九 挨拶回りと束脩
「遂に行っちまうんだねぇ。寂しくなるねぇ」
「何しんみりしてんの。今生の別れって訳じゃあるまいし」
「うう、アジが冷たい……」
「アジちゃん、寂しくなったら、何時でも電話してね」
「前向きな善処を検討しておきます」
「政治家みたいな事言ってら……」
電話云云に関しては絶対に自分が寂しいからである。別れにそんな時間を掛ける気は無いので、
迂拙が先行した理由は、入学式の打ち合わせが有るから早目に来てくれとの先方からの御達しがあった為である。実に気乗りしない。
「お、来たね。アンタがキョクアジサシってのかい?」
「……どうも、御世話になります。キョクアジサシ事、東信濃橋深雪です」
「バ名だけでいいよ。どうせ此処じゃバ名以外で呼びやしないんだから。てか、ヒトの方の名前も長いねぇ」
「まぁ、漢字四文字の姓は珍しいですからね。有名所だと勅使河原、小比類巻、源五郎丸、西大立目、辺りですかね。親戚以外に同じ苗字の者に会った事無いです」
「珍しい名前持ってんだね。ま、厥は置いといて、アタシはヒシアマゾン。此処、美浦の寮長をやってるよ。分からない事が有ったら、何でも、此のヒシアマ姐さんに訊いて呉れ!」
「あ、あ、宜しく御願いします」
「アンタの事は色色聞いてるよ。入学試験で、二着に大差付けて捷ったんだって? 彊い奴は大歓迎だよ。早くタイマンしてみたいねぇ」
「タイマン? 決闘罪は二年以上五年以下の懲役刑じゃありませんでしたっけ?」
「んな物騒な事言ってんじゃないよ。レースでって事。でも、入学試験で捷ったからって気ぃ抜いてると、あっという間に他の奴等に追い越されるから、油断するんじゃないよ」
「厥に就いてはまぁ、常常、増上慢とならないよう
「ちょ、ちょ、鳥渡待っとくれ。何言ってんのかサッパリ分かんないよ。会長みたいな喋り方すんだね」
厥の会長ですら頭の上に疑問符を浮かべてたりするのが迂拙の喋りである。猶、難語を吐く相手は或る程度選んでいる。此の寮長さんは余り難語で苛めない方が良いかもしれない。
「と、兎も角、先ずは部屋に案内するよ。本来なら同じ学年の奴同士を相部屋にするんだけどね、アンタの性格なら先輩と相部屋でもやって行けるって聞かされてね。悪いけど、高等部の先輩と相部屋にさせて貰ったよ。大丈夫かい?」
「まぁ、余程の悪人とかでも無い限りは」
「大丈夫、アタシより先輩だけど、余りにも気が小さくて寧ろ心配になる位
「成程」
先導する寮長を
「寮長のヒシアマ姐さんだ。相部屋の子を連れて来たよ。今、大丈夫かい?」
然う言うと、中から「は、あっ!」と少少上擦った声が返って来た。只叩扉しただけで此の反応。確かに色色と心配になってくる。とたとたと軽い
「ライス、相部屋の子を連れて来たよ」
「あ、有難う御座いますヒシアマさん」
「今、何かしてたかい?」
「新しい相部屋の子が今日来るって言ったら、お兄さまが、今日はトレーニングはお休みにしようって。だから、部屋で待ってました」
「ああ然うかい。此の子は新入生で、右も左も分かんないだろうから、先輩として色色面倒見てやんな」
「う、うん。ライス、頑張るね」
「迂拙は阿婆擦れなんで、
「自分で自分の事阿婆擦れって言う奴、初めて見たよ」
「外から観測した、儼然たる事実です」
「そんな事で胸張るんじゃないよ。ま、後は二人で宜しくしてくれ」
「あ、鳥渡待って下さい。迂拙の荷物って、もう届いてますか?」
「ああ、もう部屋の中に搬入されてるよ」
「鳥渡待ってて下さい。御渡ししたい物があるので」
然う言って、中へ這入る。部屋の一角に積まれた段ボールの中から「米」と書かれた段ボールの封を開け、中から一袋取り出す。
「此れ、御のきの印にどうぞ。迂拙の実家で作った米です」
「お、何だ呉れるのかい」
「ええまぁ、御世話になる方に配ろうと、幾らか段ボールに入れて送っておきました。シンボリ家だのメジロ家だのに贔屭にされているものと同じ奴なので、味は保証しますよ」
「シンボリとメジロの御気に入り? アンタの実家って凄いんだね」
「まぁ、凄いのは実家だけで、迂拙は大した事ないんですけどね」
「新入生代表挨拶任される奴が何言ってんだい。ま、有難く頂くよ。あ、厥と言い忘れてたけど、少ししたら会長が迎えに来るから、厥迄、ライスと親睦深めてな。じゃ」
然う言って、寮長さんは去って行った。
偖、改めて同室となったG1バ様、ライスシャワー先輩に向き直る。迂拙はレースを見ているので当然知っているが、向こうは迂拙の事抔当然知らないので、如何接すれば良いか分からずに視線を彷徨わせている。レースの時に見た、先頭を陥れ喉笛を食い千切らんとする気魄の籠もった表情とは
「では改めまして、同室となったキョクアジサシと申します。至らない部分は多多あると思いますが、宜しくお願いします」
「ラ、ライスシャワーです。一応、G1レースで捷った事あるんだけど、知ってて呉れたら嬉しいな……」
「勿論存じ上げております。菊花賞と、春天二回ですよね」
「う、うん……」
然う言って俯いて仕舞った。ミホノブルボンの三冠と、メジロマックイーンの三連覇とを阻止したが故に、当時の世間から散散
「世間の期待なぞ知ったこっちゃ無いと、果敢に先頭を陥れる
「あ、有難う……」
「世間の連中なんざ、基本的に阿呆しか居ないと思っておけばいいんです。記録なんざ何れ阻止されるのが世の常なんですから、変に気にするだけ無駄なんですよ。ほら、スーパークリークさんなんて、ノリノリでヒール役を演じていたじゃないですか。あんな感じで、阿呆連中を煽り返す位が丁度良いんです」
「そ、然うなのかな……」
「然うです然うです。と言うか、ライスシャワー先輩の場合、普通にマスコミ相手に名誉毀損で民事訴訟起こせば勝てると思いますよ。賠償金
「そ、厥はやり過ぎじゃない?」
「連中は此方が何もしないって解ってるから図に乗ってるんですよ。やり過ぎ位が丁度いいんです。何処ぞの半沢な人も言ってるじゃないですか。「やられたらやり返す、倍返しだ!」って」
「う、うーん?」
「最終的には資産を全部差し押さえて、腎臓売るレベル迄追い詰めるのが理想的ですね」
「其処迄行くと、もうヤクザさんと同じじゃない?」
「
「厥もう完全に脅迫だよね!? 犯罪だよね!?」
漸く彼女の
「漸く普段の感じに戻りましたね。何よりです」
「あ、ライス、励まされちゃった……? ご、御免ねライスの方が先輩なのに」
「いえいえ、先程言った様に迂拙は阿婆擦れですから。此れ位は御安い御用です。所で、トレセン学園の法務部って何処にあります?」
「大丈夫だからね? 然う言うのが必要になったら、ライスが自分で遣るからね?」
「ちっ、ゴミ共を一掃出来ると思ったのに……」
「アジちゃん、何か恐いよ?」
「あ、アジちゃん呼び頂きました。有難う御座います」
「あ、ご、御免ね、嫌だった……?」
「全然。厥の呼び方で大丈夫です。小学校では「整備士」と呼ばれていたんで、「整備士」でも構いませんよ」
「え、何でそんな
「此の格好で通っていたので」
「厥の着ている奴って
「然うですよ。其処の段ボールに這入っているのも、全部此の作業着だけです」
「す、凄いセンスだね。ライスには真似出来ないや……」
「機能性と実利だけを追求したら斯うなりました」
「御洒落はしないの?」
「金の無駄だと思っているので一切しません」
「い、言い切ったね……」
此の感性だけは、最早矯められる領域には無いのである。
「と、取り敢えず、荷解きする? ライスも手伝おっか?」
「いや、そろそろ会長が迎えに来そうなんで、制服の合わせを先に済ませます」
「あ、
「……制服着られっかな……」
「え? サイズは合ってるんじゃ……」
「女物の服着ると、蕁麻疹が出るんで」
然う前置きして、机の上に置いてあった制服をビニールから取り出す。凄まじい抵抗感しか無いが、学園の生徒になった以上、着用義務からは逃れられない。諦めて袖を通す。上は何とか大丈夫そうである。が、一番の
「あ゛ーっ! 駄目だ! 気持ち悪ぃ! こんな腰布一枚で過ごせとか正気の沙汰じゃねぇ!」
「だ、大丈夫?」
「駄目ですね。途轍もない不快感が湧き上がって、
「でも、学園の制服って、厥しか無いよ?」
「然うなんです、厥が大問題なんです」
誰だスカートなんて考えた奴。巫山戯ていやがる。スカート単体では駄目な事が判明したので、次にタマモさんが提案した方法を験す。並べて置いてあった小豆色のジャージを取り出し、先に穿く。続いて、厥の上から腰布を巻く。すると如何だろう、先程の什痒感は殆ど無くなった。此れなら何とか我慢出来そうである。
「おお、此れなら何とか行けそうだ。ジャージ様様です」
「良くなったの?」
「完全に気持ち悪さが無くなった訳じゃないんですが、先刻に較べれば我慢出来るレベルです」
「じゃぁ、常に厥の恰好するって事?」
「然う言う事になりますね。スカート単体だと燃やしたくなるんで」
「そ、そんなに嫌なの?」
「嫌ですね。
「でも、校則違反とか、大丈夫かな……」
「大丈夫だと思います。この方法、タマモさんが思いついた奴なんで」
「タマモクロスさんと知り合いなの?」
「去年の聖蹄祭で、色色ありまして」
制服と格闘していると、不意に扉が叩かれた。刑務官の御到着である。
「えっと、会長さん来たみたいだね……だ、大丈夫? 凄い勢いで目が死んでいってるけど」
「……大丈夫です。此れは迂拙が蒔いた種なんで、迂拙が対応します」
「やあ、キョクアジサシ、久し振りだな。元気か?」
即座に扉を閉めた。そして、直ぐにルドルフさんが扉を開けてくる。
「おい、何故扉を閉める」
「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……」
「私は使徒か何かか?」
「死刑囚から見た出房を命じる刑務官並みに会いたくは無いですね。今は」
「ああ、さっさと行くぞ。理事長も暇じゃないんだ」
「あ、鳥渡待って下さい。理事長に献進*20する
「ソクシュウ?」
「
「何方も解らん」
「謝礼の進物って事です。えっと、理事長宛に一袋と……然う言えば、理事長付きの秘書って居ます?」
「秘書なら一人居るな。駿川たづなさんだ」
「じゃぁもう一袋か。では、ライスシャワー先輩。これから法場*23に行ってきますので、生きて帰る事が出来たら、
「う、うん。頑張って……ね?」
「それではルドルフ刑務官、行きましょうか」
「何かに就けて物騒なシチュエーションに絡めないでくれ。後、私は刑務官じゃない」
「あ、
「おい、一番大事な物を忘れないで呉れ」
自ら空気をグダグダにする事で、精神の安定を図る。畢竟、自業自得と言ってしまえば厥迄であるが、変な思い付きをした理事長に責任を被けたい自分が居る。何故迂拙に挨拶文を書かせる抔という発想に至ったのか。例年通り学園側が用意してくれた文章を読むだけだったら、迂拙も此処迄荒れてはいない。打ゆよ*25たる足取りで理事長室へ向かう。
「改めてキョクアジサシ、入学御目出度う。君なら必ず合格して呉れると信じていたよ」
「七冠バ様は風鑑*26も素晴らしい物を御持ちなんですねぇ。貴方に加えて、タマモクロスさんとスーパークリークさんにも退路を断たれて、完全に追い込まれて
「何だ、タマモクロスとスーパークリークとも知り合いなのか?」
「
「成程。所で、実技試験の後の土下座の真意に就いて聞かせて貰いたいのだが?」
「いやぁ、だってルドルフさん、生徒会室の窓辺で、腕組んで仁王立ちしてましたよね? 厥見て、「入試のレース如きで図に乗るな」的な事言ってんのかなって感じたので、誠心誠意謝罪した次第で御座います」
「何故君は然う悪い方向に許り考えるんだ。彼の時は単に、君が聢り実力を出して捷って呉れた事が純粋に嬉しかっただけだ。だのに急に此方を向いて土下座なんてするから周章狼狽してしまったじゃないか。
「コンニャク*27でビンタして、「君は何も見なかった。良いな」って言えば簡単に片付くのでは?」
「何故君はそんな隠語を知っているんだ」
「隠語と言う事を知っているという事は、実際に遣った事が……」
「シンボリ家は断じて厥の様な薄穢い真似はしない」
「へえ、然様で」
「……厥の目は信じていないな……。君の名家に対する悪いイメージは、如何やったら払拭出来るんだ……」
「諦めるのも一つの手ですよ」
「いや、シンボリ家にそんなイメージを持たれるのは我慢ならん」
「ルドルフさん、結構頑固な所あるんですねぇ」
他愛も無い会話を続け乍ら歩を進める。が、
「いやぁ、此の学園広いですねぇ」
「当然だ。此処にはウマ娘に必要な設備が全て揃っている。練習コースも複数あるし、ウイニングライブのレッスンスタジオもある。相応の面積になるのは当然だ」
「此れだけの
「まあ、厥の辺りは先輩に案内して貰え。君の同室はライスシャワーだったな。彼女なら聢り案内して呉れるだろう」
「案内云云に就いては、まあ追い追いして貰いますよ」
「……然う言えば、何故スカートの下にジャージを穿いているんだ?」
「スカートだけ着けたら名状し難い不快感に襲われましてね。ジャージ穿かないと制服着られないんですよ」
「……女物の服を着ると蕁麻疹が出るという話は本当だったのか……」
「ルドルフさんには本当の事しか話してませんよ。下手に誤魔化そうものならドラム缶に
「だから、シンボリ家は反社会勢力じゃない」
彼の儘スカートだけの状態で居たら、間違いなくアナフィラキシーショックを起こす。スカートは
そして遂に理事長室へと辿り着いた。生徒会室とは又異なった重厚な扉が鎮座している。扉だけで幾ら金掛かってんだ? 貧乏性故にそんな疑問が浮かんでしまう。ルドルフさんが叩扉し、追躡して中へ這入ると、頭に猫を載せた子供が居た。
「歓迎! よく来てくれたキョクアジサシ君。私が秋川やよいだ。宜しく頼む!」
「理事長秘書の駿川たづなです。宜しく御願いしますね」
「あ、どうも。キョクアジサシです。此方、実家で作った米です。
「礼謝!*32 態態手土産迄持って来て呉れるとは!」
「あら、私にもですか? 有難う御座います」
「シンボリ家やメジロ家に上納している物と同じ内容なので、味は保証致します」
「上納と言う表現は止めて呉れ。ウチは只君の家から買っているだけだ」
取り敢えず束脩は渡せたので、第一関門突破である。にしても、電話口でも何処か幼い声色に聞こえたが、
四人でテーブルで額を突き合わせる様に座る。
「確認! 早速だが、書いて呉れた挨拶文を読ませて貰おう」
「……本当に気随気儘に書いたんで、文意が通る保証はしませんよ。一応、単語の意味と出典を纏めた物も用意したので、併せてどうぞ」
前置きしてから屮藁と資料とを差し出す。挨拶文自体はA4用紙一枚に収まる長さである。其処迄長くする心算は無かったし、何より文を考えるのが面倒であった。中身はとんでもなく濃いが。一方、資料はA4一枚で収まらず、計三枚である。出典も仔細に記した為、本文よりも資料の方が多くなってしまった。こんな挨拶文、他に無いだろう。
案の定、三人は資料と本文と視線を往還させ、眉根を
「うむ、難解! 覚悟はしていたが、矢張り全然解らん! 漢字の音読みに"ロツ"なんてあるんだな。誕まれて此の方聞いた事が無い」
「単語もそうですけど、厥以前に見た事も無い漢字が大量にありますね……本当に有るんですか? こんな字」
「総て大漢和辞典に収載されている漢字です。Unicodeにも収録されているので、表示出来るフォントは限られますがパソコンでも表示出来ます」
「言い回しも豪く硬いな」
「口語体だと違和感を覚えたんで、文語体にしてあります。ま、なんちゃって文語体なんで合っているか如何かは分かりませんが」
「幾ら辞書を見乍らとは言え、中学生に成りたての子が、こんな文章書けるんですか……」
「同意! 大人でも相当な学識が無いと無理だな」
「表現としては若干失当*34だとは思いますが、まぁ、下手の横好きと言う奴です。端的に言えば趣味なんで」
「……理事長、本当に此れで行くんですか?」
「肯定!
「挨拶文と言うよりは、演説の原稿みたいですね」
「最後に日付を言う所で、十干十二支迄入れるのは演説でもそう無いと思いますが……」
「意訳すれば言っている内容は至極真面だ。時候の挨拶、育てて呉れた親への感謝、新入生としての心構え、先輩への敬意、そしてトゥインクル・シリーズを走り盛り上げる事を誓う……立派な文章じゃないか。何も問題はあるまい」
「毎年、挨拶文は学園のウェブページに掲載するんですが、頁作る担当者が苦労しそうですね……」
「手書きパッドでも出てこない字が相当ありますからね。後で資料にUnicodeの符号も書いておきましょうか? かな入力モードで符号を入力して、F5キーを押せば一発で変換出来るんで」
「然うして呉れると助かります」
「後、環境依存文字も相当あるので、一旦画像として出力してから掲載した方が良いかもしれません。表示させる時に違う文字コードを指定したら、文字化けして文章滅茶苦茶になるんで」
「ああ文字コード……そんなのもありましたね……。普段だったら気しなくて良い事も気にしないと不可ないんですね、此の文」
「厥でも良いと仰ったのは其方ですよ」
「解ってます。解ってますけど、理事長の思い付きに振り回される身にもなって慾しいんです……」
「……何やら、普段から心労が絶えない様子で」
「ええもう本当に。理事長の思い付きには困ったものです。学食に回転寿司を導入するなんて言い出した時には、遂に気が
「たづな、それでは私が諸悪の根源みたいではないか」
「御言葉ですが理事長、厥の様な側面が有る事は否定し切れないと私も思います」
「シンボリルドルフ、君もたづな側なのか……」
「大変なんですねぇ」
「他人事の如く言っているが、キョクアジサシ、君は理事長側だと思うぞ」
「何……だと……」
抔と素っ恍けた返事をするが、自覚はある。
「よし、明日は此れで頼む。期待してるぞ」
「諒解致しました。……田舎娘が出しゃばりやがってって、御嬢様連中に目ぇ付けられないですかね」
「大丈夫だ。若し苛められたら直ぐに言って呉れ。生徒会が直ぐに対応する」
「いやぁ、別に苛められる位なら良いんですよ。薄ら笑い浮かべて物騒極まりない事言えば、大抵はビビッて近寄らなくなるんで」
「……実際に遣った事が有る様な口振りだな。若しや、
「然うですよ。厥の時の件で遣りました。相手が男子だったんで、前歯の折り方と金的攻撃の合法性に就いてニヤニヤ笑い乍ら話したら、顔真っ青にして逃げていきましたよ。「此奴ならマジで遣り兼ねない」と相手に思わせるのが重要です」
「……末恐ろしい小学生だな」
「只、比周*36して来られると厄介なんですよねぇ対応が」
「いや、もう良い。若し厥の様な状況に成ったら
「ま、パラコート連続毒殺事件を例に出して何か話す程度にしておきますよ」
「頼むから、学園の品位を貶める様な事だけはしないで呉れ」
「……キョクアジサシ、君は何と言うか、随分と癖が強いウマ娘だな……」
「癖が強くなけりゃこんな挨拶文書けませんよ」
「妙に説得力があるのが何とも……」
「……疑問。最後に一つだけ訊きたいのだが、厥の、スカートの下にジャージを穿いている理由は?」
「
「拒絶反応? 生地が肌に合いませんでしたか?」
「いや、女物の服が嫌いなんです。彼の儘スカートだけ穿いていたら、アナフィラキシーショックで
「と、言う事は、明日の入学式も……」
「此の格好で出る心算ですけど。駄目ってなると、作業着を着るか、パンイチで出席する事に成りますが」
「いや……有繫に作業着や下着姿は許可出来ない。出来ればジャージも脱いで慾しいが……厳しいか?」
「スカートだけに成ったら、寮から出る前に
「うむむ……仕方無いか……ジャージも自分で買ったものではなく学園からの支給品。まぁ、大丈夫だろう。前代未聞ではあるが……」
「厥の点なのですが、理事長、一つ提案が」
「む、何だ?」
「此れを機に、ズボンタイプの制服を作ってみては如何でしょう。キョクアジサシ程の極端な反応は稀だと思いますが、今在籍している生徒の中にも、スカートに苦手意識を持っている者は幾らか居るかと思います。選択肢を作れば、より良い学園作りに活かせると思いますが、如何でしょうか」
「むう……確かに、女性なら、ウマ娘ならスカートに抵抗は無いだろうと無意識に思っていたが、感性と言う物は十人十色、十把一絡げにするのは確かに良くないな。分かった、検討してみよう」
「有難う御座います」
「回転寿司作るよか、余っ程費用対効果は上がると思いますよ」
「羞恥。厥に就いてはもう忘れて呉れ」
事態は思わぬ方向に転がって行った。ズボンタイプの制服が出来れば、迂拙は即座に其方に切り替える。出来れば通って慾しい。
「そうだ、キョクアジサシ、私も聞いておきたい事が有る」
「何で御座いましょうか」
「聖蹄祭で、最後に君が言った"キショウレンゲイ"という四字熟語の意味だ。
「む、彼のシンボリルドルフが知らない四字熟語とは興味深いな」
「いえ、私も未だ勉強中の身です。去年の聖蹄祭で話したのですが、キョクアジサシの口からは聞いた事も無い単語がポンポン出て来まして。他の気になった単語は総て調べられたのですが、「キショウレンゲイ」という四字熟語だけは、どれだけ探しても見つからなかったんです」
「そんな単語が日常会話で出てくるんですか……」
「いや、ルドルフさん、インタビューとかでも
「有繫に限度があるだろう。四字熟語辞典には載っていない、じゃあ国語辞典だと、学園の
「四字熟語辞典に収載されている単語が四字熟語の総てと言う訳ではありませんからね。でも意外です。金に物を言わせて直ぐに探し出すものだと思ってました」
「年下の君からの挑戦だからな。自力で探し出さないと何か
「然様で。では答えをば。"人の多い形容"という意味です。漢字を見れば解りますが、御互いの服が擦れ合う程込み合っている、という感じですね」
然う言い、屮藁の裏の隅に、「掎裳連襼」と
「……済まん、一文字目と四文字目は見た事が無い。如何言う意味だ?」
「"掎"は"ひく"と訓読します。兵庫県の
「然う言う意味だったのか。確かに彼の場の形容にはピッタリだな」
「
「ああ、厥の三つなら
「全十五巻ある大型の辞典なんで、本屋には並んでませんよ」
「そんな辞典があるのか……知らなかった。道理で見つからない訳だ」
項垂れるルドルフさん。レースではないとは言え、
「此れでも四字熟語に就いては知っている方だと自負していたんだがな、君には完敗だよ」
「畏怖。どれだけ勉強を続ければ此の水準に達するのか、想像出来ないな」
「所で理事長、此の挨拶文、プロジェクターで映すと仰ってましたけど、真逆此の手書きの原稿を直に映すって訳じゃありませんよね?」
「いや、厥の心算だったが……」
「絶対PCの文書ファイルとかに書き起こして、読み仮名を振った上で
「……然うだな。厥の方が良さそうだ。序でに言葉の解説も入れるか?」
「解説は……止めておきましょう。情報量が増えて却って混乱を招くかと」
「……此れ、迂拙の責任じゃないですよね」
「大丈夫です。全部理事長の責任です」
「たづな!?」
「あ、でも、文書ファイルへの書き起こしは手伝って頂けると嬉しいです」
「厥位なら幾らでも」
果たして、明日は上手く行くのか。まぁ、責任は理事長持ちなのだから、気楽に行こう。
入学式迄書く心算が、打ち合わせで終わってしまった。之が無計画の恐ろしさである。