傷だらけ少女が笑えるまで   作:曇らせのキャスター

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 ──親愛なる者たち、スピネルの宝物。


Dear

 

 

 最初見つけたのは偶然だった。

 さりなちゃんを助けられない事にストレスを抱えて気晴らしに散歩をしていた時に、泣いてる彼女を見た。

 

 頬には湿布が貼られていて、半袖から見えた腕には青痣が多く残っていて、無表情でポロポロと涙を溢していた。まるで機械が誤作動を起こしたかのように、どうして泣いているのか自分でも分からないような幼い子供がそこにいた。

 

 虐待から辛い思いをしていた事に気付けていたのならあの子は死なないで済んだのか。たらればの話をしたところでどうにもならないのが現状なのだが。

 

 それでも僕はあの時、白石紗夜の最後を看取った。

 

 まさかあの時の子供が、僕の妹として生まれ変わっていると聞いた時は驚いた。虐待容疑で逮捕された母親もそうだが、あの子の最後を看取ったのは僕だ。火傷の痕を見た時は本当に絶句したし。

 

 そんな壮絶な人生送ってきた子供の前に成熟した精神の赤子がいればそりゃ怖がるわ、と思った。しかし、家族である以上はどうしても慣れてもらわなければずっとそのままだ。このままでは良くないと思い、ミヤコさんがいなくなった後に話しかけてみた。

 

 

「……その、スピネル」

「!」 

「怖いなら怖いままでいいよ。君からしたら僕は中身の分からない男でしかないし」

 

 

 スピネルは驚いて後退する。

 まだ心の距離があるし、スススと話しかけた僕から遠ざかっていく。地味に傷付く反応だが、仕方のない話だ。

 

 

「アクアは、その……中身は何歳なの?」

「アラサーを越えてる。大人だから君を虐めてたようなクソガキや母親みたいな事はしないよ」

「………その…えっと……」

 

 

 更に距離が遠くなった。

 中身がおっさんだから仕方ないけどその反応は傷付く。父親と娘くらいの歳の差で対等に接するなんて無理な話か。教えたのは藪蛇だったかもしれない。

 

 

「悪い人じゃないってのは、分かってるの。けど、まだ少しだけ怖いから……」

 

 

 俯きながらも近づいてきた。

 顔を見れば少しだけ怯えていたけれど、それでも胸の辺りで手を握って言葉を告げた。

 

 

「少しずつ慣れていけるように…頑張るから」

 

 

 それがあの子の精一杯の回答だった。

 無理とは言わずに頑張ると言ったスピネル。前世の身体だったら頭を撫でていただろう回答を聞いて言葉を返した。

 

 

「そうだな。まあ困った事があったら言ってくれ。出来る事なら手伝うからさ」

「う、うん……その」

 

 

 中身が九歳なら全く人生を歩めていない。

 上手くサポート出来ればいいなと思いながらもスピネルを見ると、上手く言葉を紡げずに詰まっている。目を逸らしたまま小さな声でただ一言スピネルは呟いた。

 

 

 

「ありがとう……兄さん」

「──っ」

 

 

 家族である事に変わりはない。

 まだ恐怖があって、家族としての距離感は不可能だとしても、それでも僕の事を兄さんと呼んでくれた。前世では兄妹なんていなくて家族が良かった訳でもなかったが、そう呼ばれてほんの少しだけ胸が温かくなった気がした。

 

 

 ★★★★★

 

 

 最初話した時は、なんか緊張した。

 ミヤコさんのお話からそんな話は嘘と思い込んでたけれど、その夜にスピネルが悪夢を見て泣いていたのを見て、その話が本当である事を悟った。苦しそうにしながら「ごめんなさい」と何度も呟くスピネルが見てられなくて私は背中を摩った。

 

 次の日はママが仕事に出掛けていて、ミヤコさんは少しだけ外に出て行くとすぐに帰ってきた。「ありがとう」とスピネルはミヤコさんに御礼の言葉を言い受け取ったのは三つの糸玉だった。

 

 ミヤコさんがミルクの準備している中、スピネルは毛玉を解いては小さなハサミで伸ばした糸を長さを揃えて切っている。何をしているんだろうと、話しかけようとしたのだが妙に緊張した。何を言おうか言葉が詰まると、スピネルがこちらに視線を向けた。

 

 

「……どうしたの?」

 

 

 スピネルから話しかけられた。

 私達に怯えてたから赤ん坊のフリし続けてたけど知ってるんだよね。前世があるのは知ってるから隠さずに聞いてみた。

 

 

「え、えっと…その、何してるんだろうなって」

「ミサンガ作り」

 

 

 端的に答えられた。

 どうしてミサンガを作りたいと思ったのか。ミヤコさんに唐突に頼んでいたのだって少し気になった。ちょっとした我儘かもしれないけど、スピネルが頼んだ理由を知りたかった。

 

 

「忘れたくなかったから」

「えっ?」

「前世のお祖母ちゃんの事を……」

 

 

 前世の祖母。

 確かその人が虐待する母親の所に住む前にスピネルと一緒に住んでた人だっけ。ミサンガとどう繋がるのかわからないけど。

 

 ミサンガを編みながら、スピネルは私に尋ねてきた。

 

 

「ルビーは前世で大切な人がいた?」

「いた。私病気で入院してたし、その時にお世話になったせんせかな」

「病気だったの?」

「退形成性星細胞腫って病気で……まあ脳の癌で十二歳で死んじゃったの」

 

 

 その言葉に少しだけスピネルが動揺した。

 大切な人はいた。せんせが居てくれた。今でも結婚したいって思えるくらいに好きで大切な人がいる。十六歳になったら結婚したいなぁ。

 

 

「私も……一人だけいたの。大切な人が」

 

 

 スピネルにとって大切な人がその祖母。 

 九歳、私より早く死んでしまったスピネルがきっと愛して信頼して家族だと思っていたのがその人らしい。手先器用にスピネルは糸を編んでいく。

 

 

「よくミサンガの作り方を教えてくれて……暇な時はいつも作ってたの」

 

 

 徐々に編まれて行くミサンガ。

 編み込まれたミサンガは綺麗で、赤と青と紫の明るい三色で素直にすごいなと思った。動きに淀みがないし。

 

 

「時間が経つとね、忘れちゃうの。忘れたくなかったのに、優しかった声も思い出せなくなって……それが嫌だから、こうしてるの」

「それは……」

 

 

 確かにそれは嫌だ。

 私もせんせの声を忘れたくない。けれど記憶はいつかなくなっていく。永遠に覚え続けたい筈なものでさえ消えていってしまう事もある。楽しい事、苦しい事、色々経験したら頭の片隅にしまっていた大切な記憶が薄れて思い出せなくなる時はある。

 

 

「でもなんでこの色?もっとカラフルにしたほうが良くない?」

「青はアクアで、赤はルビー、紫はお母さんだから」

「えっ……」

「おまじないみたいなものだし、ミヤコさんに申し訳ないけどワガママを言ったの」

「安いワガママ……百均のだし」

 

 

 毛糸三つで単価三百円のワガママ。それワガママなの?

 

 

「と言うか、スピネルの色は?」

「紫に近いからお母さんと同じでいいよ」

「雑くない?もっと、こう好きな色を」

「ミヤコさんの茶色も入れた方がいいの?」

「や、他人の色じゃなくてスピネルの好きな色」

 

 

 ミヤコさんの茶色も好きかもしれないけど、スピネルの色が無い気がした。紫はママ、青はアクア、赤は私って分かるけど、スピネルも紫だから被る。自分の好きな色を入れたらいいのに。

 

 悩んだ末にスピネルは好きな色を答えた。

 

 

「……白、が好きかな」 

 

 

 まさかの無色。

 いやまあ白も確かに色だけれど……もっとこう可愛い色とか連想してた。

 

 

「白いお花とか好きだし」

「今度それをリクエストしたら?」

「……誕生日の時に頼んでみる」

「いや特別な日に頼むものでもないでしょ。それ」

 

 

 スピネルの歪さが理解できた気がした。

 きっと、スピネルは自虐的すぎるし、謙抑がすぎる。自分が生まれてきてよかったって思っていないのかもしれない。多分、それは私以上に。

 

 ワガママを言ってたかもしれないけれど、大したワガママでもなければ自分が好きな色を入れない。常に誰かの為を思って自分を殺してしまう。損な生き方しか知らない。

 

 

「……スピネルは少しワガママになってもいいんだよ」

「そう、かな……」

「少しくらいのワガママだったら、私が聞いてあげる」

 

 

 キョトン、とした様子でスピネルはミサンガを作る手を止めた。どうしたのかと思ったら、私の方を見て呟くように告げた。

 

 

「ありがとう、姉さん」

 

 

 その言葉の破壊力に一瞬放心した。

 いやまあ、お母さんにそっくりな幼女だよ?その子から姉さんって呼ばれるのって本当に心臓が高鳴った。小さな推しを見ているようで、むず痒いのにもう一度呼ばれたいって思っては私は笑ってスピネルに懇願する。

 

 

「っ…!今のもっかい!」

「え、えっと…姉さん?」

「うん!お姉ちゃんだから何でも聞いて!」

「……その、ミヤコさんそろそろ来るよ」

「スピネル、ミルク持ってきたわよ……ってどうしたの?」

「ばぶぅ!」

 

 

 切り替え早く、私は赤子のフリをする。

 前言撤回、何でも聞くと言ったが今はダメだった。癪だけれど赤ん坊の方が色々と都合がいいし。寝転がってスピネルを見上げると、震えては少しだけ顔がニヤけていた。

 

 

 

「っふ……あはは……!」

 

 

 

 私とミヤコさんは目を見開いて固まった。 

 スピネルが笑った。無表情でいつも暗そうな表情をするスピネルの笑顔はまるで、推しの小さい頃を連想させるような魅力がそこにあった。

 

 ああ、綺麗に笑えるじゃん……スピネル。

 

 

 ★★★★★

 

 

「………マジかよ」

 

 

 アクアは絶句していた。

 会話を密かに聞いていたのだが、ルビーの中身が前世の患者であることを知ってしまった。退形成性星細胞腫、十二歳で亡くなった子供と言えばアクアが知る限りは一人だけだ。

 

 

「さりなちゃん…君も生まれ変わったんだね」

 

 

 最後まで寄り添った大切な子供。

 それがアイの子となって転生したのだ。まさか宮崎で死んだ三人がアイの子供として生まれ変わるなんて偶然なのか必然だったのか困惑していた。

 

 自分が雨宮吾郎である事を明かすか、一瞬考えた。

 

 

「(いや……やめとこう)」

 

 

 でも、それはやめた。

 自分の死亡報道はされていない。雨宮吾郎は死んだという事をさりなは知らない。自分が雨宮吾郎とバラしてしまえば、きっとどうして死んでしまったのか聞かれる。殺されたと言ったら、犯人を探し凶行に至る可能性だってある。

 

 もしも、雨宮吾郎の死体が見つかってしまったその時には真実を告げようって思った。

 

 今はただ、守るものが増えた事の嬉しさに浸ろう。

 

 

 ★★★★★

 

 

 忙しくて鬱になりそう。

 大丈夫ってスピネルに言ったが結局の所、ストレスは溜まっていく。スピネルが本当の事を話してくれた反面、気を遣う事が増えた気がする。本人は気にしなさそうに今まで通りでいいって言ってたけど。結局の所問題の解決にはならないし、壱護達だって忙しいから仕方ないけれど。

 

 テーブルにパソコン置いて仕事していると、スピネルがズボンを軽く引っ張ってきた。目線が合わないから気付かなかった。

 

 

「ミヤコさん」

「ん?どうしたのスピネル」

「これ、ミヤコさんに」

 

 

 渡されたのは三色の糸で束ねたミサンガ。

 意外と綺麗に編み込まれてる。毛玉を買ってほしいって言われた時は何を作るつもりなのか気になったけど。

 

 

「私に……?」

「うん。ミヤコさんが買ってくれたし、それにいつも頑張ってくれてるから私からの贈り物」

「いいの?アイさんじゃなくて、私で」

「ミヤコさんだからいいの。それに…お母さんには私の事伝えられないから渡せないし」

「ああ……」

 

 

 確かにそうね。

 普通は赤ん坊がミサンガなんて作れる訳ないわね。スピネルが作ったなんていったらそれこそ中身を疑われる。左手を出してって言われて私は左手を出すとスピネルがミサンガを結んでいた。

 

 そして結び終えると左手を握って額に手を当てていた。

 

 

「いつもありがとね。ミヤコさん」

 

 

 この子は本当に……

 

 

「……ちょっと抱きしめていいかしら」

「私を?いいけど」

 

 

 心が痛くなるくらい優しい子。

 もしも、もしも私と壱護との子供がスピネルだったなら良かったって思えてしまうくらいに、愛おしくなってしまいそうだった。

 

 優しく抱きしめては暫く思考を投げ出した。

 これから何があったとしても頑張れる気がする。

 

 

 ★

 

 

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 スピネルが刺されて一週間が経った。

 壱護が色々とカバーしてくれて、アイ達は新居に引っ越したり、延期の発表なり動いていた。私も気持ちを押し殺して仕事に励んでいたけど、それも限界が来た。

 

 度数の高いお酒を飲んで、気分を晴らそうとしても全然晴れない。酔えもしない。いつもなら酔えたはずなのに、眠るスピネルの顔がフラッシュバックして脳裏から消えない。

 

 

「ミヤコ、飲み過ぎだ」

「……飲まなきゃやってられないわよ。全然酔えないし」

 

 

 本当に酔えない。

 嫌な事を忘れたいって思っていたのに全く酔う事が出来ない。身体は熱くなるのに、頭は冷めたままでいっそ酒に溺れて意識を飛ばしたいとさえ思った。

 

 

「あの子が何したっていうの…?…何にも悪いことなんてしてないのに」

「落ち着け」

「落ち着ける訳ないでしょう!!!」

 

 

 テーブルを強く叩いて叫んだ。

 スピネルが刺されて、もしかしたら二度と目覚めないかもしれないと言われて、落ち着ける訳がない。出血多量による脳のダメージ。一命を取り留めたが、その後が分からないと告げられた。

 

 

「貴方はアイじゃなくて良かったって思ってるかもしれないけど、私にとってあの子は……!!」

「アイじゃなくてよかったと思ったことは否定しねえ。が、だからと言ってスピネルが刺された事を喜ぶ訳ねえだろうが!!」

「っ……」

「子供が代わりに刺されてよかったなんて死んでも言えるかよ……少し落ち着け。俺だって酒に溺れて解決するならそうしてる」

 

 

 心ない言葉をを八つ当たりで壱護に叫んだ。

 壱護だってそう思ってる事は知ってるのに。アレからずっと頑張ってる壱護に酷い事を言った。気にすんな、と言いながら水の入ったグラスを渡された。それを一気に飲み干しては心の中の思いをぶち撒けた。

 

 

「家族、みたいな子だったの……アイさんの子供なのに」

「ああ……」

「ずっと不器用だけど、それでも私に気を遣ってくれる、優しい子なの」

「分かってる。いつも苦労をかけて申し訳ねぇとずっと思ってた」

「ねえ…なんで……」

  

 

 涙が落ちた。視界がぼやけて歪み始めた。

 瞼を閉じれば笑っていたスピネルが容易に思い出せる。現実を否定したくて、このまま夢に堕ちたかったのに、何も変えられない現状が自分を夢から引き上げるようだった。

 

 

 

「世界はこんなにあの子に厳しいの……?」

 

 

 

 あの子が一体何をしたのだろうか。  

 生まれてこなければ、と自分を押し殺してしまうような優しい子が。今度こそ幸せになれると思っていたのに。少しずつ、笑えるようになって家族としての距離になって、あの子が望んだ幸せが待っていた筈なのに……

 

 

 

「あの子が幸せになっちゃいけないの……?」

 

 

 

 左手首に付けていたミサンガを握り締めてただ泣いた。こんなのあんまりだ。何も報われない。ずっと一人の時間を強いて、それでも献身的に出来る限り支えてくれようとしてたあの子に、世界はどうしてこんなにも厳しいのか。

 

 

「俺はアイを止める。今のアイツじゃ復讐に走りかねないしな」

 

 

 それに、まだ終わっていない。

 自殺したストーカーは間違いなくアイさんを狙っていた。協力者が居る。引っ越したばかりのあの住所を知れる人間が居る。それも恐らくアイさんとかなり関わりの深い人間。   

 

 この事件を機に、アイさんの心がいつ暴走するか分からない。

 

 

「お前はスピネルを見てやれ。仕事量を出来る限り減らすから、あの子の為に動いてやれ」

「……でも」

「今更こんな事言うのは間違ってるかもしれねえが」

 

 

 壱護は辛そうな瞳でいう。

 スピネルと壱護の関わりはそこまで大きくはないけれど、それでもきっと思う所はあったんだと思う。中身があるからって、いつも一人にしてしまう状況を作っていた。アイさんはアイドルだ。売れる為には仕方のない事かもしれないけれど、それでもスピネルは何も文句を言わずに、いつも帰る時に玄関に見送ってくれてたから。

 

 今の私はどんな顔してるのだろう。きっと酷い顔をしてるんだろうなって、壱護を見て分かってしまう。それでも彼は必死になって動いていた。

 

 

「今は俺に任せとけ」

 

 

 頭に置かれたその大きな手に寄りかかった。

 こんな状況になっても、自分の夢を諦めていない馬鹿な人が言った言葉。今まで苦労を押し付けてきたくせに何様だという言葉も出せず、その手を振り払えずにただ甘えてしまっていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 カチカチと時計の針が進む音が聞こえた。

 ルビーが寝静まった後、アイとアクアはソファーに座っていた。アイは精神科に通い始めた。PTSD、心的外傷によるフラッシュバックが続き、包丁を見るだけで手が震えるらしい。ドームが終わったあとは、半年間はカウンセリングを受けてその後に復帰する予定だ。壱護もそれは了承している。

 

 

「……大丈夫か?」

「うん……少しだけ落ち着けた。スピネルが生きててくれたから、ちょっとだけだけど」

「そうか……」

「アクアは?」

「少しだけまだ辛いけど、大丈夫」

 

 

 アクアはトラウマとまでは行かなかったがそれでも表情は暗い。感情的になれたならまだ良かったかもしれないが、スピネルが刺されて冷静になっている自分と、なんで救えなかったと言う過去の自分が争っている。二度も同じ存在が死に瀕しているのだ。あの時の後悔が今となってまた現れた事に心は動揺し、冷静になりきれていなかった。

 

 トラウマの改善もそうだが、アイにとっては聞きたかった事が多くあった。目の前のアクアがあの時に言い放った言葉をアイは忘れていなかった。

 

 

「アクアはさ……スピネルと同じ?」

「……ああ、ルビーもな。隠しててごめん」

「いいの。それはいい……でも、だから聞きたい」

 

 

 隠す事はもう出来ない。

 確信を持った瞳でアクアに尋ねた。

 

 

「アクア……いや、()()()()()()。センセがどうして死んじゃったのか」

 

 

 それを聞かれてもアクアは驚かなかった。

 あの時、アクアもまた冷静ではなかった。だからボロを出してしまった。神妙な顔をしたまま、アクアとしての仮面を外して雨宮吾郎の口調に戻した。そもそもスピネルという前例がある時点で察しはついてたのかもしれない。

 

 

「……やっぱ、バレてたのか」

「スピネルの処置をしてくれた時、約束って言ってたから。多分だけど前世のスピネルとも面識があったんでしょ?ルビーも」

「その根拠は?」

「母親の勘」

「……敵わないな君には」

 

 

 アクアは、雨宮吾郎は全てを話した。

 出産前にストーカーに殺された事、そしてルビーやスピネルとの関係、赤子に生まれ変わった原因の推測も。全員が宮崎県、そして家族に対する愛を持っていなかった事が原因なのか、分かる範囲である程度の推測だけ話した。それが肯定ないし否定できる根拠はないが。

 

 

「僕も聞きたい。アイは誰かに住所を話した?」

「うん……父親が居た方がいいかなって、勝手に思ってて。スピネルには特に必要だと思ったの。あの男に一番似てたから」

「だとしたらやっぱり協力者は……」

「カミキヒカル。それが三人のお父さんの名前」

 

 

 真犯人の名前。そして三人の父親。

 アイはスピネルやルビー達の為を思って父親が必要だと思っていたが、それは最悪の形で返ってきた。まさかストーカーに情報を流して襲わせるという残虐な形、しかも身内の犯行。スピネルが聞けば絶望しかねない。

 

 

「アイ、間違っても復讐しようとか考えるなよ」

「なんで?私は許せないよ、あんな男が生きててほしくない。絶対にあの男を殺す」

 

 

 真っ黒に染まったその星の輝きは復讐の事しか考えていなかった。大事な子の命が奪われかけたのだ。やっと愛してると言えて、やっと家族になれた矢先にこんな事をしでかした存在を一秒でも早く抹殺したいほどにアイは怒りを内に秘めていた。危うさを感じたアクアは酷なことを口にした。

 

 

「──スピネルはどうするんだ」

「っ……!」

「スピネルの前世、母親から虐待受けてたの知ってるんだろ。それを知った上でアイまでスピネルを置いていくのか?」

 

 

 スピネルが目を覚ました時に、母親が居ないなんて事があればきっと今度こそ壊れてしまうだろう。嘘吐きであっても、子供の前で嘘だけは吐きたくない。スピネルから離れてまでそんな事をしたら、漸く家族になれたその絆すら嘘になってしまうから。

 

 

「じゃあアクアは許せるの!?ストーカーを差し向けたあの男を、アクアは野放しにしたままで許せるの!?」

「許せる訳ないだろうが!!」

 

 

 激昂するアイにアクアは叫び返した。

 心の底から犯人を憎んでいるし、自分も憎んでいる。殺したい気持ちは痛いほど理解できるけれど、スピネルを置いていけない。家族になるというのは背負わなきゃいけない事が多過ぎるから。それでも不器用ながらその形を大切にしようとしていたスピネルの想いを無視して無責任な事は出来ない。

 

 

「俺だって、許したくねえよ……」

「……ごめん」

「いいよ。僕も言い方が悪かった、ごめん」

 

 

 冷静になり、謝罪し合う二人。

 叫び続けてもルビーが起きてしまうし、何より色々とあり過ぎて心が疲弊している。ストーカーの事件、スピネルの瀕死、アイの心的外傷に引っ越し。まるで時間が加速したかのようで、物事が立て続けに負担を強いていた。

 

 

「今できる事はその男の情報を集めて警戒する事。相手はいきなり殺そうとしてくるサイコパスだ。何らかの殺害理由を持ってる筈だから、いつかまたやってくる可能性は少なくない」

「……カミキ君はまだ19歳だから逮捕出来ない」

「少年法か……って、ちょ、マジっ??」

「本当」

 

 

 闇深いとは思っていたが真っ暗だった。

 アクアはショックを隠せず深く俯き溜め息を吐いた。

 

 

「てことは中学生かよ……相手」

「ま、まああの頃は私もカミキ君も厨二病みたいなものだったし……色々と境遇から愛に飢えてたし……」

 

 

 どんな境遇だよ、と言いたかったが愛に飢えているのは知っていた。嘘はとびきりの愛と告げていた彼女にとって、嘘偽りない愛が欲しいからアイドルをやっていたというのもある。まあ、それでやっている事は未成年淫行でドロドロで真っ暗な闇の深い話だが。

 

 

「とにかく今は駄目だ。いつか殺すにしてもスピネルが目を覚ました時にアイが居ない状況になったら、それこそ酷な話だ」

「分かってる…けど」

「俺に考えがある」

 

 

 カミキヒカルを殺す事はできない。

 それはスピネルやルビーが居る中では禁じ手だ。復讐して、世間に明るみに出てしまえば一番傷付くのはスピネルだ。それにまだアクアもルビーも中身があるとは言え子供だ。二人を捨ててまでその凶行の選択は出来ない。それはアイも分かっている。

 

 

「でもそれは、アイが売れて有名にならなきゃいけないし、今はまだ実行出来ない」

「どんな方法?」

「僕らの存在をバラす」

「!」

「それをもって、カミキヒカルの罪を世間に広める事」

 

 

 三つ子の存在をバラす事。

 それが手っ取り早くカミキヒカルに対して罪を認めさせる唯一の方法だろう。世間に対して盛大なタイミングでそれを明るみにし、責任問題を明るみにさせる。

 

 

「けど、今は駄目だ。今から売れるアイじゃまだこの手段を取れない」

「そう、だね」

「アイドルを引退して、女優になってから売れ続けて、僕達がある程度自立出来るタイミングでそれを行う。プライバシーの侵害は問われるかもしれないけど、上手くいけば世間がカミキヒカルを許さない。証拠を集めて言い逃れができないようにしなきゃいけないからまだ無理だけど」

 

 

 アイという存在が最も輝いて注目を集めなくては世間へのリークは中途半端に終わる。それにタイミング的に考えても、アイドルであるアイにはその手は悪手過ぎる。ファンを裏切り、子供を作っていたなんて今知られたら世間からのバッシングは全てアイに向く。それでは問題が多過ぎる。

 

 

「復讐の為、あとはスピネルの治療費の為にも売れていく事。難しい話だけど、出来る?」

「うん。任せて」

「僕も協力するから」

 

 

 役者になる事ならば子供からでもできる。

 そのアテが無いわけではない。今必要なのはそれを実行する為の肩書き。スピネルがいつ目を覚ますのか分からない以上、復讐に走るアイに殺しだけは実行させない事。それがアクアが今できる事だった。

 

 

「ありがと、アクア……ゴローせんせ」

「アクアでいいよ。あと、雨宮吾郎が死んだ事はルビーには話さないでくれ。あの子は色々と懐いていたから、殺されたなんて聞いたらあの子も復讐に走りかねないし」

「分かった。これからまたよろしくね、アクア」

「こちらこそよろしく、アイ」

 

 

 二人は手を握ってその計画を始めた。

 アクアはアイの復讐の共犯者となった。

 

 ただ、アイの歪んでしまった思い。

 それに呼応するかのようにアクアの瞳に受け継がれた星が黒く輝いていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 それから九年が経った。

 アイはアイドルを引退し、女優業でもその破格のセンスでいくつもドラマや映画に出演し、タレントとしてもレギュラー番組を獲得していた。 そしてアクアも五反田監督に弟子入りし、更には劇団ララライに所属して演技力を磨き始めた。

 

 演じる事を復讐とした二人はある意味吹っ切った感情のまま実力を誇示しては世間の注目を集めていく。ただ、かつての家族の暖かさが失われてしまった気がしていた。

 

 

「スピネル、来たよ」

 

 

 中学校の制服を着たルビーがお見舞いに来た。

 病室のドアを開けて、買ってきた花を花瓶に入れて、スピネルの手を優しく握る。

 

 

「どう?私も中学生になって制服デビュー、前世よりも生きられるようになってこれから楽しみなの。ママから色々とレッスンを受けててさ、アイドルになる夢をしっかり目指してるの」

 

 

 前世では12歳までしか生きられなかったルビーの人生。病気の心配もなく、これからアイドルを目指すという夢を叶えられる。ルビーはこれからが楽しみで仕方がなかった。

 

 けど、唯一思うところがあるとするなら……

 

 

「……スピネルも一緒だったら良かったなぁ」

 

 

 一緒に中学校の制服を着て写真を撮りたかった。

 中学生になれば勉強もスポーツも様々な事を経験出来る機会が増えて、友達も出来る機会もまた増えて、少しだけ小学生の時より自由に生きられる。

 

 一緒に学校に行って、今日はどんな事をしたのかを夕飯の団欒で語り合っては笑って一日を振り返るようなそんな光景が目に浮かぶ。そうあってほしかった自分の願望が涙となって溢れた。

 

 そうなれたらよかったのに、そうなれなかった。

 失われた時間は重く、今でも失われ続けているスピネルの時間。それが重くて、今でも心が痛い。

 

 

「ねぇ……スピネル、お姉ちゃんは待ってるんだから」

 

 

 少しだけその手を強く握った。

 スピネルに反応はなかった。頰は痩せこけて、身体は細くなって紫の髪は伸びていく。手を握っても瞳を閉じて眠り続けては何も反応しない。九年という長い年月、スピネルは未だ目を覚さない。

 

 

「ずっと待ってるから、ママもお兄ちゃんも」

 

 

 祈るように、ルビーはスピネルの手を自分の額に当てた。

 

 

 

「だから起きて……」

 

 

 

 ルビーは願い続ける。

 スピネルがもう一度目を覚ます事を神様に祈るように、スピネルが目を覚まし、歪んでしまった家族の形が戻る事をただ祈り続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 十年が経った。

 

 スピネルは未だ目覚めない。

 生きた前世よりも長い時間眠りについている。このまま目覚めないならばいっそ、人工呼吸器を外して楽にして上げた方がいいのかもしれないと医師たちは言った。

 

 アイも、アクアも限界だった。

 十年という長い時間から、どうしてもその言葉を否定出来ずにいた。復讐に燃やした心もいつかは燃え尽きてしまう。ずっとスピネルの為にと頑張り続けていた意味を失ったらそれこそ壊れてしまいそうだった。

 

 

 

 心が限界だった。

 スピネルがこのまま死ぬまで目覚めないのであればいっそ、と考えてしまう自分に嫌悪しては、死なせたくない気持ちに涙を溢した。心が磨耗して、壊れていく。そんな様子をルビーも見ては目を背けたかった。

 

 家族に渡されたその選択がとても重かった。

 スピネルを楽にさせるか、このまま目覚める見込みがないまま生かすか。とても酷な選択を告げられた。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 

 スピネルの病室に一人の男が入った。

 白百合の花束を抱え、眠っているスピネルを見下ろしては花瓶に白百合を据える。風を入れ替えようとカーテンを開いては窓を開けた。木漏れ日の光が彼女の頰をくすぐり、風が吹いては白百合の花が揺れた。

 

 意識はない。ずっと目覚めない眠り姫。

 窓の外から風の音、病院の外で遊ぶ子供達の声、木々のざわめき。

 

 そして──

 

 

 

 

「──────」

 

 

 

 

 

 カラスの鳴き声が聞こえた気がした。

 

 

 





 次回、完結です。
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