帰宅した後、中央受験の旨を所怙と祖父母とに話した所、二つ返事で許可が下りてしまった。何でも、此の事を見越して貯蓄したり、学資保険に這入ったりして準備を整えていたらしい。「金の事は気にするな!」と父が親指を立てて良い笑顔を向けて来た時、完全に退路を断たれた事を認識してげんなりしたのは言う迄も無い。
中央トレセン学園は文武両道を掲げているので、学業を疎かにする事は出来ない。が、所謂進学校と言うものではないので、筆記試験の比重は其処迄大きくはないらしい。なので、勉強はそこそこに留めておき、等速ストライドを完成形にのける方に
そして、年を越して受験日の前日と相成った訳である。中央トレセンの受験は二日間に亘り行われる。一日目は筆記試験、二日目に実技試験と面接という形である。家が近ければ試験後に帰る事も出来るが、迂拙の実家は新潟の僻陬地にあり、最寄りの鉄道は本数が少なく、
と言う訳で、只見線、上越線、上越新幹線と乗り継いで
シンボリルドルフに念を押され、タマモクロスとスーパークリークに太鼓判を押され、完全に退路を断たれた状態で受験する訳であるが、
迂拙は所謂「地元じゃ輸け無し」と言う存在ではあるが、此処は
"選考"は本来"銓衡"と書き、"銓"も"衡"も"はかり"と読む。此の場に居るのは、全員が書類銓衡を通過した者であり、此の先、迂拙が銓から零れ落ちる蓋然性は十二分に存在するので気は緩められない。が、周囲に居るのは全員小学六年の子供である。此処迄思慮を巡らせられる者は然う居ないだろうと思いつつも、油断大敵の四字を
一日目の筆記試験は
二日目は実技と面接とあるが、受験する人数が多いので、受験者に依って先に面接を受ける者も居れば、先に実技試験を受ける者も居る。迂拙は前者だった。取り敢えず心にも無い面接官受けの良さそうな事を話しておいた。本心は走りたいと言う慾を満たす為と、賞金目的である。完全に志望動機ではなく犯行動機である。反省も後悔もしていない。
そして遂に来た実技試験の時間。整備された芝の上を走るのは初めてなので、どの様な走り心地なのか鳥渡ワクワクしている。試験は五人
試験時間がのくと、試験に使用するコースとは別のコースでウォーミングアップが認められる。初めて踏み締める芝の感触に感動を覚える。成程
ウォーミングアップを兼ねつつ、
「ねぇ」
「ん?」
「本当に厥の格好で走るの?」
「当然。学校の体操着より、此方の方が走り易いからね」
「ふーん。変なの」
そして、
減速し息を整える。バ群から抜け出す為に彼是考えるのが面倒だったので今回は逃げを選択したが、上手く行ったので胸を撫で下ろす。等速ストライドも問題なく機能した。如何やら迂拙の努力は少しは報われたらしい。不図気が付くと、周囲が騒めいていた。何事かと辺りを回視*20すると、後続の連中が顔を
「ねぇ」
「ん? 何?」
「何なの
「まぁ、然う言う走り方をしたからね」
「て言うか、コーナーで全然減速してなかったじゃん。なのに全然体はブレてないし如何言う事?」
「ずっと然う言う走り方を研究してたから。一一コーナーで減速するのって腹立つでしょ?」
「いや意味分かんないんだけど。コーナーで減速するなんて当たり前じゃん」
「そんなもんなの? よく分からんけど」
「何、天才って奴なの?」
「全然。此の走り方の研究始めてから、もう五年位かな? 血反吐を吐く様な試行錯誤を
「……はぁ。もう良い。アンタには逆立ちしても捷てっこないって解った」
「逆立ちしたら走れんでしょ」
「言葉の綾って奴よ。急にアホにならないで」
然う言って
改めて婆さんの下へ行こうとすると、不図校舎が目に入った。生徒会室って
婆さんの下へ行くと、呆れた顔をして待っていた。
「アジ、如何したんだい。急にコースのど真ん中で土下座して」
「何か見覚えのあるウマ娘が見えて、図に乗るなって言われた気がしたから、誠心誠意謝罪してた」
「何、シンボリルドルフさんが見てたっての?」
「多分」
「だとしてもあんな目立つ所で奇行に走らないでよ。恥ずかしいったらありゃしない。折角一杯褒めてあげようと思ってたのに」
「婆さんもう
「女とウマ娘に年齢の話題は禁物だよ」
「
「実年齢を
頭を
「ま、兎も角、試験御疲れさん。こんだけ走れりゃ合格間違い無しだね。金沢トレセンは受験しなくて良いんじゃない?」
「いや、受ける。100%登科*23する保証なんて無いんだから」
「用心深いねぇ。あんだけ走れるんだから落としゃしないでしょ」
「厥って只の貴方の感想ですよね」
「何処ぞの実業家みたいな事言うんじゃない」
復び頭を叩かれる。だが実際安心は出来ない。
斯くして二日目も恙無く終了し、帰途に就いたのである。そして、少し経ってから金沢へ受験に行ったが、其方の内容は省略する。
合否結果と言うものは、基本的にそれなりに時間が経ってから来るものである。という事は当然理解しているが、結果を待つ間は毎日
周囲の熱が冷めるのを待ってから内容を読み進める。制服の採寸は何時何処で遣るか抔、入学の準備に就いて色色書かれていたが、封筒の中に一枚、妙な紙が這入っていた。読んでみると、此の電話番号に連絡して呉れと言う内容と、一個の電話番号が記されていた。市外局番から東京の、恐らくはトレセン学園に通じるものである事は判ったが、トレセン学園の事務方のものとは違う番号であり、思わず怪訝な表情になる。
「何? 此の電話番号」
「此処に掛けろって、如何言う意味なのかしら」
「若しかして、此の封筒自体が、凝りに凝った特殊詐欺って事は無い?」
「ネットで検索かけたけど、詐欺によく使われる番号って訳じゃなさそうだな」
「取り敢えず掛けてみたら? 番号非通知にすれば変に折り返される事も無いだろうし、詐欺師だったら強引に電話切れば厥で済むし」
迂拙のウマホを持って来て、番号の頭に184を付け、発信する。直ぐに繫がったが、繫がった先が豪い所だった。
『あ、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、理事長室で御座います』
「理、理事長室……? 済みません、其方から送られて来た合格通知の封筒に、此の番号に電話して呉れと言う紙があったので御電話させて頂いたのですが……」
『成程、と言う事はキョクアジサシさんで御間違いないですか?』
「あ、あ、キョクアジサシ事、東信濃橋深雪です」
呆気に取られ、思わず本名をうってしまった。
『御忙しい中御手数を掛けてしまって申し訳ありません。今、理事長に御繫ぎしますね』
「え? え?」
あれよあれよと言う間に保留音が鳴り、一拍置いて再び繫がる。
『謝罪! 手間を掛けさせてしまって済まない! 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、理事長の秋川やよいである! 君がキョクアジサシ君で間違いないか?』
「あ、あ、キョクアジサシです」
『慶祝! 先ずは合格御目出度うと言っておこう。君が首席だ!』
「え、首席?」
『うむ。筆記も面接も問題無し。実技試験のタイムは文句なしのトップだ!』
「噓でしょ」
『事実! 今言った事に噓偽りは全く無い。君の様な素晴らしいウマ娘が当学園を受験して呉れて、私は
「えぇ……あ、有難う御座います?」
『疑問! 所で、何故番号非通知なのだ?』
「いや、釈然としない内容の紙に書かれた、検索しても出てこない番号だったので、此の封筒自体が特殊詐欺の蓋然性があったので……」
『氷釈!*29 そして謝罪! 済まない、今年の入学式は鳥渡違うものにしたくて、君と色色打ち合わせをしたかったのだ。此方から電話を掛けて、長長と打ち合わせをするのは忍びないから、其方の都合の良い時に電話をして慾しかったのだ』
「はぁ……成程。で、違うもの……と言うと?」
『うむ。毎年、入学式の新入生代表挨拶は、成績が首席の者としている。此れは例年と変わらない。然し、今年は君というウマ娘が入学するのだ。聞けば、筆記試験の作文で、とんでもなく難解な文章を書いたそうじゃないか』
「……まぁ、確かに色色書きましたが」
やや*30抔、ネットで検索しても出てこない単語を幾つか書いた覚えがある。
『採点担当者が、何が書いてあるのか全く理解出来ないと相談に来てな。私も読んで喫驚したぞ。知らない漢字に知らない単語のオンパレード。一体何処で覚えたんだ?』
「
『驚愕!? 辞書とは読めるものなのか!?』
「気付いたら閉館時間になっていた事もあります」
『納得。君は努力の天才と言う奴だな』
「いや、そんな大層な存在じゃないですよ」
『否定。謙遜しなくても良い。採点担当者は解読に二日掛かったと言っていたが、厥の様な文章を小学生で書ける君は間違いなく素晴らしい才能を持っている』
「はぁ、どうも」
『提案! 其処で、今年の新入生代表挨拶の文章は、是非君に書いて慾しい!』
「あ?」
『例年であれば、代表者に此方が用意した文を読んで貰うのだが、今年は趣向を変えて、君が書いた文を厥の儘君に読んで慾しいのだ』
「……何てこったい……」
採点担当者の気分転換にと書いたものの所為で、こんな事態に陥ろうとは誰が想像出来ようか。彼の時の迂拙を殴りたい。
「……済みません、今から成績を下の中位に改竄出来ないでしょうか」
『拒否! それは出来ない相談だ。それに、中央トレセンの代表挨拶なぞ、したくても出来ない大役だぞ。厥を任されるのだから、もっと誇っていいんだぞ』
「然う言う役を任されるの、本当に嫌なんですよ……」
小学校でも、学級委員長抔に
『何故だ? 生徒会長のシンボリルドルフも推していたぞ。彼女なら間違いなく素晴らしい挨拶文を書いてくれるとな』
「……野郎やりやがったな……」
思わず恨みがましく小さく呟いてしまった。先手を打って退路を断って来やがった。学園に行ったらどんな御礼をしてやろうか……。
「それに、迂拙みたいな田舎者が代表なんて務めたら角が立ちませんか?」
『放心! 大丈夫、トレセン学園は実力が総てだ。家の格は関係無い! 安心して、堂堂と壇上に立って呉れ!』
……今度、三女神の写真を貼った藁人形に五寸釘を打ってやろう然うしよう。斯うなったのも全部三女神の所為だ。三女神相手なら幾らでも八つ当たりして良いってばっちゃが言ってた*32。
「……本当に良いんですね?
『無論!
「……諒解しました。誠心誠意、書かせて頂きます」
厥の後、幾つかの事項の確認を済ませ、通話は終わった。同時に頭を抱える。
「アジ、凄いじゃないか! 首席合格した上に新入生の代表だなんて!」
「矢っ張りアジは出来る子だねぇ。こんな出来の良い孫を持ててアタシは幸せだよ」
「新しいカメラ買って動画に撮っておこう。近所の連中に自慢出来るぞ」
「……良いよねぇ外野は。本人の気も知らずに好き勝手言えて」
所怙としては誇らしいだろうが、当事者である迂拙からしてみれば堪ったものではない。これだから権力者って奴ぁ……。