の精神を打ちのめしたのは少女をかばうものが一人もいなかったことだ。
少女の味方はどこにもいなかった。
教会から追放された少女は堕天使に拾われた。どこからの庇護のない少女が生きていくためには「はぐれ悪魔祓い」として生きていくしかなかったのだ。
そうして「はぐれ悪魔祓い」の組織に異動を命じられ、駒王町に来たのだった。
アーシアは話をするうちに涙をこぼしていた。天魔はアーシアの話を聞き自身が随分と恵まれていたのではないかと感じていた。ゆえに、漠然となんと話しかけようかと考えていると指に鋭い痛みが走る。
悲鳴を口の中で押し殺し、痛みの原因に目を向けると黒猫が指を強くかんでいた。比べるようなものではないといわれているように感じ、少し気分が軽くなる。少なくとも今アーシアに話すことは悪手だと感じ、黙っていることにした。
「これも主の試練なんです。私が全然ダメなシスターなので、こうやって修行を与えてくれているんです。いまは我慢のときなんです。お友達もいつかたくさんできると思ってますよ。私、夢があるんです。お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったりして……おしゃべりして……」
アーシアがこれは試練なのだと自分に言い聞かせるように口に出し、乗り越えた先の未来に思いをはせながらうつむきがちにこぼれ続ける涙をぬぐう。天魔は今彼女にかける言葉を見定めると口を開く。
「なら、俺とアーシアで友達になるか」
「へ?」
アーシアがあふれる涙をぬぐうことも忘れて顔をあげた。
「ああ、俺だけじゃないな。イッセーのやつもいれてやらなきゃ。あいつ嫉妬でどうにかなっちまうかもな」
天魔が笑いながら続けて話す内、アーシアは言葉の意味を理解して困惑する。
「私、シスターで…悪魔の方から見れば敵ですよ?」
「アーシアだって敵のはずの悪魔を治したんだろ? それと比べれば大したことじゃねぇよ」
「主の人に怒られるんじゃ」
「俺の主はあの人じゃないしな。イッセーは……家族の友達と不干渉なんて無理だからしょうがないだろ。あいつはそもそもシスターだからとか気にしないだろうし、主も甘いからな。なんやかんや収まるだろ」
「私、世間のことなんて知りません。それ以前に言葉だって」
「俺が教えるよ。何回間違えたっていいさ。身につくまで付き合うよ」
「お金もないです。住むところだって」
「そんなこと心配いらない。知り合いの仕事手伝って、実は結構もらってるから全部任せてくれていい。気に病むっていうんなら、回ってくる仕事のほう手伝ってくれればいいし」
「でも、堕天使の方との問題が」
「そんなのいまさらだろ。アーシアをさらってきた以上、敵対は避けられないからな」
「でも……でも……」
「アーシア、いいんだよ。好きに生きて。君の人生なんだ。やりたいことをやっていいんだよ」
「うぅ、うああぁぁぁぁ」
天魔の言葉に決壊し涙をボロボロとこぼすアーシアのそばに寄ると、アーシアは天魔にしがみついて嗚咽をこぼしつつ泣き続ける。天魔は左手でアーシアの背をなで、右手に黒猫がかみつく痛みに耐えて時間を過ごした。
そこから十数分。
ようやく落ち着いたらしいアーシアは天魔から離れると紅潮した顔のまま謝り倒していた。
「すみません。服を汚してしまって」
「大丈夫。こんなの洗濯すればいいだけだし。それよりもういいの?」
「はい、その……私とお友達になってくれますか?」
「ああ、もう友達だ」
天魔がアーシアの申し出を快く受け入れ、アーシアの顔が華やぐ。天魔はそれを見てを満足そうに頷くとアーシアの眼もとに手を当てる。
「えっと、天魔さん?」
「じっとしてて、このまま放っておくと腫れちゃうから、応急処置しとかないとな」
困惑するアーシアを制し、魔法で冷風を当ててしばらく冷やすと手を離した。
「夜も遅いし一回シャワーでも浴びておいで。その間にイッセーたちに説明してくるから。何かあったらこれのボタンを押してね。すぐ戻るよ」
そうしてアーシアを送り出し、手当と着替えを済ませて旧校舎へと転移する。天魔は時間もたっているためもう何人か帰ってしまっているかとも考えていたが、予想に反してオカ研の部室には全員そろっていた。
「天魔! 無事だったんだな!」
「先にメッセージは送っといただろ」
「そうだけどよ。心配はするだろ」
「そうだな、悪かった」
「天魔、ひとまず状況の説明をしてもらっていいかしら」
天魔が一誠と無事を喜びあっていると、リアスが口をはさむ。とはいえ、口を挟まれることは予測していたので、特に気にせずリアスに向き直る。
「もちろんです。とりあえず、アーシアに話していいって確認が取れたことから話しますね」