此の世界の日本は少子高齢化や過疎化といった問題とは無縁らしい。先ずウマ娘という人間に近しい種族が存在しており、ウマ娘は人間と同等の扱いを受ける為、当然国勢調査ではウマ娘も人口に計上される。ウマ娘は総人口で見てもそこそこの率を占めている。そんなウマ娘は僅かな例外を除いて咸、健啖家である。弱冠五歳の迂拙ですら、既に成人男性を凌ぐ量を餤うのだ。厥の食生活を支えるには、第一次産業が盛んでなければならない。そして、ウマ娘は牧歌的で自然を好むと言う、誂えた様な性質を有っている。此の性質の御蔭か、僻陬地であっても聚落は点綴しており、農業や林業は衰運を見せていない。斯く言う迂拙の家も米農家である。
加之、漁業に就いても人気は高く、船員法が真面な内容に改正される程である。迂拙の記憶にある船員法は、少年少女を労働基準法ガン無視で扱き使ったり、妊婦を扱き使っても完全合法な恐ろしい内容であったが、此の世界では厥の部分が聢り修正されていた。
恁状況の御蔭か、僻陬地であっても結構な人口を抱えている自治体も多く、結果、澎湃たるモータリゼーションの煽りを食らって猶、廃線を免れた鉄道路線が幾つもあった。真逆未成に終わった筈の興浜中線が建設され、興浜線として全通し現在も営業しているとは思いもよらなかった。営業係数こそ余り芳しくはないようだが、それでも他の路線の黒字で補塡出来る範疇のようである。そんな中でも酷い営業係数を叩き出している美幸線には或る種の安心感を覚えた。
迂拙の記憶では、日本と言う国は曠職の輩が枢要の地位を蠹蝕し、利権を牟り秕政を布き、国力は式微の一途を辿る許りであったが、此の世界の政治は唐虞三代と迄はいかずとも未だ機能しているようである。
偖、何故此処迄第一次産業の人気が高いのかと言えば、トゥインクル・シリーズの存在が挙げられる。平たく言えば競馬のウマ娘版である。之は日本已ならず世界各国で開催されており、黔黎の娯楽として高い人気を得ている。競馬と言われると蒲戯の印象が強く、余り良い感情は持っていなかったが、トゥインクル・シリーズはエンターテイメントとしての側面が強く、着順の予想こそされるが、其処に阿堵物が賭けられる事は無い。うら若き競走ウマ娘が芳春を捧げ一途にレースに拱し、勍敵と鎬を削って頂点を目指す姿は、人心を強く撼かすのである。
所で、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘は、中学・高校程度の年齢である。つまりは育ち盛りであり、更に本格化と言うウマ娘特有の急成長も相俟って、食事量が飛躍的に増加する。故に、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘が所属する、トレセン学園と呼ばれる学校での食料の消費量は桁外れに多いのだ。なので、此のトレセン学園を、延いてはトゥインクル・シリーズを走るウマ娘を根柢から支える事になる第一次産業は、間接的とはいえ競走ウマ娘に関われるので人気が高いのである。
倩考えるに、ウマ娘と言う存在は此の世界に於いて可成の比重を占めていると思う。経済を動かし、国を支え、未来を担う。こんな存在は却却居ないだろう。
所で、ウマ娘と言う種族は走る事が大好きである。縦使競走ウマ娘でなくとも、公園なりランニングコースなりを走っている姿はよく見る。何せ公道にウマ娘専用レーンなる物まで設置されているのだ。道路交通法に迄ウマ娘と言う存在が這入り込んでいるのである。猶、扱いとしては軽車両と同じであり、法定速度も定められ、場所によっては規制速度が設定されている。然し此処で一つ問題がある。ウマ娘にスピードメーターは装着されていないのだ。まあ、生物である以上当然であるが、然うなると法定速度や規制速度は如何にして守ればよいのかという話になる。スマートフォン、此の世界ではウマートフォンという名称だが、之が普及している現代であれば速度の計測も出来るが、肝腎の法律の方はウマホなぞ存在しない時代に制定、施行されている。では条文は如何いう風に書かれているかと言えば、速度上限を定めこそすれど、科される罰金は大した金額ではなかった。更に実情を見ると、ウマ娘が速度超過で違反を取られる事は略無いと言って良い。要するに、ウマ娘側の自制心を恃んで全力疾走は扣えて呉れ、と言う事らしい。何とも汎濫な解釈ではあるが、余りにも厳しく羈まろうものなら、自由に走れなくなったウマ娘が暴動を起こす事は想像に難くない。大好きな走りの事となると、ウマ娘は簡単に理性の箍が外れるのである。此れ位が丁度良い落とし所なのだろう。
抔と色色陋見を陳べたが、何を言いたいかと言えば、御多分に洩れず迂拙も走る事が好きなのである。三大慾求に加えて走慾なる物が存在するのではと言う位毎日の如く走りたいという衝動に駆られるのである。然し迂拙は未だ幼歯の身、好き勝手に外を走り回るのは未だ無理であろうと思っていたが、普段の聞き分けの良さと田舎特有の緩い空気とが相俟って、特段掣肘を加えられる事は無かった。寧ろ兄の方が、普段から彼やるな此やるなと口煩く言われている程だ。良い子を演じてて良かったと心底思った次第である。
そして、今日も今日とて走りに外へ出ている訳である。一応、「余り遠くへは行くな」と釘を刺されるが、毎度毎度自宅から数kmから10数kmは離れた場所迄走っている。良い子を演じているのは親の目が届いている時だけである。自治体を跨ぐ事も屢あり、一度の総走行距離は20から30km程度と概算している。弁疏と成り得るかは分からないが、此れ位は走らないと家に帰り着いても消化不良の感が残るのである。明らかに5歳児が走り続けられる距離の範疇を逸脱しているが、恐らくは迂拙の名前が関わっているのではと考えている。「ウマソウル」なる摩訶不思議な概念が存在する世界だ、名詮自性を理由にしても良かろう。迂拙の名前である「キョクアジサシ」は、或る候鳥の名前其の儘である。此のキョクアジサシと言う候鳥は、裘葛を易う間に北極と南極とを往還する、超長距離を翔破する候鳥の一種として知られている。分限を超えた距離を走れ、且つ体力が保つのも、迂拙が「キョクアジサシ」と言う名前を持っているからだと考えると、不思議と腑に落ちるのである。
今日も都合四時間程走り、家へ帰り着いた。毎日此れだけの距離を走っているので、地元で走った事の無い道は無いと言って良い。何なら隣の自治体の地理にも明るい位である。一方で、毎日長距離を走るが故の悩みもある。そう、靴やはの消耗が激しいのだ。靴底は倏ちに磨礱砥礪し、はは解れ穴が開く。然し此の谿壑之慾を満たすには此れ以上走る距離を縮められない。彼方が立てば此方が立たずの牴牾しい状況である。
こうも頻繁に履き潰しては新しい物を買って貰っていると、どんどん罪悪感が募る。そのうちに愛想を尽かされ、襤褸を如何にか遣り繰りして走らざるを得なくなるかもしれない。有繫に買い与えられるのが普通だと靦然として憚らずに居られる程恥知らずではないと自負している心算である。
シャワーで軽く汗を流しつつ、新たに芽生えた懊悩の種に苦慮する。走っている間は何とも言えない爽快感を得られるのだ。自制出来るに越した事は無いが、彼の爽快感を得られないとなると、磅礴鬱積たる日日を過ごす羽目になる。ウマ娘の本能的部分が、斯様な形で障礙となるとは思いもよらなかった。こういう時許りは輪廻を経ても残った知識がある事が恨めしい。
風呂場から出て、着替えつつ如何したものかと頭を抱える。取り敢えず、居間に居る所怙に靴とはとが復駄目になった事は報告しなければならない。養って貰っている身分である以上、数は聢りつけなければなるまい。
「あら、あがったのね。……って如何したの? そんな深刻そうな顔して」
「御免、復はに穴空いた。後、靴底の溝も殆ど無い」
「あらっ、復駄目になっちゃったの。じゃあ新しいの買わないとね」
「……御免なさい。鳥渡、走りに行く頻度、減らした方が良いよね」
「あら、如何して?」
「だって、こうも頻繁に新しいの買ってたら、金額がバ鹿にならないでしょ。幾ら子供用でも、積もり積もれば相当な額になるでしょ?」
「そんな事考えてたの……アジは本当に良い子ねぇ」
そんな事を言われ、頭を撫でられた。
「アジは賢いからなぁ。普通の子供だったら気にしない様な事でも、気に病んじゃうんだね」
「本当、俊和に爪の垢煎じて飲ませてやりたいわ」
「だって……此の儘じゃ単なる穀潰しだし……」
「アジは未だ子供なんだから、そんな小難しい事考えなくていいのよ」
「そうだぞ。それに、アジは普段、お菓子とか玩具とか服とか、全然強請らないじゃないか」
「然う言うのは、興味無いから……」
「だから、此れ位は我儘言って良いのよ。寧ろ、全然我儘言って呉れないと、ママ、却って心配になっちゃうから」
「そうそう、普段我儘言わない分、こういう時には慾を出して良いんだぞ」
「……本当に、迷惑じゃない?」
「全然迷惑じゃないわよ。俊和を見てみなさい。誰に似たのか知らないけど、普段から我儘許り言ってるでしょ」
「……其処で何で此方を見るんだ?」
「然う言うって事は、自覚してるって事でしょ」
「何かに就けて俺の所為にするのは勘弁してくれ」
噫嚱、本当に、斯様な温かさに嬰れると、涙脆くなるのは何故なのだろうか。
「鳥渡、何泣いてるのよ」
「忝くて……忍びなくて……」
「忝いって、何時の時代の人間よ」
「母さん、然う言う時はこう言うんだ。"構わんよ"って」
「……父さん、よく厥のネタ知ってるね……」
「偶偶だよ、偶偶」
懊悩と言うものは、披瀝するだけでも心が軽くなるものであるが、同時に貰赦迄貰えた。本当に有難い事である。
斯くして貰しを頂き、気兼ねする事無く走れるようになった。然し、此の儘所怙の誮しさに只甘えるのは、自分が自分を貰せないので、今迄以上に家事や農作業の手伝いをする事にした。結果、迂拙と較べられる項目が増えた兄の反抗期は、一層熾昌したのである。こんなのが妹として誕まれてしまった我が身の不幸を恨むのなら、三女神にでも当たって呉れ。迂拙は好き好んで此の世に生を享けた訳では無い。
後日、此の話を聞かされたのか、祖父母が今迄以上に猫可愛がりをしてくるようになった。婆さんからは、「ウマ娘は走ってなんぼの存在だ。孫のウマ娘が元気に走り回って呉れれば、それだけで爺ちゃんと婆ちゃんは元気になれる。だから沢山走って呉れ」抔と迂拙の感情を撼るがす事をさらりと言ってのけた。思わず復感極まって涙含みそうになったが、既の所で怺え、「有難う」と不器用な礼と笑顔とを返しておいた。すると婆さんが勢いよく抱き着いてきて迂拙を揉みくちゃにした。
両葉去らずんば斧柯を用うるに至ると言う箴言に従い、懊悩の種は耘いた。かと言って現状を変えずにいるのは何か違うと思う。維持と言うよりは放置と言う方が剴切な表現であろう。迂拙は進歩の無い阿呆に成り下がる気は毛頭無い。はは靴の中で所在方向からの摩擦が加わるので寿命を延ばすのは難しいが、靴に関しては、走り方を工夫すれば多少は寿命を延ばせるのではないかと考えている。実際、今の靴底の磷ぎ方は場所によって散散である。畢竟、走り方が拙いのだろう。これが均一に磷ぐ様になれば、靴の寿命が延びるのではと素人なりに考察を加えてみた。
善は急げと、早速走りの講究に着手した。完全に主観に頼る事になるが、着地時の衝撃は如何か、体力の減り方は如何か、色色と実験を重ねた。併せて圕へ赴き、何か参考になる本は無いかと探したら、都合の良い事に、版こそ古いがトレーナーを目指す者の筌蹄に位置する本が収蔵されていたので、此れ幸いにと借りて読み耽ったりもした。
矢張り理窟を知っているいないの差は大きく、知識を得、日日並べて実験した結果、体力の減少が緩やかになったと感じられるようになった。靴の寿命も凡そ一
1週間位は延びた。高が1週間かと思うかもしれないが、此れに就いては、体力の減少が緩やかになった事で調子に乗り、より長い距離を走るようになってしまったのが原因である。内なるウマソウルが、もっと走れと迂拙に囁くのだ。そう、全部ウマソウルの所為なのだ。ウマソウルに責任を被けておけば丸く収まるのだ。迂拙は何も悪くない。言い訳がましいと訕謗したければすれば良い。人間にしろウマ娘にしろ、真の聖人君子でもない限り得隴望蜀の嫌いは多かれ少なかれある筈だ。より走れると解れば走りたくなるのがウマ娘なのである。
「然う言えばアジ、走りの調子は如何だ?」
「大分良くなったと思う。靴の保ちは良くなったし、体力も保つようになった」
「おおそうか、そりゃ良かった」
「でも、更に走りたいって慾が出てくる所為で、差し引きはそんなに良くない」
夕飯を摂っていると、爺さんが徐ら訊いてきた。
「でも実際効果が出とるんだろ? 凄いじゃないか」
「本当ねぇ。ウマ娘の5歳児なんて、好き勝手ドタバタ走り回って、電池が切れたみたいに寝るのが普通なのに、アジは全然そんな事無いものね」
「これだけ走れるんだ。将来はG1レースをバンバン捷つような彊いウマ娘になるだろうな」
「爺さん、買い被り過ぎ。後、気が早い」
「そんな事無いぞアジ。G1レースに捷ったウマ娘は、大体インタビューで小さい頃から走ってたって言ってるぞ」
「厥、G1バに限った話じゃないでしょ」
爺さんが手放しで褒め、父が厥に追従する。何とも徴憑に乏しいコメントに思わず呆れる。
「然う言えばアジ、毎日あんなに走って、体は疲れていないかい? 脚が重かったりしたら、走るのは止めて休むようにするんだよ。ウマ娘の足は頑丈じゃないんだから」
「そうよ。走り込み過ぎて脚壊したウマ娘なんて幾らでも居るんだから」
「大丈夫、御飯食べて寝れば疲れは取れるから」
「はぁ……若いって良いわねぇ」
「母さんにしては、豪く年寄り臭い発言だね」
「何だ康晴、アタシを年寄り扱いするってのかい? 厥は聞き捨てならないよ」
「婆さん知ってる? 年寄り扱いするなって科白は、基本的に年寄りしかしないんだよ? 厥の科白を言うって事は、間接的に自分は年寄りだって認めているんだよ?」
「アジが康晴の味方するなんて……」
「母さん、何で其処で此の世の終わりみたいな顔をするんだ」
「実際此の世の終わりだよ」
「俺の此の家での立ち位置は何なんだよ。疫病神か?」
婆さんから体を案じられた。まあ走る距離が距離だけに心配になるのは理解出来る。だが此の体は疲労恢復が早いようで、鱈腹餤って鱶ほど寝れば、翌朝には元気百倍○ン○ン○ンである。但し、子供故の寝穢さには目を瞑るものとする。朝起きたら頭と足とが倒になっている抔初中後ある。幾ら精神的に成熟していても、睡眠中の体の制禦は出来ないのだ。そして、若さを羨む婆さんを父が年寄り扱いし、婆さんが半眼で睨む。然し迂拙は先刻の発言に就いて、肯綮に中たっていると思っている。実際、「年寄り扱いするな」とキレている、年寄り以外の年代の者を一度たりとも見た事が無い。
迂拙が味方して呉れず、耳と尻尾とを萎れさせた婆さんを偖措いて餤っていると、妬まし気な視線を寄越していた兄が口を開いた。
「良いよなぁアジは。走ってるだけでこんだけ褒められて」
「だったらアンタも努力の1つや2つしてみなさい。それに、アジは単純に走ってるだけじゃないのよ」
「爺ちゃんと父ちゃんの手伝いとかやってるじゃん」
「厥はアジも同じでしょ。厥以外にも頑張れって事」
「じゃあ何やればいいんだよ」
「じゃ、取り敢えずテストでもう鳥渡良い点を取りなさい」
「別に悪い点数じゃないじゃん」
「だからって50点台許りは有繫に見過ごせないわよ。せめて60点台後半位は取って頂戴」
「えーっ面倒臭ぇ……」
「点数上がらなかったら小遣い減らすわよ」
「だから小遣いを人質に取るのは止めてって言ってるじゃん」
「だったらもっと良い点数取りなさい。何も全部100点取って来いなんて無茶苦茶言ってるんじゃないんだから。今より良い点数取ろうとするのも立派な努力の一つよ」
「へーい……」
不請不請と言った感じで母の言う事を聞く兄。今迄兄の頭の出来に就いては気にしていなかったが、確か50点台許りは苦言の1つや2つ、呈したくなるのも道理だろう。此処は一つ、不出来な兄の背を押してやるとしよう。
「……俊兄」
「……何だよ」
「キョクアジサシ金融は何時でも営業しているから、必要になったら言ってね」
「妹に小遣い集る程零落れてねぇよ。つうか、何で点数上がらない前提なんだよ」
「実際期待していない」
「あったま来た。そんな事言うなら80点でも90点でも取ってやるよ」
「えー、ホントに厶るかぁ?」
「……銀行じゃなくて金融って表現が恐いなぁ……」
背を押すのは崖際かもしれない、と言う事である。