陋見箚記   作:車輛運搬具減価償却累計額

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2023年度第2回漢字検定受検結果報告

受検級:1級

大問1:音読み、訓読み 29/30
大問2:書き取り 38/40
大問3:語選択書き取り 10/10
大問4:四字熟語 30/30
大問5:熟字訓、当て字 9/10
大問6:熟語の読み、一字訓読み 10/10
大問7:対義語、類義語 18/20
大問8:故事成語 16/20
大問9:文章題 26/30
合計点 186/200 通算17回目の合格は確実 自己ベスト更新

以下、感想
 全体的な難易度は普通。四字熟語だけ殺人的な難易度。故事成語はやや難しい。
 書き取りの土公神(どくじん)に撃沈。そんなん知らんと思ったが大見出し語だった。以前出題された歳徳神然り、神の名は覚えた方が良いのだろうか。
 四字熟語の書き取りで信施無慚、阿遮一睨が出題された。四字熟語辞典に収載されておらず、加えて仏教用語である為、類推も難しい。此れを書かせるかと試験中に啞然とした。猶、広辞苑に収載されている語である。
 熟字訓では擬蠍(かにむし)を"かにくさ"と堂堂と間違える。"かにくさ"は"海金砂"やろうがい……。阿呆過ぎる。


十五 自售する者、品騭する者(厥の一)

 ()の日以来、放課後には自然と集まり、走り合う仲となった。フクキタルに関してはフクと呼ぶ事にした。理由は特に無い。フクの末脚には光る物が有り、急激に後ろからせまって来る跫音(きょうおん)には薄ら寒い物を覚える。只、レースの終盤での(さけ)びに就いては何とも言い難い。レースの終盤にて満腔(まんこう)*1の力を振り絞らんと裂帛の気合を嘂ぶのは普通の事であるが、フクの場合は「んにににににぃ~!」みたいな、聞いた者を脱力させる様な声を出すのだ。此れが作戦の一部だとしたら大したものである。

 (さて)、本日は選抜レースが行われる日である。ウマ娘はレースで走りを見せ自售(じしゅう)*2し、トレーナーが(それ)品騭(ひんしつ)*3する場である。まあ、自售とは本来官途に就く為に自分を売り込む意であるが、此の選抜レースは科挙で言う会試の様なものなので、強ち間違いではないだろう。

 選抜レースは、競走ウマ娘としての今後を左右する重大な関頭*4である。抑抑の話、トレーナーと契約していないウマ娘は公式レースに出走する事が出来ない。故に、選抜レースでトレーナーに見出だされなければ、レースに出られず只管自主トレを繰り返すという蹉跎歳月(さたさいげつ)*5を強いられる事になる。此れにはウマ娘の数に対しトレーナーの数が圧倒的に不足している問題が根柢(こんてい)に有る。トレーナーの中には多数のウマ娘を同時に担当し、コンスタントに重賞レースで捷たせる辣腕家も居るには居るが、厥でも猶足りない。そして、厥の様な辣腕家は往往にしてチームの質を下げたくないので、優秀なウマ娘しか勧誘しない。見込みが無いと判断されれば即座に切られる。トレーナー側も実績を作らねばならないので、誰彼構わずチームに引き入れる御人好しは居ないのだ。

 ウマ娘側は実績のあるトレーナーに指導して貰いたい、トレーナーは実績を作りたいので優秀なウマ娘と契約したいと、二者の需要は睽離(けいり)*6している為、当然1着を取る様な優秀なウマ娘は実績を持つトレーナーと契約する。故に、割を食う事に成るのは基本的に新人トレーナーとなる。然し新人と雖もトレーナーと言う肩書は強いもので、言い方は悪くなるが着外に沈んだウマ娘の心の隙に甘言を流し込んで釣り上げ、契約に至ると言う場面も多い。着外に沈んだ自分でも見て貰えるという降って湧いた希望に、眼は容易に曇るのだ。だが、厥でも猶(あぶ)れるウマ娘は出て来るのだ。然う言う連中は、書類上はトレーナーと契約している、所謂「名義貸し」と呼ばれる状態になる。契約しているとは言っても飽く迄書類上の話であり、実際に教導を受けられる事は(ほぼ)無く、自主トレ(のみ)で公式レースを捷ち上がらねばならないという永沈(ようちん)*7(まちう)けている。偶偶未勝利戦を捷ち抜けられれば、少しは状況が改善されるやもしれないが、基本的には先の見通せぬ如法暗夜の(うち)で踠き苦しむ事となる。早早に自らの才に見切りをつけ漆桶(しっつう)を打破し*8、ローカル・シリーズへ移籍したりサポート学科へ転籍する者は少なく、自分はこんな所で終わる存在じゃないと、永沈に堕在*9する者は非常に多い。矢張り此処でも矜恃と言う物は邪魔立てをしてくるのだ。そして、最後迄苦しみ抜き、何等成績を残す事無く競走生活は梵天国(ぼんてんこく)*10を迎え、拓落失路*11の者となり学園を去る事となる。一切の甘えを許さない鍥覈(けいかく)*12たる現実が、其処には有るのだ。

 故に皆殊死*13になる。絶対に良い走りをしてトレーナーとの契約を勝ち取ると息巻く。然し厥の入れ込み具合が命取りとなる。真に実力の有る者は緊張もせず自然体で走り、眼を爛爛とさせている連中を後目に何事も無かったかの如く良いタイムを叩き出す。適度に肩の力を抜けなければ(すなわ)ち動きは精彩を欠きタイムは遅くなるのだ。今も眼前でレースが繰り広げられているが、目を血走らせている連中は悉く後方に居る。()の状態で巻き返すのはもう無理であろう。特に波瀾も起こらず、先行していたウマ娘が厥の儘1着を取った。

 

「あんなに力んでちゃ捷てるレースも捷てないね」

「皆アジみたいに簡単に割り切れないのよ。此処で契約取れなかったら地獄が始まるんだから」

「アジさまは何時も通りですね~。撫で心地も何時も通りですわ~」

「撫で心地って緊張したら変わるもんなの?」

「知らんがな」

「ブライト~。そろそろワタシにも貸してクダサ~イ」

「何ですか、此の緩み切った空気は」

 

 迂拙は何時もの四人と(つる)んでレースを見ていた。相も変わらずブライトとシャトルに抱き枕にされている。此れから自身の命運を決める選抜レースが有るとは到底思えない空気が漂っている。

 

「此れ位の空気が丁度良いのよ。前にも言ったでしょ、入れ込み過ぎるなって。入れ込み過ぎると、何処ぞのウマ娘みたいにゲートに顔から突っ込む羽目に成るから」

「あわわ~、そ、厥は忘れて下さい~」

 

 シャトルもフクもゲート訓練は合格したが、2回目の訓練で合格したシャトルを見た所為か、フクはフライングして顔面からゲートの扉に突っ込んでいた。幸い大事には至らなかったが、下手すれば眼窩や鼻骨、顴骨(けんこつ)*14を折っていた。此れで懲りたのか、3回目の訓練では聢りと旗の動きを見てからスタートしていた。適度に力を抜くのは重要なのである。

 向こうを見遣ると、1着を取ったウマ娘にトレーナーが蜂攢(ほうさん)*15していた。耳を澄ませば、君の走りは本物だだの、私と一緒ならG1も捷てるだの、所在(あらゆる)甘言を投げて自分と契約させようとしている。2着や3着のウマ娘にも勧誘は行っているが、1着に較べれば遥かに少ない。迂拙は此の光景に群蟻附羶(ぐんぎふせん)*16の穢さを見出した。掛ける言葉は天篷魚缸石榴樹(てんぽうぎょこうせきりゅうじゅ)*17闁讃(ほうさん)*18する許りで適切な批評を加えている者は(ほぼ)居ない。此処は良かったが此処は未だ甘い、だが私なら必ず矯正して高みへ(のぼ)らせる事が出来る、位言えないものなのだろうか。(おだ)てと(もっこ)には乗り易い*19とは良く言ったもので、厥の儘ベテランのトレーナーと契約していた。確かに実績はあるかもしれないが、厥、何年前の話だ? 直近の実績は如何なんだ?

 

「と、所で、アジさんはどの距離に出るんですか?」

「ダートの1200と1600、芝の1600と2000に出る心算」

「相変わらず走る回数が常軌を逸してるわね……。てか、そんなに走ったら枠圧迫して迷惑なんじゃないの?」

「本命の芝2000は普通に登録したけど、他は枠が余っているレース訊いて、其処に捩じ込んで貰ったから大丈夫。今の所全員とレースは被ってない」

「ちゃっかりしてるわね……」

 

 公式レースの規則には、中5日を挟まないと次のレースに出走してはならないという条項が有るが、選抜レースには適用されない。拠って走り放題ではあるが、盲滅法(めくらめっぽう)*20に登録して顰蹙を買う様な真似はしたくなかった。だが、迂拙のウマソウルとトリソウルが囁くのだ。もっと走れ、もっと戦えと……。なので、斯様な形で出走数を増やした。

 

「偖、早速出番なんで逝って来ますわ」

「今何か漢字が違わなかった?」

 

 ひらひらと手を振り乍らゲートへ向かう。此のレースでは8枠10番を充てられた。今回は追い込みを嘗試(しょうし)*21する心算である。ゲートへ向かうと、他の連中は何故御前が此処に居るんだと言わん許りに頰を(ひきつ)らせていた。だが、そんなものは知った事では無いとさっさとゲート前に立つ。ゲート入りは奇数の昇順から行われるので、迂拙は最後に這入る事に成る。有繫(さすが)に観客の居るレースは初めて故か、ゲート入りに梃子摺っている者も居た。最後に迂拙が這入り、一拍置いてゲートが開く。

 (やや)出遅れた者が居た為、迂拙は後方3番手につけた。矢張りダートは前方から砂が飛んでくるので、後方につけると却却(なかなか)遣り難い。然し短距離レースなので、何時迄も後方に(ひか)えている訳にもいかない。コーナーの途中ではあるが、残り700を切った辺りで外側へと進路を取る。内側に結構な間隔を取り、脚の回転数を上げる。ダートの良バ場は遠心力に抗い辛く、一歩一歩を聢りと踏み込まないと足が持って行かれそうになる。此の辺りは未だ伎倆(ぎりょう)が未熟である。内側に居る連中は、コーナーの途中にも関わらずどんどん速度を上げて抜いていく迂拙に(ぎょ)っとしていた。コーナーを抜け直線に出た時点で迂拙は4番手程。更に脚の回転数を上げ先頭を陥れに掛かる。内に全く寄らずにコースの中央を(ひた)走る。先頭を走るウマ娘が此方を一瞥し、瞠目して慌てて加速していたが、既に速度差は可成のもの、厥の儘残り150m辺りで先頭を躱し、1着入線を果たした。タイムは1:12.2。先ず先ずである。

 そして、案の定トレーナー連中が十重二十重に取り巻き、甜言蜜語(てんげんみつご)*22を浴びせて迂拙と契約しようとしてきた。世間的にはダートレースは芝レースの二軍みたいな扱いであり、厥の中でも短距離のレースとなれば出走出来るレースは非常に限られる。そんなウマ娘でも契約したいのかと思ったが、よくよく見てみれば年功が浅いと思われるトレーナーが多い。取り敢えず迂拙と契約して何でも良いから実績を作りたいという魂胆が透けて見える。気持ちは解るがもう少し修飾辺幅*23を考えろ。態度や表情に出過ぎだ。端からスカウトを受ける気が無い迂拙だから良いものの、他のウマ娘だったら蹴りを入れられても文句は言えんぞ。「スカウトは本命の芝2000を見てから考えて呉れ」と鰾膠(にべ)も無く謝却*24し、観客席へと戻って来た。如何やらシャトルは出番らしく居なかった。

 

「短距離で追い込みって如何言う心算よ」

「只試してみたかった、厥だけ。他意は無い」

「ダートの短距離の良バ場を追い込みで走って、あんなに差が付くものなんですね~」

「私も末脚には自信が有りますけど、彼の条件で彼のスピードは出せる気がしません……」

「大外ブン回してカッ飛んで来たわよね。だのに全然息切らしてないんだから、他のウマ娘からしてみれば恐怖以外の何物でも無いわよ」

「ブライトは追い込み得意だから出来るでしょ?」

「無理です~」

「あるぇ?」

「寧ろ何故出来ると思ったんですか?」

「差しとか追い込みで走るんならあれ位速度出さないと捷てないでしょ」

「700mも維持出来る訳無いでしょ。本命じゃないレースであんな走りするとか、脚は大丈夫なの?」

「余裕余裕」

「ホントバケモンだわ……」

 

 名家の出身なら所謂"良い"教育を受けているだろうから出来ると思ったが如何も違うらしい。迂拙は只出来る事を遣っただけなのに、ドーベルやフクからは白眼視された。ブライトは変わらずのほほんほわほわしている。

 

「所で、スカウトされている時にトモ触られたりしなかった?」

「トモ? 別に何も無かったけど」

「何か他のレース見てると、良い走りしたウマ娘のトモを触っているトレーナーが居たのよ。触る度に顔面蹴られてたけど」

「何(それ)、普通に不同意猥褻で刑事訴訟起こすべき事案では?」

「他のトレーナーは呆れた様な目でみてましたね。何で誰も止めないんでしょうか」

「止める間も無く触りに行ってるんじゃない? 一貫して背後からスッと触りに行ってるから」

人着(にんちゃく)*25はどんな感じの奴?」

「男のトレーナーで、黄色い服着てたわね。襟足の辺りで髪を束ねて、左のもみあげの辺りだけ刈り上げていたわ」

「又良く分からん髪型してんな……。まあ厥だけ特徴的な奴なら直ぐ見つかるだろ。証拠撮影して法務部に持って行くか。あ、でもウマホ持ってねえな」

「ドーベルは男の人が苦手ですから~、あんな事されたら蹴っちゃいますね~」

「いや、苦手云云以前の問題では?」

「然うですよ。苦手じゃなくても行き成りトモを触られたら誰でも蹴りますって」

「うう……大丈夫かな……」

「うし、じゃあ迂拙が見張ってるから。後ろから不審者が来たら大声で警告するわ」

「うん、御願い」

 

 全く以て怪しからん奴だ。そんな変人が咎められもせず放置されているとは世も末である。一方、そんな会話をしている内にシャトルの選抜レースが終わった。ゲート入りの前にふんすふんすと鼻息荒く意気込んでいたが、丁度良い緊張感であったらしく、(ちからづよ)い走りで見事1着を取っていた。何やら女性のトレーナーと話していたが、無事に契約を締結したようである。日輪草(ひまわり)の様な笑顔を咲かせたシャトルが帰って来た。迂拙は吹っ飛ばされた……と思ったら抱き締められ頰擦りされた。抱き枕から縫い包みにジョブチェンジである。もちもちほっぺ、御馳走様です。

 

「アジ~、1着取りマシタ~! 見てて呉れましたカ?」

「うん、良い走りだった」

「タイキの独壇場だったわね」

「厥を言うなら独擅場(どくせんじょう)ですぜ、ドーベルのお嬢さん」

「急に何よ厥のキャラ。え、てか独壇場じゃないの?」

「壇は土偏でしょ。(あれ)、本来は手偏で"セン"って読んで、独擅場。独りが場を(ほしいまま)にするって意味。で、手偏を土偏に書き誤って独壇場になって広まった。壇でも意味が通っちゃうから」

「へー、然うなんですか」

「以上、如何でも良い雑学でした」

「で、タイキは契約取れたの?」

「Yes! チームリギルに這入りマシタ!」

「チームリギル? トップ中のトップチームじゃん」

「矢っ張りタイキさんは持っているウマ娘ですね」

「リギル? 知らんなぁ」

「何で知らないのよ。会長が所属しているチームでしょうが」

「ルドっさんが……? 知らんなぁ……」

「雑誌の特集とかでも結構出て来ると思うんですが……」

「雑誌なんて読まん。新聞も読まん。あんなん読んでたら頭悪くなる」

「わ、ワイドショーとかは?」

「全く見ない。あんなん見てたら頭悪くなる」

「テレビ見ないの?」

「レースは見るよ。インタビューになったら画面から目ぇ外す」

「どんだけメディア嫌いなのよ」

「連中に真実を報道する義務なんて無いから。如何に大衆を釣るかに力を注いでいる陸でなしでしょ。真面に接してたら頭悪くなる」

「ド辛辣……」

「名家に対するのも然うだけど、アジって偏見酷くない?」

「此れが迂拙だ。改める気は無い」

「絶対言うと思った……」

 

 ()の業界の体質は根から腐っていると思っている。どれだけ高尚な理念を持っていようが蘭芷漸滫(らんしぜんしゅう)*26して盆暗の醜類(しゅうるい)*27に成り下がるのだ。()に恐ろしき業界である。

 

「じゃ、アタシの番だから行って来る。(みはり)の件、頼んだわよ」

「府中1、諒解」

「府中1って何よ」

「パトカーの識別番号っぽく言ってみました」

「反応に困るネタ入れるの止めて」

「あ、しまった、あんぱんと牛乳が無い」

「Oh! ハリコミデスネ!」

「タイキさん、何で厥のネタ解るんですか……」

 

 兎にも角にも次はドーベルの出番である。条件はシャトルと同じ芝1600。ゲート入りはすんなりと進行し、鏗然(こうぜん)*28たる開扉の音が響いた。(やや)(ばら)ついたスタートとなり、ドーベルは5番手辺り。差しを主体に走るドーベルにとっては少少前よりだが、先行も出来ない訳では無い。彼女の素質とメジロ家の英才教育の御蔭か、整ったフォームでコーナーを抜け厥の儘加速、危な気無く1着を取った。鹿毛の髪を搔き上げる仕種ですら絵になるのは矢張り御嬢様と言う範疇に居るからか。此れで迂拙、シャトル、ドーベルと1着を取った訳である。可笑しい、1着とはこんなにもあっさりと取れるものだったであろうか。

 矢張りメジロ家のウマ娘と言う事も有って目を付けていたトレーナーは多く、直ぐ様取り囲まれた。が、ドーベルは男性恐怖症の嫌いが有り、男のトレーナーに詰め寄られ取次筋斗(しどろもどろ)になっている。上手い事口が動かないのだろうか謝却する文句も出ない様である。彼の様子で契約取れんのか? と半眼で眺めていたら、ドーベルの後ろに怪しい影が一つ。先程聞いた人着と契合*29する身形の男のトレーナーである。後ろからちかづいて来ている為、眼前のトレーナーの相手に手間取っているドーベルは全く気付いていない。真逆(まさか)本当に迂拙の出番が来るとは思わなんだ。此の儘ではドーベルの男性恐怖症が覆輪(ふくりん)掛かって*30しまう。

 

「ドーベルゥ!! 真後ろぉ!! 不審者接近中ぅ!! 気ぃ付けろぉ!!」

 

 有らん限りの大音声(だいおんじょう)で警告を送る。弾指頃(だんしきょう)*31(うち)(そびら)を返し人着を確認、耳を引き絞り警戒心を(あらわ)にするドーベル。何とか被害の発生は抑えられた。トレーナー側は両手を上げて無実を主張しているようだが、ドーベルの険しい表情は晴れない。迂拙から見れば不同意猥褻未遂である。只スカウトをするだけであれば後ろからく必要は無い筈だ。迂拙が容喙(ようかい)*32すべきかと計慮していると、一人の女性トレーナーが間に割って這入って来た。先程シャトルをスカウトしたトレーナーである。二人が幾らか言葉を交わすと、男の方は悄悄(すごすご)と引き下がって行った。そして厥の儘ドーベルをスカウトしていた。却却剛毅で強かな女性である。

 戻って来たドーベルの表情は、複数の心境が()い交ぜになった複雑なものであったが、就中(なかんずく)*33恐怖の占める(わりあい)が多い様に見える。

 

「御帰り。契約取れた?」

「う、うん。アタシもリギルに這入った……」

「Wow! 一緒のチームデスネー! 嬉しいデース!」

「うん……」

「表情が晴れませんねぇ……」

「こ、恐かったんだから……。全然気付かなかった……」

 

 矢張り見知らぬ男が音も無く背後に立っていたら恐怖を覚えるのも道理である。ドーベルの反応も宜なるかな。

 

「シャトル、GO」

「Yes!」

「え、ちょ、何?」

「では、迂拙は前に失礼して」

 

 シャトルがドーベルをあすなろ抱きにし、迂拙が前から挟み込む仲良しサンドイッチ。恐怖を失除*34するには人肌が一番手っ取り早い。そして迂拙は男の股間を一切躊躇する事無く蹴り上げる事が出来るので、鉄壁の守りである。

 

「暫く斯うしてりゃ落ち着くでしょ」

「あら~、ドーベルサンドイッチですね~」

「ちょ、や、止めてよ。周りの視線が何か生温かいから……」

「聞く耳持たん。迂拙の出番迄鳥渡時間あるから大人しく挟まれてろ。何時までも耳萎れさせられていたら此方迄辛気臭くならぁ。不審者来たら迂拙が股間蹴り潰すから安心しろ」

「厥の科白の所為で逆に安心出来ないわよ」

 

 脚をブラブラさせて股間を蹴る素振りを見せる。不埒な輩には容赦はしない。迂拙の前に姿を現した時が奴の最期である。暫くドーベルをシャトルとぎゅむぎゅむ挟んでいると、マックイーンさんが姿を現した。

 

「……何故ドーベルが挟まれていますの?」

「ドーベルに対する不同意猥褻未遂事件が発生しましてね、斯う遣って落ち着かせているんですよ」

「不同意猥褻……?」

「黄色い服着た良く分からん髪型のトレーナーがですね、ドーベルの背後から接近して大腿部付近を触ろうとする事案が発生したんですよ。迂拙が大声で警告して、(すんで)の所で迴避(かいひ)出来ましたけど、ありゃあ実に悪質な手口でしたね。ドーベルがトレーナー連中の相手に手間取っている隙を(うかが)って犯行に及んだ訳ですから。で、此の通りドーベルが怯え切ってしまったので、斯うして安心させている訳で御座います」

「黄色い服……特徴的な髪型……。成程、ドーベル、災難でしたわね」

「うん……すっごい恐かった……」

「では、私は少少用事が出来ましたので、失礼致しますわ」

 

 何やら据わった目付きになってマックイーンさんは去って行った。

 

「マックイーン、何しに来たんだろ」

「レース観戦の序でに、目ぼしいウマ娘でも探していたのでは? 若しチームに所属しているんだったら、後でトレーナーに「こんな良さ気なウマ娘が居ましたよ」って報告して、勧誘でもするんじゃないんですか。1着取れてなくても何か光る物が有れば勧誘に値すると思いますし」

「……何か、去り際の目付きが恐くなかったですか?」

「双眸から光が消えていたねぇ。理由は知らんけど」

 

 駄弁りつつレース観戦に興じていると、「ぐぁぁぁ!」と言う苦悶の声が聞こえてきた。何事かと思って視線を遣ると、件のセクハラトレーナーをマックイーンさんが折檻していた。……メジロ家の御嬢様とは、()の様に完璧なプロレス技を()める事が出来るのか。結構意外である。

 

「な、何だマックイーン! 行き成り如何した!?」

「貴方、(また)ウマ娘のトモを勝手に触ったんですって!?」

「ち、違うんだマックイーン、話を聞いて呉れ!」

「アジさんから聞きましたわよ! ドーベルの背後から忍び寄って触ろうとしたと! アジさんが間一髪で止めたと! 何度止めろと言ったら止めるのですか貴方は!」

「あ、()の声はキョクアジサシだったのか……」

「今、認めましたわね? ならば問答無用!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 プロレスと言う名の蹂躪は更にヒートアップ。トレーナーの方は段段と顔が蒼褪めていっているが大丈夫か? 周囲は日常茶飯事と許りに関心を向けずに居る。トレセンの日常とは此処迄殺伐としているのか? 眉を顰め怪訝な表情で様子を窺っていると、似た様な表情をしたテイオーさんが来た。

 

「……何でマックイーンはあんなにヒートアップしてんの?」

斯斯云云(かくかくしかじか)

「これこれうまうま。成程ね。同じメジロ家のウマ娘に手を出そうとしたから余計にって感じかな。御免ね、ウチのトレーナーが」

「え、(あれ)テイオーさんのトレーナーなんですか?」

「ボクのって言うか、ボクの所属しているスピカってチームのトレーナーだね。マックイーンも一緒のチームなんだ」

「世も末ですね」

「Oh... セクハラトレーナーのチームデスカ……」

「いや、トレーナーとしての腕は確かなんだよ。只、ウマ娘のトモを見ると触りたくなっちゃうって言うどうしようもない性癖があるだけで……」

「普通に警察が動く刑事事件ですよね。何で未だブタ箱に()ち込まれて無いんです?」

「いやぁ、厥はボクにも分かんないな……」

 

 何か此方が感知出来ない暗流が蠢いているのだろうか。下手に首を突っ込んだら消されそうである。

 

「所で、アジはどのレースに出るの?」

「此の後の芝1600と、午後のダート1600と芝2000に出ます」

「一日3レースとか頭可笑しいの?」

「平常通りです」

先刻(さっき)ダート1200を走りましたので4レースですよ」

「一日で春天2回分の距離!? ワケワカンナイ……」

「じゃ、そろそろ出番なんで。シャトル、ドーベルの護衛は任せた」

「Roger!」

「両脇は私とブライトさんで固めましょう! 何人たりともドーベルさんには触れさせません!」

「ちょ、鳥渡、大事にしないでよ……」

「ボクも一緒に居るよ。ボクが居れば下手な動きは出来ないからね」

「テイオー先輩迄!?」

 

 テイオーさんも加わり、金城鉄壁*35の守りが出来た。此れなら心配は要らないだろう。

 偖、午前中2レース目である。芝レースは人気が有り却却空き枠が有るレースが無かったが、此の午前中最後のレースに空きが有った。理由は単純、バ場が荒れているからである。此の午前中最終レースから中食(ちゅうじき)を挟んで午後の劈初頭(へきしょとう)*36レースの間に或る程度バ場の整備が為される訳だが、此の整備が行われる直前、即ち午前の最終レースは最もバ場が荒れているので人気が無い。荒れたバ場を走りたくないと思うのは尤もであるが、迂拙は逆に自らを()るチャンスでもあると思う。バ場状態を選り好みせず走ろうとする、そして走り切る胆力は正しく長所であろう。(すなわ)*37良いタイムを出そうものなら間違いなく金の卵である。まあ、迂拙はそんな細かい事を考えて走る訳では無いが。

 本日2度目のゲート入り。ゲートの格子から見えるコースは荒れに荒れている。通常のレース場で行われる様なレース数の数倍は行われているので当然である。恐らくコーナーの内埒付近はより荒れているだろう。通塗(つうず)*38のウマ娘であれば荒れた部分を迴避し少少中央寄りを走るであろうが、色色と嘗試したい迂拙は敢えて荒れた部分を走ろうと思う。公式レースでも却却御目に掛かれない荒れ具合。此のバ場を走れれば大抵のレースは苦も無く走れるだろう。

 今回は差しで走る心算だが、他の連中は荒れた部分を嫌がって中央寄りを走るであろう事は予想が付く。となると内を突いて追い上げる事になるのか。個人的にはバ群を割ったりバ群から脱け出す走りを試したかったが、又の機会にするとしよう。

 鏗然(こうぜん)たる開扉の音も慣れたもので、スタートに躓く事も無い。そして、先行の位置からスルスルと下がって差しの位置に就く。矢張り他の連中は荒れたバ場を避けて内側を空けて走っている。対する迂拙はそんなもの知った事では無いと荒れたバ場を驀進する。態態荒れた部分を走る(など)スタミナを浪費する悪手であるが、スタミナが有り余っている迂拙には関係の無い話。先程よりも位置は前であり距離も長いので、先頭はより陥れ易くなっている筈だが、荒れたバ場が快走を(はば)(さまた)げる。実に走り難く確かにスタミナの消費は先程より激しいが、田圃や畦道を走った時と較べれば其処迄心配する程ではない。コースの中央寄りを走る他の連中を後目に内埒付近を走り続ける。残り600を切ってからギアを1段階上げ、先を走っている連中を抜いていく。揃いも揃って内埒付近を避けている為、斜行だ何だ考えず追い抜けるから、厥の点に就いては走り易い。先頭に立っていた奴は力み過ぎていたのか、残り200辺りの地点で既に一杯になって苦悶の表情を浮かべていた。がら空きの内側を悠悠と走り抜け、1着を取る事が出来た。タイムは1:34.7。荒れたバ場(のみ)を走り続けて此のタイムなら上出来であろう。囲まれるのが嫌だったので、順位を確認したら厥の儘逃げ帰って来た。

 

「相変わらず無茶苦茶な走りね……」

「何でバ場が荒れている部分だけを走り続けてあんなタイム出せるんですか……」

「鳥渡足首が疲れた感じがするけど、未だ未だ行ける」

「フィジカルお化けだね……。アジって差しが得意なの?」

「得意な戦法とか良く分からないので、此の選抜レースに託けて色色試してます」

先刻(さっき)は追い込みで大外ブン回して牛蒡抜きしてましたもんね」

「え、先刻走ったのってダートの短距離だよね?」

「然うですよ」

「今日って良バ場だよね? 脚の負担ヤバいじゃん」

「然うでもないですよ」

「真顔でイカれた事言わないでよ」

「厥のイカれた走りをした後に今のイカれた走りをした訳ですよ、テイオー先輩」

「ゴルシみたいな頑丈さじゃん……」

 

 皐月賞にて、荒れた内埒付近を突っ切り捷利を搔っ攫ったゴールドシップ先輩に通ずる所は有るか。だが厥の彼女(とて)道中はバ場の綺麗な所を走っていた。迂拙の様な、敢えて荒れている部分を走る様な泡斎*39じみた事はしていない。と言う事は迂拙は泡斎と言う事か。

 

「他のウマ娘からしたら迷惑千万よね……。自分は死に物狂いで走ってるのに、厥の横で涼しい顔して走ってる奴が、只差しの走りを試すだけに出走して1着搔っ攫っていくんだから」

「他のウマ娘に怨まれたりしませんカネ」

「怨まれたら怨まれたで厥の時は厥の時よ。他の連中だって此処は弱肉強食の世界だって承知した上で入学してんだから、現実を見る良い機会じゃない?」

「アンタみたいな荒らしが居るとは露程も思ってないでしょ」

「自分に素直になっただけです」

「厥が迷惑だって言ってんの」

「迂拙は此処には走りに、そして金を稼ぎに来てんだ。慾を満たす為なら手段は択ばんぞ」

「何か今最低な発言が聞こえたんだけど」

「遊ぶ金慾しさで受験した。トレセンなら何処でも良かった。反省も後悔もしていない」

「何処の容疑者の供述よ」

「憬れのレースとか無いんですか?」

「無い。走れりゃ何でも良い」

 

 㤴㦪(ちょうしょう)*40だとの訕謗(せんぼう)*41は甘受する。だが(あらた)める気は更更無い。

 

「何か……珍しいタイプだね。此処に来る子って、何かしら出たいレースとか憬れのレースとか持ってるけど、アジ程慾に全振りしている子は見た事無いよ」

「今は資本主義社会ですよ。名誉だけあったって腹は膨れんのです。金が無きゃ、先立つものが無きゃ溝瀆(こうとく)(くび)*42だけです」

「当たり前の事なんだけど、改めて言われると何か最低な感じがする……」

「金は命よりも重いんですよ」

「厥は最低な発言だって判然(はっきり)分かる」

 

世の道理から目を逸らしてはならない。

*1
満身。体全部。下ネタではない。

*2
自分を売り込む。

*3
事物の優劣や品質などを論じ定める事。品定めをする事。品評。

*4
物事の重大な分かれ目。

*5
只時間を無駄にして、虚しく過ごす事。

*6
背き離れる事。

*7
地獄の異称。

*8
漆桶を打破する……邪見・妄執の状態を脱する。

*9
悪い場所へ落ち込んで、そこにとどまる事。

*10
それきりで終わりとなる事。物事の終わり。

*11
落ちぶれて失意の底にある事。

*12
厳しく、むごい事。

*13
死に物狂い。決死。必死。

*14
ほおぼね。

*15
蜂のように集まる。

*16
人々が利益のある所に群がる事を卑しんでいう譬え。

*17
どれも同じでかわりばえがしない事。

*18
褒める。

*19
煽てと畚には乗り易い……おだてには乗りやすいものだ。

*20
見当をつけないで、闇雲に事をする事。

*21
物事を試してみる事。経験する事。

*22
蜜の様に甘く聞いていて快い言葉。人にへつらい人の気に入る様なうまい話や勧誘の言葉に言う。

*23
体裁を繕う事。又、上辺や外見を飾り見栄を張る事。

*24
ことわる。謝絶する。

*25
警察が用いる略語。犯人の人相・着衣の事。

*26
優れた人物でも、風紀の悪い場所に住んでつまらぬ者と交際すれば悪に染まってしまう事。

*27
悪人の仲間。

*28
金属・石など堅いものが当たって甲高い音の出る様。

*29
割符を合わせたようにぴったり一致する事。

*30
覆輪掛ける……一層甚だしい事に言う。

*31
極めて短い時間。

*32
横合いから口を出す事。

*33
その中で。とりわけて。特に。

*34
取り除く事。

*35
非常に堅固で、付け込む隙が無い事。

*36
はじめ。はじまり。

*37
そこで。そして。

*38
尋常。なみ。

*39
狂人の事。

*40
志が軽い。志が軽々しい。

*41
そしる事。

*42
溝瀆に縊る……つまらない死に方のたとえ。

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