戦闘の終結した採石場跡地に天魔の嗚咽がこだまする。
涙を流す天魔を黒歌が痛ましそうな表情で抱きしめ、小猫が背を撫でていた。
他のメンバーも下手に慰めることもできず、目を伏せる。
天魔の涙の理由は誰かが犠牲になっただとかそういうわけではなく
「なんだよぉ、乳神さまってぇ……もうヤダ、おれ天龍やめるぅ……」
一誠の巻き起こした奇跡が原因だった。
何でも天魔が転移した後、ハティから庇われ父の身を案じる姿に、朱乃が本当にバラキエルを嫌っているのか確認しようとパイリンガルを使ったらしい。
その結果、乳神様の使徒を名乗る異世界の神性と接続され、朱乃の過去を垣間見て朱乃とバラキエルは和解し、その際に得た乳神の加護によりミョルニルのレプリカの全開が引き出され、その一撃でロキを撃破したとのことだった。
また、アザゼルによる特訓―ヴリトラ系神器の後付による
ヴァーリ達はすでに後始末のために姿を消していた。
二天龍とともに嘆き悲しむ天魔を的確に慰めることの出来るものはこの場にはいなかった。
一誠は逃げるようにタンニーン達とともに地面の穴やくぼみを埋める作業に没頭するのだった。
決戦を終え、翌日。
オーディンと日本の神々が引き続き会談しているホテルの別室で、天魔は緊張の面持ちで座っていた。
対面には朱乃とバラキエル、横にはいざという時のストッパーとしてリアスが待機しており、かれこれ十数分は沈黙を保っている。
他のメンバーは追加の襲撃者が出た場合に備えて警戒に当たっており、この場には四人だけだった。
「その……何故、俺は呼ばれたんでしょうか」
天魔が落ち着かない様子で沈黙を破る。
それに対する朱乃の返答もまた落ち着かない様子で告げられた。
「イッセー君と父様に聞きました。陰ながら守ってくれていたそうですね」
「俺は何もできてませんよ。最初から最後まで俺は何もできていない。何かしたのは、バラキエルだ」
朱乃の言葉を鼻で笑い、天魔は独りごちた。
「ぶへっ!」
ヘラヘラと笑う天魔だったが、朱乃によるビンタをくらいそのまま床に転がる。
「いきなりひどいじゃないですか」
「加減はしました」
頬をさすりながら立ち上がる天魔に朱乃は悪びれることもなく答える。
口内を切ったのか口の端から垂れた血を拭うと、折り目正しく頭を下げる。
「なんのつもりですか?」
「ただのエゴです。あの日あの時、力及ばず倒れたこと、我がことながら謝罪致します」
頭を下げる天魔に朱乃は歩み寄ると上体を起こさせ、頭を胸に埋めるように抱きしめた。
「えぇっと、血がつきますよ?」
柔らかな感触と鼻腔に漂う香りに動揺しつつもなんとか言葉を紡ぐ。そんな天魔の言動をすべて無視して朱乃は腕の力を強めた。
「鼓動が聞こえますか?」
「そりゃぁ、まぁ」
密着したことで一定のリズムで朱乃の心臓が鼓動を刻む音が天魔の耳に届く。緊張等による不自然さのない平静な鼓動を聞きながら天魔は目を閉じた。
「あなたがいなければ、父様は間に合わなかったかもしれません。確かに母様のことは悲しいですが、それはあなたを責める理由にはできませんわ」
天魔は朱乃の言葉を咀嚼し、僅かに息を吐く。軽く朱乃の腕を叩いて力を抜くように伝えると、僅かに緩んだ隙間で顔を上げた。
「すみ―いえ、ありがとうございました」
反射的に謝りそうになったのを堪え、礼を言う。
それを聞いて朱乃は柔らかく微笑んだ。
「あらあら、世話が焼けますわね、天魔くんは」
「朱乃さんには敵いませんね」
二人の雰囲気にリアスも緊張を解き、空気が弛緩する。
「ところで、そろそろ離してもらっていいですかね。テスラの時の逆バージョンにはなりたくないんですが」
背後から感じる圧を受けて、天魔が慌て始めた。
視線は向けられないが電光と火花が散る音は認識できており、バラキエルが娘に不埒な真似をしている男に照準をあわせているのがわかる。
そんな父の姿を視認しているはずの朱乃は楽しそうに笑うだけだった。
「あらあら、私が密着しているのにそんなことにはなりませんわ」
「う、嘘だ! この状況でも朱乃さんを避けて俺だけウェルダン通り越して黒焦げにすることができることぐらいわけないことは理解しているはずだ! いやだぁ! 死にたくなぁい!」
少しづつ増していく圧を感じて割と本気で喚く天魔に朱乃は嗜虐的に笑うだけだった。
リアスも深いため息を吐くだけで特に止めることもなく、数分後、室内からの光を遮るカーテンを透かすほどにまばゆい雷光が天魔達のいる部屋から漏れていった。
「あー、もうすぐ修学旅行だ」
「ああ、修学旅行だ」
決戦から数日後、オカルト研究部の部室でだらけ、修学旅行に想いをはせる一誠に天魔が同調する。
オーディンの会談は成功し、すでに本国へと帰っている。
ミョルニルのレプリカの返却とともに天魔から要望を伝えてみたが、叶うかどうかはまさに神のみぞ知ると言ったところである。
アザゼルはバラキエルの見送りに行っており、一誠達も参加を表明したが、アザゼルにより却下された。
「天魔さん、ここのところ忙しかったですから、次こそは旅行のお買い物に行かなくてはダメですね」
「アーシア、修学旅行には流行の下着を着けていくといいそうだ」
修学旅行のしおりを見ながら話すアーシアにゼノヴィアが口を挟む。それを聞いてアーシアは顔を赤くした。
「ほ、本当ですか……?」
「うん、皆で入る風呂ではまず下着から見事に着こなせてないと後で笑われるそうだぞ。私もこれと言って可愛い下着を持っていないからな。一緒に買いに行った方がいいかもしれない」
「しゅ、修学旅行って奥が深いですね!」
「白が一番よ! それこそ主とミカエル様が「良し!」と唸って下さる下着本来の姿だと思うの!」
「いや、私は勝負下着なるものをアーシアと共に身につけるぞ」
「え! わ、私もですか?」
「ダメよダメよ! 信仰の色は白~! もしくは十字の紋章入りの!」
アーシア、ゼノヴィア、イリナが下着の色で揉め始めるのを聞き流しつつ、一誠は気になっていた事を聞くことにした。
「そういえば、あの形態はなんだったんだよ。ドライグが「覇龍」とは違うって言ってたけど」
「俺は「
「あれが……」
「歴代の残留思念を屈服させる事によって悪意による消耗の加速を抑える形になっている。本質としてはあまり変わりがないから、燃費の良い「覇龍」ってとこだな」
「燃費、ねえ」
「消費が緩やかになった分、爆発力は減っている。こっちから注ぎ込めば出力も上げられるが歯止めが聞きづらいからそこは問題点だな」
「ちなみに、屈服って何やったんだ?」
「主に殴り合いだな。果たせなかった本懐を遂げる事告げて浄化することもできているが、大抵は理性の吹っ飛んだ恨みつらみの塊だから叩いて治す感じだ」
「古い機械かなんかかよ……」
「もう、終わりだわ!」
一誠が遠い目をしていると女性の叫び声が聞こえてくる。
視線を向けるとロスヴァイセが号泣していた。
「うぅぅぅぅぅっ! 酷い! オーディン様ったら、酷い! 私を置いていくなんて!」
そう、ロスヴァイセはオーディンに置いていかれていた。
日本の神々との会談で何か得るものがあったのか、いい気分になっていたようで、オーディンはロスヴァイセの存在を忘れたまま早々と帰っていったのだった。
流石に本国でロスヴァイセの所在を尋ねられ、連れ帰ることを忘れたことには気付いているはずだが、あちらからはなんの音沙汰もなかった。
「リストラ! これ、リストラよね! 私、あんなにオーディンさまの為にがんばったのに日本に置いていかれるなんて! どうせ、私は仕事がデキない女よ! 処女よ! 彼氏いない歴=年齢ですよ!」
ロスヴァイセがやけっぱちに叫ぶ。
うずくまる彼女の肩をリアスが叩いた。
「もう、泣かないでロスヴァイセ。この学園で働けるようにしておいたから」
「……グスン。ほ、本当に?」
「ええ。希望通り、女性教諭ってことでいいのよね? 女子生徒ではなくて?」
「もちろんです……私、これでも飛び級で祖国の学び舎を卒業しているもの。歳は若いけれど、教員として教えられます」
そう歳は変わらないように見えるロスヴァイセの経歴に一誠と天魔は感心する。
当のロスヴァイセはどんよりと落ち込んでいた。
「けど、私、この国でやっていけるのかしら……? かといって国に戻っても「どのツラ下げてオーディンさまのあとから帰還したのか?」って怒られるでしょうし、あげくの果てに左遷されそうだし……っ! うぅ……せっかく安定した生活が送れそうな職に就けたのに!」
「うふふ、そこでこのプラン。いま冥界に来ると、こんな特典やあんな特典が付くのよ?」
嘆くロスヴァイセにリアスは書類を見せる。
内容に目を通したロスヴァイセの表情が驚愕に染まっていく。
「ウソ! 保険金がこんなに……こっちのは掛け捨てじゃない!」
「そうなの。さらにそんなサービスもこのようなシステムもお得だとは思わない?」
「凄いです! あ、悪魔ってこんなに貰えるんですか……っ! 基本賃金が違うわ! ヴァルハラと比べても好条件ばかりです!」
リアスの言葉ににロスヴァイセが惹かれていく。
まさに悪魔の囁きで戦乙女が買収され始めていた。
「ちなみに私の所に来るとこういうものを得られるわ」
「……グ、グレモリーといえば、魔王輩出の名門で、グレモリー領の特産品は好評で売り上げもとても良いと聞いてます」
「そうよ。そのお仕事に将来手を出してもいいし、グレモリーはより良い人材を募集しているのよ」
そこで言葉を切ると、リアスは紅い「戦車」の駒を取り出す。
それを見て皆が驚愕した。
「そんなわけで、冥界で仕事するためにも私の眷属にならない? あなたのその魔術、「戦車」として得ることで動ける魔術砲台要員になれると思うの。ただ駒の消費がひとつで済めばいいのだけれど」
取り出されたのはリアスの持つ最後の「悪魔の駒」。
「王」であるリアスを除けば魔術タイプは朱乃だけであったため、バランスを整えるという意味でもロスヴァイセの加入の意味は大きい。
眷属達の見守る中、ロスヴァイセは駒を手に取った。
「……どこか運命を感じます。私の勝手な空想ですけど、それでも貴方達に出会った時から、こうなるのが決まっていたのかもしれませんね」
リアスの懸念事項であった駒の消費も一つで済み、無事に転生が完了する。
最近、主の成長によって未使用の「悪魔の駒」が変質することが、発表されていた。
どうにも開発者のアジュカ・ベルゼブブは自身のプログラムに隠し要素を入れることが多いらしく、他にも何か未知の使用が存在する可能性があるとのことだった。
「皆さん、悪魔に転生しました。元ヴァルキリーのロスヴァイセです。何やら、冥界の年金や健康保険が祖国のよりもとても魅力的で、グレモリーさんの財政面も含め、将来の安心度も高いので、悪魔になってみました。どうぞ、これからもよろしくお願い致します」
「というわけで、皆、私リアス・グレモリーの最後の「戦車」は彼女、ロスヴァイセとなりました」
ロスヴァイセの自己紹介に続き、リアスが笑顔で締めくくる。
ロスヴァイセの表情が若干虚ろに感じるのが天魔は不安だった。
「ま、いいんじゃないか。私も破れかぶれだったしな」
「あったな、そんな事。俺は一応待ってたつもりなんですけどね」
天魔が肩を竦めながらの皮肉にリアスは苦笑で返す。
「成長を続ける白龍皇を眷属にというのは流石にね。それに、貴方はイッセーを―引いては私達を傷つけるようなことはしないでしょう?」
「そりゃぁそうですけどね」
天魔が頬を掻きながら返す横で、一誠が朱乃の差し出した肉じゃがをがっついていた。
嬉しそうにそれを見つめていた朱乃が、不意に一誠を止めると、そのまま口元にキスをする。
「うふふ。いちおう、ファーストキスになるのかしら」
「イッセー?」
「ごはっ!?」
「天魔さん!」
朱乃と一誠のキスに嫉妬したリアスが笑顔で詰め寄る。
その際に邪魔だったのか、八つ当たり気味に天魔へと肘を見舞い、まともに受けた天魔が崩れ落ちる。
巻き込まれないよう即座に小猫によって回収され、アーシアからの治療を受けながら、天魔は騒がしくなる日常に笑みをこぼすのだった。
「それで、調子はどうです?」
「ああ、いい具合だ。私の耐え難い飢餓もようやく収まりそうだよ」
「神話級の魔物とその子供を食らってようやく収まるなんて随分と欲張りね」
「本来なら収まることのない暴食を収めたフェンリルの方を褒めるべきなのですかね?」
「さあ、どうなのかな? それにしても、こんなに清々しい気分はいつぶりだ?」
「それはいいけど、曹操が何かするつもりみたいよ。「こっちもこっちで勝手にやるから、邪魔をするな」っていう連絡も来てるし」
「我々の動きを見ているという牽制ですかね」
「なんにせよ、ぶつかるようなら排除するまでだ。あちらの言い分に従う理由はないからね」
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ちょっと手早くまとめましたが、これで天魔とオカルト研究部内のいざこざは大凡消化しきりました。
次回からは原作通り閑話をいくつか挟んでから修学旅行に入ります。