陋見箚記   作:車輛運搬具減価償却累計額

8 / 21
八 銓が傾くは登科か点額か

 帰宅した後、中央受験の旨を所怙と祖父母とに話した所、二つ返事で許可が下りてしまった。何でも、此の事を見越して貯蓄したり、学資保険に這入ったりして準備を整えていたらしい。「金の事は気にするな!」と父が親指を立てて良い笑顔を向けて来た時、完全に退路を断たれた事を認識してげんなりしたのは言う迄も無い。

 中央トレセン学園は文武両道を掲げているので、学業を疎かにする事は出来ない。が、所謂進学校と言うものではないので、筆記試験の比重は其処迄大きくはないらしい。なので、勉強はそこそこに留めておき、等速ストライドを完成形にちかづける方に勖厲(きょくれい)する事にした。

 そして、年を越して受験日の前日と相成った訳である。中央トレセンの受験は二日間に亘り行われる。一日目は筆記試験、二日目に実技試験と面接という形である。家が近ければ試験後に帰る事も出来るが、迂拙の実家は新潟の僻陬地にあり、最寄りの鉄道は本数が少なく、()てて加えて雪で運休する事も初中後(しょっちゅう)あるので、試験の前日に東京入りしておこうという運びになった訳である。此処で問題となったのが、誰が迂拙の同伴をするかと言う事である。迂拙は別に一人で構わないのだが、世間的に見れば迂拙は未だ小学生であり、単独で東京に、然も複数日放り出す事は出来ない。迂拙の与り知らぬ所で擦った揉んだした結果、婆さんが権利を捷ち取っていた。()けた爺さんは切歯搤腕(せっしやくわん)*1していたが、迂拙には如何しても爺さんが婆さんに捷つ場面が思い浮かばなかった。

 と言う訳で、只見線、上越線、上越新幹線と乗り継いで(ふたた)び東京へ出て来たのである。連泊するホテルに荷物を置き、「折角だから何処か観光に行かない?」と言う婆さんの誘いを、「(よけい)な疲労を溜めたくない」と鰾膠(にべ)も無く*2(ことわ)り、最後に教科書をペラペラと捲って確認作業を行った。然りげ無く小学校の内容に含まれていた英語に若干苦戦中である。前世から然うだったのか、英語には可成の苦手意識があるのだ。婆さんの耳と尻尾は萎れっ放しだったが、迂拙の性格を鑑みれば、(このような)反応は容易く予想出来た筈である。孫の一世一代の受験とは言え、本人よりも浮かれるのは如何なものか。

 (さて)、受験当日となり、京王本線に乗って復び中央トレセン学園にやって来た。過日の出来事が走灯の如く過り、若干やる気が萎えた。周囲には迂拙と同じく保護者同伴のウマ娘が大勢居る。不安気に視線を彷徨わせる者、自分は受かって当然だと自信満満な態度の者と、百人百様であるが、作業着姿で受験しに来ている迂拙は明らかに浮いていた。当然何だ此奴はと言う視線が集中するが、何時もの事なので柳に風と受け流す。

 シンボリルドルフに念を押され、タマモクロスとスーパークリークに太鼓判を押され、完全に退路を断たれた状態で受験する訳であるが、()の時の念の押しようは、一種の圧状竦(おうじょうずく)*3だったのではと不図考えてしまう。迂拙の走りを見た事抔一度も無い筈なのに、()の自信は何処から湧いてくるのだろうかと考え、同時に或る一抹の不安を覚えた。それは適当に受験して中程度の成績を出した場合、縦使(たとえ)合格したとしても「何故本気を出さなかった」と詰責される蓋然性である。シンボリルドルフは学生の身分にも関わらず豪い権限を持っているので、若しかしたら迂拙の試験成績を聞き出そうとする蓋然性は、()の入れ込み具合も勘案すれば十二分に有り得る。余計な患禍*4の種は作りたくないので、受験は聢りと全力を出そうと秘かに決意した次第である。

 迂拙は所謂「地元じゃ輸け無し」と言う存在ではあるが、此処は闔国(こうこく)から、厥の「地元じゃ輸け無し」が出身地の遐邇(かじ)*5を問わず憬集(けいしゅう)*6する場である。当然天縦(てんしょう)*7の才を持った髦俊(ぼうしゅん)*8も居るだろう。故に、此処中央トレセンに於いて、「地元じゃ輸け無し」と言う実績は何等優位性を生まないのである。上慢の(はたほこ)*9が高じれば、容易に足を掬われる事は想像に難くない。

 "選考"は本来"銓衡"と書き、"銓"も"衡"も"はかり"と読む。此の場に居るのは、全員が書類銓衡を通過した者であり、此の先、迂拙が銓から零れ落ちる蓋然性は十二分に存在するので気は緩められない。が、周囲に居るのは全員小学六年の子供である。此処迄思慮を巡らせられる者は然う居ないだろうと思いつつも、油断大敵の四字を服膺(ふくよう)*10し、受験に臨んだ。

 一日目の筆記試験は(つつが)無く終了した。国語の試験に、「若し合格したら何をしたいか」みたいな内容で作文する課題が有ったので、此れでもかと難語を詰め込んだ詰誳聱牙(きっくつごうが)*11な文章に仕上げた。採点担当者も天篷魚缸石榴樹(てんぽうぎょこうせきりゅうじゅ)*12な作文許りでうんざりすると思うから、良い気分転換になるだろう。英語に関しては初歩的な内容が中心だったので然程苦戦はしなかったのが幸いである。社会に関しては、ウマ娘と言う存在が居る所為で知識とみむがっしゃく*13を来している部分が多く、下手な解答は出来ないと気を使った。

 二日目は実技と面接とあるが、受験する人数が多いので、受験者に依って先に面接を受ける者も居れば、先に実技試験を受ける者も居る。迂拙は前者だった。取り敢えず心にも無い面接官受けの良さそうな事を話しておいた。本心は走りたいと言う慾を満たす為と、賞金目的である。完全に志望動機ではなく犯行動機である。反省も後悔もしていない。

 そして遂に来た実技試験の時間。整備された芝の上を走るのは初めてなので、どの様な走り心地なのか鳥渡ワクワクしている。試験は五人(ずつ)行われ、1000mを走る。ゲートは使用されず、徒競走の要領でスターターのピストルを合図に開始する。ゲートの中はどの様な居心地なのか関心が有ったので、使用されない事に少少(がっかり)した。試験当日は走り易い服を持参しろとあり、己がじし学校の体操着抔に着替えて待機している。厥の中で、何時迄経っても作業着から着替えない迂拙には胡乱気(うろんげ)な視線が向けられる。

 試験時間がくと、試験に使用するコースとは別のコースでウォーミングアップが認められる。初めて踏み締める芝の感触に感動を覚える。成程(このような)感じかと二歩三歩脚を動かし確かめる。今迄土瀝青(アスファルト)(あぜみち)泥濘(ぬか)るんだ田圃の中といった所許り走っていたので、芝への適性は未知数であったが、別段走り辛い感じは無い。常歩(なみあし)*14跑足(だくあし)*15駈足(かけあし)と速度を変えてみても、普段通りに走れる。芝への適正は問題無い様であり、胸を撫で下ろす。縦使(たとえ)芝の適性が無かったとしても、ダートと障害と走る心算であったが、走れるレースが限られてしまう。走りに対する慾が強烈な迂拙からすれば、選択肢は多いに越した事は無い。

 ウォーミングアップを兼ねつつ、彼是(あれこれ)と走りを(ため)していると、一人のウマ娘が声を掛けてきた。

 

「ねぇ」

「ん?」

「本当に厥の格好で走るの?」

「当然。学校の体操着より、此方の方が走り易いからね」

「ふーん。変なの」

 

 厥限(それきり)、興味を失った様に去って行った。最後、何処か(なみ)する様な視線を寄越していた。此処を受験するという事は彼女も又、同世代の中では脚の速さに覚えがあるのだろう。だが彼女も未だ小学生の身。自らが埳井之鼃(かんせいのあ)*16に過ぎない事迄思慮が及ばないのも致し方無いだろう。故に、本物の天才と言う者は、凡人の努力の積み重ね抔容易く蹂躪する事を知らない。だが迂拙は違う。涼能*17なりに努力を(かさ)ねてきた心算ではあるが、絶対に捷てる抔とは微塵も思わない。力量を知らない相手を(あなど)る抔と言うえんけん*18極まりない事はしない。此の五人の中に、将来のG1バが居る蓋然性は普通に存在するのだ。勝手に瀆って呉れるなら結構、自分で自分の首を絞めて呉れるのだから。

 そして、(いよいよ)迂拙の出番が回ってきた。迂拙の開始位置は内から数えて四番目、五人立てなので四枠四番と言った所だ。件の彼女は最内に居た。此の試験はスタートから100m程でコーナーに這入る。加速したと思ったら直ぐコーナーで減速を強いられるので、内枠は不利と考えられるが、そんな事は知ったこっちゃないと言わんばかりに彼女は御譏嫌である。成程、スタートの技術にも覚えが有るらしい。

 幾許(いくばく)かの静寂(しじま)を挟み、スターターから「用意」と号令が掛かった。そして、破裂音が響くと同時にスタートを切る。一気に脚の回転数を上げ速度を乗せる。コーナーに這入る迄は内に寄らず直線的に加速し続けた。コーナー直前で横を一瞥し、誰も居ない事を確認して内へ切り込む。等速ストライドの真骨頂此処に在りと言わん許りに一切減速せずコーナーへ突っ込む。既に何度も試験の競走が実施されている為、内埒付近は凹み(つばく)*19荒れている。が、迂拙には関係の無い話。普段走っている峠道は、枝に枯れ葉に(こいし)にと多量の落下物が有る。当然厥の総てを避ける事抔出来ないので、時に飛び越え時に踏み付け時に上体は動かさず足だけで躱して来た。普段通りに走れば問題は無い。荒れたバ場を気にも留めず内埒限限(ぎりぎり)を攻め続け、第四コーナーに這入った辺りからスパートを掛ける。更に上体を傾け遠心力に抗う。()うに後方からの(あしおと)は聞こえなくなっているが油断はしない。切れ味鋭い末脚で一気に詰め寄ってくるかもしれないからだ。コーナーを抜けたら全力疾走へと移行する。依然として後方からせまって来る跫は無い。(やが)て、迂拙が先頭でゴールを駆け抜けた。

 減速し息を整える。バ群から抜け出す為に彼是考えるのが面倒だったので今回は逃げを選択したが、上手く行ったので胸を撫で下ろす。等速ストライドも問題なく機能した。如何やら迂拙の努力は少しは報われたらしい。不図気が付くと、周囲が騒めいていた。何事かと辺りを回視*20すると、後続の連中が顔を胆礬色(たんばいろ)*21に染め、全身で息をし乍ら此方を見ていた。顔色無(がんしょくな)*22と言わん許りに表情は驚愕と恐怖に染まっている。其処迄差が付いたのかと首を傾げつつ試験官の下へ向かう。そして、タイムが発表された。迂拙は二着に二秒の差を付けていた。公式レースなら"大差"と表示される12バ身差である。有繫(さすが)に此れには迂拙も瞠目した。

 (やや)頰の(ひきつ)った試験官から解散を言い渡され、婆さんの下へ行こうとしたら件の彼女から声を掛けられた。

 

「ねぇ」

「ん? 何?」

「何なの()の走り。スタートは得意なのにハナ取れなかったし、コーナーでガンガン引き離されるし」

「まぁ、然う言う走り方をしたからね」

「て言うか、コーナーで全然減速してなかったじゃん。なのに全然体はブレてないし如何言う事?」

「ずっと然う言う走り方を研究してたから。一一コーナーで減速するのって腹立つでしょ?」

「いや意味分かんないんだけど。コーナーで減速するなんて当たり前じゃん」

「そんなもんなの? よく分からんけど」

「何、天才って奴なの?」

「全然。此の走り方の研究始めてから、もう五年位かな? 血反吐を吐く様な試行錯誤を(くりかえ)して、やっと此処迄持って来れたって感じ。すっ転んだ回数は覚えてないね。何百回か、将又(はたまた)何千回か」

「……はぁ。もう良い。アンタには逆立ちしても捷てっこないって解った」

「逆立ちしたら走れんでしょ」

「言葉の綾って奴よ。急にアホにならないで」

 

 然う言って悄悄(すごすご)と引き下がっていった。

 改めて婆さんの下へ行こうとすると、不図校舎が目に入った。生徒会室って(たし)か彼の辺りだったよなぁ抔と考えていたら、厥の生徒会室の窓と思しき所から、何やら見覚えのある鹿毛のウマ娘が此方を見ていた。遠過ぎて表情は窺えないが、腕を組んでいるように見える。厥の時、不図閃いた。(おもむろ)に厥の場で生徒会室の方を向いて正座し、姿勢を正し、そして、土下座を敢行した。入学試験の競走で捷てた位で図に乗るなと言われた気がしたからである。たっぷりと十秒間、頭を地面につけ続けた。そして頭を上げると、鹿毛のウマ娘はわたわたと慌て乍ら何やら身振り手振りをしていた。頭を下げる時間が短かったかな(すっとぼけ)と考えていると、鹿毛のウマ娘の隣に(やや)黒い鹿毛のウマ娘が現れた。なので取り敢えず、更に十秒間頭を下げた。(ふたた)び頭を上げると、身振り手振りは更に激しくなっていた。さっさと引き上げろという様な動きにも見えるので、一先ず御(ゆる)しを頂けた様である。

 婆さんの下へ行くと、呆れた顔をして待っていた。

 

「アジ、如何したんだい。急にコースのど真ん中で土下座して」

「何か見覚えのあるウマ娘が見えて、図に乗るなって言われた気がしたから、誠心誠意謝罪してた」

「何、シンボリルドルフさんが見てたっての?」

「多分」

「だとしてもあんな目立つ所で奇行に走らないでよ。恥ずかしいったらありゃしない。折角一杯褒めてあげようと思ってたのに」

「婆さんもう(はしゃ)ぐ様な歳じゃないでしょ」

「女とウマ娘に年齢の話題は禁物だよ」

■■(バキューン)歳が燥いでたら此方(こっち)が恥ずかしいよ」

「実年齢を判然(はっきり)言うんじゃない!」

 

 頭を(はた)かれた。今更鯖を読む様な歳でもあるまいに、解せぬ。

 

「ま、兎も角、試験御疲れさん。こんだけ走れりゃ合格間違い無しだね。金沢トレセンは受験しなくて良いんじゃない?」

「いや、受ける。100%登科*23する保証なんて無いんだから」

「用心深いねぇ。あんだけ走れるんだから落としゃしないでしょ」

「厥って只の貴方の感想ですよね」

「何処ぞの実業家みたいな事言うんじゃない」

 

 復び頭を叩かれる。だが実際安心は出来ない。縦使(たとえ)脚が速かったとしても、厥は彼の四人と較べた時の話。他にも受験生は大勢居り、其奴等とは競っていないのだ。上には上が居る。之を忘れては不可(いけ)ない。

 斯くして二日目も恙無く終了し、帰途に就いたのである。そして、少し経ってから金沢へ受験に行ったが、其方の内容は省略する。

 合否結果と言うものは、基本的にそれなりに時間が経ってから来るものである。という事は当然理解しているが、結果を待つ間は毎日儡然(ぎぜん)*24としていた。幾ら精神年齢が老けているとは言え、綽綽然(しゃくしゃくぜん)*25としていられる程肝が据わっている訳では無い。憂心惸惸(ゆうしんけいけい)*26と日を過ごし、遂に結果が届いた。所怙と祖父母とに見守られ乍ら封緘(ふうかん)*27を解くと、果たして中に這入っていたのは合格通知であった。厥を見た瞬間、迂拙は安堵の息を漏らしただけだったが、所怙と祖父母とは鳧趨雀躍(ふすうじゃくやく)*28して迂拙を揉みくちゃにした。本人よりも外野が喧しいのは如何なものかと思ったが、暫くは為すが儘にされておいた。

 周囲の熱が冷めるのを待ってから内容を読み進める。制服の採寸は何時何処で遣るか抔、入学の準備に就いて色色書かれていたが、封筒の中に一枚、妙な紙が這入っていた。読んでみると、此の電話番号に連絡して呉れと言う内容と、一個の電話番号が記されていた。市外局番から東京の、恐らくはトレセン学園に通じるものである事は判ったが、トレセン学園の事務方のものとは違う番号であり、思わず怪訝な表情になる。

 

「何? 此の電話番号」

「此処に掛けろって、如何言う意味なのかしら」

「若しかして、此の封筒自体が、凝りに凝った特殊詐欺って事は無い?」

「ネットで検索かけたけど、詐欺によく使われる番号って訳じゃなさそうだな」

「取り敢えず掛けてみたら? 番号非通知にすれば変に折り返される事も無いだろうし、詐欺師だったら強引に電話切れば厥で済むし」

 

 迂拙のウマホを持って来て、番号の頭に184を付け、発信する。直ぐに繫がったが、繫がった先が豪い所だった。

 

はい、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、理事長室で御座います』

「理、理事長室……? 済みません、其方から送られて来た合格通知の封筒に、此の番号に電話して呉れと言う紙があったので御電話させて頂いたのですが……」

『成程、と言う事はキョクアジサシさんで御間違いないですか?』

「あ、、キョクアジサシ事、東信濃橋深雪です」

 

 呆気に取られ、思わず本名をくちばしってしまった。

 

『御忙しい中御手数を掛けてしまって申し訳ありません。今、理事長に御繫ぎしますね』

「え? え?」

 

 あれよあれよと言う間に保留音が鳴り、一拍置いて再び繫がる。

 

『謝罪! 手間を掛けさせてしまって済まない! 日本ウマ娘トレーニングセンター学園、理事長の秋川やよいである! 君がキョクアジサシ君で間違いないか?』

「あ、、キョクアジサシです」

『慶祝! 先ずは合格御目出度うと言っておこう。君が首席だ!』

「え、首席?」

『うむ。筆記も面接も問題無し。実技試験のタイムは文句なしのトップだ!』

「噓でしょ」

『事実! 今言った事に噓偽りは全く無い。君の様な素晴らしいウマ娘が当学園を受験して呉れて、私は(とて)も嬉しい!』

「えぇ……あ、有難う御座います?」

『疑問! 所で、何故番号非通知なのだ?』

「いや、釈然としない内容の紙に書かれた、検索しても出てこない番号だったので、此の封筒自体が特殊詐欺の蓋然性があったので……」

『氷釈!*29 そして謝罪! 済まない、今年の入学式は鳥渡違うものにしたくて、君と色色打ち合わせをしたかったのだ。此方から電話を掛けて、長長と打ち合わせをするのは忍びないから、其方の都合の良い時に電話をして慾しかったのだ』

「はぁ……成程。で、違うもの……と言うと?」

『うむ。毎年、入学式の新入生代表挨拶は、成績が首席の者としている。此れは例年と変わらない。然し、今年は君というウマ娘が入学するのだ。聞けば、筆記試験の作文で、とんでもなく難解な文章を書いたそうじゃないか』

「……まぁ、確かに色色書きましたが」

 

 ややこうこう*30抔、ネットで検索しても出てこない単語を幾つか書いた覚えがある。

 

『採点担当者が、何が書いてあるのか全く理解出来ないと相談に来てな。私も読んで喫驚したぞ。知らない漢字に知らない単語のオンパレード。一体何処で覚えたんだ?』

(としょかん)で辞書を読んでいる内に、必然と」

『驚愕!? 辞書とは読めるものなのか!?』

「気付いたら閉館時間になっていた事もあります」

『納得。君は努力の天才と言う奴だな』

「いや、そんな大層な存在じゃないですよ」

『否定。謙遜しなくても良い。採点担当者は解読に二日掛かったと言っていたが、厥の様な文章を小学生で書ける君は間違いなく素晴らしい才能を持っている』

「はぁ、どうも」

『提案! 其処で、今年の新入生代表挨拶の文章は、是非君に書いて慾しい!』

?」

『例年であれば、代表者に此方が用意した文を読んで貰うのだが、今年は趣向を変えて、君が書いた文を厥の儘君に読んで慾しいのだ』

「……何てこったい……」

 

 採点担当者の気分転換にと書いたものの所為で、こんな事態に陥ろうとは誰が想像出来ようか。彼の時の迂拙を殴りたい。

 

「……済みません、今から成績を下の中位に改竄出来ないでしょうか」

『拒否! それは出来ない相談だ。それに、中央トレセンの代表挨拶なぞ、したくても出来ない大役だぞ。厥を任されるのだから、もっと誇っていいんだぞ』

「然う言う役を任されるの、本当に嫌なんですよ……」

 

 小学校でも、学級委員長抔に推輓(すいばん)*31された事もあったが、全力で逃げ回った。役付きになろうもんなら走れる時間が減る。

 

『何故だ? 生徒会長のシンボリルドルフも推していたぞ。彼女なら間違いなく素晴らしい挨拶文を書いてくれるとな』

「……野郎やりやがったな……」

 

 思わず恨みがましく小さく呟いてしまった。先手を打って退路を断って来やがった。学園に行ったらどんな御礼をしてやろうか……。

 

「それに、迂拙みたいな田舎者が代表なんて務めたら角が立ちませんか?」

『放心! 大丈夫、トレセン学園は実力が総てだ。家の格は関係無い! 安心して、堂堂と壇上に立って呉れ!』

 

 ……今度、三女神の写真を貼った藁人形に五寸釘を打ってやろう然うしよう。斯うなったのも全部三女神の所為だ。三女神相手なら幾らでも八つ当たりして良いってばっちゃが言ってた*32

 

「……本当に良いんですね? 気随気儘(きずいきまま)*33に書きますよ? どんな文章になっても責任取りませんよ?」

『無論! (もと)より厥の心算だ。君の好きな様に書いてくれ。挨拶文はプロジェクターを使って同時に後ろに表示させるから問題は無い』

「……諒解しました。誠心誠意、書かせて頂きます」

 

 厥の後、幾つかの事項の確認を済ませ、通話は終わった。同時に頭を抱える。

 

「アジ、凄いじゃないか! 首席合格した上に新入生の代表だなんて!」

「矢っ張りアジは出来る子だねぇ。こんな出来の良い孫を持ててアタシは幸せだよ」

「新しいカメラ買って動画に撮っておこう。近所の連中に自慢出来るぞ」

「……良いよねぇ外野は。本人の気も知らずに好き勝手言えて」

 

 所怙としては誇らしいだろうが、当事者である迂拙からしてみれば堪ったものではない。これだから権力者って奴ぁ……。

*1
非常に悔しがる様。

*2
鰾膠も無い……愛敬もない。思いやりもない。とりつきようがない。

*3
おどしつけて無理に承知させる事。

*4
わざわい。

*5
遠い所と近い所。遠近。

*6
遠くから集まり来る事。

*7
生まれながらに優れている事。天賦。

*8
才知の人並み優れた人物。

*9
上慢の幢……増上慢の心の激しい事。

*10
心に留めて忘れない事。

*11
文章が難解で堅苦しく、理解し難い事。

*12
どれも同じでかわりばえがしない事。

*13
食い違う。

*14
馬術で、ウマの歩ませ方のなかで最も速度の遅いもの。

*15
馬術で、馬が前脚を高くあげてやや速歩(はやあし)に歩く事。

*16
広い世間を知らないで自分だけの狭い見識に囚われる事。

*17
才能に乏しい事。

*18
愚か。

*19
突き出ている。高くなっている。

*20
見回す事。

*21
青い色。驚きや恐怖などによって真っ青になった顔色の形容。

*22
完全に圧倒されて手も足も出ない様。

*23
試験に及第する事。

*24
こころ安からぬ様。落ち着かぬ様。

*25
ゆったりとして、ゆとりのある様。落ち着いて焦らない様。

*26
心憂える。惸惸は、憂える様。

*27
手紙や文書などの封をとじる事。又、そのもの。

*28
喜んで小躍りする様。

*29
疑問や障害が消え失せる事。

*30
つとめる。

*31
人を推挙する事。

*32
言ってない。

*33
思いの儘に振る舞う事。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。