陋見箚記   作:車輛運搬具減価償却累計額

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勖厲(きょくれい)……精を出して努め励む事。


五 勖厲し増上慢を飭む

 荏苒(じんぜん)*1と歳華*2(つい)やすを(いさぎよ)しとせず、亹亹(びび)*3として走りに(たんだく)する事幾星霜。遂に小学校の六年に進級した。崢嶸(そうこう)*4するに従い行動の制限も漸次緩和されていったので、県境を越える経路も走る様になった。一度、「今日は何処迄行ってきたの?」と母に訊かれた際、「会津若松」と答えたら化け物を見る様な目線を寄越されたのは心外であった。国道252号線は良く走る道路である。屈曲の多さや勾配の角度的に、迂拙にとって走りを講究するには好箇*5の場であった。最初は体力が保たず、中途で引き返す事も間間あったが、色色と消費を抑えられる走り方を講究し、初めて会津若松へと(いた)った時の喜びは一入であった。然し、未だ未だ体力を(たの)んで強引に踏破しているに過ぎないと戒飭(かいちょく)*6し、自らの走りに更なる精覈(せいかく)*7を加えた。此処で堂奥*8臻極(しんきょく)*9した抔と増上慢*10になれば、常鱗凡介*11の儘進歩しなくなるのは自明の理である。

 先ず着手したのは加減速の多さである。公道を走るウマ娘は軽車両の扱いを受けるので、左側通行が義務付けられる。当然乍ら、半径の小さい九十九折のような区間は大幅な減速と加速とを強いられるが、真逆(まさか)対向車線に食み出して迄減速を抑えようとは思わない。(それ)で正面衝突事故を起こし退没(たいもつ)*12しようものならダーウィン賞ものの阿呆さ加減である。故に、比較的半径の大きい屈曲での加減速の抑制に取り組んだ。意識的に上体を内側へ倒してみたり、歩幅を変えてみたりしたが、そうすると途端に全身の動きの聯繫(れんけい)が崩れ動きがしっちゃかめっちゃかになる。走ると言う動作は全身運動であり、聯繫が崩れれば途端に総てが駄目になる。トレーナー向けの指南書にも記されていたが、此れは等速ストライドなる技術であり、完璧に使い熟せたウマ娘は史上只一人(のみ)という、途方途轍も無く難しい技術である。然し此れを修得出来ようものなら、(よし)んばトレセン学園に進学出来た時に強力な武器になると確信していた。

 而して修得に向け試行錯誤を(くりかえ)した訳だが、艱難辛苦の連続であった。先ずは聯繫が崩れぬよう意識して体を動かしたが、思考量が大幅に増え体力が思い切り削られる。無意識の(うち)に出来るのが最善ではあるが、其処へ(いた)*13迄の道程が果てしなく長かった。当然乍ら同じ半径の屈曲抔(ほぼ)存在せず、半径の違う屈曲毎に対応せねばならない。或る屈曲で上手くいったと喜んだら、次の屈曲で駄目になる抔日常茶飯事であり、血反吐を吐く様な練習を強いられた。床に就いてからも頭を離れず、夜がな夜一夜(よっぴて)*14ああでもない斯うでもないと考える事もよくあった。結果、寝不足で学校へ行き、授業中に蘭鋳*15する事もあった。当然叱られる訳だが、此方も走りの講究に就いて意志を()げる気は無かったので、全く聞き入れなかった。縁なき衆生は度し難し*16と言うが、此の時の迂拙は全く厥の通りの存在であった。()てて加えて*17、小学校程度の勉学で躓く事も無く、(なまじ)成績が良かった分、学校側は非常に扱い難い生徒だと思った事だろう。恐らく気性難の烙印を押されていたであろうが、そんな許劭月旦(きょしょうげったん)*18を一一気にしていては事は成らないのだ。家庭訪問の際も担任に苦言を呈されたが、此の時許りは聞き分けの良い子を演じる事を止め、耳を絞り頑として聞き入れない姿勢を貫徹した。有繫(さすが)の母親も呆れ顔であったが、譲れないものは譲れないのだ。

 斯くして、4个年以上を費やし(ようよ)う完成形の一歩手前迄来れた次第である。(もと)より才能の(うす)い迂拙が、僅か4个年余りで此の領域に(いた)れたのは略奇蹟に近い。抑抑、国道252号線は、11月の中澣(ちゅうかん)*19頃から、半年近くに亘り全面通行止めとなるので、講究に充てられる期間が限られている。加えて、迂拙の地元は家の玄関が二階に設えられる様な豪雪地帯であり、冬場は降雪やら凍結やらで真面に走れないのだ。なので、冬場は専らイメージトレーニングに終始した。幾十度(いくそたび)走り込んでいるので、屈曲の位置は総て把握している。只管脳内で走り、考え、試し、自分なりの最適解を定め、通行止めが解除されたら、間不容髪に実践してみる、と言う事を繙したのだ。こんな事で本当に効果が上がるのかと言う疑団を懐くのは至極道理ではあるが、実際、走破に掛かる時間が目に見えて短縮したのだ。とは言え、迂拙は直接トレーナーに教えを乞うた事の無い不堪(ふかん)*20の身であり、生兵法である事は重重承知している。実戦に放り込まれたらどれだけ通用するかは未知数であり、甕裡醯鶏(おうりけいけい)*21である感は強い。故に、増上慢になろうとする自分を(いまし)め、完璧にせんと攻究*22邁往(まいおう)しているのである。

 猶、冬場の走れない事に因る磅礴鬱積は、兄をゲームに誘い、こてんぱんにする事で医鬱排悶*23した。まあ、必要な犠牲である。反省も後悔もしていない。

 所で、等速ストライドの修得に腐心している間、他の事は一切遣っていなかったのかと問われれば、答えは否である。走れる選択肢は多い方が良いだろうと、水を張る前の田圃をダートコースに見立てて走ってみたり、(あぜみち)を障害に見立てて飛越の練習をしてみたりと、色色手を出している。適正と言う概念は一先ず捨て置いた。すると如何だろうか、等速ストライドの修得と商較(しょうこう)*24すると、()れも此れも簡単に思えてしまうのである。此処でも増上慢の気が(もた)げてくる辺り、ウマ娘と言う存在は存外単純な思考をしているもんだと思った次第である。真面な実戦経験も無い黄口児*25が己惚れるなと繙し自戒したのは言う迄も無い。

 そんなこんなで小学校最後の夏休みが終わり、2学期が始まった。迂拙は後顧之患なく講究に打ち込む為、夏休みの宿題は夏休みが始まる前に殆ど終わらせておくタイプである。宿題は夏休みが始まる1週間前位から散発的に配布されるので、配布された厥の日の内から処理を始め、自由研究や日記と言った、如何足搔いても直ぐに終わらせられない性質のもの以外は、開始日には既に終わっている。そんな状況を作るよう頑張った。処理と言う感覚になっている辺り、完全に流れ作業である。そして自由研究は等速ストライドに就いて書けば良いので、頭を悩ませる事は略無かった。毎年の如く書かされる宿題の進捗計画は一度も守った事は無い。そして登校初日に、未だ宿題が終わっていないと、遊びに現を抜かしていた連中が顔を胆礬色(たんばいろ)*26にして、助けて呉れと迂拙に縋り付いてくるのがテンプレになっている。基本的に知らんと突っ撥ねて終わりだが。

 今年もテンプレ通りの遣り取りをして、げんなりした表情で家に帰ると、何やら父が神妙な顔付きをして待っていた。

 

「やぁアジ、お帰り」

「只今。どったの? そんな珍しい表情して」

「唐突で悪いんだが……今年の聖蹄祭、行ってみないか?」

 

 中央トレセン学園では、春秋にファンに対する感謝祭が催行される。厥の内、秋に催行されるものの通称が聖蹄祭である。トゥインクル・シリーズが国民的娯楽になっている此の世界に於いて、自分が応援しているウマ娘と直接会える蓋然性を秘めているファン感謝祭は、毎度大盛況を収めており、厥の様子はテレビで中継される程である。テレビ画面内の黒山の人集りを見る度に、「よくまぁ、大混雑するのが分かり切っているのに行けるよなぁ……」と他人事の如く眺めていた。実は今年に限らず、ファン感謝祭に行こうと何度も所怙に誘われているが、厥の度に「彼の人集りに突っ込んで行きたくない」と謝却*27していた。例年であれば不請不請といった様子で直ぐに引き下がっていたが、今年は如何も様子が違う。

 

「いやぁ……」

「アジももう6年生だろう? 進路を考えないと不可(いけ)ない学年だ。(あれ)だけ走りに就いて研究しているんだ。中央トレセンだって十分行けると父さんは見ている。どうだ? 1回行って、学校の氛囲気を見てくるのも良いんじゃないか?」

「彼の人込みは御免蒙りたいなぁ……。それに、聖蹄祭って、(たし)か入場する為の整理券も抽籤でしょ? 確実に行けるって訳じゃないし」

「整理券なら大丈夫。もう人数分、ウチに届いてる」

「……いや何であるの?」

「先方から送られてきた」

「……若しかして、退路絶たれてる?」

「ああ、今年に限っては、絶対に行って貰うぞ」

「此れだから権力者って奴ぁ……」

「アジなら解るだろう、此れが世渡りって奴だ」

「此の歳で経俗*28の辛さなんて知りたかないよ……」

 

 迂拙の家は魚沼市に所在する。故に、生産している米は魚沼コシヒカリである。それだけであれば別に何て事は無いのだが、如何言う訳か迂拙の家の米は、シンボリ家やメジロ家と言った、所謂名家と呼ばれる連中に贔屭にされているのだ。初めて調べた時、財閥と呼んでも差し支えない様な家の規模に、瞠目結舌(どうもくけつぜつ)*29したのは言う迄も無い。

 

「何度呼んでも、厥の度に袖にされてきた訳だからな。好い加減痺れを切らして、招待状を送ってきたって事だ」

「こんな狭斜子(きょうしゃし)*30と会って何がしたいってんだ」

「アジが普通のウマ娘だったらこんな事にはならなかっただろうな。普通の小学生のウマ娘は、自分の走りを研究したりしない。其処にアジと言う存在が、贔屭にしている取引先の家に誕まれたんだ。ウマ娘の名家としては、会っておきたいってなるのは道理なんじゃないかな」

「……此れだから権力者って奴ぁ……」

先刻(さっき)と同じ感想が出てるぞ」

「此れだから権力者って奴ぁさぁ……」

「……随分嫌そうだな」

「だって、金持ちに目ぇ付けられるって、絶対面倒な事になるじゃん」

「いや、単純に好奇心から会いたいと思ってるだけだと思うがなぁ……」

「因みに、送ってきたのって何処?」

「シンボリ家」

「……はぁ。腹括るか」

 

 シンボリ家は、迂拙の家から見れば御得意様。更に招待状迄送ってきているので、下手に謝却して話が拗れたら不利益を蒙るのは此方側。もう逃げ道は無い。

 

「アジの中でのシンボリ家って如何言う印象なんだ?」

「足したら20になる自営業と大して変わらんでしょ」

「頼むから然う言う事を言うのは家の中だけにして呉れよ」

「ってか、ウマ娘の名家に気に入られる農家って、普通は胡蘿蔔(にんじん)農家でしょ。何で米農家のウチが気に入られてんの?」

「厥は、爺ちゃんと父さんが頑張った結果だよ」

「厥の御蔭で迂拙が好き勝手走れたって事か……義理通さないと(エンコ)詰めさせられる……」

「頼むからシンボリ家をヤーさんみたいに言うの止めて呉れ」

 

 斯くして、迂拙は聖蹄祭に連行される事になった。世人からしてみれば聖蹄祭の整理券抔「ころしてでも うばいとる」位競争率の高い物であり、厥れを半ばインチキじみた方法で手に入れているにも関わらず表情が死んでいる迂拙の事は、世人からしてみれば理解し難いであろう。然し当事者である迂拙からしてみれば、全く気乗りがしない。と言うのも、ファン感謝祭以外にも、各名家が主催する御茶会の様なものの誘いも、厥の悉くを謝却しているのだ。有繫に招かれた本人である所怙は欠席する訳に行かず参加していたが、迂拙は彼の手此の手を使って逃げていた。恐らく、厥に就いても難詰される可能性は十分にある。性格の良い素封家(そほうか)*31と言うものが丸で想像出来ないので、迂拙の性格の悪さ的に余計な事をくちばしる蓋然性を排除したかった……と言うのも理由の一つであるが、最大の理由は行った所で疲れるだけの慇懃講(いんぎんこう)*32なんぞ御免蒙りたかっただけである。恐らくドレスコードも指定されるであろうから、年相応のワンピース抔を着せられていた蓋然性も十二分にある。迂拙は女物の服が死ぬ程嫌いなのだ。恐らく六趣輪廻を経る前は男だったのだろう。女物の服を着せられると、途轍も無い抵抗感を覚えるのだ。厥の格好を強制される慇懃講からは何としても逃げたかったのだ。

 抔と益体も無い弁疏を彼是脳内で垂れ流している内に会場へ着いてしまった。開場と同時に(なだ)れ込むより多少間を置いてから這入ろうと迂拙が提案したので、周囲の連中よりも四本程遅い列車に乗って来た訳だが、然迄(さまで)変わらぬ人の(おお)さと諠鬧(けんどう)*33に、早速帰歟(きよ)*34の情が方寸*35に充盈する。

 

「覚悟はしていたが……矢っ張り凄い人出だな」

「帰っていい? 耳が痛い」

「此処迄来たんだ、怺えて呉れ」

 

 耳が萎え、尻尾が萎え、精神的にも萎えて行くのが自分でも判る。そして、御目当ての執事喫茶が催されている教室へ行くと、案の定蜿蜒長蛇の行列があった。此の時点で既に迂拙のテンションは地を這っているが、兄は随分と上譏嫌である。

 

「……俊兄、随分と譏嫌良いね」

「だって、彼のシンボリルドルフに会えるのが確定してんだから、そりゃ興奮しない方が可笑しいって」

「へーへー、そりゃよござんしたね」

「いやー、アジが逃げ回って呉れた御蔭だよ。御前、逃げの適正高いんじゃねぇか?」

「大学の単位も財布も命も落としちまえば良いのに」

「有繫に言い過ぎじゃね?」

 

 完全に身から出た銹ではあるが、厥で此の盆暗()が恩恵に浴するのが気に食わない。列に並んでいる間、普段より5割増しで死んだ眼の儘、悪態を()き、謗言を浴びせ続けた。傍からは参商(しんしょう)*36に見えるかもしれないが、此れが迂拙兄妹の平常運転である。迂拙の生得(しょうとく)*37の口の悪さは、一朝一夕では矯められなかった。何も(かん)も三女神が悪い。そして、遂に列の先頭に来た。既に迂拙は罷頓*38し切っている。受付をしている青鹿毛のウマ娘が声を掛けてくる。

 

「やぁ、御待たせして申し訳ないね。御客様は4名様で良いかい?」

はい、四人です。シンボリルドルフさんに呼ばれまして」

「おや、会長さんの御客人かい? 慥かそんな事言ってたね。確認して来るから鳥渡待ってて」

 

 妙に気障ったらしい口振りだったが、身を翻して教室へ引っ込む時の体の動きと言い、随分と様になっている。(あれ)が素なのか衎賓(かんひん)*39の為の演技なのかは判らないが、御苦労な事である。

 

「受付はフジキセキかー。顔ちっちゃくて可愛いなー」

「胸と(ケツ)は?」

「いやー、出るとこ出ててすげ……って何言わせんだ」

「聢り見てんじゃん狒狒野郎」

(いや)、あんなの勝手に目に入るって」

「辞世の句は厥で良いんだな」

 

 然う言って股間を蹴り上げる予備動作に這入ったら、先程のウマ娘、フジキセキが戻ってきた。

 

「御待たせ、確認が取れたよ。奥のテーブル席に行って呉れるかい。鳥渡したら会長さんが向かうから」

「有難う御座います」

「……所で、後ろのポニーちゃんが大分御疲れのようだけど、大丈夫?」

「ああ、此の子は何と言うか……人込みとか煩い場所が嫌いな子で」

「ああ、成程ね。ポニーちゃん、気分が悪くなったら遠慮しないでね。我慢しちゃ駄目だよ」

 

 然う言って頭を撫でてくる。彼女からしてみれば迂拙なんぞ半面識*40ですらない相手なのに、随分と面倒見が良い様である。

 

「……御気遣いどうも。はぁ……仙台送り*41される時ってこんな気分なのかなぁ……」

「ほ、本当に大丈夫? 目が死んでるけど……後、仙台送り?」

「ああ! 大丈夫、大丈夫ですから! ほら、行くよ!」

 

 母親に引っ手繰られる様に脇に抱えられ教室に入った。中は執事喫茶らしく、シックな飾り付けがなされていた。

 

「はぁっ……教室に入るだけで疲れたわ……」

「母さん如何したんだ? 慌てて這入って」

「此の子が聞いた事無い単語を呟いたのよ。斯う言うテンションの時の此の子が口にする言葉って、大抵碌な意味じゃないから、強引に会話を切ったのよ」

「ああ然う言う事。因みに何て言ったんだ?」

「仙台送りって言ったのよ。如何言う意味かあなた解る?」

(いや)、聞いた事無いな」

 

 まあ、普通に生きていたら仙台送りなんて隠語、聞く機会は訪れないだろう。

 そして、遂に迂拙を喚び出した張本人、兄にとっては憧れの存在が、迂拙にとっては処刑人が現れた。

 

「御待たせしました。ようこそ、チームリギルの執事喫茶へ。貴方方の御世話は此の私、シンボリルドルフがさせて頂きます」

 

 然う言って、恭しく一礼した。標致な顔貌、落ち着いた声色、聢りした体軀が組み合わさり、重厚な氛囲気を醸し出している。有繫、皇帝と綽名(あだな)されるだけはあるなぁと思ったら、途端に厥の氛囲気を霧散させた。

 

「……とまぁ、堅苦しいのは此処迄にして。御久し振りです、東信濃橋さん」

「御久し振りです。此の通り、何とかアジを連れて来ました」

「御辛労*42痛み入ります。噫嚱、此の時を一日千秋の思いで待っていましたが、漸く念願が叶います」

 

 何やら豪く期待されているようだが、こんな一介の狭斜子相手に何を考えているのだろうか。諦めの極致に居ると斯様な心境になるのかと考えつつ、一思いにバッタン*43して貰おうと徐に席を立つ。

 

「……御初に御目に掛かります、シンボリルドルフさん。キョクアジサシと申します。此れ迄の非礼の御詫びに馳せ参じました。どうか一つ、此れで御勘弁願えれば……」

 

 静かに囊中(のうちゅう)*44から数枚の阿堵物を差し出し土下座をする、長○原みおムーブをかまそうとしたら、大慌てで止められた。周囲の客は此方を見て(ぎょ)っとしている。

 

「ちょちょちょ、鳥渡待て、待ってくれ。行き成り何をしているんだ君は」

「え……誘いを(ことわ)り続けた迂拙を難詰する場ですよね? だから斯うして誠意と謝意とを表そうと……」

「違う。断じて違う。頼むから衆人環視の場で厥は止めて呉れ」

「バッカアジ、アンタ何やってるのよ」

「誠意=金でしょ。頭下げるだけなら猿でも出来るんだよ」

「何厭味ったらしい取引先の上司みたいな事言ってるのよ」

 

 取り敢えず椅子に座り直す。何やら呆れられた視線を向けられ、母に頭を(はた)かれる。

 

「はぁっ。寿命が縮んだ気分だよ……」

「済みませんルドルフさん。此の子頭は良いんですけど、偶に変な方向に思考を飛ばすんで」

「いや、構いませんよ。取り敢えず、厥の子の誤解を解く事から始めましょうか」

 

 シンボリルドルフが椅子の横にツカツカと歩いて来て、目線を合わせる。

 

「改めて、シンボリルドルフだ。此の中央トレセン学園で生徒会長をしている。君の話は御両親から聞かされてね。是非一度話してみたかったんだ」

「……過分な評価をどうも。キョクアジサシです。アレですか、一度話して用済みになったら、ドラム缶にコンクリ詰めにして……」

「違う。頼むから物騒な発想を止めて呉れ。一先ず言っておこう。別に私は怒って抔いないよ。君は未だ小学生だ。嫌がってパーティーに来ない可能性がある事は十分分かっていたからね。まぁ、有繫に此処迄(ことわ)られ続けるのは、鳥渡予想外だったけど」

「はぁ、成程」

 

 其処迄話すと、別のウマ娘がシンボリルドルフにちかづいて来た。

 

「会長、註文未だですか? 余り一組の御客様に時間を掛けられると……」

「ああ済まない、此方の御家族は私が招いていてね。でも確かに、時間を掛け過ぎるのは良くないね」

「何か註文した方が良いですか?」

「ああ、そうしてくれると助かります」

 

 斯様な形態の店では回転率が命だからか、註文を責付(せっつ)かれた。一先ず(おの)がじし*45註文する。迂拙は紅茶だけにしておいた。そして、「御註文承りました。少少御待ち下さいませ」と言って、シンボリルドルフは奥へ引っ込んだ。先刻(さっき)の様子を見るに、未だ話し足りないようだったが、如何するのだろう。霎時(しょうじ)*46待たせ戻って来たシンボリルドルフが、註文品と一緒に一言置いていった。

 

「君とはもっと一対一で話したいんだ。もう少しで私は休憩に入るから待ってて呉れると嬉しい」

 

 気分は刑務官に面会を告げられた服役囚である。

*1
なす事のないまま歳月が過ぎる様。

*2
歳月。

*3
つとめて倦まぬ様。

*4
歳月の積み重なる様。

*5
丁度よい事。適当。うってつけ。

*6
自ら戒め慎む事。

*7
詳しく調べ、細かく考察する事。

*8
学問・技芸などで、その道の最も奥深い教えや境地。

*9
極所に至る。

*10
自分を過信し高慢になる事。

*11
ごくありふれた人の譬え。凡人。

*12
死ぬ事。死亡。

*13
物事の本質に行き着く。極める。達する。

*14
一晩中。

*15
居眠りの事。

*16
縁なき衆生は度し難し……人の言を聞き入れないものは救いようがない。

*17
その上。おまけに。多く、よくない事が重なる時に使われる。

*18
人物の批評をする譬え。

*19
中旬。

*20
その道の知識がない事。心得がない事。

*21
見識が狭く世間知らずな人の譬え。

*22
学問や芸術抔をおさめきわめる事。

*23
憂さ晴らしをする事。

*24
比べ合わせる事。

*25
年若く経験の浅い者。青二才。

*26
青い色。驚きや恐怖などによってまっ青になった顔色の形容。

*27
ことわる。謝絶する。「謝」はことわる意。

*28
世渡りをする事。

*29
驚いて呆然とする事。

*30
むさ苦しい所に住んで世間知らずの人。

*31
大金持ち。資産家。

*32
礼儀を重んじてする集会。

*33
かまびすしく騒がしい。

*34
帰る事。帰ろうとする事。

*35
心中。胸中。

*36
兄弟の仲が悪い譬え。

*37
生まれつき。天性。

*38
疲れる事。

*39
客を楽しませる。

*40
少し顔を知っている程度の間柄。

*41
死刑の隠語。昔、東京拘置所の刑場が改修で使用出来なかった時、死刑囚を宮城刑務所仙台拘置支所へ移送し死刑を執行した事から。

*42
骨折り。

*43
死刑執行の隠語。床が抜ける時の音から。

*44
財布の中。

*45
めいめい。それぞれ。各自。

*46
暫くの間。暫時。

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