乾いた音がオカルト研究部の部室にこだまする。
「だめよ。あのシスターの救出は認められないわ」
音の発生源は一誠の頬。理由は一誠がアーシアが赴任したとされる廃教会にアーシアを助けに行きたいと言い出したからだった。
リアスの表情は険しい。なにせ、一誠はリアスを裏切るようなことを言っているようなものだからだ。
眷属悪魔でありながら堕天使といさかいを起こし、戦争への火種を生み出そうとしている。上級悪魔であるリアス・グレモリーとしては受け入れることはできなかった。
「それなら、俺と天魔だけでも行きます。あの堕天使が言っていた儀式ってのが気になります。堕天使が何かするに決まってる。アーシアに危険が及ぶかもしれないんです」
「貴方たちは本当にバカなの⁉いけば確実に殺されるわ! 元が眷属悪魔ではない天魔はともかく、貴方はもう転生によって生き返ることはできないのよ⁉それがわからないの⁉」
「行かなければ後悔します!」
「貴方の行動が私やほかの部員にも多大な影響を及ぼすのよ! 貴方はグレモリー眷属の悪魔なの! それを自覚しなさい!」
「なら、俺を眷属から外してください。俺たちは一個人としてあの協会に乗り込みます」
「そんなことできるわけないでしょう! 貴方はどうしてわかってくれないの⁉」
言い合いはヒートアップし、とうとうリアスが激高する。一誠がわずかにたじろぐが、やはり一誠には譲れないものがあった。
「俺たちはアーシア・アルジェントと友達になりました。付き合いは短いですが、アーシアは大切な友達です。俺には友達を見捨てられません!」
「……それは立派ね。そういうことを主である私に面と向かって言えるのはすごいことだと思うわ。それでも、それとこれとは話が別よ。あなたが考えている以上に悪魔と堕天使の関係は簡単じゃないの。何百年、何千年とにらみ合ってきたのよ。隙を見せれば殺されるわ。彼らは敵なのだから」
「敵を消し飛ばすのがグレモリー眷属じゃなかったんですか?」
「……放逐されたとはいえ、あの子はもともと神側の使者。私たちとは根底から相容れない存在なの。堕天使のもとに下ったとしても、私たち悪魔と敵同士なのは変わらないわ」
「アーシアは、あの子は敵じゃないです!」
にらみ合う両者だったが、それはドアが開いたことで中断される。部室へと入ってきたのは天魔だった。
「……まだやってたのか」
「天魔! 貴方も教会に行くつもりなのでしょうけど、それがどういう意味か分かっているの⁉」
「こんな局地戦で大問題にはなりませんよ。前も言いましたけが、俺は悪魔ですけど悪魔に属しているわけじゃない。それに、俺は部長の配下じゃないんで、従う義務もありませんし」
天魔の言葉にリアスは言いよどみ、歯噛みする。そこに、朱乃が近づくとリアスに耳打ちした。それを聞いて、リアスの顔がより険しくなると、一誠にちらりと視線を向けた後、部室の全員を見渡して言う。
「大事な用事ができたわ。私と朱乃は少し外に出るわね」
「部長、話はまだ終わって──」
リアスの一方的に話を打ち切るような態度に一誠がいきり立つが、リアスは言葉を遮るように一誠の唇に指をあてる。
「イッセー、貴方にいくつか話しておくことがあるわ。まず一つ。イッセーは「兵士」を弱い駒だと思っているわね? どうなの?」
一誠がリアスの問いを肯定しうなずくのを確認すると、リアスは続きを話し出す。
「それは大きな間違いよ。「兵士」にはほかの駒にはない特殊な力があるの。それが「プロモーション」よ。実際のチェス同様、「兵士」は相手陣地の最深部にたどり着いたとき、昇格することができるの。「王」以外のすべての駒に自身の中の駒の特性を変化させることができるのよ。イッセー、貴方は私が敵の陣地と認めた場所に足を踏み入れた時、「王」以外の駒の力を得ることができるの」
リアスは念を押すように駒の特性を話すと忠告を始める。
「あなたは悪魔になって日が浅いから、駒としての力が強大な「女王」へのプロモーションは負担が大きすぎて無理でしょう。けれど、それ以外の駒の力なら使えるはずよ。心の中で強くプロモーションを願えば、貴方の能力に変化が訪れるわ」
自身の駒の力に目を見張る一誠に、リアスが続ける
「それともう一つ、神器について。イッセー、神器を使うときこれだけは覚えておいて」
リアスが一誠の頬をなでながら続ける。
「想いなさい。神器は想いの力で動き出すの。そして、その力も強くなるわ。あなたが悪魔であっても、想いを強く持てば、神器は応えるのよ」
一誠が自身の神器が宿る左手に目をやると、リアスが一誠から離れる。
「最後に、絶対にこれだけは忘れないこと。「兵士」でも「王」をとれるわ。これは、チェスの基本よ。それは悪魔の駒でも変わらない事実なの。あなたは、強くなれるわ」
それだけ言い残してリアスは朱乃とともに魔方陣でどこかに転移する。
「話は纏まったみたいだし、そろそろ行くぞ」
「いや、行くには行くけどよ。何も纏まってないだろ」
「あ? そんなの──」
「二人とも、行くのかい?」
体をほぐしつつ出発を告げる天魔に言葉の真意を理解できていない一誠が疑問を投げかける。説明をしようとする天魔に祐斗が話しかけた。
「まぁな。このままあいつらを放っておけばアーシアの平穏は脅かされる。助けるって言った以上、最後までやってやらなきゃな」
「……殺されるよ? 確かに天魔君は力があるみたいだし、兵藤君には神器とプロモーションがあっても、エクソシストの集団と堕天使を相手にはできない」
「死ぬわけないだろ? あの程度の相手がどれだけ束になろうと相手にならんよ」
目を合わせ、言い聞かせるように告げる祐斗に対し、天魔は余裕そうな態度を崩さない。
「勇敢と無謀は違うんだよ」
「で? お前は何が望みなんだ?」
押し問答が続くことを理解した天魔が祐斗に問いかけるとはっきりと返答する。
「僕も行く」
「なんだ? ブーメランをご所望か?」
「そんなんじゃないよ。人数が多いほうが生き残れる可能性は上がるだろ? 僕はアーシアさんをよく知らないけども、君たちは僕の仲間だ。部長はああおっしゃったけど、僕は君達の意思を尊重したいと思う部分もある。それに、個人的に堕天使や神父は好きじゃないんだ。むしろ憎いくらいだよ」
「あ~、ハイハイ。お前の意思は分かったよ」
祐斗の物言いから何か感じ取ったのか、両手をあげて祐斗の同行に関しては何も言わないという態度をとる。天魔は一誠に向き直ると話の続きを始めた。
「さて、話の続きだ、イッセー。部長が言っていたことを思い出せ。「
「もしかして」
「ああ、遠回しに「その教会をリアス・グレモリーの敵陣地だと認めている」ってことだ」
「そう、部長は君達に行ってもいいって遠回しに認めてくれたんだよ。もちろん、僕にもフォローしろって意味も含まれていると思うけど。きっと部長にも何か考えがあるんだよ。そうでなければ、君たちを閉じ込めてでも止めると思うよ」
一誠がようやく気付いたかと肩をすくめる天魔と苦笑する祐斗へと小猫が進み出る。
「……私も行きます」
「小猫ちゃん⁉」
「主導している俺が言うのもなんだが、相当危険だよ? 行きたい強い理由がある木場はともかく、君まで危険な目に合う必要はないんじゃない?」
「……さっき祐斗先輩が言ったように、人数が多いほうが安全です」
「感動した! 俺は猛烈に感動しているよ! 小猫ちゃん!」
「あ、あれ? 僕も行くんだけど?」
一誠に放置された祐斗の肩に天魔が手を置き、無言で慰めた。
一誠が落ち着くのを確認すると、天魔は三人の顔を見回すと声を上げる。
「よし、では行くぞ! アーシアに仇なす者どもを、今日中に叩き潰す!」
夜も更け、街灯が主な明かりとなった通りを天魔たちは走っていた。
「俺が、転移できれば、もっと早く、つくんだろうな」
「ウォーミングアップは必要だし気にすんな。それより体力温存しとけ、戦場じゃ動けなくなった奴から死ぬ。とここで今一度、自己紹介といこうか」
自らの力の不足を嘆く一誠を黙らせ、天魔が提案したことに三人そろって疑問符を浮かべる。
「主に個人の戦闘スタイルとかだな。例えば俺が砲撃できるような神器を持ってたら先に突っ込まれると困るだろ?」
疑問を持っていた面々が納得したのを確認すると話を始める。
「といっても不透明なところが一番多いのは俺だな。俺も神器を持ってる。今使ってる形はこんな感じだ」
周囲の驚愕をよそに自身の両手に一誠の神器に似た白い籠手を顕現する。ただ、その籠手は一誠の神器のように肘まで覆うものではなく、前腕の半分程度までを覆っていた。
「俺はこいつを「
天魔は籠手の説明をしながら操作すると、指先の長さが倍になるかのように爪が伸びる。
「へぇ、そういう神器もあるのか。初めて見たよ」
「じゃぁ次、木場。何かいっとくことあるか?」
「そうだね……以前部長に紹介された部分を省略すると、僕も神器は持ってるよ。「
「「魔剣創造」……確か任意の魔剣を作成する神器だったな」
「そう、だから今回は光を無力化する魔剣を作ってあるよ。後で渡すね」
「ふむ。じゃぁ搭城さんは? 何かある?」
「……いえ……何も」
「……そっか、ならいいや」
祐斗の言葉に納得し、小猫へと話を振る。俯きながら話すことはないと告げる小猫に少し考えた後に天魔は返し、前を向きなおした。
「じゃあ、俺も」
「イッセーはいいだろ。神器「龍の手」。戦闘経験なし。あんまり前線に出るべきではないな。後衛で役に立つ訳でもないが」
「お前なぁ…いや、実際そうなんだけどよ」
天魔が一誠が話そうとするのを押しとどめると、一誠はその内容に不服そうにしていたが誰も慰めることはできず、そのまましばらく走ると廃教会へと到着した。
「とりあえず、堕天使はいるみたいだな」
「そうだな、悪寒が止まらねぇ」
「はい、これ。図面」
「悪いな」
「相手陣地に攻め込むときのセオリーだからね」
天魔が堕天使の気配を感じて身震いする一誠をなだめていると祐斗が建物の見取り図を広げる。祐斗の準備の良さに驚く一誠だったが、誰も気に留めなかった。
「内装は主に聖堂に宿舎。怪しいのは聖堂だろうね」
「宿舎は無視していいのか?」
「以前敬っていた神に近づく場所であった聖堂の地下で、神を否定するような怪しげな儀式を行うことで、神への冒涜をしているかのような自己満足に浸るもんらしい」
「愛していたからこそ、捨てられたからこそ、憎悪の意味を込めてわざと聖堂の地下で邪悪な呪いをするんだよ」
天魔と祐斗の言葉に納得した一誠に突入後の流れを説明していく。
「建物の構造はシンプル。入り口から聖堂までは目と鼻の先。地下への入り口は多分祭壇の下だな。退路のためにもそこまでにいるであろう刺客を何とかする必要はあるか」
「刺客……ね」
「大丈夫だろ。囲んで叩けば問題ない」
戦闘の気配を感じて気が滅入る様な一誠に天魔が明るく返すと、雰囲気がほぐれ、祐斗が刃のない剣を渡し使い方を説明すると四人で入り口の前へと立つ。
「どうする? 入口ぶち破るか?」
「近所迷惑だろ……」
軽い口調で話しながら扉を開け放ち、一気に聖堂へと流れ込む。
長椅子に祭壇がおかれており、内部はろうそくと電灯の入り混じった明かりで照らされていた。よく観察すると聖人の彫像の頭部が打ち壊されており、それが何とも言えない不気味な雰囲気を作り上げていた。
そんな雰囲気に一誠が気圧されていると、突如、聖堂内に拍手が響く。全員が目を向けるとどこぞで見た少年神父が現れる。
「ご対面! 再会だねぇ! 感動だねぇ!」
「フリードだったか?」
「俺としては二度会う悪魔は居ないってことになってんだけどさ! ほら、俺、メチャクチャ強いんで、悪魔なんて初見でチョンパなわけですよ! 一度会ったらその場で解体! 死体にキスしてグッドバイ! それが俺の生きる道でした! でも、お前らが邪魔したから俺のスタンスがハチャメチャ街道まっしぐら! ダメだよねぇ~。俺の人生設計を邪魔しちゃダメだよねぇ~! だからさ! ムカつくわけで! 死ねと思うわけよ! つーか、死ねよ! このクソ悪魔どもがよぉぉぉぉぉッッ!」
相も変わらずふざけた態度から天魔の言葉を無視して、一息に喜怒哀楽を表現すると、拳銃と光の剣を取り出した。
「てめぇら、アーシアたんを助けにきたんだろう? ハハハ! あんな悪魔も助けちゃうビッチな子を救うなんて悪魔さまはなんて心が広いんでしょうか! てか、悪魔に魅入られている時点であのクソシスターは死んだ方がいいよね!」
「死ぬ? どういう意味だ! アーシアはどこだ!」
「んー、そこの祭壇の下に地下への階段が隠されてございます。そこから儀式が行われている祭儀場へ行けますぞ」
フリードの言葉に声を荒げる一誠に対して刺客の自覚のなさそうに天魔たちの目的地を告げる。
「余程自信があるのか、ただのバカなのか……ともあれ、あとのことも踏まえて、囲んで叩く方向でいく。四対一だ。速攻でたたませてもらう!」
天魔の声を皮切りに戦闘が始まった。