人類は家出しました   作:シコウ

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お留守番の機械人形

 日の出からしばらくも経たない、朝霧が漂う海の上、かつて津軽海峡と呼ばれていたそこには一艘のボートが浮かんでいた。

 

 穏やかな波に揺られるボートには、こんもりとした塊。

 

 「んっ…。来ましたね。」

 

 モゾモゾと動きだした塊は人の形をしていた。大菱バイオミメティクス・テクニカ製第7世代義体に初期装備(出荷標準)の淡い紫のワンピース、そして兎のパーカーではなく茶色い古びた軍用コートを羽織る彼女、『結月 ゆかり』は眠そうに目を擦る。

 

 視線の先には、黒い影。やがて霧のヴェールを掻き分け低いエンジンの唸りとともに現れたのは、灰色の船。小さなボートなど気にも留めず水面を滑るそれに彼女は小さく呟く。

 

 「艦種特定、日本海軍こんごう型ADG-174088きりしま088。おそらく長崎の自動工廠で造られたものでしょうか。」

 

 洋上を徘徊するイージス艦は無人、そしてこの時代に惑星を支配する存在の末端だった。

 

 21世紀も終わりの頃、外宇宙から飛来し、またたく間に地球上に繁殖した侵略生物に挑んだ人類は、奮戦虚しく敗北。

 人類は、最期の足掻きに核兵器の在庫すべてと自己増殖する自律兵器群をバラ撒いて、新天地…くじら座タウ星系へ旅立った。

 

 そして、残された兵器群は長い時間をかけて侵略生物をほぼ掃討、彷徨える無人兵器とそれを操る電子の神が、今地球上を支配していた。

 

 「さて、ブチ抜いてやりますよ〜。ふっふ〜♪」

 

 おもちゃ箱の蓋を開ける子供のような得意げな笑みで、彼女はボートに掛けられたシートをめくる。

 

 小さなボートのほとんどを埋めていたカバーの下から現れたのは巨大な銃。47mm口径のゴツゴツとした鉄塊、生身の人間が扱えない大きさの、もはや砲だった。

 

 「電源ヨシ、放熱板ヨシ、47mm電磁実包1、2、3発ヨシ。」

 

 鉄塊、正式名称『66式多目的電磁重小銃』と呼ばれるレールガンの電源ケーブルを自らの腰に挿し、手のひらよりも長い砲弾を込めた彼女は、ボートに伏せて重いボルトを引く。

 

 「急速充電開始。」

 

 装甲の薄い艦種とはいえ、150mを超える船。人と比べれば巨大なレールガンも豆鉄砲に等しいが、沈めようとしたわけではなかった。

 

 「アチチ、爆発しないでくださいよ…。」

 

 熱を帯び始めたコンデンサの横には、外した安全装置のヒューズが転がる。取り扱い説明書に『絶対にやめましょう』と書かれていそうな行為だが、彼女にはそれでよかった。

 

 「すぅ………。」

 

 スコープの先には、名のとおり霧に浮かぶ島のような艦体。狙うはその一点、自律システムの中枢、最重要区間は複合装甲に覆われているとはいえ、至近距離なら爆発限界間際のレールガンで貫通できると踏んでいた。

 

 「……!」

 

 ゆらゆら揺れる波の上、引き金に添わせた指が優しく絞られ、閃光が白く水面を塗り潰し、一瞬だけ薄暗い海が昼間よりも明るくなる。

 

 ドッ——

 

 イージス艦の電磁装甲が展開するよりも疾く、発砲音が重なるほど速く放たれた3発の弾は、外装を貫き、複合装甲のセラミックや特殊繊維を叩き割り、船の頭脳——クラキ=ニューロン発火反応が収められるメインフレームを破壊。撃沈は不可能だが、わずか数百グラムの炸薬で艦はその機能を失った。

 

 「イッたか?」

 

 フラグギリギリの台詞を洩らし、反撃に備えて予備のアサルトライフルを握りしめイージス艦の様子を伺う。が、速射砲や遠隔銃架に動きは無く、灰色の船はエンジンの鼓動を止めてゆっくりと漂流を始めた。

 

 「さすが私、天才美少女すないぱーです♪」

 

 ご満悦の少女は、テキパキと次の支度を整える。

 腰には古めかしいパーカッションロック式リヴォルヴァーと手榴弾、背中には地球放棄時点で採用されていたアサルトライフルと振動軍刀(ヴィブロソード)を背負い、オールを漕ぎだす。

 

 ボートをイージス艦に寄せると、甲板へ向け真っすぐと腕を伸ばし——バシュウ。内蔵されていたカギ付きワイヤーが圧搾空気で飛び出す。

 そして、欄干に引っ掛かった極細のワイヤーをたぐり寄せて、反り返った船縁を登りはじめた。

 

 そんなクモかミノムシのような、宙ぶらりんの彼女を見下ろす人影が二つ。甲板から身を乗り出して構える機械の手にはサブマシンガン。

 

 パパパパパパッ——

 

 艦に載っていた自律化戦闘人形(ドロイド兵)は侵入者を排除しようと、正確無比な射撃で拳銃弾を浴びせるが、

 

 「いててて、やめっ、ちょっと!」

 

 人類脱出時点の技術の結晶、第7世代義体には無力。とはいえ、気持ちのいいものではない。

 

 どん、どん

 

 「おバカになったらどーしてくれるんですか。メーカー保証も無いんですよ?よいしょ。」

 

 戦闘人形を破壊し甲板に上がった彼女は、煙の立つリヴォルヴァー片手に頭を撫でる。大菱バイオミメティクス・テクニカ謹製の身体には、かすり傷程度しか付いておらず、それもナノマシンが修復し始めていた。

 

 「あ〜あマスターのコートが…友軍誤射(フレンドリーファイア)です。まったく、艦長に文句を言わねばいけませんね。」

 

 止めにもう一発づつ戦闘人形の制御系に撃ち込むと、愚痴を言いながらリヴォルヴァーを収めた。

 そして、アサルトライフルを構え、防弾繊維の織り込まれた茶色いコートを払って軽い足取りで、艦橋へ。

 

 「お邪魔しま〜す。」

 

 扉を斬った振動軍刀(ヴィブロソード)を鞘に納め、アサルトライフルを突き出し恐る恐る暗い艦内を進む。人が乗ることを想定していない設計は、非常灯すらも最低限だった。

 

 「艦内図とか無いんですか?こんごう型系はほぼ同じとはいえ、面倒ぉおお!?——チュン

 

 頬を光弾が掠め、お下げが少し焦げた。

 自分が構えているものと同じ、アサルトライフルのレーザー弾がさらに壁や床に孔を空ける。

 

 「ですよねー!いますよねー!知ってましたよー!」

 

 廊下の奥にはアサルトライフルを乱射する戦闘人形。そのうちの2体が身を屈め、闖入者を殺さんとアサルトライフルを腰だめに突撃。

 

 「来るか!量産品(安物)風情!イヤーッ!」

 

 一点物の特注義体を操る彼女も、振動軍刀(ヴィブロソード)を抜き放ち、床を蹴る。しなやかな半生体人工筋肉は人間を遥かに超える出力を発揮し、彼女は紫電のように戦闘人形と交差した。

 

 ガシャリと膝をついたのは戦闘人形。首を刎ねられ胸を裂かれた2体は無力化された。しかし、それには目もくれず彼女はさらに壁を蹴る。

 

 「木偶め!遅い!そして甘い!」

 

 照準よりも速く、レーザー光弾の雨をくぐるコンマ0秒のパルクール。

 

 「こんにちは♪」

 

 強制排熱の蒸気とともに戦闘人形たちの中央へ降り立った。そして流れるようにリヴォルヴァーを抜き、舞うように一回転、二回転。銃口からのマズルフラッシュと戦闘人形の装甲が散らすオレンジ色の火花が一瞬、周りを照らす。

 

 そして、機械の骸に囲まれた闇の中で、彼女は刀と銃を手に残心。新手が現れないことに安堵した彼女は、力を抜いて再び歩み出す。

 

 「おそらく、ここですね。」

 

 立ち止まったのは艦の奥深く、戦闘指揮所(CIC)直下の厚い隔壁に囲まれた区画。チラッと、振動軍刀(ヴィブロソード)とアサルトライフルを見比べて、また抜刀。ライフルのセレクター『(安全)(単射)(連射)(溶断)』の『ヨ』では時間がかかりそうだった。

 

 甲高い金属の悲鳴を上げた分厚い扉はセラミックの鋸刃に裂かれ、音を立てて倒れた。

 

 「失礼しますよ。ん?あれ?おかしいな?挿さら…った。」

 

 そして、いまだに使われているType-A端子の方向にまごつきつつも、目的の物、壊れかけの船の頭脳たるメインフレームに持参した端末を接続する。義体に接続した方が手っ取り早いが、電子攻撃を受ければ演算能力の劣る彼女が負けてしまう。

 

 『接続中』の表示が回る間、艦のデリックで乗ってきたボートを引き上げに向かった。

 

 「終わ…ってませんね。」

 

 『解析中』に表示が変わったころ、戻ってきた彼女は待つ間朝食の用意を始めた。

 大きなリュックから取り出した携帯コンロでお湯を沸かし、茶葉をその中に放り込みかき混ぜる。茶漉しもティーバッグも使わない、一番古い飲み方だった。

 

 「チーズ味もこれで最後ですか…。メープルはいいとして、しそ味なんて需要があったのか…?」

 

 銀色の包装の固形食、普段通りの食糧を名残惜しそうにジッと見つめる。鞄の内訳を3、4割も占めているのが、その答えだった。

 道具や手間を最低限に抑え、目的を栄養摂取としか捉えていない簡素な旅の食事だが、彼女にとってはいつものことだった。

 

 包装を破いた中身、栄養だけが取り柄のパサパサとしたそれを咥え、キーボードを叩く。

 

 「内側からならあっさりと、ふむ、戦力配置に変更はあまり無し。衛星リンクのパスと、気象情報も頂きましょう。そうだ、人類移住船団はいまいずこ?やっと光速の3%ですか、これはまだ帰って来ませんね。」

 

 一人で旅を続ける彼女は、こうして無人兵器群のネットワークから必要な情報を得ていた。残存する侵略生物や災害、電子の神の指揮下に無い暴走兵器、危険はいくらでも転がっている。

 

 目的を果たした彼女はケーブルを抜き、荷物をまとめて再び動き出す。

 

 「さらば!北海道!私は帰ってくるぞー!」

 

 拝借したイージス艦の小型艇から荷物を下ろした彼女は対岸へ叫ぶ。そして、かつての本州撤退戦の激戦地、旧青森県東津軽郡外ヶ浜町に降り立った。

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