修学旅行当日―駅のホームで天魔はあくびを噛み殺していた。遠足前の子供のように中々眠れず、珍しい様子にアーシアを始めとして微笑ましい目で見られていた。
「はい、これ。人数分の認証よ」
見送りとして来ていたリアスがカードを渡していく。
「これが、悪魔が京都旅行を楽しむときに必要な、いわゆる「フリーパス券」よ」
京都の名所は寺が多い。だが、普通なら悪魔にとって寺は近づくべき場所ではない。さらに言うなら京都にはパワースポットが多いため、悪魔が歩き回るには不都合なことが目立つ。
それを解決するのがこのフリーパス券。京都の裏事情を牛耳る陰陽師や妖怪が悪魔にこれを発行している。
無論、正規の理由があることが大前提だ。
「私達のときもそうだったけれど、きちんとした形式のある悪魔にならこのパスを渡してくれるの。グレモリー眷属、シトリー眷属、天界関係者、貴方達は後ろ盾があって幸せ者なのよ?」
「はい! グレモリーばんざいっス! じゃあ、これをもっていれば清水寺も金閣寺、銀閣寺も余裕と?」
「そうよ。スカートか、制服の裏ポケットとかに入れておけば問題なく名所に入れるわ。バンバン見て回ってきなさい」
「「「「「はい!」」」」」
リアスの言葉に返事をして、カードを仕舞っていく。
集合場所にいない事を心配した桐生からの電話を受け、アーシアがリアスに一礼する。
「では、リアスお姉さま。私達、行ってまいります!」
「「行ってきます」」
「行ってきまーす!」
「ええ、行ってらっしゃい」
クラスの違う祐斗と一誠、リアスを置いて集合場所へ移動する。天魔は再びあくびを噛み殺し、到着前に眠ることを考えるのだった。
新幹線に乗り、すぐに天魔は眠り始めた。
目を覚ます頃には京都到着間近であり、固まった身体をほぐしながら駅のホームへと降りる。
駅からホテルへと向かおうとしたとき、近くから悲鳴が上がる。
「きゃー! 痴漢!」
視線を向けると男性が手をワシャワシャさせながら痴漢をしていた。
「お、おっぱ―がっ!」
風切音とともに男性へと何かが飛来し、そのままノックアウトする。物体の軌道を追うと、そこには天魔がいた。
「今、何をしたんだ?」
「角砂糖だ」
「は?」
「角砂糖を飛ばしたんだ。ある程度固く、脆い。着弾の衝撃で砕けるから変に外傷を与えず脳を衝撃で揺らすだけで済むし、水に溶けるから落とすのも容易。外れても環境にさしたる影響がない人間相手に撃つにはいい弾だ」
ここ最近の英雄派神器使いの対応のために考案したものだ。洗脳等で無理やり戦わされている人間をなるべく傷つけずに制圧するために習得した無駄に洗練された無駄のない無駄な技術である。
駅から数分歩きホテルへとたどり着く。ちなみに名前は「京都サーゼクスホテル」。言わずもがなグレモリー家の運営するホテルである。余談だが少し離れたところに「京都セラフォルーホテル」もある。
ボーイに学生証をみせるとホールへと案内される。
集合時間までには全員揃ったらしく点呼を終えて生徒への注意事項が始まる。いくつかの注意事項のあとロスヴァイセが生徒の前に立つと話を始める。
「百円均一のショップは京都駅の地下ショッピングセンターにあります。何か足りないものがあったら、そこで済ませるように。お小遣いは計画的に使わないとダメです。学生のうちから豪快なお金の使い方をしてもろくでもない大人になるだけですよ。お金は天下の回り物。あれやこれやと使っていたらすぐになくなります。だからこそ百円で済ませなさい。百均は日本の宝です」
ロスヴァイセの注意事項に天魔達は苦笑する。兵藤家に住むに当たり、あれやこれやと購入する際に入った百均の商品に心を掴まれたのかロスヴァイセは大抵百均で買い物をしているのだ。
教員として駒王学園に入ったロスヴァイセだが、生徒からの人気は高い。美人で真面目なのにどこか抜けていることに加え年齢も近く、親しみを込めて「ロスヴァイセちゃん」と呼ばれている。
「と、以上に気をつけてください。それでは部屋に荷物を置いたら、午後五時半まで自由行動をしていいですが、遠出は控えてください。範囲は京都駅周辺までとします。五時半までには部屋に戻るように」
教師の最終確認に返事をして生徒達は各々の荷物を持って従業員から部屋の鍵を受け取っていく。洋室の二人部屋なのだが、同じ班の天魔と一誠は何故か別部屋となっており、二人はアザゼルから鍵を受け取った。
一般の生徒の部屋は洋室の二人部屋である。
兵藤家の天魔や一誠の部屋ほどではないが普通に使うには十分に大きいベッドが二つあり、それでもなお十分な広さがあった。
天魔の部屋はそれらよりもやや狭い洋室ではあるが、一人部屋としてはかなり広い。
そして一誠の部屋だが、八畳程の和室だった。内風呂とトイレの付いた部屋で、古いテレビと丸テーブルなど多少の家具があった。
場所は他の生徒から二フロア離れた階の端にあり、思い切り隔離されていた。
部屋を確認していたところに来たロスヴァイセ曰く、一誠の部屋は京都で何かあったときのための相談場所になるらしい。他の部屋と離れているのは密談の際に生徒が立ち寄らないようにという配慮ということで一誠は無理矢理に納得した。
天魔の部屋が相談場所になっていないのは修学旅行で浮かれた女子生徒が訪問する可能性があるためらしい。最悪は人避けの結界でこちらを使うことになるそうだ。
それらを伝えて姿を消したアザゼルを探しにいくロスヴァイセを見送り、一誠が時折顔を出す格差に歯噛みしていると、元浜が提案する。
「なあ、イッセー、天魔。午後の自由時間、本来の予定にはないけど伏見稲荷にいかないか?」
「伏見稲荷? あー、鳥居がすげー並んでいるところか?」
「そうそう。京都駅から一駅で行けるんだとさ。さっき、他の先生に訊いたらOKが出たんだ」
「へぇ、先生の了承を得ているなら行って損はないな」
天魔の意見に松田もカメラのレンズを拭きながら言う。
「行けるところは行けるときに行かないと京都の名所は見て回れないぜ?」
「なら、アーシア達も誘うか」
そういって端末を操作する天魔に一誠達も応じて、班全員で伏見稲荷へ行くことになった。
「おーっ、見ろ、アーシア、イリナ。珍しいものが沢山店頭に並んでいるぞ」
「わー、かわいい狐ばかりですね」
「ここでお土産ちょこっと買ってもお小遣い足りるかしら?」
土産屋を覗き込むアーシア達へとフラッシュが焚かれる。
「美少女トリオの京都風景。まずは一枚目!」
「はい、消去」
「そんな殺生な!」
「本人に事前に確認を取れ」
松田が撮影した画像は天魔に即座に消去された。
ちなみに天魔はメガネ型の魔導器をかけており、三人の様子を録画していたりする。撮影の許可は取っているが、方法までは言っていない。さらにはブラフ用のカメラも持っていて隠し撮りをするつもりなのは明らかである。
一番鳥居を抜けると大きな門が現れ、両脇には狛犬のような狐の像が立っていた。
「……魔除けの像だな。本来なら、私達魔なる存在を寄せ付けない力があるのだが、例のパスのおかげで騒ぎは起きないようだ」
と、ゼノヴィアが狛犬もどきの狐を見ながら言う。
その隣で天魔が頭を掻いた。
「しかし、視線が鬱陶しいな」
駅に降りてから視線を感じていた。監視されているのだろう。
「ま、当然だろう。私達は悪魔と天使だ。ここを司る者にとってみれば外部からの異質的存在だ。事前に話は行っているだろうが、それでも一応の監視はするのだろう」
「いや、なんとなくだが、一応って感じじゃないんだよな」
そう言いながら天魔は顎に手を当て難しい顔になる。不穏な気配にゼノヴィアは目を細めた。
敵対の根拠が天魔の感覚だけである以上こちらから仕掛けるわけにはいかず、予定通り千本鳥居へと脚を踏み入れることにした。
階段を登ること数十分。
息の切れた元浜を休憩させるため途中の休憩所によることになった。
「少し先に行ってみる。元浜が無理そうなら連絡してくれ」
未だに続く視線に天魔は一人で階段を上がっていく。
道筋に魔力の痕跡を残しつつ気配へ向けて進んでいくと、古い社に行き当たった。魔なるものを惹きつける物体を中心に人払いの結界が敷かれており、人間の気配はない。
その代わりに妖怪が天魔を囲っていた。
「……京の者ではないな?」
その問いかけとともに現れたのは巫女装束の少女だった。
輝くような金髪に金の双眸。
一次性徴前と思しき容貌の少女には狐の耳と尾が生えていた。
狐といえば、京を束ねる妖怪の頭領が九尾の狐である。しかし、敵愾心を露わにされるような覚えはなく、天魔はポケットに手を入れたまま眉根を寄せていた。
「余所者め! よくも……ッ! かかれっ!」
少女の声に応じて烏の頭に黒い翼の山伏と狐の面を被った神主が大挙して襲いかかった。
「母上を返してもらうぞ!」
天魔は錫杖や薙刀をステップで躱し、少女の言葉に目を細める。
「母上、ね。知らないと言っても納得はしてもらえないんだろうな」
「白々しい! 私の目は誤魔化しきれんのじゃ!」
天魔の言葉に少女は激昂したように叫ぶ。他の妖怪もそれに呼応して攻めが激しくなり、天魔はため息を吐いた。
その後ろでは山伏が錫杖を振り上げているが、天魔は躱そうとしない。躱す必要がないためだ。
「ふむ、天魔の勘が当たったか」
「当たってほしくなかったけどな」
追いついてきたゼノヴィアが土産屋で買ったと思われる木刀で錫杖を受け止める。イリナと一誠、アーシアも追いつき全員が揃ったことで妖怪達は驚き、そのまま怒りを一層深めた様子で睨みつける。
「……そうか、お前達が母上を……もはや許すことはできん! 不浄なる魔の存在め! 神聖な場所を穢しおって! 絶対に許さん!」
数的優位が縮まれば引いてくれないかと考えていた天魔はあてが外れて頭を掻く。こうなると戦闘しかないとみて、アーシアへと視線を向けた。
「アーシア、例のやつを」
「はい!」
アーシアが取り出したのはグレモリーの紋章入りのカードだった。これは「王」の代わりに「兵士」へプロモーションの許可を与えるもので、京都で有事の際、一誠に力が必要となったときのために持たされていたのだ。
「行くぜ! えーっと、「騎士」にプロモーション!」
一誠は籠手を出現させ、プロモーションを完了させる。
「騎士」を選択したのは「女王」を除く三種の駒で最も周囲への影響を抑えることができるためである。
睨み合いになっている間に十分な倍加を完了させ構えたのを確認して天魔が口を開く。
「目標は撃退だ。周囲への影響に注意しつつ獲物を破壊する」
「「「了解」」」
行動の機先を制さんと妖怪が先手を取る。迎撃が目的の天魔達にとっては望むところであり、それぞれが攻撃をいなしながら獲物を破壊していく。
あらかた獲物が壊れたところで天魔が魔力で強化した角砂糖で一人の意識を奪い、それを見た妖怪達は後方へ退いていく。
少女は天魔達を憎々しげに睨んで手を上げた。
「……撤退じゃ。いまの戦力ではこやつらに勝てぬ。おのれ、邪悪な存在め。必ず母上を返してもらうぞ!」
それだけ言い残して一迅の風とともに妖怪達は消えていった。
構えを解く一誠達の気配を感じながら、天魔は面倒事の気配に深いため息を吐いた。
その後、警戒しながら伏見稲荷の観光を終え、ホテルへと戻った。
アザゼルとロスヴァイセにも情報を共有し、襲撃の原因となった事情の確認を任せ、夕食を取る。
リアスへの報告は無用な心配をかけさせないために保留となり、明日の確認をしてそれぞれの部屋に戻った。
そして天魔はロスヴァイセとシトリー眷属とともに机を囲んでいた。机の上には見取り図が置かれており、いくつかの場所に丸がされている。それらは風呂場の周辺に固まっていた。
「ざっと見て回ったが、こことそこ、あとはこのあたりが連中の出没ポイントになる。順に憐耶、巴柄、桃と翼で張ってくれ。元士郎はすぐに駆けつけられる地点で待機。一応言っておくが、覗くなよ、元士郎?」
「覗かねえよ!」
天魔の軽口に匙が思わず声を荒げる。
そう、彼等は覗きの阻止に動いていたのだ。
「一誠に関しては俺とロスヴァイセさんで対処する。魔法を使っても問題ないよう、人目のない非常階段にロスヴァイセさん。俺は念の為、裏口も近い非常階段出口付近の広場を陣取る。最悪の場合は結界を張った上で元士郎の龍王化も許可する。いいな、決して連中に目標地点への侵入を許すな!」
『了解!』
全員の応答を最後に作戦会議を終え、それぞれの持ち場に散っていく。
天魔が持ち場で待機すること十分程、非常階段が騒がしくなり始め、それに応じるかのように二人がこっそりと顔を出した。
「一誠は派手にやっているようだな」
「うむ、あの様子では相手は天魔だろう。つまり、ここさえ抜ければあとは女子が相手というわけだ」
言わずもがな、元浜と松田である。
非常階段側ではなくホール側から顔を出した二人の後ろに転移で回り込むと、気配を消したまま手刀で気絶させた。
崩れ落ちる二人を抱えると部屋まで移動しベッドへと放り込んだ。そのまま魔術で女子の入浴時間が終わるまで眠るように処置すると、非常階段を確認する。
「バラバラになれェェッ! 「洋服崩壊」ッ!」
ちょうどそのタイミングで技が決まったらしく、ロスヴァイセが全裸になった。
「う、うぅ……」
「ゴメンなさい。つい」
謝る一誠にロスヴァイセは泣きながら激怒する。
「ついで済ませるつもりですか!? あ、あのジャージは特売のときに九百八十円で買ってきたものなんです! い、今だと三倍以上するかもしれないのに! ブラジャーやパンツだって、安い時に買ってきたんだからーっ!」
服を破壊されたのがよほど腹に据えかねたのか肌を隠すこともなく怒り始めるロスヴァイセに天魔は顔を覆いつつも念のため持ってきていたシーツをかける。それで現状に気づいたのか慌てて身体を隠すようにシーツを巻き付けた。
「ハッ! やだ! お、お嫁にいけなくなっちゃいます!」
「今頃ですか!?」
「今頃ってなんですか! 衣類をバラバラにするのがどれだけもったいないことか! 貴方の「洋服崩壊」は環境に優しくありません! その上、あなたは性欲が旺盛過ぎる! き、きっとティッシュもすごいことになっているんじゃないですか!? 先生、そういうのは許しませんよ! 資源は尊いんですから!」
「俺、そういうことで説教うけたの初めてですよ! いえ、ごめんなさい! 謝ります!」
謎の方向性からの説教に一誠も思わず謝る。最早覗きどころではない状況に天魔がどうしたものかと考えているとアザゼルがやってきた。
「あー、楽しんでいるところすまない」
「アザゼル先生! ど、どうしてここに?」
「何かあったのか?」
視線を向ける一同にアザゼルは頬を掻きながら答える
「俺とお前達に呼び出しがかかった。近くの料亭に来ているそうだ」
「誰が呼んでいるんですか?」
一誠の問いにアザゼルはニヤリと笑って答えた。
「魔王少女様だよ」
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