天魔がアーシアの半生を話し終えるころには一誠は涙を流していた。
自身の与えた能力が原因であるにもかかわらず、信仰を絶やすことのなかった敬虔な信徒に救いの手を差し伸べるどころか声すらかけることのなかった神とアーシアの受けた仕打ちに対する義憤にそれでもなお神を信じ続けるアーシアへの憐憫が合わさり、一誠の涙腺を崩壊させた。
「―とまぁ、そういうわけで、ひとまず彼女に関しては俺が保護しておく方向でいこうかなと思う次第です」
「話しを聞いたのはそのシスター本人からだけなのよね?」
リアスの指摘はもっともだった。個人からの証言はどうあっても主観が入り混じり偏りのあるものになるため信用するには危険極まりないからだった。しかし、天魔は何ら緊張することなく反論する。
「えぇ、裏付けも何もあったもんじゃありません。ですが、部長たちが来る前に明らかに敵対している俺たちを庇ったことは間違えようのない事実ですし、本来なら教会に縛り付けておきたいはずの治癒能力持ちが堕天使側に下っているという点でも彼女の話の信憑性は高いかと。悪魔を治療できるのは確かなようですし」
「右手は包帯を巻いているようだけど?」
リアスからは天魔の反論の穴に見える右手の包帯に注目するが、天魔は揺るがない。
「治す能力である以上、けがのあるなしは突っついても無駄ですよ。それに、ちょっとした理由で、この右手は治してもらうわけにはいかないものなんで」
天魔は右手を振りながら切り返すと真剣な顔で話を続ける。
「俺がしているのは意見伺ではなく報告です。俺は部長に恩はありますが、部長にするのは協力であって服従じゃない」
「……そうね。ただし、こちらに害があるようなら、そのシスターは容赦なく排除するし、あなたにも容赦しないわ」
「ええ、それでいいです。そうでなければ困る」
リアスはため息を吐くと肩をすくめて話を打ち切った。空気が弛緩したのを感じ、一誠も息をつく。天魔が礼を言いつつ祐斗に剣を返すのを見て、ふと気になったことを聞くことにした。
「そういえば、天魔、教会の連中と戦ったのに悪魔って気づかれないもんなのか?」
そういえばと皆の視線が集中するのを煩わしそうにしながらも、天魔は答えることにした。
「あの時は魔力を使わなかったからな。光も全部かわすか防ぐかしたし、普段から魔力は隠してるのもある。あとは細かいところになるがこれだな。口元見といてくれ」
天魔はそういって注目をあつめると、二度「ありがとう」と告げる。
「で、わかったか?」
「なんもわからん」
確認する天魔に一誠が即答する。天魔は苦笑すると何が違うのかの解説を始める。
「今のは口の動きが違うんだ」
「口?」
「そう。一度目は日本語で、二度目はイタリア語だ。俺が人間の場合だと、悪魔や堕天使みたいな異形が相手だとこっちが何を言っても相手が理解できるように聞こえる。だが、エクソシストみたいな人間だとこっちがしゃべった言葉がそのまま聞こえる。だから、人間が混じっているなら、その人間の理解できる言葉の口の動きで話せば、人間は会話の中で何の違和感を感じないからこっちを人間だと考える。人間がなんの疑問もなくこっちを人間だと信じれば異形側も疑問に思わないってことだ。ややこしい部分を抜きにすれば、映画の吹き替えに違和感を覚えるみたいなもんだ。まぁ、フリードの奴がそんなことまで気にしていたとは思えないがな」
最後にフリードを小馬鹿にしつつ話を締めると、一誠は感心したように声をあげ、少し考えたあと自分には無理だと割り切った。
「そうだ、かばってくれたし、アルジェントさんに一回礼を言っておきたいんだけど」
「今はだめだな。シャワー浴びたばっかだろうし、そんな状態の女の子がいる場所にお前を連れていくのはちょっと…なぁ」
「お、お前な、恩人を変な目で見るわけ」
「ないとでも?」
「すみません。自信ないです」
「はぁ……明日引き合わせるよ。撃たれた足の治療もその時にしてもらうといい」
天魔の言葉に言いよどむ一誠だったが、割り込まれて本音を話す。天魔がため息をついて、リアスを見ると肩をすくめたので、問題ないと判断し、翌日にと一誠に伝える。
これ以上天魔から引き出せる情報はないと感じたのかリアスが解散を宣言し、各々帰途に就くのだった。
翌朝。
アーシアの間借りしている部屋を天魔は訪れていた。
「……というわけで、イッセーと会ってやってほしいんだ」
「お会いするのは構わないんですけど、大丈夫なんでしょうか」
一誠が礼を言いたがっていることと治療を頼みたいことをアーシアに伝えると、アーシアはすぐに了承する。しかし、すぐに不安そうな顔になると視線を下げた。
「まぁ、確かにシスター服のままだと目立つし、神器の反応もあるけど……そこは大丈夫だ」
アーシアの不安をぬぐうように明るく声をかけると懐から箱を取り出す。
箱を開けると中には青色の石がはまった小さなペンダントだった。
「このペンダントは神器の反応をごまかすことができる。といっても、神器を使えばごまかせないが。あとは服装を変えればいけるんじゃないか? それに、約束しただろ。
「ありがとうございます」
天魔がアーシアの頭をなでながら断言するとほほを染めながら礼を言うが、その声はとても小さなものだった。
一誠は待ち合わせ場所の公園でそわそわしていた。
周囲から怪訝な目で見られていることは理解しているが、天魔込みとはいえ女の子、それも一目で記憶に残るような美少女との待ち合わせであるため、緊張していたのだった。
「何を不審者やってんだ。近づかなきゃならんこっちの身にもなれよ」
一誠が公園の入り口をちらちら、噴水の前でうろうろしていると後ろから声がかかる。
声に反応して後ろを振り向くと天魔とアーシアがいた。アーシアはシスター服ではなく白いワンピースに幅の広い帽子で一応の変装とペンダントによる神器の反応偽装を行っていた。
「おお、悪い。ってか、遅かったな」
「いろいろ準備があるんだよ。それより、お前が言うからこうして連れてきてんだ。さっさと言っとけ」
「そうだな。えっと、アルジェントさん。ありがとな、あの時庇ってくれて」
「い、いえ。私のやりたいことをしただけですから」
礼を言う一誠に、アーシアは慌てながら応じる。個人として礼を言われることがまれなアーシアには一誠の礼は新鮮だったようだ。
「アーシア。イッセーの治療をしてもらっていいか?」
「はい! お任せください!」
天魔があたふたしているアーシアに治療を頼むと力強く肯定が帰ってくる。一誠の傷が治り、感謝を告げると教会でのことを思い出したのかアーシアの表情がわずかに曇る。
天魔が声をかけようとしたとき、割り込むように腹の音が鳴った。音の発生源を向くと一誠が腹を押さええていた。
「イッセー、お前、飯は食ったのか?」
「あ~、緊張して忘れてた」
「はぁ、ちょっと早いけど、飯にするか」
天魔はため息を吐くと二人を伴って移動をするのだった。
少し早い昼食に選んだのはハンバーガーだった。教会で生活してきたアーシアにとって物珍しいものを食べさせようと思った結果の選択だったが、アーシアは食べる以前の部分で躓いていた。
「えぇっと、そのぅ……」
注文ができないのだ。イタリア語のわからない一誠と話せるといっても、それは悪魔であるからであり、アーシアは日本語ができなかった。
「すみません。俺と同じセットをもう一つ」
「あぅぅ……」
結局、天魔が横から注文をして支払い、店員もほっとした顔をする。最初に天魔からの助勢を断ったものの何もできなかったことに落ち込むアーシアを慰めつつ、品を受け取ると、一誠の待機している席へと移動した。
「すみません。ご迷惑を……」
「いいって。元々そういう約束だろ。さすがにまだ早すぎたってだけだ」
「約束?」
「ここにとどまるなら日本語は必須だからな。教えるって話だよ」
「なるほどな。そういうことなら俺も協力するぜ」
「何言ってんだ。拒否権なんてある訳ねぇだろ。嫌って言ってもやらせる予定だったぞ。目下の問題は日本語での会話の相手が限られるってことだな。桐生あたりなら同性だし、話し相手にもなりそうだが、いいやつ……いないか……」
「さすがに松田と元浜はなぁ」
アーシアに日本語を教える件について話をしながら天魔と一誠がのどを潤しているとアーシアはハンバーガーを見つめていた。
「? どうしたんだ、アーシア」
「えっと、その、ナイフやフォークはないのですか?」
「こいつはな、紙を剝いてそのままかぶりつくんだ」
ハンバーガーの食べ方がわからなかったアーシアに天魔が実演してみせると驚愕しながらまねして食べ、目を輝かせる。
「美味しいです。テレビで見たことはありましたが、実際に食べるのは初めてで……ハンバーガーっておいしいんですね」
「そんなんで感動してたら、こっから先大変だぞ」
「ふぇ?」
「食い終わったらゲーセン行くぞ。とりあえず、今日はいろいろ遊ぼうぜ」
ハンバーガーに感動するアーシアに今後の予定を話すとアーシアは疑問を顔じゅうに広げた。ゲーセンという言葉になじみがないことが原因のようだった。
「2B・2D・グレイブ・5D・バインド・B2・A4・C……」
「だぁぁぁ! コンボやめろ!」
「隙を見せるのが悪いんだよ」
「すごいです! 何が起きているかはわかりませんが、げーじがどんどん減っていきます!」
天魔が呪文のように発声しながらコマンドを実行すると、一誠の操るキャラが何度もバウンドしながら体力が削られていく。アーシアは何が起きているかは理解しきれなかったが、それでも天魔が圧倒していることはわかり、声援を送る。あっという間にHPが全損し、一誠のキャラが倒れ伏した。
「クッソ! やられた!」
「フハハハハ! まだまだ甘いな、イッセー!」
「って、あれ? アーシアは?」
勝ち誇る天魔に一誠が歯噛みしているとアーシアが視界から消えていた。キョロキョロと付近をうかがう一誠だったが、天魔は迷いなくアーシアのもとに歩いていく。アーシアはクレーンゲーム機の前で立ち止まっていた。
「アーシア。それ、ほしいか?」
「い、いえ……その、はい」
天魔の問いかけに思わず否定したアーシアだったが、迷いながらうなずいた。
「よし、任せろ」
いうが早いか天魔はコインを入れ、クレーンを動かし始める。三本爪のクレーンはあっさりと人形をつかみ取り運んでいく。一度目は落とし口付近でクレーンから離れたが、二度目には手に入れることができた。
「ほれ、アーシア」
「ありがとうございます。この人形大事にしますね」
「ああ、そうしてくれ。さ、今日はまだまだこれからだぞ」
微笑むアーシアに天魔も自然と口角が上がる。一誠が向かってくるのを見て天魔が歩き出すとアーシアも追随する。次はどれで遊ぶかと話しながらゲームセンターを進んでいくのだった。
「あー、遊びすぎたな」
「この程度でへばるとは情けない。悪魔になった以上明確な敵もできたことだし、みっちりしごかねばな」
「勘弁してくれ……」
日が傾き始めた頃。ゲームセンターから出てきた天魔と一誠はアーシアが花を摘みに行っている間、公園で休んでいた。遊ぶことに夢中になり疲労困憊となった一誠に対し、天魔は疲労を感じさせず、一誠の今後の訓練内容について考え始めていた。
「そういえば、アーシアはどうするんだ?」
「駒王学園に入れることができればベストだとは思うが……っ!」
「なんだ⁉」
「ククク、こうも簡単にいくとは思わなかったぞ」
二人でアーシアの処遇を考えていると結界が張られ、警戒する二人に声がかけられハッと空を見る。
「全くお粗末なことだな。この娘が狙われていることは分かっているであろうに、目を離すとは」
「てめぇ……堕天使か!」
「ほぅ、あの傷で生き残っていたのか。悪運は強いらしいな」
二人の視線の先では、ドーナシークが空に浮いていた。そしてそのわきには金髪の少女が抱えられている。
「アーシア!」
「無駄だよ。気を失っている。返事などできんよ」
「くそっ! どうする天魔! ……天魔?」
一誠が声をかけるも、堕天使の言うように気を失っているのかなんの反応も帰ってこない。
取り返すための手立てを決めるため天魔に声をかけるが、天魔は口元を押さえて眉間にしわを寄せていた。
「そう! そうだろうな、人間! 手出しはできまい! なにせ、貴様の目的であるアーシアはこちらの手の中なのだからな!」
「天魔……」
得意げにする堕天使に反論することもなく、魔法陣一つ出さない天魔に一誠も動けなくなっていた。
「これで計画も予定通りに進むというものだ。ではな、人間。精々自身のうかつさを悔やむといい」
「おい、待てよ! アーシア……アーシアァァァァァ!」
不穏な言葉を残し堕天使がその場を飛び去っていく。悪魔となって日の浅い一誠は追うことができず、天魔も動かない。自身の無力を呪う一誠の叫び声がこだました。
本文中で開示しましたが、斜体の文字はイタリア語を話していた部分ということになります。
おそらく今後、この設定を使うことはないでしょう。
読みにくいと感じた方には申し訳ありませんでした。
言語に関する設定の解釈ということで、タグに「独自解釈」を追加しました。