傷だらけ少女が笑えるまで   作:曇らせのキャスター

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 白くて無垢な殺人鬼


white killer

 

 

 雨が降っているような音が聞こえた。

 ふわりふわりと浮かんでいるような感覚だった。

 空が下にあって天には街が広がっているように見えた。

 

 世界が広くて狭く感じるような変な感覚、見渡す世界がとても美しくて満天の星空が街を覆う。海はさざめき、森は風に吹かれてざわざわと動くようで、暖かくも寒くもない心地のいい世界。そんな摩訶不思議な世界を歩いていた。

 

 此処はどこだろう、といつも問うのに。  

 このまま知らないままでいいと思って忘れてはその問いを繰り返す。

 

 自分が誰なのかも、自分がどうして此処にいるのかもどうでもいい。此処は楽しい。此処は辛くない。此処はきっと理想の場所だ。それで納得しては世界を歩く。

 

 スキップすれば花が咲き、歌を歌えば小鳥が寄り添う。手を叩けばなんでも出てきて、ジャンプすれば何処までだって飛んでいける。

 

 不満はない。何もない。

 

 何も……ない筈なのに。

 

 

 

「───思い出したい?」

 

 

 カラスの鳴き声が聞こえた。

 暗転する。暗く昏く塗り潰される。世界が黒く染まる中で、少女は一人そこに存在していた。カラスを引き連れて不気味に笑う一人の女の子がそこに居た。

 

 

「このまま忘れた方が幸せなのかもしれないのに」

 

 

 心に突き刺さるその言葉に何も答えを返せない。

 そんな事ない、って言えたらよかった。けれど反論できなかった。きっと辛いから忘れたいって思っていた。痛みもなければ、苦しむことももう此処では無いって分かってしまうから。

 

 

「誰にも関わらず、誰にも邪魔されず、誰にも傷付けられない世界。世界が貴女の思うがままのようでしょ?」

 

 

 きっと望んだ。

 そんな世界で生きたいって望んでいたから此処にいる。生きたいと思えなかったから、生きている実感のない世界に居続けている。

 

 

「此処を捨ててでも、思い出したいって思える?」

 

 

 少女は告げた言葉は否定はできなかった。

 この場所にいたいって思えるから、捨ててでも苦しい思いをするのなら此処でずっと居ても構わないって思ってた。

 

 けど……悩んでるのはきっと……

 

 

「忘れたくなかったんだ……」

 

 

 ずっと離れない、忘れていても消えない想い。

 忘れてはいけなかった大切な記憶があったから。思い出そうとせずに此処に居ればよかったのかもしれない。思い出す事が辛くなったらやめてしまって踏み出せないのに、思い出したいと固執しているのは……

 

 

「大切な人がいた気がしたんだ……この世界よりも大切な居場所が」

 

 

 此処は望んだような世界だ。 

 夢の中でずっと描いていたような世界、これ以上の場所なんて多分見つからないかもしれない。もう二度とこの世界に足を踏み入れる事が出来なくなっても。

 

 

スピネル…愛してる

 

 

 ずっと突き刺さる掠れた思い出。

 忘れたくなくて、でも思い出せば思い出そうとするほどに苦しくて、頭が痛くなる。苦しくて苦しくて諦めようとすればいい筈なのに、心が痛くて痛いより辛い。

 

 だから……

 

 

「思い出したい。私の居場所に帰りたい」

 

 

 帰りたい。

 自分が誰なのかを知りたい。望んだ世界を手放してでも、この想いを捨てたくないから。

 

 

「世界は厳しいよ?貴女に優しくない」

「知ってる」

 

 

 優しくないから、こんな現実逃避の理想の世界が生まれた。頼ることが何処か怖くて、誰にも頼れなかったからこの世界には人が居ない。世界が優しくなかったとしても、欲しいものはきっとそこにあるから。

 

 

「だから助け合うの。私がいつか助けられるように」

 

 

 背中を押してくれた人がいた気がした。

 助けてくれた優しい人がいた気がした。いつか、その人のようになりたいって思えるような人生がきっとあったから、覚悟はもう出来ていた。

 

 目の前の少女は瞳を合わせては──笑った。

 

 

「スピネルの言葉の意味は知ってる?」

「えっ?えっと、色によって違うんだよね……」

「白石、そしてスピネル。貴女らしいわね」

「いや、あの勝手に納得しないで……?」

 

 

 アクアマリンは聡明と幸福。ルビーは勝利と情熱。

 そしてスピネルには色ごとに複数の意味があるが、白石、そしてスピネルと合わせたその宝石は……

 

 

「ホワイトスピネルの意味は──純真」

 

 

 無垢、透明な輝きという意味を持つ。

 復讐の心にも染まらず、白いままで穢されない無垢な心、母の愛を手に入れて輝く白い星。

 

 

「案外、貴女にピッタリな名前だったのかもね」

 

 

 少女は指を鳴らすと身体が沈んだ。

 冷たい水の中に沈んでいくようだった。苦しくて、もがいていても光が見えない海の中にいるようだった。息が続かずに口元を抑えた。助けて、と叫ぶ声は何処にも届かない。意識が遠ざかっていく。

 

 ただ、水の中に沈んでいるのに不思議にも。

 

 白百合の花の匂いがした気がした。

 

 

 

 ★★★★★★

 

 

 目が覚めた。

 重い瞼を開けると眩しい世界と掠れた天井が見えた。窓は開いていて、風が優しく頬を撫でる。身体が重くて、声が出ない。ゆっくりと力が入らない首を横に回すと、誰かが居た。

 

 

「………ぁ…」

 

 

 掠れて見えないが、金色の髪で白百合の花束を持っていた。一瞬驚いた様子で軽く額を撫でてきた。

 

 

「目が覚めたんですね」

 

 

 その人はベッドの近くにあった赤いボタンを押した。

 それを押すと、男の人は部屋から出ていく。まだ視界が掠れてよく見えないが、誰かに似ているような気がした。

 

 

「ナースコール押しておきました。あとはお医者さんが診てくれますから安心してください」

 

 

 そう言ってこの部屋から出て行った。

 看護婦さん達がやってきた頃には白百合の花を花瓶にだけ差して颯爽と居なくなった名前も知らない誰かが少しだけおかしくて内心少しだけ笑った。

 

 何故か、懐かしいような感覚があった。  

 どんな時に感じたかは、忘れてしまったけど。

 

 

 ★★★★★

 

 

 私はスピネルのお見舞いに来ていた。

 アイは仕事、アクアやルビーは学校、壱護はアイの付き添い。仕事を終わらせてはスピネルのお見舞いに足を運んだ。もうあれから十年が経つ。スピネルが刺されて、眠っている時間は無情にもそれだけ時間が経っている。

 

 スピネルのお見舞いには二週に一回は必ず来ている。

 アイも、アクアもルビーもスピネルの手を握っては何も言わない。早く目が覚めてほしいとは思っているが、スピネルは何も答えてくれない。ストーカーが死んで、原因である男との因縁、アクアは復讐に走ろうとしているし、アイに関してもその男を殺したいと思い瞳の星は黒く染まる。ルビーだけはまだ辛うじてマシってだけだけれど。

 

 壱護や私では止める事の出来ない殺意や憎悪。

 きっと止められるのはスピネルなのだろうけれど、眠り姫は目覚めない。王子様のキスがあれば目が覚めるのかとくだらない妄想をしていると、スピネルの病室が妙に慌ただしい事に気づいた。

 

 何かあったのか、私は走った。

 スピネルが本当に死んでしまったらと思うと怖くて病室に入った。

 

 

「…………えっ?」

 

 

 そして視界に入った光景に目を疑った。

 持っていた鞄が床に落ちた。高い鞄だったが、そんな事を気にする余裕もなかった。

 

 

「スピ…ネル……?」

 

 

 痩せこけて、細い腕で、眠り続けていたスピネルが目を開けていた。そして此方に気付くと、少しだけ目を見開いてふわりと笑った。

 

 

「う、そ………」

 

 

 気が付けば涙が流れていた。

 ふらふらと、スピネルの元に近づいて差し出した手をキュッと握られた。力が全く入ってなくて握られた感覚はなかったけれど、温かくて小さな鼓動が伝わってきた。

 

 

「あ、ああ……よかった、目が覚めて……!!」

 

 

 よかった、本当に良かった。

 この子が漸く起きて、笑った事に私は泣き続けていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 なんと十年も眠っていた。

 実感すると浦島太郎のような感覚だった。寝ていた感覚はあるけれど身体の節々は力が入らず、髪は伸びている。成長は少ししているけれど全く伸びなかったからか、全然大きくなった気がしない。寝る子は育つ筈なのに。

 

 喋れないからとりあえずミヤコさんから渡されたスマホの画面をゆっくりと操作して、会話していた。

 

 

『お母さんや兄さんや姉さんは?』

「今連絡したわ。アイは今日来れないかもしれないけど、アクア達は早退してこっちに向かってる」

『サボっちゃダメだよ』

「今日くらい許すわよ」

 

 

 少しだけ不安があった。

 スピネルにとって十年はあっという間に過ぎた感覚だが、二人は今どうしているのか。きっと大きくなっているから美女美男に育っているのが目に見えていたが、あの事件からどう思っていたのか不安だった。十年となると二人は十四歳、中学生になっている。

 

 出来る事も増えて、きっとなんでも出来てしまうから少しだけ怖かったりする。

 

 

『ミヤコさん、私が寝てた間どうなったの?』

「アイはアイドルを引退して女優、アクアは監督の所に弟子入り、ルビーはアイにアイドルのレッスンを受けていて夢を追いかけてるわね」

『良かった。元気そうで』

 

 

 ミヤコはその言葉に俯いた。  

 膝に置いた手を握りしめて震えていた。

 

 

「元気なわけ、ないでしょ」

 

 

 怒っているのか、悲しんでいるのか。

 心の底から出た言葉は少しだけ冷たくて、八つ当たりのように押し込んだ言葉が溢れた。

 

 

「貴女が刺されてからずっとあの子達は暗くて、アイも時々トラウマになって、アクアもアイも貴女を刺した犯人の共犯者を殺したいって思ってて、でもルビーを置いて行けないから葛藤してて」

 

 

 星野家は壊れかけていた。

 繋ぎ止める思いがなければ犯人を殺していたかもしれない。それだけあの事件で起きた出来事は壮絶で、十年という失われた時間は大き過ぎた。目覚める事がないと思っていたスピネルを前にずっと絶望と憎悪を心に宿していた。

 

 

「貴女が居ないこの十年、ずっとみんな苦しんでた」

 

 

 止められない自分が苦しくて、無力だった。

 同じ気持ちを理解できるから、止められない。心の何処かではきっとそれを望んでいる。スピネルを追い詰めた存在を許したくないし、生きてほしいと思うほど聖人ではないから。

 

 

『ごめんね』

「……ごめんなさい。貴女のせいじゃないのに」

『それでも、ごめん。けどもう大丈夫』

 

 

 根拠はないけれど、大丈夫って言える気がした。

 

 

『私ね、やっとお母さんと家族になれたの』

 

 

 あの日の前の事の話をした。

 星野アイと家族になれた事、愛してるって嘘偽りない言葉をくれた事、そして望んでいた本当の気持ちを受け止めてくれた事。

 

 十年も目覚めなくて、失われたものは少なくないけれど、目を覚ましたこの時からそれを取り戻していきたいと思えるから。

 

 

『だからきっと上手くいく。笑ってられるようになれたのは、ミヤコさんが居てくれたからなんだ。だから私は家族になれた』

 

 

 もう、秘めた思いは隠さない。

 

 

『ずっと、支えてくれてありがとう』

 

 

 いつも支えてくれた優しくて、母親のようで、こんな大人になりたいって思える憧れの人。愛されてる事がわからなくて、ずっと欲しかったものを心の何処かで蓋をして、それでも求めていた。

 

 今ならわかる。

 貰った感情が、今思ってる気持ちの答えが。スピネルは優しく笑って、少しだけ照れた様子でミヤコの瞳を見つめた。その瞳には透明で白い星が浮かび上がっていた。

 

 

 

『──大好きだよミヤコさん』

 

 

 

 十年前に言えなかった言葉をスピネルは告げた。

 

 

「っ、本当に…泣かせないでよ馬鹿……!」

『あの日、本当は言いたかったから。十年も経っちゃったけど』

「…私も…大好きよスピネル……!」

 

 

 ベッドに伏せて涙を流すミヤコにスピネルは軽く頭を撫でた。いつも安心させる時に撫でてくれた優しい手。小さくて、細くて折れてしまいそうな手だけれど、今だけはそれを返すように今までの想いを乗せて撫でていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「よかったぁぁぁ!本当によかったよぉぉぉ!!」

「ルビー、ここ病院」

「お兄ちゃんだって泣き叫びたいくせに!」

 

 

 泣きながらスピネルを優しく抱きしめるルビーと、少しだけ表情を柔らかくし安堵している様子のアクア。スピネルが見上げなければいけないほどに大きくなったアクアを見て手元のスマホで文字を打ち始めた。

 

 

『二人とも大きいね。びっくりした』

「そりゃ十年経ったらな。スピネルは点滴とかで栄養が足りてないから成長してないが、アイくらいには伸びると思うぞ」

「大丈夫?その、身体とかは……」

 

 

 医者が言うには脳にダメージがあり、意識が戻らない状態のままだった。起きたとしてもなんらかの障害を抱える可能性はあったらしいが、今のところそれは見当たらない。麻痺もなければ、痛みももうない。お腹には刺された痕も十年も経てば薄くなっていた。

 

 

『もう痛くないよ。脳の検査とかもしたけど麻痺とかもないって』

「よかった……そこが不安だったしな」

「これから食事出来るの?」

「多分、重湯からスタートだろ。リハビリ込みでどれくらいで退院出来るんだ?」

『早くて三ヶ月。リハビリとかも込みで通院は必要だけれど』

 

 

 三ヶ月、地味に長い話だ。

 スピネルの身体は細く、強く握れば折れてしまいそうなくらいに痩せていて、成長も止まっている。筋力をつけるなら三ヶ月じゃ足りない。リハビリや食生活で落ちた筋力を取り戻すしかない。歩けるようになるのは時間がかかるだろう。

 

 

『少し体力が戻ったら、車椅子だけど外出許可をくれるらしいし大丈夫だよ』

「そっか…それならヨシ!」

「まあ焦らずゆっくり頑張れよ。待ってるから」

 

 

 優しくアクアがスピネルを撫でた。

 ただ気持ちよさそうに顔を緩ませると、ルビーがまた泣き出した。あの日から止まっていた時間がまた静かに動き出した事が嬉しくて、ルビーは泣きながらも笑っていた。

 

 

『声が戻ったらアクアとお母さんに話があるから。覚悟してね?』

「何の覚悟だよ……」

『前世の事とか、企んでる事とか色々』

「っ」

 

 

 アクアがミヤコに視線を向けた。

 そっと視線を逸らした。スピネルが知ったら絶対に止めるだろう復讐を話した事を恨めしく思うが、スピネルに見つめられたアクアは何も言えない。

 

 

『それはまた今度ね』

「……ああ」

「…? お兄ちゃん何企んでんの?」

「なんでもない。まあ、覚悟はしとくよ」

 

 

 スピネルは少しだけ悪戯っ子のように笑った。

 アクア、アイを絶対に止めるという決意を持ったスピネルの瞳には白く透明な輝きをした星が映し出されていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 三日後。

 地方ロケが終わり超特急で帰ってきた私は北海道から超特急でスピネルのいる病室の前にいた。スピネルを見に来たというのに病室の前で足が進まない。

 

 

「っ………」

 

 

 十年、途方もない時間が過ぎてスピネルを理由に復讐を考えていた私は今、上手く笑えているのだろうか。まだ私はスピネルを愛せているのだろうか。

 

 意を決して扉をノックする。

 聞こえてきたのは音声ソフトの声。はい、と返事が返される。心臓が高鳴る、手が僅かに震える。それでも私は覚悟を決めて扉を開いた。

 

 

「………ぁ……」

 

 

 スピネルは目を開けていた。

 ふわり、と優しく笑っていた。ずっと笑えなくて、ずっと一人でいて、それでもいつも支えてくれたあの子が目を開けて、笑ってくれている。それだけでもう限界だった。抑えられない涙が溢れて止まんない。

 

 

「────」

「あっ……」

 

 

 それを見たスピネルは力無いまま両手を広げた。

 おいで、と言っているようで泣きながら私はスピネルを抱き締めた。鼓動の音が聞こえる。温かくてもう眠っていない。スピネルはここにいる。もう、辛い気持ちは消えていた。

 

 

「あ、ああ……よがったぁ……よかったよぉ……!」

 

 

 ポンポンと背中を優しく撫でてきた。

 今までずっと、やってきた事が報われた。女優になって、必死に稼いで、復讐の為に有名になって、時には嘘をついてでもここまでやってきた。

 

 ただ、スピネルが居なくなるかもしれない事だけが怖くてずっとその恐怖に気を張っていた。居なくなったら耐えられないから、少しでも自分を護るために気を張り続けていた。もう、大丈夫だとスピネルは掠れた声で私に言った。

 

 

「大…好き……」

「私も、大好き……!愛してる!!」

「おそろい…だね……」

「うんっ!!」

 

 

 小さくて、あの頃のようにはまだ話せないけど。

 その言葉に私は救われた。もう居なくなる事を怖がらなくていい。今度はきっと離さないようにスピネルを抱えて泣き続けていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 アレから三ヶ月が経った。

 リハビリも順調に進み、長くは無理だけど歩けるようになった。痩せ細った顔もふっくらとして、声も元に戻り、身体の筋肉も元に戻って背が伸び始めた。三ヶ月で15センチも伸びた。これからまだ伸びていくらしい。

 

 リハビリの時に学校終わりに二人が見に来てくれたり、仕事がない日は変装しながらもお母さんが車椅子を押して病院の外に連れ出してくれたり、ミヤコさんにお見舞いで美味しい食べ物を貰ったりして、止まっていた時間はまた動き出した気がした。

 

 退院したら通信制の授業を受けるらしい。

 義務教育の小学校も中学校も通えないし、私は芸能人ではないし、高卒認定は取っておいた方がいいらしい。それに、私が芸能界に出たらそれこそ隠し子疑惑がバレる可能性が高いし。

 

 二人と同じ高校には行けずとも、ミヤコさんの仕事を教えてくれるから飽きさせてくれないだろうし。

 

 

「スピネルはやりたい事はあるの?」

「えっ?」

「いや、ほらアクアは役者でルビーはアイドルやりたいって言ってるし、スピネルはどんな事をやりたいの?」

 

 

 ミヤコさんが聞いてきた。

 やりたい事、私の夢は一体なんなのだろうか。前世はずっと必死だったし、未来の事を考える暇なんてなかった。生まれ変わっても私は家族が壊れるのを恐れて自分からやりたい事を探した事がない。

 

 アクアは役者、ルビーはアイドル。

 でも、私は……

 

 

「芸能界に出てみたい?」

「!」

「貴女が我慢して夢を諦めようとしてるならやめなさい。どんな答えであっても、貴女がやりたい事を聞きたいの」

 

 

 芸能界に関わるものを排除してきた。

 というより、目立つ夢をしたら隠し子だってバレてしまうから。今の家族の関係性を壊してでも行いたいと思えなかったから。

 

 

「私も聞きたいな。スピネルに私、お母さんとして何もしてあげられなかったから」

「そ、そんな事ない!」

「違うの。何かをやらせてあげたかったのに境遇が邪魔してさせてあげられなかったから」

 

 

 それは、仕方ない話なのに。

 それでもシュンとした様子のお母さんを見て少しだけ思った。きっと何か負い目を感じていたのだろう。私の容姿はお母さんの瓜二つと言っても過言ではない。違いは髪が長いか短いかくらいの話だ。

 

 でも、まだ隠し子である事はバレていない。

 十年も眠っていたのにこれ以上迷惑をかけたくない。そう思ってると、お母さんがそっと手を握ってきた。

 

 

「あのねスピネル。私やミヤコさんにとって、スピネルが成長する所をずっと見れなかったの。勉強して、やりたい事が増えて、いつか自分が一人でも生きていけるようになる。そんな過程を見るのがお母さんとしての幸せなの」

「っ、でも……」

「その過程で迷惑なんて幾らでもかけていい。むしろ、そんな事があったら助けてあげたいし、支えてあげたいの。頼りないかもしれないけど、私はスピネルがやりたい事を知りたいの」

 

 

 十年、お母さんはあの頃と変わらないけど、変わった。お母さんは母親らしくなった。本当はその時間を共有したかった。そうしたならどれだけ幸せだったのか。

 

 

「スピネルの夢は何?」

「私、の夢……」

 

 

 夢、なんて考えた事なかった。

 まだ夢と言える事、やりたい事を経験した訳じゃない。けど、憧れたものを形にしていいのなら、一つだけあった。

 

 

 

「……歌手になりたい。歌うのが、好きだったから」

 

 

 

 お母さんに少しだけ憧れてた。

 前世ではお婆さんの所でよく歌っていた。よく褒めてくれて頭を撫でてくれた。音楽の授業も好きだった。それに、ルビーやアクアに勧められて見せてもらったお母さんはキラキラしてて、それがどこか綺麗で目が離せなかったから。

 

 

「それにね。歌ってるお母さんは綺麗で、可愛くて憧れてたから……」

「っ」

「うん、いいと思うわ」

「ダメ…かな?」

「〜〜〜!スピネル大好き!!」

 

 

 また抱き締められた。

 少し涙を押し付けられて濡れた感触があったけれど、そこまで感動するものなのかな私の夢。不思議だ。そんな事思ってると、ミヤコさんが腕時計を見てお母さんを引き離した。

 

 

「そろそろ、仕事の時間よ」

「えー、もうちょっとだけ」

「ほら行くわよ。スピネルもそろそろ退院なんだからすぐ会えるわ」

「お母さん、ミヤコさんも頑張って」

「ちぇー。うん、行ってくるね」

「ありがとう、またねスピネル」

 

 

 二人が病室から離れていくと、私は手を振った。

 すると二人は笑って手を振り返してくれた。今は暖かくて、心がポカポカするようなそんな感覚が嬉しくて不思議と何でもできるような気がした。

 

 

 ★★★★★★

 

 

 散歩は気持ちいい。

 ある程度歩けるようになってから、風が気持ちよくて好きだ。木漏れ日の下でルビーが編んでくれたミサンガを眺めて少しだけ笑う。紫、赤、青、茶色、黄色、そして白の六色を使って作られたミサンガがどこか嬉しくて、目覚めてよかったって思えるから。

 

 ミサンガを左手首に結んで、スピネルは目を細めた。

 

 

「居るんでしょ、そこに」

 

 

 子供達が遊んでいる病院近くの公園。

 木陰に座りながら、僅かに見えた金色の髪を見逃さなかった。

 

 

「白い百合の花、飾ってくれたのは皮肉だったの?」

 

 

 そしてそれは恐らくお母さんを狙った人。

 アクアが見た時、花瓶に刺さっていた白百合の花を抜いて別の花を買ってきて飾ったくらいだ。スピネルが幼くても、協力者の存在は分かっていた。目を覚ましたあの日に見た金色の髪。近くの木々の後ろに身を隠している人が誰なのか。

 

 

「お母さんに言うつもりはないよ。話だけしたかったから、出てきてよ」

 

 

 あの日見た、あの感覚を思い出す。

 犯人であると分かっていながらそれでも彼女は呼びかけた。

 

 

 

「──お父さん」

 

 

 

 その言葉に漸く姿を現した。

 黒いジャケットを着て、顔は髪を伸ばしたアクアのようでその瞳は昏くて冷たい黒い星が浮かんでいた。怖気付く事もなく、その人を見るとスピネルは懐かしかった感覚の意味を漸く知った。

 

 

「初めまして、私はスピネル。貴方の名前は?」

「カミキヒカルと申します」

「固いよ。もっと砕けた口調で」

「癖なもので」

 

 

 座って、とスピネルが言うと隣の芝生に座る。

 改めて見ると整った顔立ちだなぁ、と素直に驚く。アクアが成長したらこんなイケメンさんになるのかとスピネルは少しだけ笑った。

 

 

「……どうして僕とお話ししたいと?」

「似てるって思ったから」

「似てる?」

「目が覚めた時に見たんだけどね、改めて見たら分かったの」

 

 

 懐かしい感覚。

 それはきっと過去の自分のような在り方である父を見つけてしまったから、危険だと分かっていてもスピネルは話をしてみたかった。

 

 きっと自分がどうして生まれてきたのか分からないような、そんな感情を持ち合わせていたから。

 

 

「お父さんはさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「────」

 

 

 僅かに目を見開いたのを見逃さなかった。

 何も答えないし、全く動揺もしていないけれど、きっとそれは感じていた事だとスピネルは確信し、質問を続けた。

 

 

「だから、お母さんを狙ったの?」

「さて、なんの話でしょう」

「……刺さって死にかけたの私なんだけど。殴っていい?」

「嫌ですよ。身に覚えがない」

 

 

 結果、刺されたのはスピネルなのだが。

 アイを狙ったその矢先でスピネルによって計画が僅かに狂った。アイは殺せず、スピネルは長い眠りについた。協力者で共犯者である事は間違いないだろう。

 

 

「お父さんはさ、自分の事どう思ってるの?」

「……自分に価値はない。だから価値が欲しくて僕は動いてる。アイさんが持っていたものは僕には手に入れられない唯一無二の物だから」

「ああ……()()()()()

 

 

 唯一無二の価値。

 それは確かにアイが持っているセンスや在り方、魅力は簡単に真似できるようなものではないし、真似した所で超えられない絶対的な価値がある。だから欲しいと求める気持ちは分かる。

 

 けど、欲しいと求める方法が違った。

 自分の側に置きたいという独占欲でもなければ、その価値を羨望するような在り方でもない。

 

 

「お父さんは奪った責任から愛を感じてるんだね」

「!」

 

 

 価値があるからこそ、台無しにしてしまった事でその責任から自分が生きている事を実感する。自分の罪を持って自己肯定するというとても歪な愛をもって生き続けている。愛がわからないから、そこに愛を見出す狂人だった。

 

 

「愛が分からないからそれしか出来ない。可哀想だね」

「……勝手に憐れまれても困ります」

「──決めた」

 

 

 スピネルは立ち上がり、父親である彼の瞳を見つめながら告げた。

 

 

 

──私が貴方を(ころ)してあげる

 

 

 

 そんな理由で母親を狙った事を許せない。

 けれど、この人をそのままにしておけない。奪われた十年はとても重くて、生きる筈だった幸福を奪われたまま。時間は戻らない。守れた事に悔いはないけれど、十年も寝続けた事は後悔はしている。

 

 

「私は貴方を許したくないから、(はな)してあげない」

 

「いつか貴方に殺されるとしても、簡単には殺されてあげない。私が貰って漸く分かった愛を貴方が知れるように。失った時に泣いて、嘆けるだけの想いを感じられるように」

 

「お父さんがいつか、自分を愛せるように。私が産まれてよかったと思えるような愛を、お母さんから貰えた想いが共有できるように、私はお父さんにあげる」

 

 

 それがスピネルの復讐。

 失う重みを理解して、命の価値を分からせる人生の否定。白く純真な想いのまま星は黒い星を照らして離さない。その言葉に神木ヒカルの頰には一筋の汗が流れ落ちた。今まで見た事のない不気味な存在に僅かに足が後退する。

 

 

「だから──そんなやり方で自己肯定なんてしないで」

 

 

 十年分の想いを込めて、真っ直ぐな殺意で告げた。

 

 

「私がお父さんを絶対(ころ)してあげる」

「やれるものならやってみろ。星野スピネル」

 

 

 黒い星が浮かんだ瞳で睨み付けるのに対して、スピネルは笑った。完璧で究極のアイドルであったアイのようにその瞳には白く透明な星が浮かんでいた。

 

 

 

「覚悟してよね。お父さん」

 

 

 

 その笑みは不敵に大胆と、愛を知ったスピネルの宣戦布告。それはいつか知ってほしいから。命の重みがなくたって、人は幸せになれる。愛なんてなくても家族である事に変わりはないのだから。

 

 近い境遇でありながら道を違えた目の前の人の手を引いて、いつか本当の意味でお父さんと呼べるその時まで、知った愛を分け与えてはただ想うだけ。いつか手を引くその手を握ってくれたのなら。

 

 それがスピネルの幸福論。

 

 これはいつか本当の意味で誰もが笑えるようになる為の物語。

 

 

 





 星野スピネル
 十年後、後遺症もなく目を覚まして家族に愛される。アイとアクアの復讐を止めて、退院後は勉強とボイストレーニングに励んでいるのと、ミヤコさんのお手伝い。その二年後に『spinel』というチャンネルを作っては歌を投稿し、ネットを騒がせる。心に染みるような歌詞と透明で綺麗な歌声で絶賛されて歌手の夢を果たす予定。アイもスピネルを溺愛していて、スピネルもまだ精神的に幼い部分があるので二十歳を越えても離れないかもしれない。ある意味ルビーよりマザコンかもしれない。神木ヒカルとはお母さん達と内緒でちょくちょく会っている。愛を教える為に側にいる事が多い。本人もそのせいか殺したいと思えないが、アイにバレたら絶対に曇る。
 
 家族愛を大事に、彼女は今日も生きている。

 
 星野アイ
 スピネルが目覚めてから溺愛している。十年分の愛を注いでいるらしいけど、風呂も一緒で寝る時も一緒なのは流石にミヤコが引いた。精神年齢は確かに低いけど、添い寝ならまだしも風呂も一緒なのはと言われてちょっと泣いた。暫く子離れが出来なさそう。カミキヒカルに関しての憎しみが強いけど、スピネルが目覚めてから復讐までは考えていない。そんな事よりもスピネルが居てくれて幸せだから。

 斉藤ミヤコ
 もう一人の母親。スピネルの境遇を最初に知っていたからこそ、目を覚ました時は泣いた。歌手になりたい夢を全力で応援しているし、この人になれるならどんな人と質問された時、スピネルは真っ先にミヤコさんと答える。スピネルにとっては女性として憧れの人らしく、それを聞いたミヤコはかつてないほどに頰が緩んだらしい。それを見たアイが嫉妬していた。

 カミキヒカル
 スピネルの居場所が分かって病室を覗いてみたら起きた。白百合の花の匂いでスピネルは目を覚ましたらしい。生粋の殺人者ではある考え方をスピネルによって矯正され、光堕ちさせられる予定。光堕ちのその先でスピネルを殺そうとしたら絶望して後を追う感じにまでは愛情を意識して殺される。この先の物語があるとするなら一番曇るのは彼。

 星野アクア
 復讐は灰になって燃え尽きた。スピネルが目覚めてアイが幸せならいいやという結論に辿り着き、犯人に対して警戒中。その犯人とスピネルが会っていると知ったら絶対に曇る。ただ、スピネルが帰ってきた後、ルビーもいる所で前世をバラされてロックオンされてしまうお兄ちゃん。スピネルが帰ってきて全力でお兄ちゃんを遂行する。

 星野ルビー
 スピネルにミサンガを作った。アイに似ている分と過保護からシスコンが加速する予定。アイと代わりながら一緒に寝る事が多いし、スピネルに様々な事を教えるしっかりとしたお姉ちゃんになるらしい。曇りが一番少ないのはこの子。

 斉藤壱護
 苺プロダクションから離れずに円満な様子。スピネルのお年玉が結構入れられているらしい。

 疫病神ちゃん
 魂が凧のように浮遊して飛び続けて帰ってこないのを見てちょっとだけ手を出した。愉快な二人の攻防戦を見守っている。


 これにて完結です。
 息抜き程度の曇らせになりましたがいかがだったでしょうか?番外編は未定ですが、よかったら感想、高評価をお願いいたします。感想と共に番外編の希望があればモチベ次第で書きたいと思います。

 ご愛読ありがとうございました。
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