〝ワンダーランド〟観察記録 作:C&CJ社
かの有名なドイツの哲学者、G・W・ライプニッツの提唱した『モナド』という概念を知っているだろうか。
それは「それ以上、割り切ることのできない単一の存在にして、その一つ以外のすべてのモナドの状態を反映する」実体。
単一にして他と交わらない実体でありながら、他と交わらないゆえに内的な原理で、しかし他のモナドの状態をも反映する。
ゆえにモナドとはそれ自体でありながら、それ以外を映す鏡でもあった。
究極的に言えば、モナドはそれ一つで、この宇宙に内包されながら、この宇宙を内包する。
世界の中にありながら世界の外で世界を内包するという、物理的には意味不明なことも実現する、物理法則を超越した所で物質の状態を決定する本質のもの。
ただ一つの粒にして限り無い粒の集まりそのものである物理的な観点では矛盾したこの概念は、実はこの宇宙の本性の一つとして実在している。
たとえば、我々が極小の粒と認識している素粒子の中にも、我々にとっての宇宙のような空間が広がっているかもしれない。
素粒子の中には宇宙があり、その宇宙の中には銀河や星々もあり、そして我々と同じような知的生命体が住んでいる。
それは内に限らず外向きにも連鎖し、我々は我々のあずかり知らぬ遥かな上位の宇宙においては素粒子以下の小さなもので、上位の宇宙はそれを数え切れないほど内包するかもしれない。
あるいはその上位の宇宙すら、さらに上位の宇宙においては素粒子に過ぎず、無数に内包されているかもしれない。
「かもしれない」とこそ言っているが、実際にこのような荒唐無稽にも思える構造が連なっている。
高次元もそうであるが、「より上の領域」というものは、我々の知る世界よりも、ずっと、ずっと広く、そして大きいのである。
現在、人類に観測可能な宇宙とは、比べ物にもならないほどに。
ワンダーランドもまた、遥か無限の高次元へと上昇してしまったがゆえ、現世とは比較にもならないほど広大な空間をなしていた。
ワンダーランド一つの中に、数え切れないほどの世界があった。
人類が順調に発展し、未来永劫繁栄し続ける未来。
人類の発展が頭打ちになり、そこで止まり続け怠惰に生き延びていくだけの未来。
人類が失敗し、発展も生存すらもなく滅亡し、荒廃した地球だけが残された未来。
限りない数だけ存在する可能性が、実体を持って世界の「群れ」をなしていた。
その「世界」の群れは蠕動するように、あるいは胎動するように蠢いていた。
身をよじらせ、全身を捻り、何か居心地の良い場所で寝心地の良い姿勢を探そうとしているような。
遥かなるワンダーランドにはどんな環境もあるがゆえに、その奇妙な運動もすぐに収束する。
「宇宙の上には大宇宙があって、大宇宙の上には大大宇宙、そのさらに上に大大大宇宙……と、より大きな世界が、次元とかと同じような要領で連なっているわけで、最終的には無限大宇宙……って感じに存在しているのですよ」
「へえ……今居る宇宙のことすら完全には理解しきれないのに、そんな宇宙の構造なんてもの、我々にはまるで理解できないんですけど……」
「宇宙は素粒子をいくらも内包しているけど、内包している素粒子の数と同じぐらい宇宙があって、それが大宇宙を構成する。
そして大宇宙が内包している素粒子の数と同じぐらい大宇宙があって、それが大大宇宙を構成する。
同じように大大宇宙が内包している素粒子の数と同じぐらい大大宇宙があって、それが大大大宇宙を構成してさらに……ってな感じで。
それが無限に連なった先にある遥かなる世界こそが、無限大宇宙なんですよ」
「……それもまた、ワンダーランドの内に?」
「その通りです。人間が想像できるあらゆるすべては、想像の世界たるワンダーランドの腹の中です。
我々がワンダーランドを理解できず、空想に華を咲かせるたび、よりワンダーランドは遠く大きく幅広く、高次元の世界となる。
我々がワンダーランドを理解してもこれまた同じく、理解した分だけ、思索し、感じ、想い描いたその分だけ大きくなるのです」
想像を司り、満たされぬまま人間の想像を永遠に腹の中に収め続ける。
それが、想像の世界の性質だった。