人類は家出しました   作:シコウ

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第一村人発見

 本州撤退戦の激戦地、津軽半島。その北の端。太陽は陽射しを浴びせるが、北の地に吹く遅めの春風はまだ冷たい。

 

 「脚が欲しいですねー。でも、盗んだ車の位置情報の偽装は面倒だし…。」

 

 背にアサルトライフルと振動軍刀(ヴィブロソード)を掛けた大きなリュック、腰のベルトには古めかしいリヴォルヴァー。紫のお下げと茶色いコートの裾を海風になびかせ、突き出たもう一つの半島を横に望みながら南へ歩みを進める少女。割れた道のアスファルトからは早くも、雑草が顔を出していた。

 

 文明がほぼ消えた今、動く車両や船は無人兵器のみ。下手に強奪しようとすれば電子の神に『敵』と認定されてしまう。だから、彼女は歩く。

 ちなみにイージス艦はあの後、艦内データを弄って放置した。記録上は勝手に壊れて、勝手に漂流したことになっているはずだった。三桁単位で量産されている艦級、電子の神も記録を精査するほど暇では無いはずだ。

 

 「アレも海軍の軍艦ですかね?」

 

 「ちゃうでー。自衛隊さんの艦や、『しなの』。やまと型の三番艦。」

 

 はるか先にうっすらと見える座礁した戦艦のシルエットに目を凝らす彼女に声をかけたのは、動きやすそうなシャツとオーバーオールの女性。——でも、そのあと海上国防軍になったから間違いでは無いなー。と続ける手には、釣り竿とバケツを持っていた。

 

 「ホモサピ(下等種)?」

 

 背後から声をかけられたことに驚いた彼女は、書く者すらいなくなったのでレッドリストに載らなかった生物の名を出して振り向いた。

 

 「懐かしい、最近は人間さんも見かけんなー、ウチはアンタと同じやで。」

 

 失った地を侵攻生物から無人兵器群が奪い返すまで、生き残れた人類は少ない。日本列島の人口は縄文時代時代以下に落ち込んでいた。

 

 「ゴッツイ荷物やなー旅人さんか、わざわざこんなとこまで北海道見物か?見るのはいいけど、行くのはオススメせーへんで。まだアイツらの巣が残っとるかもしれへん。」

 

 ——ここも『ハグレ』が出るからお守りやー。と言って身体をずらして大柄な50口径拳銃のホルスターを見せた。

 

 「小型種程度なら十分ですね。」

 

 「せやせや、前、ヒグマくらい大きい奴が——って、挨拶が遅れたな。うちは茜、『琴葉 茜』や。旅人さんは?」

 

 思い出したように自己紹介する彼女もヒトが造ったヒト、第5世代義体に(クラキ=ニューロン発火反応)の煌めきを宿していた。

 

 「どうも結月です。私は南へ行くところですよ、北海道から本州初上陸です。」

 

 「あの『試される大地』から来たんか!?生き残りがいたとはなー。『昔のお宝が眠ってる』とか言って出てった奴は餌になっとるもんかと。」

 

 「実際、餌ですね。人類には厳しいかと。」

 

 日本政府終焉の地、北海道。軌道上への脱出ロケット発射と北米への脱出までの時間を稼ぐ最期の戦いの舞台となった島は、今でも侵略生物と無人兵器群の戦闘が続く魔境と化している。

 

 「寄ってかんか?釣りすぎてもうた。」

 

 ——大漁やー。と笑いながら泳げないほど魚の入ったバケツの中を見せると、茜は白い軽トラックを指した。

 

 鏡餅のように叩き割られた戦車や、後ろ半分が溶け落ちたティルトローター機、錆びて折れた標識の間を抜けて、二人を乗せたEV仕様の軽トラックは進む。

 

 「石油が無ければガソリン車なんて使えんからな、その点電気はどこでも作れるやろ?」

 

 静かなモーター音の軽トラは、大きな道を外れ、入り口に土嚢の崩れた機銃陣地と色褪せて文字の掠れかった『第三発着所→』の看板がある、ガタガタとした砂利道の坂を上って行く。そして頂上、ではなく山の中腹でまた横道にそれた。

 

 「ここや、上がってきー。」

 

 車を停めたのは、木々に埋もれるようポツンと建てられた屋根に太陽光パネルを敷き海を望む一軒の家。横のよく手入れされた畑には春野菜が植っていた。

 

 「そろそろジャガイモも植えないとなー。田んぼの準備もせなあかん。」

 

 ——準備するから待っとき。と言って茜は家の中に消えた。残されたゆかりは縁側に腰を下ろすとコートを脱ぎ、リヴォルヴァーの分解、清掃を始めた。パーツを無くさないよう布を敷き、外したパーツを磨きグリスを差してそこに並べる。

 

 「なかなか古いもん使うとるな。」

 

 捌いたメバルを持ってきた茜は、もの珍しそうに分解された銃を覗く。

 古式銃を模した、実弾を放つ6連発の44口径パーカッション式。時代遅れだが構造が単純なだけ信頼性が高く、弾種を選ばず威力も高い。

 極論、適当な火薬と弾になる物さえあれば撃てる、一人旅の彼女に合った銃だった。

 

 「マスターからもらった物なんですよ。『自分で直せる物を使え。』って。」

 

 バレルに突っ込んだ柔らかいブラシを抜き、ライフリングの減り具合を覗く。

 

 「突き詰めるところ、確実に弾が出て当たると信じられることが大事なんです。」

 

 彼女は、そう言いつつ流れるような手付きでリヴォルヴァーを組み上げ、それを太陽にかざした。

 そして満足げに『Vertrauen-Ⅱ』の刻印が刻まれたバレルを撫でると、磨いた銃を右腰のホルスターに納める。

 

 「なるほど、レーザーライフルは発振器やコンデンサがパアになったらお終いやもんなぁ。さて、お昼にするか、火ィ付けんとな。」

 

 茜は七輪と炭を庭に出して、まず小枝や枯葉に火をつけようとする。

 

 「あっ、それなら任せてください!」

 

 縁側を飛び降りたゆかりは、リュックに引っ掛けていたアサルトライフルを取ると、グリップを握って出力を絞りセレクターを『(溶断)』へ。

 

 「使える物は何でも使えってね。コレが一番早いんですよ。」

 

 木炭へ直接、単射と連射でも600m先から10mmの鋼板を撃ち抜くレーザーを照射。数秒もたたずに赤熱を帯びた木炭に火が熾った。——デカいライターやなぁ。笑いながら茜はトングで七輪に炭を入れると、網を載せ魚を焼きはじめた。

 

 「結月さんは一人で旅しとるん?マスターさん持ちなんやろ?」

 

 パタパタとうちわで火力を調節する茜は、ゆかりの方を見ずに聞いた。人類から取り残された彼女たちに、パートナーたる自然種の人間…マスターの存在は廃れたはるか昔の風習だった。

 

 「はい。でもマスターはもう星の向こうに行っちゃいました。」

 

 「そうか…悪いこと聞いたな…。」

 

 ばつが悪そうに目を伏せた茜に、ゆかりは慌てて手を振り、

 

 「いやいや、いいんですよ!寿命の差とか弱さなんて分かりきったことじゃないですか!自然種なんて雑魚ですから!」

 

 早口でまくし立てると、横の畑へ目を向けた。

 

 「茜さんは一人でこの畑の手入れを?」

 

 山の斜面を切り拓き、作られた広い畑。上には沢からパイプで引いた水がため池にそそがれていた。

 

 「ちゃうでー今はおらんが、『葵』って妹と二人でやっとるんや。辺鄙な場所やし作れないモン買い行ったり、作ったモン売り行ったり。どっかで会ったらよろしゅうな。」

 

 かつて琴葉シリーズは双子の姉妹セットで生産が続けられた。そして、今でもこの姉妹のように一緒にいることが多い。

 

 「まあ、たまーにフラッと帰ってくる程度でほとんど出たきりやけどな。」

 

 「行商ですか、どのあたりまで行くんですか?」

 

 ゆかりにとって向かう先の情報は、喉から手が出るほど欲しい。

 

 「青森市やら遠いと仙台までやなー。もう焼けたな、ささ中上がってや。」

 

 そして二人は、久しぶりに他の誰かと食卓を囲う。メバルの塩焼きや茹でたアスパラガス、カブの漬物にタケノコの味噌汁、季節の食材は次々と二人の口に箸で運ばれる。

 

 「——やっぱりインフラは機能していないんですね。」

 

 「アイツらに壊された上に直す人手も維持する人手も足らんしな。でも噂では横浜の方では無人兵器群が鉄道を敷き直しとるとか、船だと天気に左右されるからなー。」

 

 食べながら互いの近況、作物の実り、天気、義体のメンテナンスなど会話を弾ませた。

 

 「ごちそうさまでした。この先のことを教えてもらったお礼…になるかどうか分かりませんが——。」

 

 「かまへん、かまへん。一人は寂しいからな。そうだ、ゆかりさんついでに泊まってきー。」

 

 ——いえこれ以上甘えるのは悪いですよ。とゆかりがお礼に、といくつか差し出したのは普段食べている固形食の箱。茶色いパサパサとした直方体のクッキーのようなものは、あまり返礼には適していないように見えるが、

 

 「そうか…って、おぉ!義体用レーションやないか!まだ純正品が残ってたとはなー。ゆかりさんありがたいで。」

 

 半生体パーツがほとんどを占め、自然種の人間と同じように食事をエネルギー源とする義体だが、自己修復や健康の維持に必須な元素を補うには、ときどき専用の固形食を摂るのが望ましいとされていた。

 

 「元いた場所に備蓄がかなりありましたから。」

 

 「製造プラントも貴重やから高いで、やっぱり北海道は宝の島やなー。掃討が落ち着いたらここも賑わうかもしれん。」

 

 茜は未来の想像を膨らませた。人類が去り、侵略生物を立ち退かせた今もまだ復興には遠い。

 

 「帰りにまた寄らせてくださいよー!」

 

 「おお!待っとるでー!またなー!」

 

 メープル味の箱を受け取った彼女に見送られて、ゆかりは大きく手を振った。

 お土産に干物や漬物、おにぎりで少々重くなったリュックを背負い、彼女は山を下りて再び南へ歩く。

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