先輩方に扱かれ居諸*1を
余談ではあるが、最初はイナリさんだけ先輩付けで呼んでいたが、「あたしにだけ他人行儀なのは頂けねぇなぁ」と獰猛な笑みを頂いたので、今はさん付けで呼んでいる。
所変わって美浦寮は自室、
「つ、遂に明後日、アジちゃんのメイクデビューだね」
「ええ。捷って機を付けられるよう頑張って来ます」
「ライスは現地に行けないけど、学園で応援してるから、頑張ってね!」
「……っ、有難う御座います」
「何で泣くの!?」
有難い御言葉を頂戴し、感涙を一条流す。ライス神の
「と、所で、メイクデビューは何処で走るの?」
「新潟ですね。芝2000です」
「新潟? 矢っ張り最初は地元が良いって感じ?」
「地元……って言って良いんでしょうかねぇ」
新潟県は東西に伸びる
何が言いたいのかと言えば、同じ県内であるが、此れだけ距離が離れている場所を"地元"と言う括りで表現して良いものだろうかと首を傾げざるを得ない。トレセン学園から直線距離で66kmも離れれば、南は神奈川を通り越して相模湾に到達し、北に行けば埼玉県を通り越し群馬県の館林辺りに到る。故に、新潟レース場を"地元"と呼ぶのは聊か憚られる。
「正直、メイクデビューは此処が良い、みたいな希望は無かったのでトレーナーに投げました。厥の結果、新潟芝2000を寄越されました」
「ま、まあ初めてのレースだしね。レース場との相性とかも余り分かんないだろうし……」
「右回りも左回りも、勾配の緩急も関係無しに走る御前に相性もへったくれも無いだろうと、面と向かって言われた事は有ります」
「ス、ストレートに言うんだね……アジちゃんのトレーナーさん……」
「迂拙に配慮するだけ無駄だと言う事が解ったんでしょう。実際気にしませんし。で、そんなトレーナーに丸投げした結果が先述の通りです」
「ライスのメイクデビューも新潟だったけど、1000だったからなぁ。何かアドバイス出来るかな……」
「厥の御気持ちだけで充分で御座います」
「御願いだから拝まないで……」
ライスさんも迂拙の
斯くして、ライスさんの激励と半眼を背に、新潟へと赴いた次第である。前日に現場入りし、レース場附近で一泊、翌日に本番と言う流れだと言われたので、ウォーミングアップがてら新潟迄走って行きたいと言ったら間不容髪に却下された。「ウォーミングアップで300kmも走る阿呆が何処の世界に居る」と一刀両断であった。
走れないのであれば公共交通機関かと
偖、関越自動車道での珍道中は省略させて頂き、所変わって新潟レース場である。学園で机上にて一応彼是説明は受けたが、実際に現場を
「3コーナー、4コーナー、そして最後の直線に掛けて下り勾配が続く。自然とスピードが上がるコースで、不知不識の裡に外に流されるウマ娘も居るから、速度の管理には気を付けろ……と言いたいんだがな……」
「高低差たったの2m? 有って無い様なもんでしょう」
「峠道をホームコースにしていたアジからしてみれば、自然と然う言う感想に成るだろうな……」
六十里越を
「普通のレース場では有り得ない急勾配や急カーブ許り走っていたアジは感覚が
「何が言いたいんです?」
「御前みたいな未デビューのウマ娘が居て堪るか」
「貴方の担当でしょうに」
「原因に他人事みたいな口調で言われると凄い腹立つ」
「如何しろと」
「やっとトレーナーらしい事が出来ると思っていた俺のワクワクを返せ」
デビュー前日の担当ウマ娘に八つ当たりするトレーナーが居るとは、世界は広いものである。
そんな寸劇を1つ2つ挟み乍ら下見を終え、日付を跨ぎメイクデビュー当日。淡雲*18の埃ぷ*19と広がり、直射日光が無く走り易い天気である。雨模様*20は無く、芝の状態は"良"であり、メイクデビューとしては好箇*21の条件と言える。第5レースに発走する迂拙は、
そんな風に
「珍しく神妙な表情をして如何したんだ? 一丁前に緊張でもしているのか?」
「いや、パドックで何か1つ芸でも披露した方が良いものかと考えていまして」
「
「へぇ。では、然うさせて貰います。後、
「彼は……一種の慣習みたいなもんだ。ああすれば格好良く見えるとか、只右に
「成程」
強制されていないのであれば好きにさせて貰おうと心に
「やあ整備士、調子は如何だ?」
「……何でルドっさんが此処に居るんです?」
「何、目を掛けていたウマ娘が遂にデビューすると言うんだから、居ても立っても居られなくてな」
「生徒会長って劇職*26の筈では」
「生徒会には私以外にも居るからな。私の決裁が必要な仕事は総て終わらせて来たから心配するな」
「此処って関係者以外立ち入り禁止の筈では」
「キョクアジサシの関係者だと言って這入らせて貰った。まあ、私が直接言えば扣え室位、何処でも這入れる」
「こんな下らん事で職権濫用しないで下さい」
好奇心旺盛な皇帝様の
「発破を掛けると言う体で圧でも掛けに来たんですか?
「隙あらば何かに
抔と遣り取りをしていると、扉の陰から別の声が聞こえて来た。
「……おい、何時迄入り口で突っ立ってんだ。
「噫嚱、済まない」
何とルドっさんだけかと思いきや、シリウスさんを
「何間抜け面晒してんだ? 阿婆擦れを自称しているんなら、気の利いた返事の1つや2つして呉れねぇと面白くねぇなぁ」
「シリウス、
「此奴はレース如きで緊張する様なタマじゃねぇだろ」
「……2人揃って、迂拙の様な
「何、元元は私だけ来ようとしたんだが、シリウスが一緒に連れて行けとせがんで来てな」
「おい、話を歪曲するな。私は只、彼奴等に絡まれて調子を落としてないか気に成っただけだ」
「整備士、シリウスは斯う言っているが、単に心配しているだけだ。監督不行き届きで面倒事に巻き込んで仕舞ったと自責していたからな」
「皇帝サマよぉ、話を盛って楽しいか? ああ?」
「私は何も誇張していないよ。
「御
「ケッ……。勝手に言ってろ」
然う言って
「して、本当の用事は何です?」
「いや、本当に君の様子を見に来ただけだ。厥の調子なら問題無いだろう」
「腑抜けた走りしたら承知しねぇぞ」
「成程、腑抜けた走りをしたら
「いや其処迄はしねぇよ」
「であれば権力と金とを動かして、真綿で首を締めるが如く、
「だから、んな事一言も言ってねぇだろ」
「私は違うが、シリウスは遣り兼ねんからな。ど気を抜くなよ」
「何と」
「……おいルドルフ」
「じゃあ、私達は観客席から見ているから。良い結果を期待しているよ」
然う残して、2人は退出して行った。態態新潟迄来るとは相当である。今一度気合を入れ直さねばならない。縦んば輸けでもすれば、陵遅刑は確定である。
「所でトレーナー。完全に
「訊くな
レース直前のウマ娘に掛ける物とは到底思えない返答が来た。
一頻りトレーナーからを倯*38された後、「おら、御前の出番だ、疾っとと行ってこい」と扣え室から叩き出され、現在はパドックの裏手に居る。メイクデビューは8人立て、迂拙は5枠5番に配された。1番から順にパドック……と言う名の舞台に出て行き、表着を脱ぎ棄て己の肢体を披露、簡単な紹介が為される。此の時、調子は如何だの体の仕上がりは如何だのと論われるが、一体何処を見て言っているのだろうか。部位がアレだと、欧米辺りの七面倒臭い人権団体がいちゃもんを付けて来そうである。
抔と益体も無い事を考えていたら迂拙の番が回って来た。小走りで舞台へと出て行き、表着に手を掛け脱ぎ棄て……ずに静かに脱ぐ。そして厥の場で正座し、綺麗に折り畳んで脇へ置き立ち上がる。代わり映えのしないメイクデビューのパドックに、一撮みの
『……えー、余り前例の無い登場をしました、5枠5番キョクアジサシです』
『無表情なのも相俟って、何を考えているのか解りませんね』
『SNSを全く遣っていない為、一般の方からすると情報が非常に少ないウマ娘です。更に、漏れ聞こえてくる噂が……厥の……何と言うか、信憑性に欠ける内容の物が多い所為か、本日は4番人気です』
『然し体はきっちり仕上げて来ています。若しかしたら良い走りをしてくれるかもしれませんよ』
本人が目の前に居るのに
残りの出走バのパドックも終了し、地下バ道を通って
未知の感覚を咀嚼したい所では有るが、次第は一一待っては呉れない。今は返し馬の時間。実際の勾配やコーナーの半径を確認し、感覚を憶える。厥の遭際*56、不図、ゴール板の前に陣取る連中が目に留まった。間違い無く、迂拙の家族である。母さんの白毛は矢張り可成目立つ物で、
「こんな所で4人、雁首揃えて何してんの?」
「そりゃぁ娘の晴れ舞台だもの、一番の特等席で見なきゃ」
「遂にアジも中央でデビューか。何だか感慨深いなぁ」
「目にするのは無様に輸ける姿かもしれないけど」
「何言ってんだい、1000mで12バ身差付けられるアジが2000mで輸ける訳無いでしょ」
「適正距離って知ってる?」
「何? アジって短距離が得意なの?」
「知らん」
「自分の事だろうに、トレーナーは何て言ってたんだ?」
「「距離もバ場も関係無く良いタイム出せるとかエイリアンか?」って言われた事は有る」
「実際バケモンじゃん」
「俊兄、歯ぁ食い縛れ。粉砕骨折で
「待て待て待て、公衆の面前で殴ろうとするのは止めろ」
「仲良いわねぇ」
「何処が!?」
「厥よりもアジ、如何してメイクデビューの日を前日迄言わなかったんだ? 御蔭で準備が大変だったぞ」
「単純に忘れてた」
「
「中継で見りゃ良いでしょ。後、んな下らん事で笑って来る近所なんざ付き合う価値無いでしょ」
「現地で見なきゃ意味無いでしょう。此れからはちゃんと1週間前には教えてね」
「何、毎回見に来る気なの?」
「そりゃ当然でしょうに」
何を言ってるんだと許りに
適当な所で話を切り上げ、ゲートへと向かう。係員に誘導されゲート内へ収められる。中途、隣のウマ娘が迂拙を一瞥し、「選りに選って此奴と一緒になるなんて……」と
此方は
そして最後の閉扉の音を聞き……一拍の
飛び出した勢い厥の儘に加速し、他の連中を一気に引き剝がす。スタートから第3コーナー入口に掛けてはぴらかな上り勾配であるが、峠道にて
1000m通過のタイムは59.4秒。後方より届く跫音は
そして第4コーナーを通過し、最後の直線へと移行する。同時に
後続の跫音は終ぞ音量を増さず、迂拙が先頭でゴール板を通過した。速度を徐徐に緩め、一つ噓呵して
後ろめたさを隠す意も込めて、帽子を脱ぎ右へ向き一礼、左へ向き一礼、最後に正面へ向き一礼し、中霄へ帽子を
偖、遣る事も遣ったし
自らの表情の乏しさに感謝しつつウィナーズサークルを後にし、トレーナーの待つ地下バ道へと向かう。
「矢っ張り見張っといて良かったよ。インタビュー嫌いのアジの事だから、疾っとと引っ込もうとするだろうからな」
「良く御解りで」
「でも、大した事無かったろ?」
「ええまぁ、特にインタビューはされなかったですね。担当の人間は昂奮気味でしたけど」
「そりゃそうだろ。本音を言えば根掘り葉掘り訊きたかった筈だろうな。メイクデビューであんなタイム出されりゃ」
「何故です?」
「御前、去年の皐月賞のタイム知ってるか?」
「いや、知りませんけど」
「2分0秒7だ。違うレース場とはいえ、同じ距離のG1レースより2秒以上早いんだ」
「へえ、然様で」
「然も御前、ラストスパート掛けないで厥の儘ゴールしたろ」
「ええまぁ、後続との差を鑑みればスパートは必要無いと判断したので」
「そんな打っ飛んだウマ娘が行き成り現れたら誰だって昂奮するわ」
「へえ、然様で」
「能天気な返辞するな。多分
「勘弁して慾しいですねぇ」
「恐らく取材依頼の電話、腐る程掛かって来るぞ」
「1件の例外も無く、総て
「わーってるよ、ったく。厥より、此の後ウイニングライブだぞ。疾っとと着替えて来い」
「鳥渡動悸がしてきたので此の儘帰って良いですか?」
「ぱけ」
苦手な衎賓行為故に全く気乗りしないが、此の世界に於いては勝者の責務である。レースに捷ったにも拘わらず、此処迄背中が煤けているウマ娘は然う然う居ないだろう。シャワー室で汚れを洗い流し、扣え室にて着替える。すせ*89
「此れからウイニングライブだってのに、覇気の欠片も無ぇな……」
「此れからウイニングライブだから、ですよ」
「メイクデビューのウイニングライブのセンターなんて、皆が憬れるもんだと思っていたが、どの世界にも例外ってのは居るもんだな……」
「此の権利って、幾ら位で売れますかね」
「厥の科白、外では絶対に口にするなよ。殺されるから」
「別に目立ちたいが為に走ってる訳じゃぁ無いんですよ
「なら
「然う言う風に捉えられますか……迂拙としては謝意を示しただけの心算なんですがねぇ」
目立つ心算は無いと口では言うが、一方で目立ちたがりの様な行動を取る。
「然しまぁ、見慣れた衣裳だと思っていたが、アジの仕様を見ると違和感が凄まじいな……」
「此れが迂拙の普通ですので、慣れて下さい」
トレーナーに依る迂拙のライブ衣裳の論評が始まろうとした時、復び叩扉の音がした。返辞をすると、シンボリの御二人が姿を見せた。
「あら、二人揃って如何しました? 早速迂拙の走りに評騭しに来ましたか?」
「厥をしたい気持ちもあるが、先ずはメイクデビューでの捷利、御目出度うと言っておこう」
「へえ、どうも」
「出遅れる事も無いし、ゴール迄涼しい顔して走ってたから安心したわ」
「だから言っただろうシリウス、彼女の精神は鳥渡やそっとじゃ揺るがないと」
「みたいだな……心配して損したわ」
「おや、矢張り心配していたのかい?」
「あっ、いや、違……」
「御気遣い、痛み入ります」
然う言うと、シリウスさんは視線をついと逸らして仕舞った。首許をかりかりと搔いて照れ隠しをしている様は、見ていて微笑ましい。
「他を寄せ付けない勜ぺ*91たる走り、将来が非常に楽しみだ」
「オウコウ?」
「強いと言う意味の単語だ。何時も整備士にはしてやられているからな。頑張って語彙を強化している最中だ」
「然様で」
「……悔しくないのか? 整備士の得意分野だろう」
「いやぁ、確かに勉強すれば知っている世界は拡がりますけど、厥以上に知らない世界の広さを認識するので、勉強すればする程、得意と言うのは憚られますね。知らない単語なんて腐る程有りますし」
「成程……然う言う物か……」
「多少齧った程度の知識しか持ち合わせていない奴程
「ぐっ……」
「おっ、有繫の皇帝サマも白旗か?
忘れられ勝ちだが、ルドっさんも大概負けず嫌いである。此れを機に
「……
「露骨に話題逸らしたな」
「煩い」
有繫に厭味ったらし過ぎる言い方だったと自省する。迂拙も未だ途上の身であり、偉そうな口を利ける身分では無い。
「言い方が悪かったですね。偉そうにぱいて仕舞って申し訳有りません」
「いや、私も調子に乗っていた。済まない」
「急に二人してしおらしくなるな」
余りの温度差にシリウスさんがキャラを忘れて突っ込んで来る。
「して、衣裳の件だが、本当に厥の恰好で踴るのか?」
「然うですよ」
衣裳自体は特に改造抔は施していない。ルドっさんが問題視しているのは衣裳の下に着用しているインナーであろう。上は
「露出の少なさは、まぁ……概ね予想の範疇だが、色は如何にか成らなかったのか?」
「無理でしたね。肌色の様な目立ち難い色も
「首許も
「体操着では問題無いんですけど、此の衣裳の場合だと駄目でしたね」
「……上澤上トレーナー」
「済みません、色色試行錯誤して影響を最小限に抑えようと頑張ったのですが、少しでも露出が増えたりインナーの色が薄くなったりすると、途端に顔を蒼褪めさせるので、此れが限界でした」
「
「蕎麦アレルギーの人間に蕎麦喰わせようとしている様なもんですよ」
「服の材質が肌に合わないと言うのなら未だ解るが……」
「音楽癲癇*95なんて症例も有りますし、厥と似た様なもんかと」
未知の症状に
「歌と踴りとは、見せられる水準に達しているのか?」
「其方は大丈夫です。歌と踴り"は"……」
「何やら含みの有る言い方ですね」
「アジの場合、表情が如何しても改善出来ず、最後迄真顔です」
「表情も重要な要素なのだが……ダンスレッスンの先生は何も言わなかったのか?」
「余りにも改善の兆しが見えないので、匙を投げられました」
「整備士……」
「いや、努力はしたんですが、皆さんが
「
「おい、如何言う意味だルドルフ」
「斯う言う笑い方なら普通に出来るんですけどねぇ」
然う言って悪代官的な笑みを見せると、ルドっさんは渋面を作り、シリウスさんは
「あっはっはっはっ!! 確かに厥の笑い方はウイニングライブじゃぁ見せられねぇなぁ! いや、寧ろ見せた方がゑいかもな!」
「シリウス、笑い事じゃないんだ。此れは
「普通の笑顔を作ろうとすると、如何しても
「別に良いじゃねぇか。メイクデビューで打っ飛んだタイム出すんだから、ウイニングライブでもイカれた要素を持っていた方が一貫性が有るだろ」
「然しなぁ……」
「んなだ*98に拘泥する必要有るか? 厥もコイツのキャラって事にしときゃ良いだろ」
「だで片付けるな。他のウマ娘達はちゃんと練習して出来る様に成っているんだぞ」
「練習すりゃ全員出来る様に成るなんて単純な話じゃ無ぇだろ。厥の理論が罷り通るなら、練習したウマ娘は全員G1レースで捷てるぞ」
「其処迄の極論か?」
「何でも出来る皇帝サマには解らない感覚だろうな」
「むぅ……」
碌碌練習もせずに出来ませんなら撮当*99されても文句は言えないが、迂拙は出来る事は遣った心算である。ルドっさんとしては、自分が引き立てたウマ娘に批点*100が有る儘衆目に晒すのは、我慢ならない部分が有るようである。此の一連の流れは、教育虐待と本始*101を一にする様に思える。
「上澤上トレーナー、貴方は如何お考えですか」
「俺としては、練習は続けつつも、無表情キャラで売り出す事を視野に入れています」
「……然うですか」
蹲ぁい*102迂拙特有の苦労は、如何やら理解し難い様である。
偖、迂拙の準備状況に対する侃侃諤諤を経て、現在はウイニングライブの直前、厥の舞台袖である。中央のレース場には本格的なライブ会場が設置されており、衎賓の為の設備にも金が掛かっている。所謂"競馬場"には存在しない設備である。そして、陰より会場内を
「何でこんなに御客さん這入ってるのよ」
「十中八九コイツの所為でしょ。噫嚱ヤバい、失敗する未来しか見えない」
「レースで
「なら逆に考えろ。此の状況を乗り越えれば、此の先のレースで緊張する事なんざ無くなると」
「此の地獄作り出した下手人が真面目振ってんじゃないわよ。掲示板見て精神木っ端微塵に成っている所に山盛りの塩塗りたくって来て、何とかしてよ」
迂拙に違乱している此の2着のウマ娘は、掲示板の表示を見て
「て言うか、何厥の巫山戯た恰好。ウイニングライブでそんな可愛くないインナー着てる奴見た事無いんだけど」
「女物の服を一切受け付けない体質なんだ。厥とも脱がしてみるか? 然うすれば迂拙は速やかに人事不省に
「地獄を作り出しておいて逃げるなんて
「厥の気概が残ってんなら未だ大丈夫だな」
「偉そうな口利かないでよ。ホラ、アンタも思う所の一つや二つ有んでしょ。大人しくしちゃって、
「ご、御免、振付思い出すので一杯一杯で」
「おい、八つ当たりするんなら迂拙だけにしろ。飛び火させるな」
情緒の
「丁度目の前に殴り易いサンドバッグが有るんだから、殴りたけりゃ迂拙を殴れ」
「いや、手ぇ出したら全部私が悪くなるじゃん」
「顔は直ぐにバレるから止めとけ。ボディを狙えボディを。
「アンタは闇堕ちした丹〇段平か? 最低にも程があるでしょ」
「肋の1、2本折っときゃ真面に歌えなくなるから、公衆の面前で恥を搔かせる事が出来るぞ。憂さ晴らしにゃ持って来いだ」
「いや絶対に遣らないわよ」
「大丈夫、迂拙が口を割らなきゃバレないから」
「直ぐ其処見てみ? 思いっ切り目撃者居るから」
「後で迂拙が袖の下渡しとくから心配するな」
「何で被害者側が口封じの策を講じるのよ。普通逆でしょ」
「さぁ、思いっ切り遣れ。オススメは鳩尾を下から上に向かって突き上げるんだ」
「ねえ助けて。此奴、話通じない」
「悧巧振ってて済みません」
「御免、ホント御免、謝るから見捨てないで。御願いだから私を独りにしないで」
結局、サンドバッグごっこは行われなかった。本人が許可を出していたのに、何でやろなぁ(すっとぼけ)。
一方迂拙は、僅かでも
斯くして、画竜点睛を欠いてはいるが、
「ハァ……何とか踴り切れた……」
「
「殴りたけりゃ何時でもどうぞ」
「だから遣らないって。被虐趣味は他所で楽しんで」
「にしても、本当に全く表情変わんなかったね。顔面神経死んでんの?」
「死んではいないけど、致命的な不具合が生じていて、自然な笑顔が作れない」
「……アンタも苦労してんのね」
「それなりには」
最後に
復び汗を洗い流し帰り支度を整えた所で、母さんから呼び出しの連絡が来ている事に気付いた。トレーナーを引き連れ駐車場へと向かうと、何やら不譏嫌な母さんと婆さんとが待ち構えていた。
「こんな所で待ち構えて、何用?」
「……先ずはアジ、初捷利御目出度う」
「噫嚱、うん、有難う」
「で、レースが終わった後、帽子脱いで何か遣ってたわよね」
「うん、思い付きだけど、反応はまあまあ良かったよね」
「アジ、アンタの髪、豪く短く見えたんだけど……如何言う事かしら?」
「……よぉ見てんねぇ」
「アジ、アンタって子は……」
「御母さん言ったわよね、厥以上短くしないでって」
「……矢っ張り鬱陶しくてさぁ、我慢ならんかった」
寮生活に成れば親の目は無くなる。だからと言って何でも遣りたい放題かと言えば、教師の目抔も有るので違う。然し、髪を坊主刈りにする位なら咎められる事は無い。迂拙の頭を見たライスさんの頰は
「娘がメイクデビューで捷って喜んでた所に、あんな形で水掛けられた此方の身にも成って頂戴」
「髪型位自由にさせてよ。別に
「ぐっ、ああ言えば斯う言う……」
「それに、ネットで検索すりゃぁ女が坊主刈りにしている写真なんて腐る程出て来るよ。バズカットなんて洒落た言い方も有るみたいだし」
「そりゃ似合う女だって居るだろうけど、アジにはして慾しくないんだよ」
「何でよ」
「服は洒落の洒の字も無し、飾りっ気は皆無、そんなアジに唯一残された女の要素なんだよ。髪迄女っ気を棄てたら何が残るんだい」
「走りが残りゃ厥で良いよ。爺さんにも誕まれて来る性別間違ったって言われたんだし、いっそ突き抜けた方が気が楽だもん。中途半端に残した所で何にもならんし」
「爺さん……アンタ後で一緒に来な」
「いや、全部俺の所為ってか!?」
「御義父さん、私からも御話が有ります」
「ナギさん迄!?」
「後、こんな所で
「斯うなったら……トレーナーさんからも何とか言って遣って呉れませんか?」
「いや、私からは何とも……。校則に違反している訳でも有りませんし」
「でも、アジのブランディングが
「厥も含めて売り出していくのが私の仕事ですので」
「くっ……」
「加えて、キョクアジサシさんは下手に抑圧すると走りに影響が出る可能性が有るので、
有繫トレーナー、迂拙の
「母さん、婆さん、好い加減スパッと諦めた方が楽だよ。埋められる外堀なんて
止めの一言を放つと、2人揃って膝から
「ううっ……可愛い愛娘には可愛く在って慾しい、此の親心、御悧巧なアジなら解って呉れると思ってたのに……」
「生憎、御悧巧の範疇からは疾うの昔に逸脱しているから」
厥こそ、誕まれた瞬間から矯飾*120に塗れているのが迂拙と言う存在である。申し訳無いが、ストレスの無い生活の為にも、此処は情識*121に成らせて頂く。
トレーナーと言う
「今更だが、
「何がです?」
「アジの親御さん、随分と意気銷沈していたが」
「良いんですよ別に。
「親御さんに
「大丈夫ですよ。普段迂拙から全く連絡しないので、髪型に仮託して何でも良いから話したかっただけでしょう。どれだけ説得の材料を用意した所で迂拙が枉げないのは好い加減理解しているでしょうし」
「余り親御さんを泣かせるなよ」
「迂拙にだって譲歩
「……御前も変な所で頑固だよなぁ……」
誰に対しても言われるが儘の
「厥にしても、帰りは
「ん?」
「此方に来る時は走って行くとか
「え、走って帰って良いんですか?」
「いや、駄目d」
「じゃあ黒埼パーキング*123に寄って下さい。其処から走って帰りますんで」
「寄らん。絶対に寄らんぞ」
「其処を、其処を何とか」
「レース直後のウマ娘何百kmも走らせたとか、バレたらどんだけ対応面倒臭くなると思ってんだ」
「仕様が無いですねぇ、じゃあ越後川口*124からで手を打ちましょう」
「何も手ぇ打って無ぇんだよ200km以上有んじゃねぇか」
「じゃ、じゃぁ湯沢、湯沢*125からで良いんで……」
「危険物積載車輛か御前は。意地でも三国峠走ろうとすんじゃねぇ」
「さ、最近、全然峠走って無いから禁断症状が……」
「シャブキメた藤原〇海みてぇな事言ってんじゃねぇ。大人しく府中迄ドナドナされろ」
「そんな御無体な……」
噫嚱、無情。