「真逆こんな蹶き方をするとは思わなかったぞ、整備士」
「奇遇ですねぇ、迂拙も此処迄酷い拒絶反応が出るとは思いませんでしたよ」
「返しが何処か他人事しいぞ」
救急搬送された翌日、所在検査を受けたものの全く異常が見付からず、体調もぜれている為、取り敢えず経過観察と言う事で退院と相成った。初めて見る症例に医師も終始首を傾げていた。人間の体以上にウマ娘の体は解明されていない部分が多い。誂えた勝負服を着るだけで身体能力が上昇するのだから、悪斁している服を無理矢理着させられたら癲癇の様な発作が発生しても可笑しくないのかも知れない。
そして、学園に戻って来たら早速生徒会長様に呼び出され、上述の遣り取りをする事に成った訳である。
「有繫に整備士1人の為にデザインを変える事は出来ない。更にウイニングライブを毎回欠席するなんて事も許されない。此れは忌忌しき問題だぞ」
「然う言われましても、体が勝手に防御反応を出す訳でして、意識的に制禦出来る物では無いので如何ともし難く……」
「制服はスカートの下にジャージを着て発作を抑えているんだったな……。だが、ライブ衣裳にジャージは違和感が強過ぎる」
「でも、ライブ衣裳の下に何か着用してはならないと言う規則は無いですよね?」
「厥は然うなんだが……有繫に苦情が来兼ねない策は肯諾し兼ねるぞ」
「なら、インナーでも着て露出を極力抑えて、且つ衣裳が直接肌に触れない様にすれば……」
「厥で本当に発作が抑えられるのか?」
「確証は有りませんが、験さないと言う選択肢はないでしょう」
未知の症状であり有効な対処法が全く分からない以上、こくる他無いのである。一先ず、色色験して結果を報告して呉れと言われ、厥の場は解散した。
偖、ライブ衣裳問題に関しては一旦脇に措く事にした訳であるが、他に解決すべき問題が新たに発生しているのである。厥は、併走対手が捉まらない問題である。当初よりオーバーワークを遥かに超えた勘事とも見える迂拙のトレーニングが知れ渡り、併走対手が却却捉まらない状況ではあったが、厥でもちらほらと膺けて呉れるウマ娘は居たのである。然し、或るウマ娘と併走トレーニングをした時、相手がゴール直後に人事不省に䧯って仕舞った。間一髪で迂拙が支えた為大事には至らなかったが、咄嗟顚倒事故と言う場面に迂拙も対手のトレーナーも肝を冷やした。此の事態に至る前に、対手のトレーナーは担当に対し、「此れ以上はオーバーワークに成るから止そう」と言っていたのだが、ウマ娘側が「後一本、後一本」と双眸を爛爛とさせトレーナーに続行を迫った為、厥の氛囲気に気圧され続行を許可してしまったのである。迂拙も対手のトレーナーに同調し、トレーニングの切り上げを提案したのだが、全く聞く耳を持って呉れなかった。ウマ娘の本能と本人の輸けず嫌いとの相乗効果により、不知不識の内に自身の限界を超えて仕舞ったという事例であるが、「此れに就いては担当を制禦し切れなかった俺の越度だ」と対手のトレーナーは言って呉れた。
此の一件以降、併走トレーニングをすると倒れる迄付き合わされる、気絶する迄無理矢理走らされる抔と言う不本意なイメージが迂拙に纏繞し、層一層併走対手が捉まらなくなった。一対一契約の、都度併走対手を見付けなければならないと言う欠点がより酷くなって仕舞ったのである。チーム所属であれば、対手はチーム内から見繕う事が出来るが、一対一契約の場合は此れが出来ない。ジュニア級が駄目であればクラシック級、シニア級のウマ娘に依頼するのも一つの手ではあるが、自身の練習をぜ先する場合が多く、基本的には袖に待われる。トレーナーが頭を抱える内容が増えてしまった。
然し迂拙迚拱手旁観している訳にはいかない。迂拙も片っ端から声を掛け、何とか対手を確保しようと奔走している。だが結果は全く以て芳しくない。第1類危険物の様な奴がのいて来たと、言葉を濁しつつ謝られる。迂拙にもっと話術が有ればと、もっと交友を広めておくべきだったと後悔噬臍しても何にも成らない。斯うなったら彼のウマ娘に縋るしか無いと、栗東寮はスーパークリークさんの部屋を訪った。中に這入ると、相部屋の片割れは席を外しており、クリークさん一人であった。温かいにみを以て迂拙を迎え入れて呉れ、安堵の気が湧いたのも束の間、机の上に転がっていたガラガラが目に入り背筋が凍る。努めて視界に入れない様にし、今回の件に就いて謝辞を述べつつ事の経緯を説明する。猶、一対一の会話だが迂拙は当然の如くクリークさんの膝の上に抱えられている。
「大変でしたねぇ。アジちゃんは何も悪くないのに……」
「噂だの伝聞だのは大体事実が捩枉がるのが常ですから。致し方無いと言えば厥迄なのですが、かと言って何時迄もトレーナー任せにして手を拱いている訳にもいかないので、斯うして出向いた次第です。就きましては、クリークさんに併走対手を御願いしたく……」
「もうっ、そんな畏まらないの。私とアジちゃんの仲でしょ。トレーナーさんには私からも言っておくから、安心してね」
其処迄親暱な関係であっただろうかと思ったが、口には出さずに仕舞っておく。莫連者であるが、相手の好意を無下にする様な発言は慎む程度の良識は弁えている心算である。
何はともあれ、当面の併走対手の確保は出来た。然し何時迄もクリークさんに甘える訳には行かない。当然だが彼女にもトレーニングの予定はある。細小細小に併走トレーニングを膺けて呉れる相手を増やし、クリークさんの負担を減らさねばならない。一応算段は付けているが、未だ捕らぬ狸の皮算用であるので、時機の見極めは確実に行わねばならない。
斯くして併走の約束を取り付け、クリークさんを引き連れトレーナーの前に現れた訳であるが、トレーナーは口をあんぐりと開けて間抜け面を晒している。
「御前……如何遣ってスーパークリークなんて連れて来たんだ?」
「偶の縁を上手い事使っただけです」
「知り合いだったのか?」
「入学前にルドっさんに聖蹄祭に呼び出された時に色色と有りまして、結果的に半面識の様な関係に成ったんですが、先方から豪く気に入られましてね。トレーナーも知ってるでしょう? クリークさんの嗜僻」
「噫嚱、誰彼構わず甘やかしたがる……って奴か」
「迂拙の考えとしては、クリークさんに併走対手に成って貰う代わりに、迂拙自身をクリークさんの好きな様にさせて満足感を与えます。然うすればタマモさんへの被害が抑えられると思うので、厥を口実にすればタマモさんも併走対手として頼み易くなる……と言う流れを想像しているのですが、聊か都合が良過ぎますかね?」
「タマモクロスとも知り合いなのか……。まあ、併走対手を確保し易くなるのは有り難いが、手口が佼黠と言うか何と言うか……」
「本人の与り知らない所で恩を売っておいて、厥を楯に取って交渉を有利にする。如何にも阿婆擦れと言う感じでしょう?」
「誇らし気な顔をするな。……奈瀬トレーナー、本当に良いんですか? 担当している私が言うのも彼ですが、アジと関わると変な風評が付き纏う危険性が有りますが」
「……クリークに凄い勢いで迫られたからな……。彼女の甘やかしたい衝動が爆発した過去が脳裡を過って、思わず許可を出して仕舞った。だが、僕としてもキョクアジサシの実力は見てみたかったから丁度良かった……と言い切りたかったんだが、先刻の2人の遣り取りを見て一抹の不安が擡げてきたぞ」
「本人が自らを貶める発言を初中後するもんで、此方としても手を焼いている状況です」
「此の手のウマ娘は担当した事が無いから、アドバイスは出来そうに無いな。済まない」
「いえ、奈瀬トレーナーが気にする必要は有りません。此れは俺とアジとの問題なので……」
迂拙の狠愎した性根を目の当たりにし、困惑を隠し切れていない奈瀬トレーナー。姿貌は正しくボーイッシュ、宝塚で男役を遣れば間違いなく人気が出るであろう。頤に手を宛がい漸俯いて猶、衆目を惹く佼しさを銷なわないのだから凄い。中央のトレーナーは、姿貌に恵まれている者が多い気がする。貌寝の者がぱっと思い付かない位には、咸端正である。トレーナーの銓衡基準に姿貌なる項目が有るのだろうか。だとすれば間違い無く非違であるが、天下の中央トレセンが然様な事をするとは考え難い。然し偶然では片付けられない跛倚が、確かに其処には有る。
不図脳裡を過った瑣末な疑問に就いて彼是思考していたら、不意にクリークさんの両手に両頰をむにと挟まれた。
「もう、そんな回り諄い事しなくても、タマちゃんなら膺けてくれますよ」
「迂拙としては、依頼はクリークさんだけに留めておきたいのですが、現状を鑑みると然うも言ってられないので……」
「あら、如何して? タマちゃんと一緒にオグリちゃんにも声を掛ければいいのに」
「貴方方と迂拙との実績の差を考えて下さい。本来だったらこんな佻しく声を掛けられる存在では無いんですよ貴方方は」
G1レースに捷ったからと言って、必ずしもドリームトロフィーリーグに進める訳では無い。条件には巷間での評価・人気抔も含まれる。前出の3人は条件を具足れているからこそ今も猶走り続けているのである。言って仕舞えば、学園内での人気も当然高いのだ。迂拙の様な実績皆無の者が、そんなウマ娘を何人もトレーニングに呼んでいたら、贅な禍を招来するのは間違い無い。 トレーナーの負荷を考えれば、成る丈波風を立たせない手段を取るべきである。
そして、先刻の会話の中で、クリークさんを貶損する言い回しをして仕舞ったが、厥に就いての誚譲が一切無いのは如何様な意図であろうか。
「大丈夫ですよ。アジちゃんが苛められたら、私がちゃんと「めっ」ってしますから」
「聊か楽観的過ぎでは?」
ドリームトロフィーリーグで走っているウマ娘と親暱であると言うだけで充分火種に成り得ると言うのに、憬れのウマ娘から医鬱排悶を譴責されたら余計に燃え上がり兼ねない。然し斯うでもしなければ対手を確保出来ないのであるから前跋後疐である。今の内に多少の火傷は覚悟せねばなるまい。
「さっ、アジちゃん。早速1本走りましょうか。トレーニングが終わったら、たあっぷり甘やかしてあげますからね~」
然う言うクリークさんの双眸に光は無かった。被害を抑制云云に就いては聢りと聞いていた様である。「……ガラガラだけは御容赦を……」と消え入るような声で嘆願しておいた。効果の程は知らん。
そして始まったクリークさんとのトレーニングは非常に有意義な物であった。本格化が粗終わっているとは到底思えない走りに圧倒される。実戦で培われた所在技術で迂拙を揉んで来る。自らの体力を恃むだけの走りでは全く歯が立たず、伎倆の差を、迂拙の不堪の具合を思い知らされる。不知不識の内に立っていた上慢の幢は、いとも容易く叩き倒された。矢張り練達の士から施される教導は非常に有難い。
偖、多くの得る物が有った最初のクリークさんとのトレーニングが終わった訳であるが、自分だけ何かを得てあ然様なら、と言う訳には行かない。物に必至あり事に固然あり、何かを得たら厥相応の対価を支払わねばならない。もう待ちきれんと言わん許りに尻尾を振っているクリークさんに速やかに拉致され、シャワー室にて色色"世話"をされた。内容に就いては省略するが、事が済んだ後、クリークさんは愉色に満ちた表情をしていた。彼女も頓れている筈なのに、厥を微塵も感じさせない生気潑溂たる表情であった。
澡浴にて散散好き勝手させたので、此れにて解放される……と思いきや引き続き連れ回され、今度はカフェテリアにてパフェを餤わされた。クリークさんの膝の上に座らされ、弓手は常に顱頂を撫で回し、馬手がパフェを迂拙の口へと運ぶ。完全に髫齔に対する扱いを衆人環視の中で行うのである。通塗の者であれば慙羞に堪えないであろうが、迂拙は既に此のプレイを受容出来る領域に臻っている。いやはや、慣れという物は恐ろしい。
結局、解放されたのは晩餉の直前であった。矢張り無抵抗で受け入れ続ける存在と言うのは畸しいのか、終始御譏嫌であった。此れ程長時間迂拙を甘やかしたにも関わらず、別れ際に名残惜しそうな表情をするのだから筋金入りである。「復、明日も御願いします」と言ったら臉頰を喜色に染め、鼻歌交じりで去って行った。
斯くしてクリークさんとのトレーニングが始まった訳である。迂拙の考えでは、有繫に毎日頼むのは腆顔が過ぎるので、週に2、3回、対手になって呉れれば上上であろうと思っていたのだが、迂拙と言う餌が余程魅力的に映ったのか、寧ろクリークさん側から遣ろう遣ろうと言われる様に成って仕舞った。奈瀬トレーナーは実に複雑な表情をしていた。
当然の事であるが、学園内にもクリークさんのファンであるウマ娘は居る。そんなファンからしてみれば、クリークさんを粗独占する形でトレーニングをする迂拙は目障りな事夥しいであろう。可成敵愾心を煽る様な真似はしたくないのだが、現状致し方無いとして考えない事とした。
然うしてクリークさんを対手として捉まえ2週間程経った頃、怪訝な表情をしたタマモさんに声を掛けられた。
「なぁ、アジ……大丈夫か? 無理してへんか?」
「全く」
「ホンマか? 毎日毎日あんな子供扱いされて……然もあんな誰が来るかも分からへん所で」
「逆に考えるんですよタマモさん。迂拙の様なペーペーが、ドリームトロフィーリーグで走れる様な実力を持つウマ娘とトレーニングが出来る、厥の対価が彼の程度で済んでいるのは喜ぶべきであると。本来だったら幾ら金を積んでも出来ないトレーニングなんですから」
「……表情一つ変えずに言い切るってこたぁ、本当に然う思てるんやな……」
「有繫にガラガラを取り出されたら抵抗しますけど、今の所厥の様な兆候は無いので」
「赤ちゃんプレイは有繫のアジでも嫌か」
「受忍限度を超えるんで」
実際迂拙は中学に上がった許りの子供である。丈も侏いので、第三者視点からの絵面は然迄違和感を覚えない筈である。然う考えれば未だ受忍出来る範囲であるが、孺孩扱いは御免蒙る。
「偖、タマモさん。1つ御話が有るのですが、宜しいでしょうか」
「何や改まって」
「現在、迂拙は、タマモさんが望んだ職責を全うしていると考えております」
「あ、ああ……せやな……」
「タマモさんへの被害は抑えられていると思うのですが、如何でしょうか?」
「……偶に頭撫でられる位で、前みたく迫られる事は無くなったな……」
「成程。であれば、職責を全うしている迂拙には、何等かの報酬が有って然るべきだと思うのですが」
「……何が言いたいんや」
「タマモさん、貴方も迂拙のトレーニングに協力して頂けないでしょうか?」
「ぐっ……最初にクリークに依頼したのは、ウチの逃げ道を塞ぐ為か……」
「別に毎日対手になって呉れと言う訳では有りません。週に1、2回、併走トレーニングの対手に成って頂ければ、非常に有難いです」
「……コミちゃんに相談すっから、鳥渡待っとってや」
「良い御返事を御待ちしております」
「頼むから厥の物凄い叮嚀口調止めぇや。背筋がゾワゾワするわ」
斯くして、併走トレーニングの対手、2人目を確保した訳である。タマモさんがコースに現れた際、トレーナーは復び間抜け面を晒していた。タマモさんは「ウチはクリークとはちゃうから、ビシバシ行くでぇ。付いてこれっか?」と迂拙に発破を掛けたので、「何卒、遠慮無く扱いて下さい」と返しておいた。
トレーニングが始まると、クリークさんとは毛色の違う、鷙悍たる走りで迂拙を容赦無く追い詰めてくる。単独で、或いは単一の対手已との併走では絶対に味わえない張り詰めた空気。眼光炯炯、僅かにでも隙を見せれば喉笛に噬噆せんとする兌利な視線は、クリークさんの、総てを見透かすが如き窈然たる厥とは別の方向から体力を、精神を殺いで来る。此の程度も受け流せない様では、G1捷利なんぞ夢の又夢、抔と言う意図も込められているであろう圧を受けつつ、ゴールを見据えて直走る。結果、纔かに凌ぎ切ったものの、諸手を挙げて喜べる内容ではない。
「どや? ウチの走りは。未だ未だイケるやろ?」
「ええ。可成体力を削られる感じがしました。御蔭様で新たな課題も出来ましたし、有難う御座います」
「ホンマか? ……表情全く変わっとらんし、息も全然切れてへんやん。そこそこ強めに圧掛けたっちゅうに、自信無くなるわぁ」
「本当ですよ。では、次を御願いします」
「じゃ、次はウチが先行すっから、頑張って抜いてみぃや」
休憩もそこそこに、次のトレーニングへと向かう。折角の機会である、窃める物は総て窃む気で行こう。
「小宮山トレーナー、本日は有難う御座います」
「タマちゃんに頼まれちゃったからねぇ。可愛い後輩を扱かなアカンから、ちょっちスケジュール調整頼むわって。何か複雑な表情だったけど……」
「厥は多分……アジの頼み方の所為だと思います。ちょくちょく、本当に中学生なのかと疑いたくなる様なあくどい思考をするので……」
「自分の担当でしょう……そんな言い方して良いの?」
「阿婆擦れを自称していますし、指摘しても「事実ですから」の一点張りでして……。笑い方も悪代官と言うか越後屋と言うか……矯正させようと頑張ったんですが、現状直りそうに無いので、然う言うキャラクターとしている次第です」
「……劬労しているのね。まあ、厥は厥として、実力は本物みたいね。彼のタマちゃんに顔色一つ変えずに付いていってるし、将来が楽しみね」
何やら迂拙の月旦評が聞こえて来た。随分と高く買って呉れているらしく、悪い気はしない。閑話休題、迂拙は今コース上で必死にタマモさんを追躡し、抜きにかかる機を窺っている。然しタマモさんは、後頭部に目が付いているかの如く迂拙の進路を雍閼してくる。耳の動きを見るに、恐らく迂拙の跫音抔から動きを予測しているのであろう。臻極した伎倆を有つと斯様な事が可能になるのかと驚嗟する。結局、コーナーでは手も足も出ず、直線に入ってから大外に出て纔かに差し切った。
「あ゛ーっ、ったく、コーナーじゃ上手い事押さえ込めたっちゅうのに、直線で大外に出られたら何も出来ひんやん。反則やろ彼の加速」
「タマモさんなら付いて来れると思ったのですが」
「阿呆、ウチの本格化は殆ど終わってんねや。急にスプリンターみたいな加速されたら御手上げやっちゅうの」
「然様で」
「まあでも、コーナーでの動きは未だ未だやな。貪慾さが足りん」
「然様で」
そんな感じで、クリークさんやタマモさん、各トレーナー様方から走りに就いての評騭を頂き、種種様様な経験を得た。当初の予定では此の2人に協力を仰ぐに留める心算であったが、途中で好奇心旺盛な葦毛の怪物様が釣れて仕舞った。「タマとクリーク許り狡い。私も交ぜて呉れ」と瑩徹たる双眸を向けて言われて仕舞った。有繫に分不相応が過ぎると思い遠慮しようと思ったのだが、「私と走るのは……嫌なのか……」と偸閑に悄然と俛首されては無下にする事なぞ出来ず、今ではオグリさんも併走対手に成って貰っている。オグリさんが落胆した時、矢鱈とデフォルメされた姿に見えたのは迂拙の幻覚であろうか。
偖、大物ウマ娘許り協力して呉れる所為で上澤上トレーナーは目を回していたが、「嬉しい悲鳴ですねぇ」と迂拙は完全に他人事として関知せず、先輩方とのトレーニングに明け暮れていた。オグリさんは如何も感覚派らしく、説明を求めると取次筋斗に成り乍ら訥訥と伊優亜を発していた。習うより慣れよと言う事であれば、教授を請うている此方が合わせるのが道理。オグリさんの走りや駆け引き、厥の一挙手一投足の意味を稽え、自分なりの答えを出す。そして、オグリさんとの会話で適不適を判別する。只教えられるだけでなく、自ら思考を巡らす事も重要である。遣り取りを重ねるうちに、表情の変化こそ乏しいが喜怒哀楽は結構激しい人なのだと言う事が判った。
然うして、御三方の厚意に甘えトレーニングをしていた訳であるが、彼女の性格を考えれば自ら首を突っ込んで来る事は自明の理であると言えよう。クリークさん、オグリさんと併せ「永世三強」と称呼される三幅対の1人、イナリワン先輩である。
「おうおう御前さん等、揃いも揃ってあたしを謫るたぁ何う言う料簡でぃ」
「別に謫っとった訳やあらへんで。ウチら3人で充分やったっちゅう話や。ちゅうか、オグリかて自分から首突っ込んで来ただけやし、最初っから此のアジが当てにしとったのはウチとクリークだけや」
「私は、タマとクリークがアジと楽しそうに走っているのを見て我慢出来なくなっただけだ」
「本当かぁ? タマの言う事だといまいち信用ならねぇ」
「何でや」
「本当ですよ。迂拙はクリークさんに頭を下げ、タマモさんに助力を請うただけです。オグリさんは御自身から一緒に走りたいと言って頂いたので厚意に甘えさせて頂いています」
「此の3人が揃ったんなら、何であたしには声掛けなかったんだ?」
「迂拙は未だメイクデビューも果たしていない身上ですので、此の御三方の助力を得ている時点で既に分不相応な状況です。其処へ更にイナリワン先輩へ助力を願う抔僭儗も夥しい訳です。況してや面識も無い訳ですし、有繫に御声掛けするのは憚られました」
「イナリちゃん、アジちゃんを責めないで上げて。結果的に斯う成っちゃっただけで、アジちゃんは仲間外れにする心算なんて無かったのよ。話した事の無い先輩に話し掛けるのって、迚も勇気が要るもん、ね?」
「いや、アジは厥の程度で遁みするようなタマちゃうやろ。彼のルドルフを綽名呼びする位や、イナリに声掛ける位大した事無いやろ」
「あ゛? 何だタマ公、あたしに諠譁売ってんのかい?」
「なんやイナリ、遣るっちゅうんやったら受けて立つで」
「まあまあ御両人共、然う熱くならずに。元を辿れば迂拙が原因ですから、どうか此処は迂拙の首一つで収めて頂きたい。鳥渡ホムセン行って鋸買って来ますんで」
然う言って走り出そうとしたら肩をがしと摑まれ止められた。
「行き成り話を猟奇的にすな。こんなんで一一刎ねてたら八岐大蛇でも首足らんくなるわ」
「でも元凶が消えれば一番丸く収まりますよね?」
「アジが遣ったら一番話が拗れるわ。分かった分かった、ウチ等が悪かったからホムセン行こうとすな」
「あっ、成程。確かにホムセン行かなくても、用務員室に行って拝借してくればいい話ですもんね」
「然う言う問題ちゃうわドアホ」
顱頂を叩かれたので茶番を終える。彼の儘では売り言葉に買い言葉で口論が熾昌し兼ねなかった。故の一芝居であったが、迂拙の性質を知らないイナリワン先輩は物凄い表情をしていた。
「……なぁオグリ、此奴って行き成りこんなおっかない事言い出すのか?」
「ん? 何時ものアジの串戯だろう? 別に普通だが」
「此れが普通って……キャラ濃過ぎじゃねぇか?」
「イナリ、五十歩百歩って知ってっか?」
「んだとタマ公」
「だから厥の諠譁腰止めぇや。何時迄経っても話が進まんわ。兎に角言える事は、アジの併走対手は充分確保されてたから、態態イナリに声掛ける必要が無かったっちゅう事や。考えてみぃ、メイクデビュー前のウマ娘1人にウチとクリークとオグリ。過剰供給もええとこや」
「ああ……まぁ確かにな……」
「せやろ? だから別にイナリだけ謫にしとった訳やない、此れだけは確かに言える事や。せやから、んなカッカすな後輩の前で」
「タマが論理的に諭している……変な物でも食べたか?」
「おいオグリ如何言う意味や厥」
オグリさんを半眼で睨むタマモさん。然しオグリさんは何処吹く風と表情は微塵も変わらない。猶、クリークさんは一連の流れを莞爾たる表情で見守っていた。何時もの遣り取りらしい。
「はぁ……まぁええわ。偖、いっちゃん重要な事訊こうか。アジ、イナリも交ぜてええか? 此の儘イナリだけ蚊帳の外に置いとくと拗ね兼ねへんから」
「何でぃ、あたしが面倒臭ぇ奴みてぇな言い種しやがって」
「面倒臭ぇ奴やなかったらこんな面倒臭ぇ首の突っ込み方せぇへんやろ」
「あ゛?」
「イナリ、どうどう」
「あたしは牛じゃねぇぞオグリぃ!」
「……こんな奴やけど、実力は確かやから……な?」
「いや、迂拙としては対手をして頂けるのは大歓迎ですけど……」
イナリワン先輩は中央に転籍する前、大井レース場にてダートレースを走っており、結果も出している。取り敢えず芝とダートとの二刀流を目指している迂拙としては、ダートレースの経験があるイナリワン先輩が協力して呉れるのは非常に有難い。が、先刻の遣り取りを見るにタマモさんの心労を軫憂せざるを得ないが、替差であろうか。
斯くして、永世三強+タマモさんと言う錚錚たるウマ娘の教導を受けられる事と相成った。上澤上トレーナーは一周廻って証入を得たかのような表情をしていた。強く生きて慾しい。
偖、錚錚たるウマ娘に入れ代わり立ち代わり教導される事となった、此の事自体は素直に喜ぶべきである。然は然り乍らも、周辺も含めて俯瞰すると諸手を挙げて喜べないのが世の常である。僭儗たる環境を当然の如く享受していれば、当然厥に対する媢嫉や猜譖を招来してしまう。逆め断っておくが、迂拙は自らの練習環境を自慢したり抔は全くしていない。自ら招殃する様ながぎな言動は慎んでいる。シャトルやドーベル等に、クリークさん等の協力を得られたと報告するだけに留めている。
然は然り乍らも、トレーニングコースで走っていれば否応無しに迂拙が贅沢な面子と練習している姿は見えてしまうので、迂拙に対する嫉視乃至疾視は増えているように感じる。殊、未勝利戦で燻っているクラシック級のウマ娘からは、強い厥を感じる。然りとて迂拙が拯済する事は出来ないので、そんな視線を寄越されても困ると言うのが正直な感想である。
出来れば面倒事は御免蒙りたかったが、案の定と言うべきか、或る時、先輩のウマ娘達に囲まれてしまった。迂拙に浴びせる視線に好意は全く含まれていない。偖、何とか宥め賺し穏便に済ませようと試みたが、説明は総て言い訳や自慢に聞こえたようで、視線は層一層険しく成った。斯う成って仕舞っては最早迂拙が何か言った所で逆効果であろう。結局、迂拙の実力が本物か如何か確かめる、抔と良く分からん理由から、レース勝負を吹っ掛けられた次第である。
そんなこんなで放課後、げんなりした表情で鈍重たるふふとした歩様でコースへと向かっている。全く以て気乗りしないが「逃げるなよ」と釘を刺されてしまった為、無視する訳にもいかず、恁地、嫌嫌向かっている次第である。何が嫌かと言えば、如何なる選択肢を取っても迂拙に利が無いからである。相手にする価値無しと擺撥すれば、敵前逃亡する小心者だの何だのと流言蜚語を散撒かれ兼ねない。かと言ってレースをした所で、輸贏の結果の如何に関わらず迂拙の株は下がるのである。捷った場合、今回諠譁を売って来た連中や厥の醜類の敵愾心を煽り、層一層ご譟が踾踧する。輸ければ、実力も無いのに永世三強を独占する難平と吹聴されるであろう。伊勢湾に朝宗する木曽三川が如く、選択肢に関わらず結果が同じである事が明明白白なのだ。走れる機会を得られたと言うのに、此処迄気乗りしないのは初めてである。違乱したいのは此方である。下らん医鬱排悶に付き合わされる身にもなれ。実に迷惑千万である。
トレーナーには所用で遅れる旨を伝えた後、囉嗉を垂れ流し乍らコースへ赴いた。輸贏の内容は厥の場で伝えると言われていた。恐らくは自らに有利な、迂拙には不利な条件を設定し、打っ付け本番で押し付け擠れようと言う魂胆であろう。斗筲の人、何ぞ算うるに足らんや、小物のステレオタイプ、陳套たる遣り口に喟然と息を吐くしかない。
明らかに遣る気が無い事を表情から読み取ったのか、現着してから更に二言三言讒毀を浴びせられた。どうせ言い返した所で更に氛囲気が険悪になるのは明明白白なので、疾っとと話を進める様促す。が、此の態度も癪に障ったのか肩を小突かれる。敬意が足りないだの何だの言われるが、公序良俗や社会通念も解さない阿呆に対する敬意なんぞ持ち合わせていない。
偖、一頻り讒毀された後、迂拙に効果が無いと判ったのか忒児を1つ漏らし話が進んだ。嵩にかかった態度で説明していたが、要約すれば距離も馬場も区区のレースを6本、間不容髪に走る。迂拙は1人で総て走るのに対し、向こうは1レース1人。予想通りの日米和親条約の様な不平等な内容。歴史の勉強だけは聢りとしている様である。
通塗のウマ娘であれば、専門外の距離や馬場を間断無く6本、強制的に走らされるのであるから苦楚夥しい事であろう。通塗のウマ娘であれば。翻って迂拙は距離も馬場も御構い無しに走ろうとしている泡斎である。泡斎を対手にする、厥の意味を骨の髄迄味わわせて遣ろう。
結果を言えば、迂拙の全捷で終わった。逐一レースの状況を書き連ねては冗長になるので、内容の大半は省略させて頂く。対手は腐ってもクラシック級、何か得られる物が少しは有るだろうと思い後ろに張り付いてみたりしたが、迂拙が教導を請うている4人と較べて伎倆は低劣厥の物。発走から2ハロンも観察すれば見切りを付けられる程度であった。見切りを付けたら後は疾っととゴール板を通過するだけの作業である。妨害のしようが無い位外へと膨らみ、一息に追い抜き、厥の速度を維持し続ければ容易く輸贏は決する。一応、ダートの短距離の直後に芝の長距離を走らせたりと、迂拙の体力を殺ごうとする工夫の跡は見られたが、全く以て障礙たりえなかった。
レースの内容も、誰も難癖を挟めぬ様、気を使った。発走時はフライングを疑われぬ様、対手の発走を確認した上で走り出し、追い越す際は斜行や妨害を指摘されぬ様、十二分に間隔を空け、ゴールは何方が先かと言う水掛け論に発展せぬ様、態と速度を落としたりせず大差を付けた。レース前は嵩にかかった態度で迂拙を軽侮していたが、レースを重ねる毎に余裕が脱け落ちて行き、6本目を走り終え息一つ切らさず平然としている迂拙を目の当たりにし、咸一様に顔を胆礬色に染める、此の一連の表情の変化は非常に滑稽に映った。恐らく迂拙の話は風の便りで聞いていたのであろうが、内容が内容だけに荒誕と断じていたのであろう。事実を目の当たりにして理解が追い付いていない様子であったが、今回許りは突っ掛かった相手が悪かったとしか言いようが無い。実際に口に出す事は無いが。
斯くして完膚無き迄に叩きのめし厥の場を去った訳であるが、幾ら間不容髪に走ったとはいえ、6レースも実施すればそれなりに時間は掛かる。トレーナーの許へ着いた時には、既に迂拙が先輩に諠譁を売られ6レース走ったと言う内容が伝わっており、斯う言う事は勝手に話を進めないで教師なり俺なりに相談しろとの御叱りを受けた。怒りは御尤もであるので叱責は甘受したが、加えて自主トレーニングの走行距離を、向こう1週間は1日当たり100kmに制限する罰も付けられて仕舞った。そんな御無体なと貰赦を乞うたが枉げては呉れなかった。
そんな事が有ったとタマモさん達に顚末を報告すると「何や其奴等、腹立つやっちゃな。ウチが灸を据えとくから、ツラ教えろ」と義憤に駆られていた。既に済んだ事であり、下手に介入されると話が余計に拗れるので何とか宥めて矛を収めて貰ったが、蟠屈する不満が残っている様であった。残りの3人も耳を絞り不快感を顕にしていた。此れだけ大事にして呉れる先輩に恵まれているのだから、迂拙は幸せ者である。
斯くして、迂拙に譴罰が加えられ事は落着した……と思っていたが、思わぬ所から次の刺客が現れた。シリウスシンボリから呼び出しを受けたのである。シンボリ家のウマ娘で、迂拙と接点が有るのはルドっさん已であり、シリウスシンボリとは接点が全く無い。ズボンタイプの制服の導入に就いては、オグリさんが協力を依頼しているのであり、迂拙は一度も会話をした事が無い。序でに、本家と分家との間で委細巨細やら諍いやらが有るのか、ルドっさんとシリウスシンボリの関係が良いと言う話は寡聞にして知らない。彼女の意図を揣説出来ないだけでも一抹の不安が繆繞するのに、糅てて加えて指定された場所が空き教室と言うのが層一層不安を煽る。
然は然り乍らも、シンボリ家に不義理を働いた前科の有る身として做不知は許されないので、順に指定の場所へ向かった次第である。シリウスシンボリは未だ到着していなかったので、出口に一番近い席に小さく収まり待つ事にした。霎時、更漏を消費した後、呼び出した張本人が現れたが、迂拙を視界に入れるなり怪訝な表情となった。
「悪い、待たせたな……何で、んな隅に座ってんだ?」
「此方の方が立場が下なので、上座に収まるのは宜しくなかろうと思いまして」
「教室の席で上座下座なんざ聞いた事無ぇぞ」
「不義理を働いた身としては、成る丈礼は失さない様配意せねばなりませんので」
「私は何とも思って無ぇから肩の力抜け。敬語も必要無い」
「此の口調は普段通りの物なのでお気になさらず」
「何か背中がむず痒くなるから勘弁して慾しいんだが……まぁ良い」
「して、迂拙に何用で御座いましょうか」
「今日レース吹っ掛けられただろ? 厥に就いて謝っときたくてな」
「へ? シリウスシンボリさんは関係無いのでは?」
「アンタに諠譁売った彼奴等、普段は私が面倒見てる連中なんだ」
「へぇ……何故厥の様な関係に?」
「皆、未勝利戦を捷ち抜けずに燻っている様な奴なんだ。捷ちたいって意欲は有るんだが、如何せん結果が出せなくて、トレーナー連中にも見て貰えなくて、我流で練習して復輸けて……っつう悪循環に陥っているんだ」
「成程……?」
「偶に気晴らしはさせているとはいえ、如何しても鬱憤は溜まっちまう。其処にアンタと言う格好の的が現れたから、矛先が向いて仕舞った、っつう事だ」
「流れは理解しましたが……何故、シリウスシンボリさんが面倒を見ているのですか?」
「シリウスで良い。別に私が始めた訳じゃ無いんだが、何時の間にか湊まっていた。多分、他に行く所が無かったんだろ」
シリウスさんの言動挙措を見るに、門閥家の御嬢様とは思えない程、驕気が滲出している。てっきり唯我独尊を地で行く人物かと思っていたが、存外面倒見が良い様である。此方のシンボリは、後輩に傾延されている様であり、同じシンボリでも、実に対蹠的なウマ娘である。
「彼奴等には私が聢り言い聞かせておく。だから此れ以上事を大きくしないで慾しい」
「まあ、思う所が無いと言えば噓に成りますが、終わった事ですし、蒸し返す心算は有りません」
「済まねぇな。教師連中にも余り良く思われていない奴等だから、事が大きく成り過ぎると、私でも有繫に庇い切れなくなる」
言動を鑑みるに、自ら進んで面倒を見ていると言う訳では無さそうであるが、彝倫から致命的に悖繆せぬ様、看視しているのであろう。常人には却却出来ない事を平然と遣ってのける辺り、門閥家の一員としての教育は聢りと為されている様である。
「……御誮しいんですねぇ」
「勘違いするな。全員の面倒を見ている訳じゃ無いし、捷つ気の無い懦弱な奴が如何成ろうと知った事じゃない。捷ち上がる為なら何だって使ってやるっつう気概の有る奴だけ相手にしてんだ。皇帝サマと同列に見るなよ」
態態口に出して否定する辺り、可成ルドっさんの事を意識している様である。標牓する所は違えども、出自に畛畦を設けず拯済の手を差し伸べる。厥の根柢に存する高潔たる精神が同帰殊塗を齎しており、二者の依稀たるを如実に表している。此の分路揚鑣こそ、シンボリ家が名門の謂であろう。
「……何だ厥の目は」
「いえ、何も」
「チッ……まぁ良い。兎に角、此れ以上事を大きくしなければ厥で良い。承服し兼ねるってんなら私に言え。出来る限りの対応はする」
「……でしたら、1つ御願いしても宜しいでしょうか?」
「早速か、何だ」
「ズボンタイプの制服の新設に就いて、ルドルフさんに強く提案して頂けないかと」
「あん? ズボンタイプの制服?」
「斯斯云云、と言う訳で御座いまして」
「……成程、だからオグリキャップが唐突に連名で嘆願して呉れなんて言って来たのか。全く接点が無い私に頼んで来る真意が読めなかったが、アンタが発端か」
「無理にとは言いませんが、御一考して頂ければ幸甚です」
「私としては如何でも良い事だが、皇帝サマの仕事を増やせるってんなら面白いからな。今度責付いといて遣るよ」
「有難う御座います」
「だが、事の真偽を知らずに遣るってのは癪に障る。アンタ、本当に気絶すんのか?」
「ええまあ。ジャージを脱いだら速やかに人事不省に䧯りますよ」
「何か噓臭いな」
「では、実際に御覧に入れて差し上げましょう」
然う言って徐にスカートの下のジャージを脱ぐ。間不容髪に耐え難い不快感が体の芯を貫き、白目を剝き乍ら意識を飛ばした。
白目を剝き乍ら痙攣する迂拙を、シリウスさんが大慌てで保健室へ搬送した結果、シリウスさんが迂拙に乱暴を働いた抔と言う噂が立って仕舞い、火消しに苦労した。シリウスさんからは恨みがましい視線を向けられたが、実際に見ないと気が済まないと言ったのは其方である。責任転嫁は止めて頂きたい。