その日、明らかにリアスの様子がおかしかった。
家の掃除を念入りに済ませ、一誠の部屋と一階のリビングを行ったり来たりする。身だしなみの確認も十分置きの頻度で行っており、明らかな異常事態だった。
「部長、どうしたんですか?」
「お義姉様が来るのよ」
一誠の問いにリアスが真剣な面持ちで答える。
リアスの義姉―つまりグレイフィアなのだが、普段は呼び捨てにしているのを「お義姉様」と呼ぶのに疑問を感じていたが、その理由は朱乃が説明した。
今日のグレイフィアはメイドの仕事を休んでおり、その間はグレモリー家の使用人ではなくリアスの義姉として振る舞うらしい。その時の振る舞いはとても厳しいものらしく、リアスは苦手としているのだ。
本日の訪問では義姉としてリアスと話したいことがあるらしく、リアスは緊張しているのだ。
ソワソワした様子のリアスが今一度部屋の様子を確認し戻ってきたところでタイマーの音が鳴り響く。
「よし、焼き上がり」
天魔がタイマーを止めてオーブンを開けると薄っすらと漂っていた甘い香りが強くなる。取り出されたのはシフォンケーキで、生クリームの用意もされている。湯も沸かされており、茶器も温められているので、おもてなしの準備は万全である。
それを確認して頷くと、リアスは一誠の服装を確認し始める。
「イッセー、貴方もきちんとしていてちょうだい。きっと、貴方のこともチェックするでしょうから」
「お、俺もですか? えっと、どうしてですか……?」
「貴方は……ほ、ほら、と、特別だから……」
一誠の疑問にリアスは顔を赤らめながら答える。
言葉の意味を捉えかねる一誠が首をひねっていると玄関のチャイムが鳴った。
リアスは敏感に反応すると急いで玄関へと向かっていく。
待っていたのは華美ではないものの十分に着飾ったグレイフィアだった。
「ごきげんよう、皆さん」
移動に使ったであろうリムジンを背にグレイフィアが挨拶する。その後、リアスに視線を向け、改めて挨拶した。
「ごきげんよう、リアス」
「ごきげんよう、お義姉様」
朗らかではあるが、リアスの声は僅かに緊張を孕んでいた。
前情報通り苦手らしい事を認識していると一誠達の意識の外から声がかかる。
「お久しゅうございますな、姫様」
視線を向けるとそこにいたのは奇妙な生き物だった。
東洋の龍の頭に全身を覆う紅い鱗。胴体は鹿に馬のような脚と牛の尾を持っている。
「麒麟」
「首は長くないぞ?」
天魔の呟きに反応したのはゼノヴィアだった。天魔は苦笑すると説明を始める。
「文字は同じだが、この場合は伝説上の生き物を指すんだ。泰平の世に現れ、獣類の長とも呼ばれる。鳥類の長たる鳳凰と比せられ、対に扱われることもあるな」
「左様―白龍皇殿は伝承に明るいですな。お初にお目にかかります。私はサーゼクス様にお仕えする「兵士」―炎駒と申す者です。以後、お見知り置きを」
炎駒はグレイフィアの護衛として来たらしく、早々に辞意を告げて去っていく。ちなみに神聖な生き物である麒麟を眷属に出来たのはサーゼクスだけらしい。
そんな情報を得つつ、リアスの義姉としてのグレイフィアが兵藤家を訪問したのだった。
訪問後の談笑は朗らかに進んでいった。
リアスの雰囲気こそぎこちないものだったが、それでも笑顔を保っている。因みに兵藤家の両親は遠出しており、黒歌はこっそりとその護衛。新しく住むことになったロスヴァイセは生活雑貨を揃えるため外出中だ。また、祐斗とギャスパーは今回の訪問には関わりがなさそうなので呼ばれていない。
「そう、リアスが迷惑をかけてなくて安心したわ」
「いえ、そんな、リアスお姉様のお陰で私はここにいられるのです」
「リアスは少々わがままですから、眷属の皆さんにご迷惑をおかけしているのではないかと心配だったのです」
「そんなことありませんわ。リアスはこの家にホームステイしている私達の中心となって、皆の面倒をよく見ているのですよ」
「良いお友達、良い後輩に恵まれて、リアスは幸せ者ね」
アーシアと朱乃の言葉にグレイフィアは微笑む。心底から嬉しそうな様子に空気が弛緩したのもつかの間、グレイフィアの視線は厳しいものになり、リアスと一誠を交互に見た。
「あとは……殿方かしらね」
その視線に空気が張り詰める。緊迫感を持ち始めたリアスと朱乃に引っ張られる形ではあるが、ひりついた空気にアーシアと小猫が表情を変えていた。
そんな眷属たちを尻目に顔を赤くしたリアスが声を荒げる。
「お、お義姉様! その件でここへいらしたのですか? そそれは自然に事を進めるということで私に全て任せてくださると思っていましたのに!」
「あら、リアス。私もお義母様もそのようなことは一言も口にしてはいなくてよ? 一度、身の上のことを破談させたのだから、私達を安心させるのは次期当主たる貴女の務めではないかしら?」
グレイフィアの言葉にリアスは黙り込む。
ライザーとの破談の件は陰口の対象となっており、
曰く『グレモリーのわがまま姫が婚約を破談にさせた』
という内容らしい。
地位や血統を重んじる悪魔の貴族社会にとって、御家同士の縁談は大事なことであり、上級悪魔の嫡子にとって恋愛の自由というものはない。
特に出生率の観点で純血の上級悪魔の存在が危ぶまれている現状、リアスの今後についてはグレモリー家としては不干渉とはいえないのだ。
厳しい口調でそこまで話したグレイフィアだが、唐突に表情を緩和させると苦笑し始める。
「と言っても、私とあの人もなんだかんだで自由な恋愛をしてしまったのだし、強くは言い切れない面もあるわ。当時、立場で言えば、貴女以上に複雑だったしね」
グレイフィアとサーゼクスの恋愛模様は悪魔の女性にとっては伝説であり、劇にもなるほどだ。グレイフィアは咳払いをして表情を改めると続ける。
「私達の一件もあるものだから、どうしても貴女に想いを乗せてしまうの。私は貴女に立派な上級悪魔のレディになって欲しいのよ。次期当主としての自覚を強く持ってもらいたいわ。そのためにもいろいろと改善しないといけない部分が多分にあるわね。まずは」
そこからは怒涛の勢いでお説教が始まる。リアスは言い返せないのか顔を真っ赤にしたまま聞くに徹していた。
「まあまあ、グレイフィア。リアスはよくやっているではないか」
突然の声に席についていた全員が声の主へと振り返る。
そこにはサーゼクスが立っており、朗らかに笑っていた。
「やあ、リアス。ごきげんよう。元気そうで何よりだ。眷属の皆も変わりないようだね。ああ、ありがとう」
立ち位置から転移の瞬間を目にしていた天魔が給仕をする。
紅茶を一口飲むとサーゼクスは得意げな顔で本を取り出して配り始める。
「お土産を持ってきている。私がプロデュースしたリアスの写真集だ。タイトルは『スイッチ姫と呼ばれた娘 ~リーアたん成長編~』。幼少の頃から日本のハイスクールに入学するまでの成長記録なのだよ」
そう言って配られた写真集に眷属が目を通す。リアスは顔を恥ずかしそうに回収をし始めた。
「サーゼクス、今日は四大魔王だけで話し合う重要な会議があったはずでしょう? まさか、抜けだしてきたのかしら?」
グレイフィアの目が鋭く光る。サーゼクスは特に気にすることなく、平然と答えた。
「ハハハ! 私はここから会議に参加しようと思ってね。私の映像だけリアルタイムであちらに転送すれば会議は成立──痛い痛い痛い。痛ひよ、グレイフィア」
グレイフィアはサーゼクスの頰を思いっきり引っ張っていく。サーゼクスは笑顔のままだが、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「……貴方はどうしてそう私がオフのときはやんちゃばかり……。やはり、今日、オフなんていただかなければ良かったかもしれないわ。いまからでもメイドに戻ろうかしら」
グレイフィアが不機嫌そうに魔力を漏らしながら呟く。
そのプレッシャーに一誠達が凍りついていると、テーブルの上に小さな魔方陣が輝き、立体映像が映り始めた。ノイズが収まると相手が話し出す。
『サーゼクスちゃん! もう、勝手に人間界に行っちゃうんだもん! 私だって、人間界に行きたいのにぃ!』
「やあ、セラフォルー。すまない。いま、兵藤一誠くんのお家に来ているのだよ」
サーゼクスの説明を受けて立体映像のセラフォルーがリアス達へと視界を向ける。
『あららら。本当ね。やっほー☆ 赤龍帝くん! えっと、リアスちゃんもいるの? あ、シフォンケーキ!』
「ごきげんよう、セラフォルーさま。ケーキは天魔が作ったものですわ」
『はい、ごきげんよう、リアスちゃん。ところで』
「今度お伺いするときにお持ちします」
『ええ、お願いね。もう、サーゼクスちゃんったら、そちらに行くなら最初から言ってよねー。アジュカちゃんもファルビーも時間に厳格なサーゼクスちゃんが席にいないものだから、不思議がっていたんだから!』
セラフォルーの怒る姿に和みつつ、途中で出てきたアジュカとファルビーという名前に首を傾げる。ふと魔方陣へと視線を向けると二人の立体映像が話し始めた。
『サーゼクス。おまえが会議を抜けだして人間界に行くということは、何か事件が起きたか、おもしろいことが起こるかのどちらかだ。──後者なんだろう?』
『……えー、めんどいことは止めてよね。僕、働きたくないぞ……』
面白そうに笑うアジュカと頬杖をついた男―ファルビウム・アスモデウスの二人が若手六人の会合の際に目にした魔王と気づき、立体映像とはいえ四大魔王が勢揃いしていることに気づいた一誠達が遅ればせながら驚愕する。
驚く一誠に気づいたサーゼクスは二人を紹介する。
「ああ、イッセーくんにはまだ紹介していなかったね。そちらの怪しげな雰囲気の男性がアジュカ・ベルゼブブ。主に術式プログラムを始めとした技術開発の最高顧問だ」
『怪しげな雰囲気なのは悪魔的で良いじゃないか。と、これは失礼。初めまして。赤龍帝殿。噂は聞いているよ』
「あ、こ、これはどうも初めまして! 兵藤一誠と申します!」
「それで、そちらの面倒くさそうにしているのがファルビウム・アスモデウス。主に軍事面を統括している」
『……どうも。ファルビウムです』
覇気のない声だったが自己紹介は終わったため眷属が揃って挨拶する。
ファルビウムの態度にセラフォルーは怒っていたが、ファルビウムは気怠そうにため息を吐きながら働いたら負けだと言い放った。
ゼファードルのヤンキーのような風貌とは似ても似つかない態度に顔を引きつらせていた一誠にリアスから補足が入る。
ファルビウムは眷属集めに全精力を注ぎ込み、集めた優秀な眷属に重要な仕事以外のほとんどを任せているらしい。冥界最強の戦術・策略家と評されているそうだが、そのような気配は微塵も感じなかった。
ちなみにセラフォルーは外交担当である。
『それでサーゼクス。何が起こるんだ?』
アジュカの問いにサーゼクスは微笑みながらリアスと一誠を交互に見る。
「実はリアスにグレモリー家の例の儀式をゆかりの遺跡で受けてもらおうと思っていてね。グレイフィアがここを訪れたのもそれが目的でもある」
『『『おおっ』』』
サーゼクスの言葉に魔王三人が笑みを浮かべる。
グレモリー眷属は誰も理解できず不思議に思っていると、リアスが片眉を上げながら問う。
「お兄様―いえ、ルシファー様、それはどういうことなのでしょうか? 遺跡とは先祖代々重要としてきたあの場所でしょうか?」
「うむ。グレモリー家の者はある程度の歳に達するとその遺跡にて、通過儀礼を行うのだ。親愛なる者と共に。意味はわかるね、リアス?」
『それはおもしろい。会議よりも重要だ』
『サーゼクスちゃんのとき以来ね!』
『あー、それはおめでとー。先に祝っておくよ』
サーゼクスの答えにリアスがこれまでにないほどに顔を赤くするのを見て、魔王三人が楽しげに盛り上がる。
グレイフィアが一つ息を吐くと立ち上がった。
「そういうことなのです、リアス。それがお義父様とお義母様からの言付けなのよ。私達を安心させて欲しいというのは貴女に儀式を行ってもらうことなのです。拒否は認めません。それぐらいの安堵を貴女は私達に与えてくれないといけないわ。うちの人が余計な方々まで引き寄せてしまったけれど。サーゼクス、わかっているわよね? 帰ったら、再教育ですよ?」
グレイフィアが再びサーゼクスの頬を捻り上げた。その冷たい視線に一誠が震え上がる。
「ハハハ、ほういうことらから、リーアたん。イッセーくんとがんびゃってくれたまへ……。いたひいたひよ、グレイフィア」
サーゼクスは涙を零しながらも笑顔のまま話を続ける。
突然の名指しに驚く一誠がリアスを見ると、目が合った。
「はうぅぅぅ、イッセー……ど、どうしよう……」
普段の凛とした姿が剥がれアーシアのような純粋さをのぞかせた表情を困惑と恥じらいで彩ったリアスに一誠が撃ち抜かれる。
真意は伝わらぬままに儀式へと巻き込まれることになった一誠は理由を考えて首をひねるのだった。
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年内の投稿はこれで最後となります。本年もご閲覧くださりありがとうございました。