そして。
品のいい靴音と共に、血と澱の気配を纏った存在が二つ、近づいてきたのがわかった。
闇の世界に、身を浸してきたならず者たちの中でも、一層暗い。おぞましい程の呪いを背負うその二人は――まるで悪魔のように美しかった。
高貴な、紫。
髪を撫でつけた垂れ目の美形と、ウルフカットの美形。目を見張るほど仕立てのいいスーツが、血染めの衣となっている。
「間違いありません」と、私の髪を掴んでいた男が答えた。「夜職でも銀髪は珍しいので間違いありませんよ。そいつと共謀して店の金に手をつけたのはこのキャバ嬢ですね」
「えっ」
本心からの、戸惑いの声が零れる。
……どういう、ことだ。
キャバ嬢。店の金に手をつけた?
話の流れからすると、あの男が、キャバクラの店のお金に手をつけたのだろう。バックについていたのが、恐らく紫の彼らの犯罪組織だった、と。
それで、私が共謀関係にあると疑われている。
だが、そんなの言いがかりだ。そもそも私は、スカウトを受けただけで、体験入店すらしていない。店とはほとんど無関係みたいなものだ。
「フーン。ハア、なんとも。言葉もないね勿体ない、お姉さん美人なのに。こうも、馬鹿じゃあなァ」
大して残念でもなさそうに、垂れ目の美形が言う。毒のように甘い声だった。
「ちが、私……そんなことしてない!」
「ア!? 何、しらばっくれてンだ!」
私の髪を掴んでいた男が、投げるようにして私の髪を離す。頭を解放されるが、勢いが良すぎて脳が揺さぶられる。
「梵天の金に手をつけて無事でいられると思った? ……この女のルックス、風呂でも金は取れそうだけど、今回は粛清しろって上に言われてんだよなぁ」
今度はウルフカットの美形が言う。
……二人は、似ている。何がとは言わないが、顔だけでなく。よもや、兄弟なのだろうか。兄弟で、裏社会にいるのか。
「本当に違うの! 私は今日、体験入店に来て……、 調べてくれればわかるから、だから……!」
「あーはいはい。そういうのいいから」
「人違いだって言いたいの? でもねー、たとえ人違いだったとしても、見られちゃならんモン見られたらそのまま帰す訳にもいかないワケよ。わかる?」
「そ、れは……でも、私! 本当に……っ!」
「――質問の前からキャンキャンと煩ェな、流石に。一、二発撃ったら黙らせられるか」
え?
息を飲むより先に、垂れ目の方が、懐から取りだした銃を構えるのが見えた。
引き金に指がかかる。
撃たれる。
そう思ったその刹那、私は、咄嗟に、
――後ろ手に縛られている手はそのままに、人差し指と中指を絡めた。
「……あれ」
「珍しい兄貴。外した?」
呻き声のひとつも上がらなかったことを、怪訝に思ったのだろう。垂れ目の方が子供のように目を見開き、首を傾げた。
「いやあ、そんなことねぇはずだけど、」
言いながら、二発、三発。
先程は足に向けていた銃口を胸のあたりに向け、躊躇いもなく、彼は引き金を引いた。
しかし銃弾は私に届かない。
――そこに在る『無限』が、銃弾を阻んだからだ。
「……おい、どうなってる」
「え、マジ? いや、間違いなく当たってたよな今のは。何が……」
「……」
昔から、才能だけはあったのだ。
兄と並んで天才と言われてきた。兄のようなカリスマも奇跡的な美貌も頭脳も自信もイカれた精神もなかったけれど、
呪術界御三家、五条家が本家の娘として。
呪術師としての才能だけは、抜群にあったのだ。
「……おい、テメェ、一体何をして、」
「あまり、ここに長居しない方がいいと思います」
「ア?」
――呪霊が怖かった。
あれと戦うのが気持ちが悪かった。兄のように、私は最強だから、と臆面もなく言えるはずがなかった。異形と殺し合い、祓うのが恐ろしいなんて口に出せなかった。呪詛師を殺せたことだって一度もない。人殺しと呪詛師殺し、何が違うの。罪を背負うのは怖くないの。
――呪術師はイカれていなければいけない、と、兄は言う。
その通りだ。
私はどこまでも凡人だった。呪術師として、圧倒的に向いていない、人間的に弱い存在だった。
私にあったのは呪術師の才能で、素質ではなかった。
「夏油くんが、いなくなって。私も、逃げてやりたいって思った……」
「何を、」
「だから、私、悟を置いて……それで、ずっと逃げて生きてきて……挙句好きな人に騙されて……夢を見て生きていたいって、そればっかり考えて、思考停止で」
紫を纏う男たちの後ろで、異形が咆哮を上げた。
ここは『梵天』とやらが使う『施設』のひとつなのだろう。呪いの吹き溜まりになっている。二級どこらか準一級クラスが跋扈している。
咆哮を上げた人面の大百足は一級だった。
「どうすればいいのか、もうわからなくて。自分が嫌いで、ずっと」
「……恐怖でおかしくなったか?」
――本当は変わりたいって。
自分で夢を見たいって、思っていた。
「術式順転」
才能という名の呪いが、あるいは、自我の残滓が、呪力というかたちで私の中で唸りを上げた。
ぐわり、と、大百足が口を開ける。
――刹那。
「『蒼』」
放出された莫大な蒼い呪力が、空間ごと捻じるようにして、廃ビルの壁と天井ごと、大百足を食い荒らして吹き飛ばす。
ガラガラガラガラ、と、落雷があったかのような轟音が轟いた。
風穴が空いた廃ビルを、唖然と、その場にいる全員が見つめる。
「……今の」
呆然と、紫の男たちが私を見た。
「まさか、お前がやった?」
一瞬、躊躇い。
それから、ゆっくりと、頷く。
「――そう」垂れ目の男が、ゆるりと目を細めた。「お前、名前は」
「か……薫。五条、薫……」
「薫チャンね。俺は灰谷蘭。んで、こっちは弟の竜胆」
赤紫と、青紫。
それぞれの名前も紫らしい彼らが、うっそりと笑う。
「本当は処分しなきゃいけなかったんだけど……こりゃちょっと事情が変わりそうだな、兄貴」
「だな竜胆。な。薫チャン。お前さあ、キャバクラに体入する予定だったんだっけ?
キャバなんかより――、
『梵天』。興味ねぇ?」
――悪夢が。
大口を開ける、音がした。
[
〇五条薫
27歳(じゅじゅ0軸)。OL。
五条の双子の妹であり、兄同様無下限と六眼の抱き合わせとして生まれてきた。兄ほどとは言わないが、兄に迫る勢いの呪術的才能を持っており、兄同様奇跡の御子としてあがめられながら狙われるという過去を持つ。
莫大な呪術的才能に恵まれながらもその精神性は悪い意味で『まっとう』であり、呪術師を続けられる精神力は持ち合わせていなかった。普通に浅慮なところがある。ただ、別に特段頭が悪いというわけではない。心が弱いだけ。
呪術師になることを嫌がっていて、高専でもう無理となって離脱。なまじバカ強いため(術式の扱いだけであれば覚醒前五条よりは上。むらさきはむりでもあかはつかえたよ!)、お偉いさんたちが妨害に出たが、兄が防波堤になってくれた。兄を置いて逃げ出したことに罪悪感を抱きつつ、戻っても自分が壊れるだけだと思って自分を納得させているところがある。
二卵性双生児のため顔立ちはそっくりというわけでもなく、兄の方が整っている。
ただし、髪の色と目の色は同じため、普段は黒染め・薄茶のカラコンを入れている。
このたびやべ~~~~やつらに目をつけられてしまった。呪術規定もうっかり破ってしまった。戦闘能力だけで言えば最強クラスなため逆にたちがわるい。
〇五条悟
別に薫と仲がいいわけではない。むしろあんまり好きではないし、軽蔑とまではいかないが見下している。
ただ、兄として、「妹を守ってやらなくては」「妹を自由にさせてやりたい」という情緒を持ち合わせていた。それだけ。
〇灰谷兄弟
お察しやべ~~~~~兄弟。さすがに『蒼』見せられた時は人違いを認めざるを得なかった。
なんでこんなやべ~~~~やつがキャバ体入しようとしてんのうけるwwと思っている。
今後は美人ではあるが、中身がいわゆる「つまんねえ女」な彼女が、くそとんでもねえ力を持っているのが逆に興味深くなっていく。