〝ワンダーランド〟観察記録 作:C&CJ社
素粒子の中には宇宙がある。
無限に広がる世界がある。
素粒子。これ以上割り切ることのできない、物質の最小単位。言い換えれば原子である。
かぎりない数の原子が組み合わさり分子になり。かぎりない数の分子が組み合わさり物体となり。
かぎりない数の物体が組み合わさり生き物になり。
かぎりない数の生き物が暮らす星があり───かぎりない数の星がある太陽系。かぎりない数の太陽系がある銀河系。かぎりない数の銀河系がある宇宙───が存在する。
数え切れないほどの素粒子の組み合わせ。測定不能な物質のパターンが、幾重にも積み重なり、宇宙になる。
そんな物理法則が支配する現実とはまた別の所に、それはあった。
『ワンダーランド』という、不思議な不思議な世界があった。
それは人々の想像、願い、夢、記憶の集積。
人の精神から生ずる諸要素の集合体。
「ワンダーランドの様子は?」
「異常ありません」
モニタールームに伝わる、若い研究員の男の声。
ワンダーランドのその特異性は既にその手の研究機関には知れ渡っており、ワンダーランドの『一部』が出現した場所では、その解析や観察が行われるようになり、今もこうして観察が続けられている。
単純な空間の規模は文字通り果てしなく、測定不能。
かろうじて観測できた範囲の空間も、まさしく既存の物理法則が通用しない、特異な時空間が存在した。
「『対象』……『女王』の様子は?」
「依然変わりません。『対象』、ワンダーランドの中心で惚けています」
「わかった。観察を続けてくれ」
「了解」
ワンダーランドの主。それは年端も行かぬ少女の姿をしていた。
齢は実に八歳から十歳あたりだろうか。
どう見ても幼い女の子にしか見えないこの『主』こそが、このワンダーランドを統べる存在。
ワンダーランドそのものである。
その少女は、ワンダーランドの中心に突如現れた。
一説には、ワンダーランドの意思の具現、その物理的なヴィジョンとされている。
『ワンダーランドの主』。『アリス』。『
その少女を形容する言葉は多岐に渡った。
あらゆる想像を現実にし、どんな願いでも叶える。
そんな万能の存在。
「これは推測ですが、彼女は基本的になんでもできる、と捉えた方が良いでしょう」
研究所の会議室、新商品のプレゼンでもするかのように芝居めいた仕草で、少女の力について語る壮年の科学者は、どこか声色が興奮していた。
「研究生活、実に50年───この研究所に配属されてから、多くの超常的な存在を目にしましたが───
もはや
何が真実で何が虚構かすらも関係なく、そう定めたからそうなる、という道理のみが全宇宙を支配する」
「経験豊富な貴方ですらそう評するとは、相当な力を持つようですね?」
「ええ。私も長いこと、様々な『対象』を観察してきた自負があります。
原理も、摂理も、真理も、道理も、何もかもを『邪魔だ』とでも言うかのようになぎ倒し、自分の思い通りに世界を動かす存在、というのも見たことはあります。
しかし、アレはその中でも極めて強力で、規格外なのです。
何故アレが、あんな狭苦しい地下区画に大人しく収まっているのか、わからないほどです」
「と、言うと?」
「言うなればアレは宇宙そのもの。
我々の宇宙とは異なる時間概念、異なる空間構成、異なる因果関係、異なる存在定義を持ってやって来た、異次元に他ならないのです」