修学旅行も終え、天魔も復調した数日後。
天魔は翼沙と巴柄を伴って将棋部の部室前に立っていた。
「御用改めである! 生徒会だ!」
叫びながら部室の扉を開けると、中では半裸で将棋を指す男子部員がいた。
「噂は本当だったか! 脱衣将棋などといかがわしい行為は生徒会が許さん!」
「ま、待ってくれ! これには理由が!」
「聞く耳もたん! 神妙に縄につけ!」
言い訳をしようとする生徒もいるが、天魔は慣れた様子で拘束してく。
なぜ天魔が一誠たちではなく将棋部員を拘束しているのか。
それは一時間程前に遡る。
放課後のオカルト研究部部室にて、ティータイム中にそれは来た。
「天魔君、少々手を貸して頂けないでしょうか」
開口一番にそう口にしたのはソーナだった。
「何かあったんですか?」
突然の要請に天魔は首をひねる。ソーナは朱乃の淹れた紅茶を一口飲んでから話し始めた。
「サジが風邪をひきました。悪魔のかかるタイプのものです。しかもドラゴンがひく風邪も併発しました」
「あ~……それはきついっすね」
天魔は同情を込めた視線を空へと投げた。
ソーナの話では感染経路は調査中らしく、その間の元士郎の代わりとして天魔の力を借りたいというものだった。
というのも、生徒会のメンバーは眷属悪魔なので力仕事は問題ない。だが、これまで一般生徒として生活してきた女子生徒が突然その力を活用し始めるとどうしても不自然になってしまう。そこで代役として天魔へと白羽の矢がたったのだった。
グレモリー眷属から選ばれなかった理由だが、ギャスパーでは見た目の説得力が足りず、祐斗では女子高生である眷属悪魔達が問題を起こすことを懸念してのことらしい。
その点、天魔は夏休みの訓練で上下関係も染みついているため浮ついたことを考える隙間もなく、ちょうどいいとのことだった。ちなみに一誠についてだが、不安要素はないが、リアスに悪いからという理由である。
「ま、そういうことなら俺も断る理由はありませんよ。問題を起こす生徒への仕置きも慣れてますし」
そう言って天魔が笑って告げると、オカルト研究部員は苦笑する。
それらには取り合うことなく、ソーナは天魔を見ていた。
「では、よろしくお願いしますね、天魔くん」
「えぇ、お任せ下さい」
膝の上に座っていた小猫を横に置き、天魔は恭しくお辞儀をしてソーナに応じた。
了承後は早速生徒会室まで移動し、学園祭における各部活動の活動予定の確認、荷物の運搬を終え、不穏な噂のある部活の確認が始まった。
そして、冒頭に戻る。
こういうものは抜き打ちの方が効くのだと豪語する翼沙の持ったメモを参考に各部室を巡っていくのだが、行く先々で問題が発覚していった。
生徒会の訪問に抵抗するだけ無駄だとわかっているのか大抵はドアを開かれた時点で生徒達は絶望的な表情で諦める。中には抵抗しようとする生徒もいたのだが、日々一誠達の仕置きをしている天魔が現れたことで希望も断たれたといった表情で崩れ落ちていった。
その後は顧問の先生に報告して終了となる。スムーズに進んで行く確認に翼沙はメモを見ながら唸っていた。
「しかし、天魔がいるとまったく抵抗する生徒がいないな。順調すぎて拍子抜けだ」
「順調ならいいことだろう」
「翼沙は慌てる生徒を見て楽しむところもあったからね」
雑談をしながらそうかを歩いていく。
たどり着いたのは新校舎三階の奥の部屋だった。
ドアに張り付けられた漫画研究部の張り紙を見て、天魔が苦笑する。
「ここかぁ……」
「その様子だと、噂は聞いているようだね」
「いかがわしい漫画を描いてるって話だろ? 去年の学園祭では即売会までしてたとか」
天魔の言葉に翼沙が頷く。ネタになっていることを知っている天魔からすればさもありなんといった心境である。
「はぁ……ま、話が早い方がいいだろう。ちょっとここで待ってくれ」
そういうと天魔は扉の前に立ち、独特なリズムでノックをする。その様子に翼沙と巴柄は首を傾げていたが、ややあって中から応答があった。
「合言葉は?」
「らりるれろ、だ」
「どうぞ……」
天魔は開かれた扉から半身だけ中に入ると指先で二人を呼んだ。
足音を立てないようこっそりと近づいていく二人に天魔と漫画研究部員の会話が届く。
「あれ、兵藤? この前確認は済んだはずじゃなかったのか?」
「あぁ、それは終わってる。今回は悪い話ともっと悪い話があってな」
二人がドアの横にたどり着く。天魔の言葉に緊張した様子の漫画研究部に向けて天魔はゆっくりと話を続ける。
「悪い話ってのは、どうにも生徒会が例の本に感づいたらしい」
「なっ⁉」
報告を受けて漫画研究部がざわつく。彼らを天魔は手で制すると、部長である女子生徒へと問う。
「あれはどこにしまっている?」
「使っていないパソコン本体の空きスペースに隠してあるわ」
それを聞き、天魔はほくそ笑んだ。
「それは重畳」
「そ、それで、もっと悪い話ってのは……?」
「あぁ、それはな……」
部員の一人が緊張した面持ちで聞いてくるのに、天魔は横にずれながら答える。
「今日の俺は生徒会の使いってことだ」
「生徒会だ! 会話は聞かせてもらったぞ!」
「ゲッ!」
突入した翼沙を見て部員達が顔を引きつらせる。天魔もそれに続き目標のパソコンへと誘導するのを見て、部員達が声を上げる。
「う、裏切ったのか⁉」
「さっきも言ったが、すでにネタは掴まれていたぞ。早いか遅いかの違いだ」
肩を竦める天魔に部員達は歯噛みする。その後ろでパソコンのカバーの中から薄い本を取り出した翼沙は中身を検め始めた。
「……これが隠していた本だな。どれどれ……これは!」
内容を一通り検めた翼沙はその内容が全員に見えるように突き出した。
「見つけたぞ、漫画研究部! これが噂の証拠だな!」
そこに描かれていたのは濃厚なBL描写だった。キャラクターは一誠と祐斗にどことなく似ている。
題名には『野獣兵藤×木場きゅん15』と書かれていた。
「明らかに同性愛による性描写だ。学園の規則に反する漫画だね」
「表現の自由を奪うつもりなの⁉き、規則反対よ!」
「描くなとは言わない。ただ、これを一般生徒の目に触れるようなことをしないで欲しいだけよ」
「で、でも、駒王学園の多くの女子がこれを……野獣とイケメンの愛を待っているのよ!」
「何はともあれ、これらは没収だ。顧問の先生にも報告させてもらうからね」
「くっ……! 無念だわ! まさか、今年の春からの人気シリーズが十五冊目にして権力に屈するなんて!」
翼沙の判決に漫画研究部部長を始め、悔し涙を浮かべる。これ以上抵抗する様子はないとみて翼沙は本を回収用の袋に入れ、ふと天魔へ顔を向けた。
「そういえば天魔。これらの本について知っていたようだが、どこから情報を得ていたんだ?」
翼沙の問いに天魔は顔を歪める。しばらく沈黙していたが深いため息を吐き、頭を掻いた。
「……すぐわかることだしな」
天魔はそう言って逆側から本を取り出すと、表紙を表にして渡す。そこには天魔と祐斗をモデルにしたと思しきキャラクターのBL描写がなされていた。題名は『金は銀に染められる27』だ。
「これは……」
「あぁ……俺と祐斗のナマモノだ。何だか視線が妖しい気がして、調べていたら出てきた。いろいろしたんだけどな、止まらねぇんだ、こいつら。で、放置するよりは暴走しないよう手綱を握る方がましかな、と」
遠い目をした天魔に翼沙と巴柄は何も言えなくなる。話すと長くなるし、頭の痛くなる内容なので天魔は話そうとしないが、本当にいろいろとあったのだ。生徒会を頼れば早期解決も出来たのではという話ではあるが、当時は上級悪魔であるソーナを警戒していたので接触しようとはしていなかった。警戒を解いた後で通報しなかったのは、関わったことへの義理である。
余談だが、天魔がSであるため祐斗が右となっており、一誠とのカップリングでもそれが引き継がれている。
こうして、各部活動へのがさ入れは天魔の深いため息で締めくくられた。
がさ入れも終わり、休憩となった天魔は翼沙、憐耶と食堂で卓を囲んでいた。
「そういえば、桃と瑠流子はあれからどうなんだ?」
クッキーの包みを差し出しながらの天魔の質問に憐耶は苦笑する。その表情を見て、天魔はため息を吐いた。
「進展なしか」
進展というのは元士郎を巡っての恋模様である。
瑠流子の方は後輩として元士郎から世話をされていたことで次第に惹かれていったらしい。
そして、桃は当初こそ天魔に憧れを抱いていたものの、夏休みの合宿で心身ともに虐め抜かれ、浮ついた気持ちは木っ端みじんに粉砕されたようだ。そんな中、自分よりも厳しいしごきを受けている元士郎に対して一目置くようになり、気づけば心惹かれていたらしい。
そんな二人は水面下で争っており、元士郎にもアピールしている。しかし、元士郎の本命はソーナであり、当のソーナは元士郎を弟程度にしか思っていないという見事な一方通行となっている。
そんな悲しい現状だが、二人のアピールに触発されソーナの見る目も変わるかもしれないため効果的な方法でも提案しようかと考えていると、翼沙が呟くように告げる。
「いっそのこと、天魔が会長も落としてくれれば、あの二人も攻勢に出やすいんじゃないかと思うんだが」
「はぁ?」
「いや、天魔は会長に対抗できるぐらいチェスも上手いし、そうでなくても信頼されているだろう。家柄という意味でも旧魔王の血筋だと判明している。会長としても上級悪魔としても条件には合うとおもうのだが」
「次期当主の問題があるだろ。仮にも魔王の血筋が上級悪魔に婿入りはできないんじゃないか?」
「……それもそうか」
「そもそも、なぜそんな話になる。あの人が俺を選ぶわけもないだろうに」
「……本気で言ってるの?」
「望まれたこととはいえ、あんだけ泥だらけ傷だらけにしてきた相手に誠実さを見ても恋情を抱けると思うか?」
「「……」」
天魔の言葉に二人は何も言えなくなる。それほどまでに夏休みの合宿では容赦がなかった。また、実際にいろいろなものを砕かれた桃という実例があるのも質が悪かった。
その後はそれぞれ仕事に戻り、この日の生徒会活動は幕を閉じた。
それから数日後。元士郎も快復し、天魔の生徒会での活動も最終日となった。
残っていた仕事をかたずけ、生徒会室へと戻ってきた天魔を出迎えたのは巨大なケーキだった。ケーキの上には「天魔くん お疲れさま」と書かれている。
「このケーキは?」
「これは天魔君のために用意したケーキです。サジの代わりに頑張ってくれましたのでお礼という意味も込めて、ケーキを用意しました」
天魔の疑問にはケーキの陰から顔を出したソーナが答えた。わざわざ用意してくれたことに天魔が感謝していると、憐耶が手を挙げた。
「こ、これ、会長のお手製ですか?」
「ええ、そうです」
ソーナの答えに翼沙が顔を覆う。よく見れば、他のメンバーも顔を青くしていた。
「わ、私は一応止めましたよ」
他の眷属からの視線を受け、椿姫が言い訳じみた物言いをする。
そのことを疑問を抱いている間にソーナはケーキを切り分けて皿へと移していく。
「さあ、天魔君。どうぞ」
「いただきます」
フォークとともに皿を渡され、怪訝そうにしながらも口へと運ぶ。
「……ッ⁉」
口中に広がるのは痛み。次いで塩味と尋常ではない苦味が追いかけてくる。
見た目こそ綺麗なチョコレートケーキだが、甘味というものがまったく感じられなかった。
滑らかに整えられて見えるクリームは砂のようなざらりとした感触を舌に伝え、スポンジの間からは硬質な物体が飛び出し、ケーキを食べているとは思えない音が咥内に響く。
お世辞にも美味いなどと口が裂けても言えない味に天魔が閉口していると、憐耶と翼沙が耳打ちしてくる。
「天魔君! 我慢して食べて! 会長のケーキは殺人級の威力なの! ありえない食材を使って、見た目だけ美味しそうなケーキに仕上げる天才なのよ! 会長、機嫌がいいとこれを作ってくれるんだけど、私達の口に合わないと知ると気にしてすごくショックを受けちゃうの!」
「意外に会長は繊細なんだ! お菓子作りがとても得意だと自分で思い込んでいる! 元士郎も毎回我慢して食べてるんだ! それに姉君には好評だから会長の料理をけなすとあの魔王が来るぞ!」
二人の忠告に天魔は眉を顰める。ソーナとその眷属が見守る中、無言で皿の上のケーキを平らげると、フォークを置いた。
「会長、今すぐ生産者の皆さんに土下座してきてほしい思いでいっぱいです」
突然の宣告に生徒会室がざわつく。いきなり忠告を無駄にされた翼沙は思わずといった様子で声を荒げる。
「お、おい天魔、それは」
「黙れ! 趣味程度とはいえ製菓を嗜む者として、これをケーキと認めることなど出来ん!」
「でも、魔王様が」
「魔王が怖くてテロリストができるか!」
翼沙に続いた憐耶にも怒声で返し、ソーナへと指を向ける。
「こんなものは菓子ではない! 今の貴様は自己満足で他者の努力を無に帰し、下僕に無理を強いているだけだ!」
天魔の言葉にソーナは答えない。否、答えられない。
ソーナとて、何も疑問に思わず自身の腕を妄信していたわけではない。時折、眷属が顔色を悪くして退席することもあったので、口に合わないことがあったことも理解している。しかし、姉はいつでも笑顔で完食してくれたし、眷属から何か言われたこともない。
故に言葉を失い呆然としてしまった今のソーナに言葉をかける理由をなくし、天魔はシトリー眷属へと振り返った。
「そもそも、これはお前達が口にすべき事実だぞ」
「しかしだな」
「主が恥をかくことを見過ごして何が配下か!」
眦を吊り上げ怒声を上げる天魔にシトリー眷属は閉口する。
「上級悪魔としての貴族的な付き合いの中で、茶会はメジャーな交流の方法だ。場合によっては主自ら菓子を用意することもありうる。そういう場合にこんなものを得意気に振舞えば、恥どころでは済まんぞ!」
言いたいことを言い切った天魔は視線をソーナへと戻す。僅かに震えるソーナに剣呑な気配を収めると、落ち着いた言葉で語りかけた。
「取り敢えず、しばらくは俺と特訓しましょう。まずは基礎からみっちりと叩きこみますので」
穏やかだが、拒否は許さないと言外に告げると、ソーナも頷いた。
ひとまずこの場が収まったことを確認すると、天魔は座り直すとフォークを手に取った。
「ちょっと待て、何をするつもりだ?」
「何って、これを食うに決まっているだろ」
「あれだけ言ったのにか?」
「確かに、これを菓子として認めることはできん。が、俺のために用意してくれた厚意を無下にするわけにもいかんだろ。そのことについての感謝はあるし、せめて食べきるのが誠意というものだろ」
それだけ言って、天魔はケーキを食べていく。相変わらず食物とは思えない音を立てるが、それに怯むことなく食べ進め、きっちりと完食したのだった。
その夜、天魔が腹を壊したのは言うまでもない。
感想・評価・お気に入り等ありがとう御座います。