傷だらけ少女が笑えるまで 作:曇らせのキャスター
ちょっとした番外編、絶望とのバランスって大切だろ?
【初めての友達】
スピネルは良く朝ごはんとお弁当を作る。
元々料理を作るのは好きだったらしく、前世の記憶から苦い思いはあれどやってきた事は染み付いている。身体も大きくなり、キッチンに立てるようになってからはみんなの朝ごはんやお弁当を作っている。
ルビーが寝坊した。お母さんは今日朝早くから仕事が入ってたし、アクアはルビーを置いて先に学校に向かっていた。起きたルビーは急いでご飯を食べている中、スピネルはルビーの寝癖を軽くブラシで整えていた。
「ごちそうさま!美味しかったよスピネル!」
「お粗末さま、時間大丈夫?」
「走れば大丈夫!もうお兄ちゃんが私を置いてかなければ……!」
「何度も起こしてたよ。姉さんも気を付けて」
「うん、いってくるね!」
食器をシンクに置くとルビーは鞄を持って学校まで走っていった。今日はミヤコも居ない為、家では一人。勉強し終わったら本でも読もうかなと思いながら食器を洗っていくと、スピネルはある事に気付いた。
「………あっ」
キッチンの横に置かれた弁当。
多分、ルビーが慌ててたから忘れていったようだ。今から行っても追いつけない。スピネルは少しだけため息をついた。
★★★★★
「あっ、あーーーー!!!!」
「うおっ!ど、どないしたんルビー?」
「お、お弁当忘れた……」
鞄の中を確認して漸く気づいたルビーは絶望から机に伏した。その様子を見ていた寿みなみと不知火フリルは少しだけ遠い目になった。この時間帯だと購買は混む上に、人気の商品はすぐに売り切れる。早い者勝ちな購買に入らないためにお弁当をよく作って持ってきている人が多い。ルビーもその一人だ。
「それは大変。購買この時間混んでるんだよね」
「デビットカードをよく使うから現金が……購買は確か使えないよね?」
「「うん」」
「そ、そんなぁ……育ち盛りには地獄過ぎるよぉ……!」
午前には体育の授業もあり空腹から腹が鳴る。
自販機の飲み物で誤魔化すにしても悲惨過ぎる。お弁当少し分けてあげようかと二人が思っていると、廊下が妙に騒がしい事に気付いた。
「えっと……芸能科一年。あった」
綺麗な美少女が私服で歩いていた。
通り過ぎたのを見て二度見するほどに顔立ちが整っていて、可愛いというより綺麗という言葉が似合う同年代くらいの女の子が教室の扉から顔を出した。
「姉さん」
「えっ」
ルビーは呆気に取られて絶句する。
そこに居たのは変装したスピネルだった。白髪のウィッグを被り、帽子を被って丸メガネをしていて、白いキャミワンピースと青いカーディガンを着た上品な格好のまま学校に来ていた。
「す、スピネル!?えっ、何で……!?」
「お弁当忘れてたから持ってきたんだけど」
「神!」
咽び泣きながら崇めて抱きしめた。
印象を隠す為にある程度の変装がないと外に出れない為、ウィッグと帽子と眼鏡はスピネルが外に出る時の必要アイテムだ。あまり事を起こしたくなかったが、変装した外見だけでも隠し切れない美人のオーラが出てしまう。そこはアイ譲りだった。
「えっと、ルビーの妹さん?」
「はい。星野スピネルです」
「ありがとぉ!午後の授業を空腹のままとか地獄だったし」
弁当を渡され、ルビーは喜んでいる。
用事も済んだので帰ろうとしたスピネルにルビーは首を傾げて尋ねてきた。鞄の中にはもう一つのお弁当が入っている。
「あれ、スピネルもお弁当持ってきてるの?」
「帰りの公園で食べようかなって、いい天気だし」
「せやったらせっかくやし、一緒に食べへん?」
「私も賛成」
寿みなみも不知火フリルも少し興味があるのか、スピネルを引き止めた。スピネルは友達が居ない。そもそも学校には行けず、外見から変装するしかなく、家庭の事情からルビーやアクアの友達を招くわけにもいかない為、友達という友達は一人もいない。そのせいか少しだけ戸惑っていた。ルビーは少し涙が出そうになった。
「えっと……姉さんはいいの?」
「全然いいよ」
「分かりました。じゃあ少しだけ」
「じゃあ外行こう!此処じゃアレだし」
★★★★★
校舎裏の階段にて、四人が弁当を広げて座る。
側から見たら絵になるようなモデルと女優とアイドル志望、通り過ぎる生徒達が二度見する程な光景だ。そんな事も気にせずに四人は談笑しながら弁当を食べ始めた。
「確かに、目の当たりはルビーにそっくりだ」
「まあ三つ子だしね。うん、美味しい」
「いつも思うんやけど、バランスええなぁ。ルビーのお弁当」
卵焼きにほうれん草のお浸し、蓮根の唐揚げとハンバーグ、プチトマト、彩りよくバランスの良い弁当にみなみは感嘆する。職業上、食事制限や栄養のバランスは大切である中で、用意されたお弁当はとても素晴らしいとフリルも首を縦に振る。
「スピネルがよく作ってくれるの」
「えっ!?凄ない!?」
「卵焼き貰っていい?唐揚げあげるから」
「いいですよ。はい」
「はむっ、甘めで出汁巻き…形も完璧で美味しい。プロだね」
その味に舌を唸らせた。
圧倒的女子力、姉のルビーと違って物静かで落ち着きのある女性に見える。ただ不思議と歳上の雰囲気はなく、話しかけ辛いような性格ではない。むしろ歳下の幼さがあるようで不思議と庇護欲が湧き出る。
「スピネルさんは今日学校休みなの?開校記念日とか?」
「えっと、子供の頃重い病気で病院暮らしだったから学校行ってなくて」
「あっ、ごめん」
「そうなんや……」
「もう大丈夫なんですけど……小中卒業出来なかったから通信教育してて、それなりに勉強も楽しいから平気ですよ」
地雷だったのか二人は黙り込む。
気にしないでと軽く笑う。ただ、フリルは同時に納得する。庇護欲が湧き出るのは何処か寂しそうに見えるからだった。学校生活は若人の青春だ。兄姉二人を見送るだけしかできない現状が少しだけ辛そうに見えた。
「よかったら連絡先交換しよ」
「あっ、ウチも」
「えっ……その、い、いいんですか?」
「構へんよ。色々とまだ話したいけど、時間迫っとるし」
「偶に遊びに誘ったり出来るし、交換しとこ」
スマホを取り出し、二人と連絡先を交換する。
暫く自分のスマホに浮かぶ二人の名前をじっと見ていた。
「ん?どうかしたん?」
「えっと、その……と、友達と連絡先交換ってちょっと憧れてて」
前世はスマホを持っていない。
だから、こんな機会はないと思っていた。境遇から友達の作り方も忘れて人に怯え続けていた。ルビーの友達だからという訳ではないけれど、話してみて優しい人達と分かった。
だから、連絡先を交換するだけの行為でもスピネルにとって──
「嬉しい。ありがとうフリルさん、みなみさん」
表情をあまり出さないスピネルが笑った。
その破壊力に二人は一瞬息を呑んで、フリルはスピネルを抱きしめた。首を傾げながらも背中を軽く撫でてくれるあたり、スピネルは甘やかす才能がある。可愛くて、器量が良くて、そして純粋に優しくてフリルはスピネルを抱きしめたまま真顔でルビーに顔を向けた。
「ヤバい可愛過ぎて辛い。ルビー、この子貰っていい?」
「絶対ダメ」
ルビーは即答して断った。
その後、オフの日に不知火フリルや寿みなみと買い物に出かけたりと、ささやかな青春を過ごしていた。
★★★★★
【今も昔も】
学校帰りの事だった。
今日はバイトもない為、アクアは軽く寄り道して帰ろうかと考えてる中、スーパーからエコバッグと紙袋を片手に出てきた人に足を止めた。白髪のウィッグと帽子を被り、丸眼鏡をかけた小柄な女の子に呼びかけた。
「スピネル?」
「あっ、兄さん」
妹のスピネルだった。
声をかけられてスピネルが振り向くと、アクアが居たことに気付いてトトトと小走りする。
「食材の買い出しか?」
「うん。それと読みたかった本があったから」
「荷物持つよ」
「ありがとう」
手に持つ食材の袋をアクアはさりげなく持った。
隣に並んで歩いていると、甘い匂いがした。目の前にはたい焼きの看板とそこから甘い餡の匂いがスピネルの足を止めた。
「兄さん、一個だけ買わない?」
「一個でいいのか?」
「半分こしよ、一個食べると夕飯入らなくなっちゃう。あっ、お母さん達には内緒ね」
スピネルは成長期の二人に比べれば少食な方だ。
基準値くらいは食べておけとアクアが口酸っぱくいうが、然程改善はされていない。あまり外に出る機会が少ない上に変装しなければならない。運動できる機会が少なく、腹が減るような環境にいない為仕方の無い部分はあるが、ミヤコはその事を意外と厳しく言っている。
「俺が奢るよ」
「えっ、悪いよ」
「いつも弁当作ってくれてんだし、そんくらい甘えとけ」
我儘という程の我儘を言わないスピネル。
献身的というか、前世の記憶の影響もあって損な性格をしている気もするが、本人はやりたいからやってるし気にしないで、と笑う。料理や家事は学校に行っている間にスピネルがよくこなしている。家に帰ればアクアやルビーは手伝うが、スピネルを一人にしている事が多い。
けれど、些細な事に対しての頼み事は以前に比べて増えた。素直に甘えてくれるようにはなった。まあそれでも足りない気もするが。
「兄さんは優しいね。前世とあんまり変わらないし」
「……やっぱり知ってたのか?」
「あの時のお医者さんなんでしょ?知ってるよ」
スピネルには前世の自分を一度曝け出している。
もう12年も経っているのにその事を未だ覚えている。スピネルが刺されて血が溢れていく光景、泣き叫ぶアイ、泣かないでと笑うスピネル、あの日スピネルの時間は止まった。10年という長い年月の果てに今があるとしても、アクアはその事実にずっと憎しみと後悔を感じていた。
「僕は……あの時君を助けられなかった。今世も君を」
「ストップ。そこは気にしないで」
「いや気にしろよ」
「今はこうやって兄さんに助けられてるんだから」
スピネルは笑っていた。
10年の歳月は大きくても、今が幸せと感じているから。隣に並んでいたアクアに微笑むスピネルの瞳には透明で透き通るような白い星が浮かんでいた。
「ありがとね
その言葉にアクアは何も言えなかった。
黒い星が消えた訳ではないが、左眼にはスピネルと同じ白い星が浮かんでいた。大切な家族の為に生きていきたいスピネルの想いは、復讐の心に沈んでいたアクアに届いていた。
「これから、うんと頼っちゃうから覚悟してね?」
「……ああ、いくらでも付き合ってやるよ」
アクアは目を伏せて僅かに流れそうだった涙を拭いた。
たい焼きを半分こして、一日の出来事を振り返る。笑う事もあれば、拗ねる事もあるし、揶揄われて少し怒る事もある。10分にも満たないこの帰り道がもう少しだけ続けばいいなと思いながら隣を歩いて笑っていた。
★★★★★
【震えた手を取って】
目が変な時間に覚めた。
悪夢を見たわけではない。単純に昼寝をしてしまったせいか、眠りが早く目覚めた。
「ふああ……」
スマホを見るとまだ夜中の三時。
目を瞑ろうにも醒めてしまったせいか、眠れる気がしない。ベッドから降りて冷蔵庫からお茶を取り出して飲み干し、少し体を伸ばす。また眠気が来るまでルビーが録画した番組でも観てようかとリモコンに手を伸ばすと、声が聞こえた。
「いや……ダメ……っ、うぅ」
「?」
アイの部屋から声がする。
何処か悲痛そうな声が聞こえて、部屋の扉の前にスピネルは歩く。何があったのかノックしようとすると、その声がスピネルにハッキリ届いた。
「スピネル……嫌…いかないで……」
「!」
扉を開けて部屋に入ると冷や汗を流しながら瞑られた目から涙が溢れていた。悪夢を見ているのか、アイは辛そうな寝言を続けて眠り続ける。あの日からアイはPTSD、トラウマによるパニック症状を患い、精神科に通っていた。今はもう大丈夫だが、たまに見る悪夢に魘されてしまう事はある。
変に起こすと同じように眠れなくなってしまいそうだと思い、スピネルはアイのベッドに腰掛けて震えた手を握る。
「──ここにいるよ。大丈夫」
あの日の夢を見ているのか、12年経った今でさえアイは守れなかった罪悪感に苦しみ続けている。愛しているからこそ、10年という年月は長すぎた。スピネル自身も罪悪感はある。あの日、止まってしまった時間のせいで苦しみ続けていた母や兄達を見てしまったから。
スピネルはアイのベッドに横たわる。
優しい手付きで抱き寄せて、左手でアイの手を握りながら右手で背中を撫でた。
「大丈夫だから、泣かないで」
「……ぁ………」
「手を握ってるから、安心して眠って」
アイの寝息が少しだけ安らかになった。
失った時間は戻らない。やり直しなんて出来ないし、後悔は消えない。けれど今は共に生きる事は出来る。きっとその為に再び時間は動き出したのだ。
泣いているアイの目尻に垂れた涙を優しく拭う。今はもう、誰かに助けを求められない子供ではないのだから。
「いつもありがとね、お母さん」
これから精一杯助けては助け合う。
愛してくれてありがとう、と別れの言葉はもう言わない。
「愛してる。大好きだよ」
今も変わらずと、精一杯の愛を囁いた。
無意識なのかスピネルの背中に手を回し、温もりを感じて幸せそうな寝顔を浮かべるアイを見て、僅かに微笑みながらスピネルは目を閉じた。
★★★★★
アクアが朝早くから目が覚めた。
眠気を感じながらも顔を洗う為に洗面所に向かう途中、アイの部屋のドアがわずかに開いている事に気付いた。
そっと覗くと、そこには抱きしめあって眠っているアイとスピネルの姿がそこにあった。
「……もう少し寝かせとくか」
一枚だけ写真を撮った。
元ドルオタの医者、そうでなくてもファンからしたら至宝とも呼べる写真に僅かに口角が上がっては鼻唄交じりでキッチンに向かった。
「〜〜〜♪」
この時間帯に起きてはいつも朝食を作っているスピネルに変わってアクアは調理を始めていた。
──歌は勿論、B小町の曲を鼻唄で。
〜完〜
【この小説誕生の秘話】
実はこの話、『清廉なるHeretics』と『夜咄ディセイブ』の歌詞を参考にしてパッと思い付いた。多分スピネルちゃんが『夜咄ディセイブ』を歌ったら真っ先に曇ると思う。
良かったら感想・評価お願いします。