私たちはこれらの事実を受け止めなくてはならない。
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【プロローグ】 加代子と慎平のその日常の記録
その茶封筒にさして厚みはなく、増田加代子は「またうちの慎平ちゃんがアニメの懸賞に応募したのかしら……?」と特に疑問を抱くことはなかった。
そのままサランラップをかけた食品トレイの上に茶封筒をそっと乗せ、”慎平ちゃん”の機嫌を損ねないように、
いつも通りそっと靴下の先だけで音を殺して少し埃の積もった階段を1段ずつ登った。
カチカチ、と規則的なタイピングの音と、たまに苛立ったように壁を殴打する鈍い音が加代子の肩を少し跳ねさせた。
これは彼のご機嫌が芳しくないことをこれ以上ないほど顕著に現しているからだ。
部屋を1回だけノックして、扉の前に食品トレイと茶封筒を置こうと屈んだ。
齢61の加代子の腰は最近ますます過労を極め、少し顔を顰め体制を崩したせいかトレイが扉にぶつかり不快な音を立てた。
タイピングの音が不気味に止まる。
「おい」
「次音立てたら殺すっつったろうが老害ババアッッッッ!!!!!!!!」
「ごめんね、ごめんね慎平ちゃん、次は気をつけるから、ごめんね」
また何か叫ぼうと息を吸い込むような空気を感じたが、普段運動も発声もしない彼の喉が限界を迎えたのだろうか、それ以上は怒鳴ることなく"慎平ちゃん"は苛立ちをまた壁にぶつけて大きく息をフス、と吐いたようだ。
これが増田加代子並びに慎平の、最悪で、いつも通りの、日常である。
この話はそんな慎平のもとに届く、とある一通の光明から始まる。
【社会復帰プログラム】
「トレセン学園 清掃員募集のお知らせ」
昨今、トゥインクルシリーズをはじめ、業界を取り巻く状況は厳しいと言われています。そんな中、弊校は「走る楽しさをすべての生徒に」を理念とし、入念なリサーチと自由な発想で、独自の施設の開発、生徒へ目を向けた育成カリキュラムの施行を日々行っております。その結果、着実に結果を伸ばし続けています。
ですが人員不足の事実も否めません。
そこで、1人でも多くの「走る彼女たちの力になりたい」という意欲のある方のお手伝いをして頂きたいと考えています。そのために、共にウマ娘たちの走る環境作り貢献していただける仲間を募集することとなりました。以下に募集要項を記載いたしますので、ご興味をもたれた方はぜひご連絡ください。
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【業務内容】
・清掃業務
・ゴミ出し
・荷物の受け取り※募集内容や、応募資格等の詳細はこちらをご覧ください。 http://www.*******.***■勤務について
・雇用形態 パート・アルバイト・勤務地 トレセン学園・勤務時間 9:30~18:00(完全週休2日制)
・待遇 能力に応じて当社規定により優遇
■求める人材
・今現在職業に就いていない方(5年以内に就業履歴のない方)
・整理整頓が好きな方
・仕事を最後までやり遂げる責任感のある方
■選考の流れ
【1】履歴書/職務経歴書をご郵送ください。(締め切り:○○年○月○日)
【2】職種に応じた「課題」のご提出
【3】面接
【4】内定
■問い合わせ・連絡先〒○○○-××××○○県○○市○○町1-27-3採用担当:駿川たづなTEL:○○-○○○○-○○○○(土日祝を除く10:00~17:00)
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ご応募、お待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします。
住所:〒111-1111 東京都◎◎区◎◎町1-2-3TEL:03-****-**** / FAX:03-****-****URL:http://www.***.co.jpMail:◎◎@***.co.jp
駿川たづな---------------------------------------------
これを読んだ慎平は、謎の悪寒に自分の好き放題生えた腕の毛を撫でた。
母親の作ってくれた大好きな味付けの唐揚げのカスを満足そうに舐めとる。
久方振りの期待と興奮を、体の不調だと脳が勘違いしているようで、妙に手先が震えた。
6年ぶりに中学の頃使っていた筆箱から筆記用具を取り出そうとして……
やめて、もう一度青白い光を放つPCにかじりつく。油でマウスが滑って苛苛する。所々文字の消えかけたキーボードでそわそわとタイピングした。
【超募集】履歴書かけるニキネキ募集【緊急】
慎平の膨れ上がる興奮に対して、そのスレッドの閲覧数はあんまり伸びなかった。
慎平がそれでもイライラしなかったのは、並ならぬ高揚からだった。
別にいい。
「ババア」
わざと聞き取れるか聞き取れないかくらいの声で言った。
返事はなく、それは慎平にとって好都合だった。
「俺が呼んだら……」
「15秒以内で来いっつったろ!!!!こンのクソババア!!!!」
イライラを発散出来て慎平は大きく鼻息をついた。禿げて綿が飛び出した椅子を怒りで軋ませる。
約束を守れないやつは怒鳴られて当たり前だ。
母親を怒鳴りつける大義名分のために故意に小さい声で呼んだという都合の悪い真実を、当然のように慎平は無視した。
この孤城の主は慎平だから。
「ごめんなさい慎平ちゃん、ごめん、どうしたの」
「書け」
慎平はまたくぐもった声で命令しながら、ドアの隙間を、1枚のプリントが潜り抜けるように投げる。
プリントは埃を切って、加代子の花柄のスリッパにまで到達した。
慎平の母親がこれを受け取り、履歴書を提出してから彼が採用されるまで、あと2週間の出来事だった。
【序章】楽園の扉
バスの中、慎平は久々に車に揺られる感覚に堪えかねて大きなゲップを1つ吐き出した。口の中に胃液の味が少し広がり、顔をしかめて口をモゴモゴと動かす。
普段なら癇癪を起こすところだが、慎平は心中穏やかではなく──それどころではなかった。
彼は酔い加減も気にせず、その手に握りしめたスマホに必死に文字を打ち込む作業に熱中していたのである。
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【超朗報】トレセン学園の清掃員バイト受かったけどぽまいらなんか質問ある?
1風吹けば名無し202x/2/15(土) 08:54.88ID:JWGwxE/ c0 >>8 4>>110
以下ワイスペック
無職28歳
170cm57kg
彼女なし(これから選ぶ予定)
恐らくフツメンw
小学校の頃クラスの女子に告白されたことある
趣味はVTuber(ポロライブすこw)
ちなDT
どう思う?
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慎平の本当の身長は167cmである。一瞬逡巡したが、ほぼ170cmみたいなもんだしな。と慎平は気を取り直してスレッドを立てた。
ピコン、と直ぐに書き込みが続く。
長らくネット民である慎平がスレッドを立てたことはこれまでにも数え切れぬほどあった。
しかし、宇宙人と会ったという必死で考えた嘘を承認欲求にまかせてついた時より圧倒的なスピードで閲覧数が増えていくのは紛うことなき快感であった。
ぞわり、と背中を刺激が駆け巡る。
それは慎平が求めていた、ゲームでは無い現実の、その上誰もが未体験の快楽であったのだ。
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2風吹けば名無し202x2/15(土) 08:55:12ID:eeNrYZD10HLWN
>>1
勿体ぶらないで早く誰狙いか言えよ童貞
3風吹けば名無し202x2/15(土)08:55:23ID:OUSimSZS0HLWN>>1
これ自殺しないで生きてるの偉いんやないんか
3風吹けば名無し202x2/15(土)
08:55:35.ID:m6kvE9WAaHLWN
ちゃんと仕事やるなら文句ないわ
6風吹けば名無し202x2/15(土)08:55:62ID:O5xppj0Z0HLWN
生ダスカうおおおおおおおおおお
風吹けば名無し202x2/15(土)08:56:52
IDLawWGmwwJADDMD
早く写真とID付きでトレセンにいる証拠だせよマヌケ
出せなければお前の負け ←既に確定済み
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なんで信じねえんだよクソバカが、コイツらみたいな底辺が俺に命令するな、というようないらつきのあまり慎平は高速で降車ボタンを押し、ドカドカと(運動神経が悪い慎平がわざと足音を立てて歩く様はまるで珍獣のようであり、バスの乗客はみなこれを避けるように退いた)足を踏み鳴らしてバスから降車した。
すぐさま鞄の中に仕舞ったメモ帳に乱雑にIDを書きなぐり、どこで写真を撮ってやろうか、と鼻息も荒く顔を上げて──────慎平の呼吸はいちど止まりかけた。
バスを降車するとそこには、ここ数日は慎平が夢にまで描いた光景が広がっていた。
それは広大なターフであった。
しかし慎平が目を奪われたのはその巨大な存在感を放つターフではなく、そこで動く豆粒のような「彼女たち」であることは疑いようがない。
微かに聞こえてくる鈴の音を鳴らしたような、それでいて凛とした声は恐らく走る掛け声だろうか。
健康的に日焼けしたしなやかな肉体と、輝くような(実際この時の慎平と彼女たちの距離を考えると見えるはずもないが、彼の頭の中ではそうなっていた)笑顔が彼の網膜を捉えては離さなかった。
この16年間彼のライフラインだったネットはもう既に慎平にはこの瞬間、どうでもよくなっていた。自然と手はスマホをタータンチェックの肩掛け鞄───母親の手作りで、イニシャルがMASUDA SHINPEIと縫ってあり、飛行機のアップリケがついている──にしまった。
そして極めつけに、その瞬間、慎平の不健康な身体に何かが体当たりしてきた。
ぼうっとしていた彼は、茶ぶちの四角いメガネが地面に滑落したことで我に返った。
目の前にいたのは女神である。
生きていて出会ったことの無い美しさなのだから女神に決まっている。
濡場色のふわふわとカールしてきらきらする髪、その合間から覗くマゼンタの宝石みたいにまん丸で大きくこぼれおちそうな片目。気弱そうな、庇護欲を掻き立てられる困り眉。ピンク色のくちびる。毛色によく似合う紫紺の制服。
そして小柄な体躯にはそう、「ウマ娘」の証である、ピコピコ溌剌に動く耳と尻尾がついていた。
「あ、あ、あ……ごめんなさいごめんなさいぃっ!!またライス、迷惑かけちゃった……あぁあ……っ…」
「……」
慎平は心の中では、ああ、なんの問題もない、大丈夫だ、と言ったつもりが、緊張で口の端がかすかに震えてただモゴモゴとニヤニヤしただけに終わった。
その女神ことウマ娘にどうそれが伝わったのかはわからないが、少しの間俺と校舎を視線がいったりきたりしていた。おそらく遅刻か、遅刻しそうかの二択なのだろう。しばしそうしてオロオロした彼女は俺に怪我がないと判断したのか
「あ、あの……ごめんね、ライス、お兄さんにぶつかっちゃった……何かもし、怪我とかあったらそ、そこの警備員さんに言ってね、……じ、じゃあライス行くね」
と残してこちらを振り向きながらもターフを超えたその奥、おそらく校舎目掛けてかけて行った。
数分呆然とした後。
そうだ俺は楽園に来たのだ。
誰に言われるまでもなく彼は自然とそう思考した。慎平の神経細胞全てが興奮に身を捩っていた。集合時間は何分か過ぎていたが、その事に気が付かないほど今彼の脳はほかのことに忙しかった。そこからはよく覚えていないが、おそらく歩を進めて指示された場所へと勝手に足が進んだのだろう。
そして彼は、果たして、「第2会議室」と門戸に示された──清掃員に晴れて採用された者たちの集う場所へと到着したのだった。
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